甘ったれ浅間

秋藤冨美

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第2部 一八六三年 浪士組上洛

京へ

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キヨの思いがけない訪問から数日後

文久三年、二月八日

とうとう京へ出発する日が訪れた

「忘れ物は無いわね?ちゃんと食べて沢山寝るのよ!風邪には気をつけること!それから、」

母から息子への言葉の応酬

いずれも混沌渦巻く死と隣り合わせになりかねない地へ送り出さねばならぬ故であり

「もう!昨晩も同じことを聞いたではありませんか!大丈夫です!」

そんな二人のやりとりを見て、各々が、やれ、甘ったれだの、羨ましいだの、見苦しいなどと囃し立てる

「三吉も、独り立ちしないとなあ!」

母のしつこさに呆れている三吉の横で、藤堂が笑いを堪える

「さて、皆」

近藤のその声で、ばらばらだった皆の意識が集まる

「そろそろ出発しようか」

顔をきりりと引き締め、場の空気を変える

そんな何気無い所作でも統率を測ることができるのも、近藤勇という人間だからこそ

三吉は一年弱と言う短い期間で、そのことを悟っていた

各自見送りの者と言葉を交わした後、近藤を先頭に試衛館の面々は、江戸を出発した

道中に難有り

普段物腰の柔らかな山南が揉め事を起こしたり、宿の手配を任されていた近藤が、手違いで芹沢鴨の部屋を用意しそびれたりと冷や冷やする場面数多

三吉は余りの恐ろしさに何度寿命が縮むかと思ったかさえ忘れてしまった

そんな中でも何とか京へと辿り着くことができた

その後今回浪士達を集めた清河八郎の企みが露呈し、表向きにはこの浪士隊、将軍の警護を目的として集められたのであったが、実のところ尊皇攘夷の魁として京へ上洛したという真実が明らかになった

また、幕府から帰還の命が出ていることも

そのことを知った近藤たちは、「将軍の警護をする為に京へ登ったのに、このまま江戸へ帰るのは筋が通らない」と訴え、京へ残る者と、江戸へ帰る者とが袂を別った

京に居る間の宿は、壬生郷士の八木源之丞宅とその向かいにある前川邸とに分かれ、近藤たちは八木家を間借りして腰を落ち着けることとなった

一月程の間に目まぐるしく変わった状況から解放され、三吉は一人溜め息をつく

襖を開け、寝室へ入ると蒲団の支度を始める

この部屋で寝る予定の人数分を敷き、ごろんと寝転がった

今は二月

一応立春は迎えたがまだ肌寒い

温かい茶でも飲んで落ち着こう

そう思い立った三吉は、体を起こし廊下へと出る

すると、そこで鉢合わせたのは、

「せ、芹沢様...」

京までの道中に、火事騒動を起こした芹沢を思い出すと未だに三吉は身震いする

ましてや目の前にいるのだ

身体が石のように固まり動けない

芹沢は前川邸で寝泊まりをする筈である

如何して此処に...

「何だ。儂に何用だ」

鉄扇をびしと三吉に向ける

すると三吉は咄嗟に

「今からお茶を頂こうと思うのですが、御一緒に如何でしょうか!?」

と口走る

「何を企んでいるかは知らんが、まあいいだろう」

その返事が口から零れ落ちた刹那


三吉は己の行いに生まれて初めて後悔した
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