剣士のはずの俺がサキュバスに転生してしまった

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 一応ダンジョンの奥まで行くと、そこには王座のような豪華なイスと、イスの横にオーブがあった。
「わあ、シンプルー。ところで、このオーブは何?」
 判明の指輪によると、なんかダンジョンオーブと表示された。これでダンジョン機能を使えるらしい。へえ、おもしろそう。ちょっと触ってみよう。
 と思って近づいたら、どこからか機械的な女性の声が聞こえてきた。
「こんにちは、ダンジョン踏破者様。私はこのダンジョンのコントロールシステムです」
「こ、この声はまさか、この場所の仕様?」
「今、このダンジョンにはダンジョンマスターがいません。よって、ここであなたが望むなら、あなたはここのダンジョンマスターとなれます。ダンジョンマスターになりますか?」
「ああ、ええっと。ダンジョンマスターになることで、何か俺に不都合なことはあるかな?」
「もしダンジョンマスターになられた場合、あなたは普通のモンスターではなくなります」
 ああ、それは大丈夫。俺元人間だから。もうそこは本当に身に染みてるから。ていうかモンスターに普通とかどうとか、ないから。
「ダンジョンマスターには、ダンジョンを運営している間永久の寿命と、ダンジョン内での生活が与えられます。そして、現在サキュバスであるあなたがダンジョンマスターとして登録できるダンジョンの数は最大一つまでです」
「つまり、ここでダンジョンマスターになったら、他のダンジョンを攻略してダンジョンマスターになることはできないの?」
「いいえ。あなたが所有しているダンジョンマスターとしての権利を放棄すれば、その分また別のダンジョンでダンジョンマスターとなれます。そして、ダンジョンマスターは一度外に出たとしても、地脈ネットワークを通じてこのダンジョンまで瞬間移動できます。ダンジョンマスターになることで変わる点は以上の通りです。ダンジョンマスターになりますか?」
「うーん。どうする、ロトルン?」
「わんわん?(よくわからないけど、今、ここで生活できるって言ってたよね。セイネはここに住みたいの?)」
「え、いや。元はゴリラがいたところだし、森と洞窟しかないし、できればここで暮らすっていうのは遠慮したいかなあ」
「お待ちくださいダンジョンマスター候補。このダンジョンの内装は、ダンジョンマスターの自由に変えられます。なので、自分の理想のダンジョンへとある程度作り変えることが可能です」
「へえ、そうなんだ。ん、ある程度?」
「わんわん?(第一ここで、強くなれるの?)」
「仕様上、ダンジョンでは、所有するダンジョンマスターやダンジョンマスターの仲間がダンジョン所属のモンスターを倒しても、取得経験値が10分の1になってしまします」
「え、10分の1?」
「わんわん?(どういうこと?)」
「つまり、俺かロトルンがダンジョンマスターになったら、ここの敵は十回倒しても一回分の経験値しかくれないんだって」
「わんわんわん!(それじゃあ意味ないじゃん、早くここを出よう!)」
「しかし、かわりにトレーニングルームやジムルームを利用することもできます。更に、ダンジョン内のモンスター達は基本ダンジョンマスターやその仲間達に攻撃しません。ここは一つくらいダンジョンの所有権を得ていても、損はないと思いますよ?」
「この音声、商魂たくましい感じだな。わかったよ。そんなに言うなら、ダンジョンマスターになってもいい」
