甘ったれ浅間

秋藤冨美

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第2部 一八六三年 浪士組上洛

事の起こり

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年が明けると、将軍警護を目的とした浪士募集の噂が江戸中を駆け巡った

その頃になると三吉の剣の腕も上達し、紙切を貰う程になっていた

「やっぱり、本当らしいぜ!きちんと仕事やりゃあ金子も出るようだし!」

「上様の為にこの腕を振るう日が来るとは!当に感慨の至りッ!」

様子を見てきた藤堂と近藤が帰ってきた

「へー!そりャ、よいよ楽しみだな!」

「上様を警護して、天子様の居る京へ上洛か。」

「おまけに身分問わず、ですよ!!」

京、か

自分はどうするのか

近藤達について行くのが正しいのか

此処に留まるのか

本来、三吉の目的は試衛館で剣術を修め、甘ったれを直すべく心身共に鍛えることである

其れが母の望みであり、自らの為...だと思うのだ

「勿論、三吉も行くよな!?」

藤堂が眼を輝かせながら、息巻く

「うーん。是非って言いたいけど、母上がなんて言うか」

「やはり貴方は甘ったれ、ですね。自分の事も己で決められないなんて」

沖田の蔑むような辛辣な言葉に三吉はムッとした

「ッ!あ、あ、甘ったれなんかじゃあ、ありません!私だって、此処で鍛えてきました!いいでしょう。私も御一緒に京へ登りますよ!」

ハッ...としたが既に後の祭り

頭に血が上り啖呵を切った後であった

「良かった!三吉も一緒だったら、尚更楽しみだ!」

「いやあ、此処に来た頃とは見違えるようだねえ。我が子の成長を感じる様だよ...」

井上はよよよ、と袖で涙を拭う

「何、三吉君、心配はいらぬ。母上には私が文を書いておこう。この短期間の内に紙切程の腕前になったのだから、京での活躍を期待しているぞ!」

ガハハと大きな口を開けて近藤が笑う

おまけに三吉の小さな背中をバシバシと叩くものだから、三吉は少しよろめく

「ま、相も変わらず、女みてえな面と細い足腰は変わんねえがな」

土方はククッと馬鹿にしたような笑みを浮かべる

「けど、其処がまた可愛らしいとこでもあろ?」

「おい。仮にも三吉は男なんだから、そういう言い方は...」

「永倉様。其れ、逆に傷つきます...」

三吉はズーンと沈む

何せ、顔のことは幼い頃からの悩みの種であり、特に八つ位の頃など女子と間違われ、拐われそうになった覚えがあったからだ

「美男子だと思うが。まあ確かに、女子の装いをすれば、女子と見紛うかも知れぬな」

せめて、一人くらいは同調せず慰めてほしいと密かに思うが...叶わぬ願いの様である

「か、顔のことは触れないでください...。この女子の様な顔のせいで...」

其処まで言うと三吉は口籠り、ワナワナと震える

「まあまあ。皆、この事についてはもうよそう。各自、支度を整えて、出立の日に備えようではないか。」

三吉の落ち込むのを見兼ねた近藤が、気を遣ってこの場を収めた

口々に文句を言いながらも皆がその場から離れると三吉は一人、井戸の方へ向かう

水を汲み上げ、ボーッとその中を覗く

「はあ...。もっと男らしい顔だったらなあ。この顔だから、甘ったれが余計酷く思えるのかもなあ」

自嘲的な笑いを浮かべ、其れを薙ぎ払う様に頭から水を被る



翌日風邪を引き、看病がてらに赤らんだ顔を見た皆がますます女子の様だと思ったことを三吉は知る由もない
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