お兄ちゃんと過ごすクリスマスは特別です

兎猫まさあき

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クリスマスに一緒に過ごす、それだけが望みです

後編

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 今年も九月に入り、私は"とある"作戦の準備を本格的に取り掛かることにした──。

       ☆☆☆ ★①★ ☆☆☆

 基本的に私は月に数千円、お兄ちゃんからお小遣いを貰っている。
 社会人として頑張ってくれているお兄ちゃんは、毎日疲れた様子で帰ってくる。
 その姿を見て、私はただお兄ちゃんの側に居る事しかできない。
 そんな年末の中、私は一つ妙案を思いついた。
 その妙案を実行するために、計画を立てることにした。
 実行するためには、いくらかお金が必要だ。
 そう、貯蓄が必要になる。
 数千円のお小遣いを貯めて、私はお兄ちゃんに──。

       ☆☆☆ ★②★ ☆☆☆

 お兄ちゃんは、普段からパソコンでゲームをしている。
 時々プレイしている様子を見せてもらうことがあるけど、ネット上のお友達とともにオンラインでゲームをプレイしているらしい。
 だけど、パソコンは昔のものらしくて、すぺっく?って言うのが弱いらしい。
 そのことでお兄ちゃんはいつも頭を悩ませていた。
 お兄ちゃん曰く、パソコンの中に入ってるものは、簡単に入れ替える事が出来るらしく、パーツって言うのを買うと、入れ替えると良いらしい。

       ☆☆☆ ★③★ ☆☆☆

 年を越し、学年が上がり、夏休みを終えたころ。
 九月に入り、私は妙案を実行するための計画を本格的に立てることにした。
 だから私は、今年に入ってからお兄ちゃんのためにすぺっくを上げるための勉強を続けてきた。
 学校の図書館に置いてある、パソコンに関する雑誌を読み漁って色んなパソコンパーツを見てきた。
 この知識で何とかお兄ちゃんのパソコンのすぺっくを上げる事が出来るだろう。

       ☆☆☆ ★④★ ☆☆☆

 十二月になり、十二月分のお小遣いをもらった私は想定している金額相当のお小遣いが貯まった……はず。
 私はメモを手に、前もって近場のパソコンパーツ販売店を調べたり、現地におもむいてみたりして、来るべき日に備える。
 クリスマス、一日中お兄ちゃんと過ごせるように準備をしよう。
 二十日の終業式が終わり次第、プレゼントを準備しよう。
 予算が余れば、他のものも準備しよう。
 出来ればケーキやフライドチキンも食べたいな。
 そんな妄想をしながら私は「むふふ」などという声を漏らしながら笑みをこぼしてしまう。

       ☆☆☆ ★⑤★ ☆☆☆

 そして迎えた二十日、終業式の日。
 学校から急いで帰宅した私は制服から私服へ着替えると、パソコンパーツ販売店へと足を運ぶ。
 目指すは、パソコンのすぺっくを上げるあのパーツだ。
 おうちからお店まで少し距離があるため、私は少し息を切らしながら向かう。
 お店の前まで到着する。地域最大級の専門店らしく、とてつもない大きさの建物がそびえているそれを私は見上げる。
 目的の場所はこの建物の中の七階。エレベーターを使い、お店へと向かう。
 お店に入るや否や、奥から一人のお兄さんがやってきた。その手に持っているのは──。

「そっそれはっ!」

 思わず私は叫んでしまった。

「待ってたよ、お嬢さん。これ、お目当ての品だよね?」

 お兄さんの言葉に私は必死に首を縦に振る。
 それを見たお兄さんは私にそれを手渡してくれた。
 その箱には『Intel C〇re i9 15900F』と書かれていた。お目当ての品である。
 しかもそれには特別な値札が貼り付けられていた。

「よ、四万四千円……」

 この前調べた時よりも格段に値段が安くなっている……何だこれは……
 私はカバンへ入れているお財布を取り出し、差分を計算する。
 残るのは一万円以上。これだと、私が妄想していたあのケーキだったり、フライドチキンだったりが食べられる?!