「ご登録ありがとうございます。それではダンジョンマスター。今から、あなたの情報をダンジョンオーブに記録します。しばらくの間、動かないでいてください」
 次の瞬間、ダンジョンオーブから青い光が放たれ、俺の体を頭から足先までスキャンした。一応体はなんともない。
「おはようございます、マスター。現在のダンジョンポイントは8663です。何をいたしましょう?」
「まず、何ができるの?」
「今できることは、モンスター召喚、アイテム売買、部屋移動、部屋購入、倉庫整理、ダンジョン改造です」
「アイテム売買は何が買える?」
「ただいま、購入できるアイテム一覧を開きます」
 突然俺の前に、光の画面が現れた。なんだかステータス表示みたいだな。画面には端の方に小さく、武器、食べ物、家具、道具といった項目があり、中央よりの広い部分に、お気に入りのアイテムと、今各ダンジョンで人気となっているらしいアイテムの名前が、十個ずつくらい大きく表示されていた。
「ええと、なになに。お気に入りのアイテム。バナナボムミート3300ポイント。バナナハイジュース2800ポイント。バナナストロングプレート2700ポイント。なんか、全部バナナ系だな。ひょっとしてこれ、あの大ゴリラの買い物ログか?」
「わんわん!(食べ物、食べよう!)」
「ロトルン、お前さっき大ゴリラも食べたでしょ。お腹いっぱいじゃないのか?」
「わんわん(でもセイネはお腹空いてるはず。何か食べたいなら一緒に食べよ?)」
「そうか。ありがとうロトルン。俺のために言ってくれたのか。じゃあ、折角だから何か食べようかな。バナナ以外のものを」
 バナナはもう今までの戦いの中でさんざん食べてきたのだ。なので別な物が欲しい。
 俺は食べ物の項目を押して、何か気になるものが見つからないか探す。でも、ロトルンを待たせるのも悪いな。手っ取り早く決めよう。
「ええと、肉、肉、と。あと、できるだけチーズ。うーん、肉料理の一覧まではいけたけど、メニューが多いなあ」
「マスター。私が買い物候補をチョイスしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、ありがとう。音声さん。じゃあ、頼む」
「前のマスターは、私をレニアと呼んでいました」
「レニアか。良い名前だね」
「ありがとうございますマスター。マスターが望むなら、男性の声に変えることもできます」
「このままでいいよ」
「わかりました。では、候補を三つ表示します」
 一瞬で俺の目の前に、チーズバーガーとチーズハンバーグとミートピザの表示が現れた。しかも、チーズバーガーとミートピザはドリンクつきだ。
「じゃあ、チーズバーガーにしよう。ロトルンも、食べる?」
「わんわん(おいしいならなんでも食べる!)」
「そう。なら二つ頼んで、ドリンクは、コーラ二つでいいや。ん、サイズは小人用、人用、大型用、巨大用、かあ。じゃあ、人用と大型用。はい購入」
 俺は購入ボタンを押すと、光る画面に、購入ありがとうございました。と表示され、消える。そして、目の前に魔法陣が現れ、そこにサイズが異なるチーズバーガーとコーラが二つずつ現れる。当然、片手で持てるサイズのチーズバーガーが俺ので、五十センチ以上高さと横幅がある大きさのチーズバーガーがロトルンの分だ。
「わーい、いただきまーす」
 俺はチーズバーガーを手に取る。
「わんわん?(あれ、セイネの分小さくていいの?)」
「うん。これくらいが丁度いい。ぱくっ。んーおいしいー!」
 パンと肉とチーズとあとその他もろもろが一つに交じり合って、舌の上で激しいダンスを踊ってるぜ!
