甘ったれ浅間

秋藤冨美

文字の大きさ
上 下
7 / 13
第1部 一八六二年 春

忠臣蔵 其一

しおりを挟む
 メアリは楽しそうに遊ぶ双子とセシルの様子を庭の隅で見守っていた。
 双子が木に登り始めた時は少々心配したが、どうやらセシルは二人の悪戯を乗り越えたようで、ホッと一安心していた。

「いやぁ~。見込みのある若くて可愛いメイドちゃんが入ったんだね~」

 そう声をあげたのは、赤みがかった茶色い髪の中年執事である。メアリのクッキーを幸せそうに口に運び、遠目で双子の様子を見守っている。

「クロード。セシルはアルベリク様のメイドですからね?」
「はいはい。分かってますよ、母さん」

 ヘラヘラと返事をしたクロードは双子の執事で、メアリの息子だ。
 クロードが産まれた家系は、代々ファビウス家に仕えるローエン家。クロードの父は現当主エドワールの執事をしているし、娘はファビウス家の長女のメイドをしている。そして息子レクトはアルベリクの執事だ。
 クロードはもう一度メアリのクッキーを頬張った。

「母さん。明日もクッキー焼いてね?」
「勿論よ。でも、セシルに任せっきりじゃなくて、貴方も執事としてちゃんとお二人のお世話をするんですよ?」
「ははは。分かってるよ」

 クロードは遠くで遊ぶ双子とセシルへ目を向け小さく呟いた。

「セシルちゃんか……。いいねぇ……」

◇◇

 セシルと双子は小さな温室へ足を踏み入れた。
 枯れ草と雑草だらけの温室に、クロエは入ってすぐに不満を口にする。

「なんか……汚いわ」
「ご、ごめんなさい。まだ片付けが終わっていなくて……でも、ここなら芋虫さんの成長を見られると思って」
「いいな。それ。逃げないように温室の奥に放そうよ!」

 乗り気なレオンにクロエは頬を膨らませつつ、雑草をかき分け温室の奥へと足を進めた。

 温室の奥へいくと、小さな白い鉢が置かれていた。枯れた草が生えただけの物寂しい鉢を見て、クロエは瞳を曇らせた。

「クロエ様。どうかしましたか?」
「……この温室でね。お母様が薔薇を栽培していたんですって。いつか青い薔薇を咲かせたいって……」
「青い薔薇……?」

 セシルは青い薔薇を知っていた。

 一度目の記憶の時、セシルは庭作りに精を出していた。教会の裏庭で小さな畑や花壇を作り、少しでも生活の足しに出来たらと思っていたのだ。その時の記憶と経験から、聖女として教会で過ごしていた時も、庭作りに勤しんでいた。
 その頃である。青い薔薇の種をアルベリクから貰ったのは……。

 クロエは母を思い出したのか、そっと鉢植えの枯れ草に触れる。

「でも、青い薔薇は完成しなかったんだって……」
「えっ?」

 セシルはクロエの言葉と自分の記憶が合わないことに疑問を抱いた。
 聖女の時、セシルはアルベリクの指示で癒しの力を使って青い薔薇をたくさん咲かせていた。
 アルベリクは、ファビウス領を青い薔薇の名所にして人々を誘致しようとしていたから。要するに金儲けのために。

 しかしあの時、種は存在したのだから、もしかしたら青い薔薇は完成していて、今もアルベリクが持っているかもしれない。
 セシルがボーっと考え事をしていると、スカートをギュッとレオンが引っ張ってきた。

「ねぇ。早く芋虫を温室に放してやろうよ」
「そ、そうね。少し邪魔な草を抜いて、それからにしましょうか」
「うん。僕もやる。クロエは芋虫、持っててよ」
「うん。いいよ。レオンが言うなら……」