「どっどうして!?」
「この前、お嬢さんが来た時にも持ってたそのメモ、見ちゃったんだ。ごめんね」

 そう言ってお兄さんは私の手元にある一枚の紙を指さした。
 このメモには、私の計画が簡潔にまとまっている。
 一に何を買うのか、二にいくらの予算なのか、三にそれを踏まえてどの範囲で購入するのか。
 まあ、このパーツとケーキとフライドチキンってだけだけど。

「これは、ウチからのクリスマスプレゼント。大切に使ってってお兄さんに伝えてあげてね」

 そう言って微笑みを向けられ、私は照れてしまう。
 そして、こう返す。

「──はい!」

       ☆☆☆ ★⑥★ ☆☆☆

 パーツを買い、私はパーツ販売店を後にした。
 その後、向かうは富士屋、ケーキ屋だ。
 全国で人気を誇っているそこは、地域でも人気で日夜行列が止まない。
 そんな富士屋に着いた私は、更なる衝撃を受ける事となる──。

「……え?」

 思わず声を漏らす私の目の前にあったのは、人気ひとけの一切ない富士屋の姿そのものであった。
 ただ、休業しているわけではなさそうだ。営業中の看板が立っている。
 その看板をもとに、私は店内へと足を踏み入れる。

「こんにちはー……」

 扉を開き、中に入ると、厨房の方から一人のおじさんがやってくる。
 エプロンを付けているので、おそらくシェフさんなのだろう。
 おじさんは私の目の前までやってくる。かなり身長が高いのだろう。見上げる形で彼を見つめる。
 そんな私の姿を見た彼は、少しかがんで私と目線を合わせてくれた。

「クリスマスケーキの予約かい?」
「え……はい、そうです」
「そうかい良かった! じゃあ、ちょっとこっちに来てくれるかい?」

 そう言い、おじさんは私を厨房の方へと案内してくれた。
 厨房の中では、一人の若いお兄さんたちが待っていた。
 彼が私の方へ近付き、一枚のチラシを手渡してきた。
 そこには、いくつかのケーキが掲示されていた。
 クリスマスケーキの見繕みつくろいをさせてくれているのだろうか?
 そう思いながら見ていると、お兄さんが私の横で色々と話をしてくれた。

「もう数日したらクリスマスだもんねー。どんなケーキが食べたいとかって決まってる?」
「いえ……でも、お兄ちゃんと色んなものを食べてみたいなって……」
「そっか。お兄ちゃんと食べるのか……それなら、こういうのはどうかな?」

 そう言ってお兄さんが指さしてくれたのは、クリスマス用のアソートケーキ寄せ集めだった。
 ……とてもいい。思った通りのやつだ。こんなのもあるんだ。
 感動しながらまじまじと見ていたらお兄さんがこんな提案をしてきた。

「色んなケーキを組み合わせたもの、食べてみる?」
「えっそんなことも出来るんですか?」

 私は驚いてついお兄さんの事を見てしまう。お兄さんは言い辛そうに言葉を続ける。

「本来はそんなことはしないんだけどね。よく見に来ていたし、お兄ちゃん想いのいい子みたいだし、特別大サービスだよ。──いいですよね、シェフ長?」

 そう言いながら、お兄さんは後ろで構えているおじさんの方へ振り向く。
 腕を組みながらおじさんは目をつむり、無言で固まっている。
 しばらくすると、おじさんは手を振り上げ、両手で親指を立てる。
 良いんだ……

「じゃあ、そういうことだから。いくつか組み合わせ考えよっか」

 そして、私はケーキを選ぶことになった。

       ☆☆☆ ★⑦★ ☆☆☆

 最終的に選んだものは、フルーツ盛り二切れ・チョコケーキ二切れ・イチゴ二つショートケーキ二切れ・イチゴクリームケーキ二切れの計八切れのケーキ。それぞれが一個ずつ配置され、半分で一人分に分けられる形になるそうだ。
 受け取りは二十五日、クリスマスその日だ。

