鎌倉らんぶりんぐ(上)

戸浦 隆

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二、頼家と景盛

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 中野五郎能成(よしなり)がその女を見初(みそ)めたのは、鶴岡八幡宮例大祭の最終日に行われた流鏑馬(やぶさめ)神事の時であった。
 三ノ鳥居から本宮に続く南北の表参道と直交して、東鳥居から西鳥居にまで一直線に伸びる道がある。鎌倉街道の起点として全国に通じる道だ。その沿道の両脇を埋める群衆が見守る中、狩装束に身を固め騎乗した武者が長さ二町(約二二〇メートル)余りの馬場を疾駆する。二尺(約六十センチ)足らず四方の檜(ひのき)板を竹串で挟んだ的が、出発地点から二十間(けん・約三十六メートル)の地点、そこから四十間離れた地点、さらに四十間の距離を置いた三ヶ所の三尺五寸の高さに立てられている。
 射手は走る馬上からこの三つの的を騎射する。一ノ矢を放てば二ノ矢を、二ノ矢が終われば三ノ矢を番(つが)えなければならない。矢を番えることに気を取られると、次の的を通り過ぎてしまう。的に当てることに気が行くと、番えが疎(おろそ)かになる。しかも馬上は激しく揺れる。馬を制御しなければ手元が狂い、制御し過ぎると馬は失速してしまう。人馬一体となって馬場を駆け抜けながら、俊敏さと正確さが要求される武芸だ。三つの矢を放ち終えるまで馬上の主は息を詰め、呼吸することさえ忘れている。的を射当てた甲高い音が後方に流れ歓声が湧き上がった時、初めて緊張の糸が解(ほど)け息を継ぐことを思い出すのである。
 最初の射手は頼朝の嫡男頼家の師範下河辺行平(しもこうべ・ゆきひら)だった。名手の呼び声高い行平が、見事に的を射る。続いて、これも弓を得意とする三浦義村が群衆の喝采を浴びた。三番手に現れたのは、宿老安達盛長の息子弥九郞景盛(かげもり)だった。
 景盛は二十歳をいくつか越した若者で、その男ぶりの良さはつとに知られていた。水干(すいかん)に射籠手(いごて)、鹿皮の行縢(むかばき・腰から脚にかけての覆い)の出で立ちで、烏帽子(えぼし)の上に綾藺笠(あやいがさ)を被っている。重籐(しげどう・黒塗りの下地の上を白い斑点状に模様が残るよういく重にも籐で巻いた弓)を小脇に抱え馬に跨(また)がる姿は、並み居る射手たちの中でもひと際凛々(りり)しく眼に映えた。
「なぜ景盛が三番に射る。序列から言えば末尾の筈だろう」
 五郎が苦々しげに、隣に坐る小笠原弥太郎長経(ながつね)に言った。
「あいつは弓が上手いからな」
「それだけか?」
「比企(ひき)の者でありながら北条とも仲が良い」
「ふん。頼朝公と御台所様のお気に入りというわけか。面白くないな」
 頼朝は伊豆に流されて来た時、乳母である比企ノ尼の庇護を受けた。日々の糧(かて)を送るばかりではなく、三人の娘婿を近侍(きんじ)させている。その中の筆頭が安達盛長だった。頼朝は長谷(はせ)の甘縄神明社の安達館(やかた)を訪れては、よく盛長と酒を酌み交わす。一方、御台所の北条政子は頼家を比企の館で産んだ。その時の世話係が盛長の妻丹後ノ局(つぼね)だった。政子もまた丹後ノ局には心を許すところがあった。だから頼朝も政子も、景盛には幼い頃から目を掛けている。政子の父北条時政と比企一族を率いる能員(よしかず)とは幕府の実権を争う関係にあるのだが、政子の存在が二つの力を融和させていたと言える。景盛が比企の者でありながら北条寄りだと言う長経の言葉には、そういう背景があった。
「頼朝公直々(じきじき)のご指名らしい」
「それは名誉なことだが、果たして首尾よくいくかな」
「射損じれば武士としてこの上ない恥だ。景盛もよほどの自信が無ければ辞退しているだろう」