「ちゅー、コーラもおいしいー!」
「わんわん、わん!(ぱく、もぐもぐ。本当だおいしいー!)」
 俺とロトルンは、しばらくチーズバーガーを堪能した。

 数分後。
「ふう。美味しかった」
「わんわん(あれがいつも食べれるなら、ずっとここにいてもいいかも)」
「ご満足いただいてありがとうございます。ですが、先程のお買い物で4200ポイント使いました。同じ買い物をまたしてしまうと、所持ポイントがほぼ尽きてしまいます」
「でも、そのポイントって貯められるんでしょ。ゴリラだって貯めれたんだし」
「はい。しかし現在のダンジョンポイントは、4463ポイント、そこに明日になると加算されるダンジョンポイントは、416ポイントです」
「え?」
「わん?(ん、なんか少なくない?)」
「ダンジョンポイントの取得量は、ダンジョンがどれだけ強化されているかで決まります。現在ダンジョン内のモンスター数は56体。内8体がバナナイーターで、取得ポイントが120。19体がゴリゴリラで、取得ポイントが66。6体がアームロングゴリラで、75ポイント。火炎ゴリラが5体で、80ポイント。サポートゴリラが3体で、75ポイント。ダンジョン内の配置宝箱は0なので、アイテムによる取得ダンジョンポイントがありません。よって現在の一日の取得ダンジョンポイントは、416ポイントとなります」
 レニアに言われ、俺はがくぜんとする。
「な、んだと。モンスター数と宝箱の数で、もらえるポイントが変動する?」
「わんわんー!(な、なんだってー!)」
「モンスターは手あたり次第経験値に変えたし、宝箱の中身はほぼ全部ロトルンに食べさせちゃったし」
「わんわんわん?(それじゃあ416ポイントで、何が買えるの?)」
「400ポイントのおにぎり大型用一個と、10円チョコ人用サイズ一個が毎日買えます。それなら、毎日6ポイントたまりますよ。ああ、ちなみに、ダンジョンポイント取得タイミングは、毎日0時0分1秒です」
 スー。
 ああ、俺とロトルンの意識が遠くなる。
「わんわん(毎日一食だったら、絶対外でモンスターを食べてた方がいいよ。セイネ、もう行こう)」
「ああ、うん。というか、ダンジョンマスターの俺が一日チョコ一個かよ。まあいい、レニア。ごはんごちそうさま。というわけで、俺達はもう行くよ」
「ああ、お待ちくださいマスター。ダンジョンマスターがダンジョンから離れる場合、必ずサブマスターを任命してください。そうすれば、サブマスターがマスターのかわりにダンジョンを運営します」
「へえ。絶対やらなきゃダメなの?」
「そうしなければ、ダンジョンがあなたを外に出しません」
「ああそう。じゃあ、誰をサブマスターにすればいい?」
「わかりました。ただいまサブマスター候補を表示します」
 また俺の目の前に画面が広がる。うーん。選べるモンスターは、バナナ、ゴリラ、ゴリラ、ゴリラ。これは、選べないなあ。
「レニア、他にサブマスター候補は?」
「いません。が、ダンジョンポイントを消費して新たなモンスターを召喚すれば、その分サブマスター候補を増やせます」
「それだ。レニア、今からサブマスターを召喚するよ」
「わかりました。それでは、召喚できるモンスターの一覧を表示します」
 また俺の前に、モンスターの名前がずらーっと並ぶ。シャベルモグラに、チョウカマキリ。うーん、これじゃない。これじゃないなあ。
「レニア、なんか良い候補ない?」
「オーケーマスター。なら、とっておきのモンスターを紹介します」
 レニア、だんだんフランクになってきたなあ。
「ずばり、ここはサキュバスかインキュバスはいかがでしょう。マスターと同族ですし、決して悪くはないと思います」
「あー、サキュバスかインキュバスかー」
 男を誘惑する女モンスターか、女を誘惑する男モンスターか。
 そこは、選ぶとしたら、ほら、サキュバスでしょ。
 だって、インキュバスなんか増やして、どうするんだよ。
「じゃあ、サキュバスを召喚して」
「はい。ではマスター、画面の召喚をポチッと押してください」
 そう言われて、そこで気づく。え、サキュバスって3800ポイントも召喚に使うの。これでこのままそのサキュバスにマスターの役目をやらせたら、残りダンジョンポイント少なすぎて、嫌な顔されない?
 けど、他に任せられるモンスターがいないしなあ。えい、決めた。サキュバスにこのダンジョンのこれからを託そう!