「じゃあ、二十五日になったら受け取りに来てね~」
「あのっ……お金は……?」
「受け取りの日でも大丈夫だよ。今払ってもいいけどねー。ね? シェフ長」
「うむ」

 お兄さんの後ろでシェフ長は頷く。
 私としては、どうせだったら今のうちに払っておきたい。

「今、払います!」
「おっけ! じゃあ、受け取るね」

 そして、私は代金を払った。

       ☆☆☆ ★⑧★ ☆☆☆

 そうして、一段落した私は帰宅し、何事もなかったかのように数日を過ごした。
 そして迎えた運命の日。私はいつも通り、お兄ちゃんを起こした。

「おにーちゃん! おはよっ!」
「雛……おはよ、早いな。……今何時だ……」
「七時! あと少しでご飯できるよっ!」
「そっか。ありがと」

 そう言って、お兄ちゃんは布団の中へと潜り込む。これは起きるつもりがないな……
 まあいいや、まだ時間はあるし、もう少し寝かせとこっと。
 そう思いながら、私はリビングへと戻る。
 時折、ご飯の温かさを確認しながら冷えないようにかつ、みそ汁のみそが鍋に焦げ付かないように火加減を調整する。
 三十分くらいたっても出て来ないので、もう一度お兄ちゃんの部屋へと突撃する。

「おにーちゃあぁぁぁぁぁん!!!」
「……二十五……」
「ようやく気付いた? 今日は、クリスマス! ねえ、何か言う事は無いの?」
「え? ……えっ、えっとー……めりーくりすます……?」

 仕事の日だという事は前もって知っていたので、正直驚く事は無い。でも、やっぱり、クリスマスの日くらいお兄ちゃんと一緒に過ごしたかったな……。
 見当違いな返答をされたため、私はお兄ちゃんの部屋の入口に放り捨てられていた本を投げつける。
 らのべ? って言うものらしいけど、私はよく分からない。
 とにかく、私はもぞもぞとしているお兄ちゃんを部屋に置き去りにし、リビングへと戻る。
 あったかいご飯を、すぐに食べられるように配膳をしておくのだ。
 配膳が終わるころ、申し訳なさそうな表情をしながら、お兄ちゃんが下りてくる。私は特に何を言うでもなく、「座って」と目線で指示する。
 特に話すこともないので、黙々と食べる。
 とにかく、今日一日の寂しさの気持ちをご飯にぶつけるつもりで、食べる。
 お兄ちゃんは早く食べ終わり、手を合わせる。そんな姿をみてふと、やっぱり、大人だな……と感傷に浸っていると──

「ごちそうさま。……あの、雛さん?」

 お兄ちゃんから声を掛けられる。

「……なに?」

 私は寂しい気持ちを抑えきれず、思わず少し強い言葉で返してしまった。

「その……ごめんな」
「なにが?」
「いや……今日、俺仕事だろ? だから、折角のクリスマスなのに一緒にいてやれなくて……って」

 気にしてたんだ……。
 自分の考えの浅さに私は悲しくなった。
 謝ってくれたのだ。私は建前として、前から考えていた回答を告げる。

「はぁ……あのね、お兄ちゃん。ひなはね、別にそれはどうでもいいの。
 ひなはね、最近お兄ちゃんが頑張りすぎていることが嫌なの。
 そんなに頑張らないとひなたちの生活は苦しいの? お願いだから、もう少し休みとか取ってほしいな。
 息抜き取ってる? お願いだから、無理はしないで」
「雛……」

 私が告げた言葉にお兄ちゃんは涙目になる。
 そんな顔しないで、私はちゃんとやれる。どんなに寂しくても、お兄ちゃんの帰りを待つよ。

「ありがとう、雛……でも、俺は行かなきゃ……来年は休み一杯とるよ」

 そう言って、お兄ちゃんは食器をもって洗い場へもっていく。
 食器を洗う後姿を見つめながら、昔の記憶と重ねた。
 ほんの一年前までは、お兄ちゃんが家事全般をやってくれてたっけ……。
 多忙な日々なのに、身を削ってまで私のために尽くしてくれるお兄ちゃんの姿を見て、このままじゃいけないって。
 そうして学校で勉強してた家庭科の授業から、自主的に家事の勉強をして、今では私が代わりにやるようになった。
 色んな思いが溢れながらも、一息つく。
 そんなころ、洗い物が終わったらしく、お兄ちゃんが手を拭きながらそばに来ていた。
 部屋に戻っていき、スーツを着て戻ってきた。