「なるほど。では、お手並み拝見仕(つかまつ)るとするか」
 東鳥居の馬場の控えで気のはやる馬をなだめていた景盛が、ここぞと馬の腹を蹴った。
 溜めに溜めていた力を一気に爆発させ、駿馬(しゅんめ)は疾風のごとく馬場に躍り出す。
 番えた鏑矢(かぶらや)を、景盛は十間と走らぬうちに放った。矢に射抜かれ弾け散る的の傍らを馬が駆け抜ける。その時には景盛は、すでに二ノ矢を番え終えていた。
 二つ目の的が近づく。衆目が景盛の二ノ矢に注がれる。余裕をもって放たれた矢は、風を切る小気味よい音とともに的に吸い込まれて行った。
 馬場の中ほどに設けられた桟敷席には頼朝を真ん中に、頼家と政子が左右に坐っていた。その桟敷席の右斜め前方に立つ的が砕け、人馬が量感をともなった風の塊(かたまり)となって目の前を走り去った。
 馬の後を追う無数の眼が宙に舞う三つ目の的を認めた時、沸き起こった歓声と拍手の波がしばらく止まなかった。
 頼朝や頼家の背後に控える御家人や近習(きんじゅう)たちの間からも、賞賛の声が洩れた。五郎は景盛の腕前を認めざるを得なかった。だが、素直になれない感情が気持ちのどこかで鎌首をもたげた。
「いささか的が大き過ぎたようだな」
 呟(つぶや)くような声だったが、言葉に含まれる感情の棘が聞く者の耳に障(さわ)った。
 頼家が振り返り、自分の近習である二人を見た。
 五郎は頼家の視線を充分に意識しながら、素知らぬふうで長経に言った。
「知っているか? あの三つの的は三韓を模しているのだ」
「三韓? 大和時代の朝鮮のことか?」
「そうだ。欽明(きんめい)天皇が百済(くだら)・任那(みまな)救援のため出兵した折、豊前(ぶぜん・現在の福岡県東部から大分県北部にかけての地域)宇佐で平定祈願して馬上より三つの的を射た。その頃は『矢馳馬(やばせめ)』と言っていたらしい。的が国なら景盛の腕でも外れはすまい」
「景盛が嫌いか」
「いや。人物がどうのではない。期待されてそれに難なく応える才能が癪(しゃく)に障るだけだ」
「そう捩(よじ)れてものを見るな。才も血筋も己の力ではどうにもならん」
「どうにもならんところが、俺は気に入らん」
「詮無(せんな)いことを言う男だな、お前も」
 二人のやり取りを耳の後ろにして、頼家は前に向き直った。
(期待通りに難なく応える才か………)
 頼家は、五郎の言葉が自分の思いと重なるような気がした。父頼朝の血が体の内に脈打っている筈なのだ。貴人のような風姿と板東の荒武者たちを束ねる統率力、冷静さと思い切りのよい決断力に基づく政治手腕………。御家人たちは朝廷から賜(たまわ)った「征夷大将軍」という億劫(おっくう)な官職名を嫌い、「鎌倉殿」と呼んで慕い敬う。事あらば一命を投げ打ってでも駆け付けてくれるのだ。その血が自分の中にも流れている。だが、父の存在はあまりにも大きい。父や母、周りの者の寄せる期待に応えようとすればするほど、自分が自分でなくなる。自分の思いを言葉や行動で表そうとすればするほど、周囲とかけ離れてしまう。父の後を継ぐだけの器量も才も無いのではないのか、自分が「鎌倉殿」と呼ばれることは無いのではないのか………。そういった想念が五郎の言葉に共鳴し、頼家の十八歳の若い心に卑屈の種を蒔(ま)いた。
「父上」
 頼家は、窺うような眼を頼朝に向けた。
「景盛の射芸は見事でした。ひと言声を掛けてやりたいのですが」 
「儂もそう思っていたところだ。誰か弥九郞を呼んで参れ」
 頼家は、おや?と思った。通常、流鏑馬神事では奉納が終わるまで射手を呼び出すことは無い。壊れた的を立て替えれば、すぐに次の射手が馬を駆る。自分が言い出さなくても、父は景盛を御前に召すつもりだったのか。何となく釈然としない澱(おり)のようなものが頭の隅に掛かった。
 やがて景盛が桟敷席の前に現れ、片膝を着いて一礼した。
 頼朝が、柔らかい視線を景盛の顔の上に落とした。
