甘ったれ浅間

秋藤冨美

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第1部 一八六二年 春

可愛い子には旅をさせよ

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   一八六二年、四月。伊予松山にて剣の道を志さんとする者が一人。しかしながら、今にもその志が途絶えようとしていた____。


「浅間くん、明日から来なくてよろしい。 」

不意に出された言葉が深く胸に突き刺さる。

「え...。 」

そう言い放たれた青年は酷く狼狽している。ガラガラ!!力強く門が閉められた。

「出てけったって、どうしろって言うんだよう。 」

追い出されると同時に投げ渡された竹刀に目をやり、三吉は力無く呟く。暫くの間、門の前で考え込んでいたが通行人に怪しい目で見られたので、慌てて踵を返し家路へと向かう。

「ただいまあ。道場追い出されちゃったあ。 」

家に着き玄関先で草鞋を脱ぎながら、母にその旨を話す。すると突然鬼の顔に変わって、

「何をへらへら笑ってんだい。長男でもないのに、どうしてもってせがむから道場に通わせてやったのに何だいこの有様は。」

三吉の母は冷めた瞳で辛辣な言葉を並び立てる。

「俺だって精一杯やったんです。いっつも母上は手厳しいんだから。 」

耳が痛い言葉に受け流すように目を閉じながら、淡々と答える。

「あんたは最早ただの穀潰しだよ。さっさとこの家を出て行きなさい。」

その言葉に思わず耳を疑う。

「嘘、ですよね母上。そんな冗談笑えませんよ____。 」

一縷の望みをかけ、震える声で尋ねた。
恐怖で母の顔を見る事ができない。自分が今まで甘えて生きてきたという自覚はあるらしい。ついにこの時が来てしまった。見捨てられると。

「冗談であってたまるかい。私は本気で言ってるんだよ。大体あんたは甘ったれすぎなんだよ。男のくせに、この歳になっても嫁は取らない、働きにもいかない。自分の家も持たない。おまけにひょろひょろしてて、女々しいと来たもんだ。出て行けと言われても当然だろ。 」

心当たりがありすぎる。大方道場を追い出された理由もそこにあるだろう。

「悪かったよ。これからはちゃんと働きに出るし、嫁も取るから!追い出さないでおくれよ。 」

「だから...それが甘ったれてるって言うんだよ!!せいぜい自分で稼げるようになるんだね。それまではうちの敷居は跨がせないよ。 」

返す言葉も無い。確かに三吉には職がなかった。だからそういう点では、そこらの浪士と相違がないと言える。

「分かりました。...母上、一七年間お世話になりました。 」

三つ指を添えて頭を下げる。

「まあ情けでこれぐらいは渡しておいてやるよ。 」

そう言って少しの手荷物と、とある道場への行き方が示された地図を渡された。

「御厚意、痛み入ります。 」

「もう二度と会うことはないだろうがね。 」

そう冷たく言い放つと母は奥の部屋へ引っ込んだ。はて、これからどうしたものか。何はともあれ、まずは家を出なければ。そう考えて三吉は母から渡された手荷物と竹刀を持ち、家を飛び出した。玄関の戸が閉まる音がすると先程の鬼が口を開いて。

「三吉、これはお前のことを思ってのことなんだよ。辛く当たって本当にごめんね。でも、このままじゃ私がいなくなったとき生きていかれないだろうから...。頑張るんだよ。 」

...三吉の甘ったれの要因は母にも非があるようだ。
















































家を出て道成に進みながら地図を見ると。

「この図は...、江戸の試衛、館。聞いた覚えがある。確か戦場に強い流派だとか。天然理心流と言ったかな。ここへ行けと母上は申したのか。市谷甲良屋敷...。一体江戸のどの辺りであろう。 」

三吉の家は伊予の松山に有ったため、江戸へ行くには長く遠い道程になる。

「ふう...。仕方がない。行くか。 」

小さく溜息をつくと三吉は長く遠い、江戸への歩みを進めた。


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