「ポチッと」
 意を決してサキュバスの召喚を開始すると、10秒くらいでサキュバスが地下2階に召喚された。
「よし。レニア、それじゃあサキュバスをサブマスターにして」
「オーケーマスター。それでは、サブマスター決定画面を表示します」
 すぐにまたサブマスター選択画面が出る。そこで俺は、すぐにサキュバスを選び、サブマスターに任命した。
「サキュバスがサブマスターに登録されました。この場に呼びますか?」
 まあ、なんか一声かけておいた方が良いだろう。
「レニア、サキュバスをここにつれてきて」
「オーケーマスター。しばらくお待ちください」
 レニアがそう言うと、画面が消え、数秒後、ダンジョンオーブの近くに魔法陣が展開された。
 するとすぐに、魔法陣の中から水色の髪のサキュバスが現れる。
 魔法陣はすぐに消えて、サキュバスはきょとんとして俺とロトルンを見た。
「ああ、初めまして。俺はダンジョンマスターのヘロン。こっちは兄弟のロトルン」
「わおーん!(かわいい。俺ロトルン、よろしくね!)」
「あ、はい。マスター。あの、私になんのご用ですか?」
「何、ちょっと君に頼みたいことがあってね。俺とロトルンはもうこのダンジョンから出て行くから、俺のかわりのサブマスターになってもらいたいんだ」
「え、私がですか、や、やっぱり。でも、なんで?」
 おどろくサキュバス。俺はニッコリスマイルを送る。
「うん。やってくれるよね。まあ、もう任命した後なんだけど」
「そ、その笑顔は、ここで断ったらただじゃすまないっていう表情。わかりました。私、そのサブマスターっていうのをやります、がんばります!」
 おお、良かった。話が早くて助かる。
「じゃあレニア、今日からこのダンジョンはこのサキュバスが管理するから」
「オーケーマスター。しかし、そのサキュバスはまだ召喚したての新顔。名前も無いでしょう。折角ですから、マスターがこのサキュバスに名前を授けてみては?」
「名前か。うーん」
「わんわん!(それ賛成、セイネ、この子に名前をつけてあげて!)」
「あれ。ロトルンさん、マスターのことをなんて?」
「ああ、いいの。とにかく俺はヘロンだから。よし、決めた。君の髪の色が水色だから、君の名前はアクアだ!」
「ア、クア」
 アクアは目を閉じると、大きな胸に自分の両手を当てる。
「とても良い名前。私、今日からアクアです。よろしくお願いします!」
「よし、それじゃあアクア、俺とロトルンはしばらく戻ってこないと思うけど、その間ずっとサブマスターよろしく!」
「はい!」
 アクアがうなずく。うん、いい返事だ。このままずっと彼女にダンジョンを任せるというのもなんだかアレな気がするし、ふと気になったらまたここに寄ってみるとしよう。
「では現在と、そして明日から、その日の0時5分0秒時のダンジョンポイントの一割が、サブマスターの好きなように使えます。サブマスターがどれだけダンジョンポイントを自由に使えるかの設定変更は、ダンジョンマスターのみが行えます」
「ああ、それじゃあダンジョンポイントはアクアが全部自由に使っていいよ。レニア、そう設定しておいて」
「オーケーマスター」
「えーっと、それでマスター。サブマスターとか、ダンジョンポイントとかってなんですか?」
「その説明はレニアからしてもらって。それじゃあ俺とロトルンはもう行くから」
 アクアが現状を理解して、俺が気まずくなる前に、さっさと退散してしまおう。
「オーケーマスター。でしたらダンジョンの転送機能でマスターとその仲間のロトルンをダンジョン外までお送りします」
「え、そんなこともできるの。便利だなあダンジョン」
「わんわん!(会いたくなったらまた来るから、それまで他のオスに目移りしないでね!)」
「え、はい。わかりました。ではでかけるなら、いってらっしゃいませ!」