「弥九郞。あっぱれな腕前であった」
「有り難く存じます」
 景盛はまだ興奮冷めやらぬ紅潮した顔を、再び下げた。
「頼家がその方の射技に感服したと申しておる。褒めて遣(つか) わしたいそうだ」
 景盛のちらと移した眼が、頼家の眼と合った。誇らしげな自信に満ちた景盛の眼だった。
 頼家は胸の奥に湧き上がっていた羨望と憤りにも似た嫉妬が、さらに燃え上がるのを感じた。抑えようとしたが、馬を御すようにはいかない。引いた手綱は、思わずつっけんどんな物言いを景盛にぶつける結果になった。
「弓の極意は何だと心得るか」
「は。弓矢の道は『惑心(わくしん)あるを以(もっ)て恥とす』と申します」
「惑心?」
「定まらぬ心です。心が揺れ動いていては、的を射ることは出来ません。射芸ばかりでなく物事に対処する心構えでもあると、私は肝に銘じてもおります」
 頼家は自分の胸の裡(うち)に燻(くすぶ)っているものを見透かされたような気がした。体中の血が急速に頭に駆け昇ってゆくのを覚えながら、頼家は言った。
「惑心が無ければ的は外さぬ、と言うのか」
「可能であるかと」
 答える景盛の顔の涼しさが、頼家の血を熱くさせた。頼家は、むきになる自分を他人のように思いながら言った。
「ならば、小さな的を射てみよ」
「仰せとあらば」
 頼朝は景盛と頼家の顔を見比べながら、楽しそうな笑みを浮かべている。
 馬場が騒(ざわ)めき出した。今しがた走ったばかりの景盛が東鳥居へ戻って行き、新しく的が立てられたからだ。しかも竹串は高さは一尺しかなく、その先に取り付けられていたのは小さな円形の土器(かわらけ)だったのである。
 景盛は顎に掛かる綾藺笠の紐を結び直した。息を深く吸い込み、ゆるゆると吐き出す。三度深呼吸し、馬の首を軽く叩きながら何ごとか囁き掛けた。
「ハアッ!」
 景盛の掛け声とともに馬が地を蹴った。翔ぶように駆ける馬の背に、景盛は貼り付くほど低く身を屈(かが)めた。通常は馬に跨がり姿勢を正した時の、目の高さに的がある。修練を積んだ者なら揺れる馬上の動きを腰で殺せば、的を射当てるのは至難の業(わざ)というわけではない。だが、景盛の狙う的は地表近くの小さな土器だ。馬の速度を考慮し、至近距離から矢を放たねばならなかった。
 的が見る見る近づいて来る。第一の的が五間の距離を切った時、引き絞った弓から唸りを上げて矢が宙を走った。すぐさま身を起こした景盛は、背に負う箙(えびら・矢を納める容器)から矢を引き抜き番えに掛かる。粉々に砕かれた土器の欠片が地に落ちた。その側を走り過ぎながら再び身を沈め、景盛は第二の的に狙いを定めた。余分な動作はあっという間に距離を縮め、わずかな手順の狂いが射る時を失わせてしまう。瞬時の迷いも躊躇(ちゅうちょ)も許されなかった。
 二つ目の的も見事に打ち当てた。見守る者は固唾(かたず)を呑んで咳一つ立てなかった。駆ける馬の蹄(ひづめ)の音だけが馬場に響き渡る。
 三つ目の的に差し掛かった時、人垣の中に小さな割れ目が生じた。女が一人昏倒したのだ。
 景盛の眼の端に倒れる女の姿が映った。だが景盛の意識は空の髙みにあった。天空に腹這いになり、群衆も女も馬場を走る自分の姿さえも見下ろしている………。そんな感覚が景盛を捉(とら)えていた。大きな視野の中に強く発光するものがある。その光に体が勝手に反応する。耳元に弓の弦(つる)の弾ける音と矢羽(やばね)の風を切る音が残る。土器の砕ける音、人々の声にならない声が渦巻きながら後方に流れてゆく。気が付くと、馬場の端に駒を止めていた。
 景盛は桟敷席に戻る途中、倒れた女の前で馬の脚をゆるめ馬上から声を掛けた。
「大事ないか」
 女は周りの人々に抱きおこされ、ようやく意識を取り戻していた。血の気が失せた顔はまだ白かったが、その白さが女の美しさを一層際立たせていた。
「はい。大丈夫です」