 クロエはレオンから芋虫を受け取ると、両手で大事そうに包み込んだ。やはり、クロエも芋虫は大丈夫なようだ。

「よぉし。セシル、早く早く!」
「はい。レオン様」

 クロエが見守る中、セシルはレオンと一緒に温室の片付けを始めようとした時、入り口から男性の声が響いた。

「おいおい。うちのレオン様に、なぁ~にやらせようとしているのかな?」
「えっ? レクト!? ……あれ。何か老けた?」

 セシルが執事の登場に驚くと、隣でレオンが大笑いした。

「あはは。クロードは僕の執事だよ。いつも庭の隅っこにいたんだよ?」
「いましたっけ?」
「ずっといましたよ。クッキー食べたかったんで、気配消してましたけど。因みに俺は、レクトのお父さんね」
「なんだ。似てると思ったらお父さんなのね……えっ。お父さん!?」

 再び驚きの声をあげたセシルに、レオンはまたキャッキャと笑い、クロードも調子に乗り胸を張って言い返す。

「そう。俺はレクトのお父さんだ! ついでに言っちゃうと~、メアリは俺の母さんだ!」
「ええっ!!?」

 そう言えば、レクトはメアリの事を婆様と読んでいたが、本当に血縁関係があるとは驚いた。隣にいたレオンは、笑いのツボにハマったらしく、お腹を抱えて笑い転げていた。

 ◇◇

 クロードが温室の片付けを手伝ってくれたことにより、想定以上に片付けは速く済んだ。第一印象はふざけた感じの人だと思ったが、その仕事ぶりは紳士的でスピーディーだった。

 一ヶ所だけ残しておいた雑草の近くに芋虫を乗せ、今日の作業は終了である。満足気なレオンとは裏腹に、クロエは顔には出さないようにしているが不満の色が伺えた。

 セシルはそんなクロエにこっそりと耳打ちする。

「クロエ様。温室も綺麗になりましたし、一緒に薔薇を育てませんか? 私、アルベリク様からお庭を任されているんですよ」
「えっ。そうなの……?」

 クロエはうつむき少し考えた後、唇を尖らせてもう一度口を開く。

「薔薇、育てたい。明日も……来てもいい?」
「はい。お待ちおります」

 セシルがにっこり笑顔を返すと、クロエは微かに口角を上げ前を歩くレオンの元へと走っていった。

 このまま双子と仲良くなって、クロードと立場を入れ変えて双子の専属メイドになったり……なんてことは出来ないのだろうか。
 愛らしい双子を前に、セシルはそんな事を妄想していた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

泣いた鬼の子

ふくろう
歴史・時代
「人を斬るだけの道具になるな…」 幼い双子の兄弟は動乱の幕末へ。 自分達の運命に抗いながら必死に生きた兄弟のお話。

綾衣

如月
歴史・時代
舞台は文政期の江戸。柏屋の若旦那の兵次郎は、退屈しのぎに太鼓持ちの助八を使って、江戸城に男根の絵を描くという、取り返しのつかない悪戯を行った。さらには退屈しのぎに手を出した、名代の綾衣という新造は、どうやらこの世のものではないようだ。やがて悪戯が露見しそうになって、戦々恐々とした日々を送る中、兵次郎は綾衣の幻想に悩まされることになる。岡本綺堂の「川越次郎兵衛」を題材にした作品です。

新選組の漢達

宵月葵
歴史・時代
     オトコマエな新選組の漢たちでお魅せしましょう。 新選組好きさんに贈る、一話完結の短篇集。 別途連載中のジャンル混合型長編小説『碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。』から、 歴史小説の要素のみを幾つか抽出したスピンオフ的短篇小説です。もちろん、本編をお読みいただいている必要はありません。 恋愛等の他要素は無くていいから新選組の歴史小説が読みたい、そんな方向けに書き直した短篇集です。 (ちなみに、一話完結ですが流れは作ってあります) 楽しんでいただけますように。       ★ 本小説では…のかわりに・を好んで使用しております ―もその場に応じ個数を変えて並べてます  

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

処理中です...