「うん。いってきます」
「わんわん!(またねー!)」
「それでは転送機能を起動します」
 俺とロトルンがアクアに手を振っていると、足元に魔法陣が現れ、数秒で俺達は瞬間移動する。
 そこで一瞬、何もしなくても毎日食事が出てくる天国を手放すのか。とも思ったが、しかしダンジョンにこもりきりの生活はちょっとダメな気がするし、何よりロトルンは旅をしたがっている。それに俺も一応は、バトルプリンセスを目指すという目標もある。ここはやはり、旅を続けるべきだ。そう確信して、俺は更なる戦いを覚悟する。
 とにかくこうして、俺達は無事に初めてのダンジョンを攻略したのだった。

 ダンジョンの転送機能の力で、一瞬でダンジョン最奥から外の森に移動する。それから少し歩くと、そこで偶然ばったり、8人の武装した男女と出会った。5人が男で、3人が女。男は武器を持った鎧姿、杖を持ったローブ姿と分かれているが、女3人は全員ローブ姿だ。
「ガーシー、モンスターだ!」
「ああ、っ、それに、あたりだ」
 8人全員が素早く武器を構えると、俺を見てにやりと笑う。これは、良くない雰囲気だ。
「ロトルン、戦うよ」
「わんわん?(人だけど、戦うの、ごはんは?)」
「そういう話が通じなさそうな雰囲気だ」
 まあ最初に会った冒険者の時も、恐喝同然な感じだったけど。
 けど、あいつらの装備、岩破壊の斧とか、風を貫く槍とか、魔を祓う鎧とか、名前だけ見てもすごそうなのを持ってる。ひょっとして、高レベル冒険者かな。
「補助魔法、レベル4、オールパワーアップ!」
 女の一人が杖を振り上げる。すると相手全員が虹色の光に包まれた。
「わんわん!(牙技レベル2刹那ハント!)」
 ロトルンが一気に動く。よし、俺もいくぜ!
「ふん、とろいオオカミだぜ。斧技レベル2二連撃!」
「きゃううん!(痛い!)」
 しかし、俺が槍を持った男に中炎の剣を向けて走っている間に、ロトルンが斧男の斧に切り裂かれた。
「ロトルン!」
「へっ、おめでたい友情だな。まさか敵の目の前で大きな隙をさらすとは。槍技レベル1直突き!」
 俺がロトルンを気にしている間に、槍男が俺との間合いをつめた。く、こいつら強いし速い!
「清剣技、清滅」
 あわてて相手の攻撃に清剣技を当てる。すると槍はほんのわずかしかそれず、俺の脇腹を少し貫いた。
「ぐ!」
「氷魔法レベル1氷の矢!」
「氷魔法レベル6氷の回転刃!」
 二人のローブ姿の女が魔法を使ってくる。
「清剣技清滅!」
「アンアンアンアンアン!(痛い痛い痛い!)」
 俺はなんとか魔法の矢を切り落とすが、ロトルンが氷の棘つき皿みたいな円形の凶器で体をけずられてしまう。いくつもの棘つきわっかが交互に逆回転して、ドリルみたいな勢いで体をけずってくるのだ。すごく痛そうだが、幸いロトルンはほぼ回避しきっていて、まだ軽傷で済んでいる。
 だが、相手は強い。そして何より、8対2というのがつらい。
 俺はここで、即座に判断した。
「ロトルン、逃げるぞ!」
 出だしは最悪、相手は無傷。こちらは負傷してしまう。ここは逃げの一手しかない。く、数と不穏な気配がする装備を見た時点で早く決断すべきだった!
「わん!(うん!)」
「妨害魔法レベル2速度低下」
「弓技レベル1強射」
「拳技レベル5飛拳!」
 ここで俺だけ移動速度が一気に下がる。ぐ、まるで、足の周りの空気だけが粘土にでもなって動きを妨害してくるかのようだ。とんできた矢は切り落とすが、目の前の槍男からは逃げられそうにない。それに何より、グローブをはめた男が拳から放った光の玉の連打を、かろうじて避けているロトルンの方が心配だ。
 明らかにロトルンへの攻撃は本気で、俺への攻撃が手加減されている。なぜだ、何か狙いがあるのか?
 く、とにかくだ!