「手水舎(ちょうずや)で休むがいい。まだ足元がふらつくだろう」
「あの………」
「何だ」
 景盛は馬に足踏みさせて、女の顔をじっとみた。女の体の具合が心配だったこともあるが、それ以上に女に惹かれるものがあったのだ。
「わたくしが射芸の邪魔をしたのではございませんか? それが気懸かりで………」
「案ずるな。的を外したのなら、それはそなたの所為(せい)ではない。私の腕の未熟ゆえだ。それとも私の弓の腕前が信用出来なかったか?」
「いいえ。それを聞いて安心いたしました」
「名は?」
「黄蝶と申します」
「土地の者ではないな」
「京の白拍子でございます」
 白拍子とは、直垂(ひたたれ)・立烏帽子(たちえぼし)に白鞘巻きの刀を差した男姿で舞う芸妓を言う。
「白拍子か。ならば後で会おう。舞を見せて欲しい。そなたが嫌でなければだが」
「喜んで」
 長く立ち止まることは出来ない。景盛は馬の腹を脚で軽く叩き、桟敷席に馬首を向けた。
 その女は中野五郎の位置からも覗き見えた。遠目ではあったが、景盛と言葉を交わし頭を下げているように見える。その所作には品があり、色香が漂っていた。五郎は気がそそられた。
 景盛は馬を下り、手綱を徒士(かち)の者に預ける。頼朝と頼家の前に片膝を着く景盛に気を取られている間に、女は群衆に紛れ五郎の視界から消え去っていた。
「頼家。弥九郞に労(ねぎら)いの言葉を掛けてやれ」
 頼朝は満足そうな眼を景盛に注ぎながら、頼家を促(うなが)した。
 頼家は唇が引き攣(つ)れて、すぐには言葉を紡(つむ)ぐことが出来なかった。口を開けば舌がもつれそうだった。
「どうした。お前の期待に見事に応えたのだぞ、弥九郞は」
 頼家は頷いたが、視線は景盛を外れ辺りを泳いでいた。見ようによっては、子供が嫌々ながらするような頷き方だった。
「大儀であった」
 頼家は、辛うじてそう言った。
「何だ。それだけか」
 頼朝が頼家に顔を向けたが、頼家は小さく「はい」と答えただけだった。
 頼朝は高く笑った。それから、諭(さと)すように頼家に言った。
「良い仕事をした者には、それに見合うだけの褒美を与えるものだ。そうでなければ下の者は不満が溜まり、上に立つ者は器量が問われる」
 頼家は、こくりと首を縦に振った。
 頼朝はさらに続けた。
「御家人たちがいざという時のために武芸に励むのも、その働きに恩をもってするからだ。皆に安堵を保証するのが上の者の務めだぞ」
 父の言うことは、頼家には解り過ぎるほど解っていた。しかし、父と自分とは違う。父は流人時代から多くの家臣たちと苦楽を共にし、戦場で命を預け合って来たのだ。その中で信頼も絆(きずな)も、より強固なものに育っていった。だが、命まで預けてくれる人間が自分の周囲に果たしてどれだけいるのか。自分を育ててくれた比企一族や気心の知れた近習たちといえども、そこまで強く結び付いている者は頭に浮かんでは来ない。
「頼家………」
 父が言った。
「苦しみや悲しみは、分かち合えると思わぬがいい。自分の痛みは自分でしか分からぬ。それを表に出してしまえば付け込まれ、自らを滅ぼす因となる」
「はい」
「だがな、喜びは分かち合わねばならぬ。それを厭(いと)う者がどこにいる。弥九郞は妙技をもって我らを喜ばせてくれたのだ。ならば我らは、称賛をもって弥九郞に応えねばなるまい。弥九郞の誉(ほま)れは、我らとの絆を強くすることはあれ、決してゆるみ解けることは無い」
 頼家は少し考えるふうであった。が、それも束の間、何かを切り捨てるような口調で景盛に言った。
「見事な至芸であった。褒美に馬をつかわす」
 景盛はにこりと微笑み、深々と頭を下げた。
 頼家は、前にも増して頑(かたく)なになった思いに蓋(ふた)をして、新たに立てられた的に眼を移した。
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