「じゃあ、行ってくるよ」
「うん。気を付けてね」

 玄関でお兄ちゃんを見送る。辛い表情は見せない。出来るだけ笑顔で送り出す。

「ありがと、気を付けて行くよ。今日は一緒に居れなくてごめんな」

 本当にいいのに……。
 でも、ありがとう。
 お兄ちゃんが出て行った玄関口を見つめながら、私は目の前が歪んでいた。

       ☆☆☆ ★⑨★ ☆☆☆

 泣きはらした目を拭い、私は今日の準備を進める。
 今日はリビングの飾りつけをした後に、フライドチキンを買ってきて、プレゼントをリビングへ置くだけだ。
 お兄ちゃんの驚く姿が楽しみだ。
 笑みを隠せないまま、私は準備を進める。 
 飾りつけを終え、私はおやつ時までゆっくり過ごす。
 テレビを見たり、テレビゲームをしたり、携帯型ゲームで遊んだり。
 お兄ちゃんが買ってくれた色んなものは、全部大事に使っている。
 お昼ご飯すらも忘れ、私は時間を溶かしていく。
 ふと気付いた時には、午後二時五十分。もうすぐ三時と言う所だった。
 やばい、そろそろ行かないと……
 急いで着替え、私は自宅を後にした。

       ☆☆☆ ★⑩★ ☆☆☆

 まずは富士屋に向かい、この前頼んだケーキを受け取る。
 ずっしりとした箱の重さに私は驚きながら、ケーキを自宅へ持ち帰り、冷蔵庫へ入れる。
 続いて、フライドチキン屋であるケンタのチキン屋さんへ向かい、ケンチキクリスマスパックSSを買う。
 たくさん入ってる。味が楽しみだ。
 うきうきした気持ちで家へと帰る。ちなみに、私の財布の中は殆ど空っぽになっちゃった。
 それでも──。

       ☆☆☆ ★⑪★ ☆☆☆

 夜になり、時計も七時に近くなった。お兄ちゃんがそろそろ帰ってくる。
 準備も完了したリビングの電気を消灯し、クラッカーを手にお兄ちゃんの帰りを待つ。
 少し経つと、玄関のドアが開く。

「ただいまー……雛? いないのか?」

 不思議そうに玄関へと入ってくるお兄ちゃん。そして、リビングへと入って来て電気を付けた。今だ!

「「パァァン!!」」「うわぁあ!!」

 リビングが明るくなったタイミングで私はクラッカーを発射する。
 同時にお兄ちゃんが驚く。

「メリークリスマス!」
「びっ……くりしたぁ……」
「えへへー」

 驚くお兄ちゃんの姿を見て満足した私はプレゼントを取り、お兄ちゃんへと渡す。

「これ。私からのプレゼント!」
「えっ……!? 開けても良いか?」
「うん!」

 お兄ちゃんはラッピングされた箱を開く。
 中から出てくるパソコンパーツを見て、明らかに目を輝かせた。

「えっこれって……! CPUじゃないか! 高くなかったか……?! しかも、これ、この前発売されたばかりの十五世代じゃないか! さぞ高かったんだろうな!?」

 すごい早口……お兄ちゃんは凄い興奮してる!
 そんな姿を見て、私はつい笑っちゃう。
 それから私たちは、クリスマスパーティをする。

       ☆☆☆ ★⑫★ ☆☆☆

「それにしても、これ……買ってきてたんだけど、こんな豪華なパーティを用意されてちゃ、霞んじゃうな……アハハ……」

 そう言ってお兄ちゃんが取り出したのは、中くらいの箱。中には、二つの箱が入っていた。
 一つの箱にはショートケーキ、そしてもう一つの箱には──。

「え……?」

 そこには、かわいらしいリボンのついたお財布が入っていた。
 私がいつも使っているお財布は低学年の頃にお兄ちゃんからもらったキャラものの小銭入れみたいなものだった。
 実は今回お財布と称して茶封筒を使っていた。お財布に入りきらないから。
 でも、その事実から目をそらしていたかった。
 だけど、これだったら……。

「ありがとう、お兄ちゃん! 凄く嬉しいよ!」

 お兄ちゃんに抱き着く。嬉しい、嬉しすぎる……。

 そして、私たちは、クリスマスの夜を満喫した。
 美味しいお肉、美味しいケーキ。お兄ちゃんとの楽しい夜。
 しかし、これが幻の一日になろうとは、この時私は知る由など無かった。
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