「ロトルン、一人で逃げろ!」
「わんわん!(セイネはどうするの!)」
「俺は逃げきれない。けど、ロトルンが生きててくれたら本望だ!」
「わんわーん!(く、セイネ、絶対無事でいて!)」
 ロトルンはすぐさま俺に背を向けて、全力でこの場を去ろうとする。
「逃がすか。氷魔法レベル7アイスレーザー」
「氷魔法レベル7アイスレーザー」
「弓技レベル7壊滅の矢」
 そんなロトルンに向かって、やばい威力の遠距離攻撃が一度に三人から放たれる。
 うおお、ロトルン、死ぬなー!
「トリプルサンレーザー!」
 俺は素早く相手の攻撃に狙いを定めて、両手、尻尾からサンレーザーを放つ。持っていた中炎の剣は、放り捨てた。
 そのかいあって、敵の攻撃三つは俺のサンレーザーと相殺され、ロトルンは無事この場から逃げることができた。
「何!」
「なんだ、このサキュバス!」
 魔法使い達が驚く。しかし。
「エロい体ががらあきだぜ、サキュバスちゃんよ!」
 槍男の槍が、無防備な俺の体を瞬く間に何度も貫いた。
「うわあああ!」
 く、こんなにダメージを受けるのは初めてだ。いや、死んだ時以来か!
「手加減攻撃!」
「がはっ」
 最後に、腹に槍の柄の一撃を受けて、俺は倒れる。
 俺、負けるのか。せめて最後は、女の子の腕の中で終わりたかった。あの時みたいに。
「ふん。ヴァンパイアを倒した割には、ちょろいやつだったな。よし、後はこれをつけて」
 槍男が俺の体に、何かをつける。そして、俺の手から判明の指輪をうばい、かわりに手首に腕輪をはめられる。
「おい、ゲース。こいつに手錠を」
「わかってるよガーシー。ぐふふふふ。サキュバスちゃんゲーット」
 ガチャン。なんだ、これ、両手と両足に何かつけられたぞ。手錠と、足枷?
 更に、胸のあたりを縄で縛られて、背中の翼まで封じられてしまった。これで、飛んで逃げることもできないぞ。
「オオカミを逃がしたのは少し痛いな。しかもあれは大オオカミだった。毛皮は一体分で60万、瞳は二つで200万サルンだぞ」
「だが、このサキュバス様は900万サルンだ。わざわざこんなザコエリアまで来た分の元はとってる。お前ら、帰るぞ。村にはあいつらのために一報でもくれてやろう」
「俺を、どうする気だ」
 なんとか起き上がり、人間達をにらみつける。しかしやつらは、皆感じの悪い笑みを浮かべて俺を見ていた。
「はん。サキュバスちゃん如きが俺かよ。しかも、剣を使うといい、変わったやつだ。だが情報は一致してた」
 槍男がそう言っている間に、俺は女魔法使いの肩にかつがれる。
「ぐふふふ。君がセオーリ村でヴァンパイアを倒したっていう情報を、俺達は一早く聞きつけたんだよ。おかげで、誰にも先をこされずに捕まえることができた。ぐふふふ。やっぱりサキュバスは良いなあ。色気が違うよ」
 杖の男が言う。な、なんだと。俺を捕まえるためだけに、こいつらはここまで来たというのか。ち、まさかヴァンパイア退治をした結果こうなるとは。世の中何が起こるかわからん。
「ゲース、絶対サキュバスに手を出すなよ。こいつらにハマッて破滅したやつは数知れねえからな」
「わかってるよお。ぐふふふふ。俺はこのサキュバスちゃんを売った金で新しい奴隷を買うんだあ。そしたらそこでうんと楽しむよ。ぐふふふふ」
「な、ゲスな」
「そのゲスの金になって、役に立つんだお前は。くっくっく、良い気味だ」
 斧男が俺の横で笑う。く、まさかこんなやつらに負けるとは。けど、ロトルンだけでも逃げられて良かった。
「もう行こう。早く帰ってお風呂入りたい」
 一人の女が言う。その一言で、全員ある方向に歩き出した。
 まさか、ダンジョンから出てすぐにこんなことになるなんて。これからどうなることやら。ひとまず、なんとかなりますようにと祈っておこう。
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