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合計四人になった俺が、一斉に両手の鞭を操ってコウモリ達を打ち落としていく。更にロトルンが体をある程度元に戻して窓を塞いで、コウモリの逃げ道を封じる。ナイスだロトルン。
「ええい、窓が塞がれたら扉だ!」
コウモリは移動先を扉、つまり俺の後ろへと定めたが、それは通れない道だ。だって俺がいるから。
「うおー!」
ママにめっきりしごかれた鞭さばきによって、一秒間に十体前後のコウモリを叩き落す。
三人の幻は五秒くらいで消えたが、その効果は絶大。
幻狼遊撃拳の力で半分以下にまで減った飛ぶコウモリを、俺は全て、死に物狂いで叩き落した。
「ぐああ、まさか、一匹も逃げられないとは。一匹だけでも逃げられれば、そいつを基点に体を再構成できたのに!」
ヴァンパイアがそう言いながら、全てのコウモリの姿を闇に変えるように消して、人の姿に戻る。やっぱり、一匹でも逃がしたらアウトだったか。危なかったぜ。
「残念だったなヴァンパイア、お前はここで終わりだ。サンレーザー!」
ズビー。ママの鞭を投げ捨てながら手を伸ばし、そこから出たビームが一瞬でヴァンパイアに直撃する。
「ぎゃー!」
「わおーん!(そうれ追撃!)」
すかさずロトルンがかみかみ攻撃。さて、これでどうだ。
「くう、まさか私がこんなザコモンスター如きにここまでやられるとは、ありえん、ありえん!」
「ごめんねザコモンスターで。そのおわびに、お前を俺達の経験値にしてやるぜ!」
俺は鞭剣を剣モードに変えて、ロトルンを攻撃しようとする相手の動きを止めるようにズバズバと近距離攻撃する。
「く、なんだこのサキュバス、妙に強い!」
「あいにく戦闘しか能がないんでね。それじゃあ最後の、サンレーザー!」
三発目のとっておきを与える。たっぷり浴びせてあげると、ヴァンパイアはふらふらしながらその場に立った。
「く、はあ、なぜ、私が、こんな、ところまで、こんな、やつらにい!」
「あれ、俺これで魔力尽きたのに。それじゃあ、やっぱりいつも通り、剣技で決めますか!」
俺は真剣に鞭剣を構え、全力の一撃を放つ。
「清剣技、断罪」
「ぐはあ!」
「わんわん!(爪技レベル2、くいこみ、牙技レベル2、刹那ハント!)」
「ぎゃあああああ!」
あ。ロトルンが最後決めた。
ヴァンパイアは倒れ、経験値をくれる。あと、宝箱も出現した。だけど。
「あ、アア、よくもマイロードヲ!」
「マイ、マイロードー!」
この部屋にいた大人二人が、俺に走り寄る。
これ、きっと倒しちゃダメなパターンだよね。そういえばシャーリは、ヴァンパイアなんとかをしばったって言ってたな。
「清剣技、じゃないけど、てかげん攻撃。えい」
「アウ」
「ウアッ」
男女を倒す。
「お、お父さん、お母さん!」
すると少女が悲鳴をあげる。
「あ、えーと、俺は、どうしよう。そうだ、シャーリとミンティアに相談しよう。ロトルン、ここは任せた。もしその二人が起きたら、死なないように取り押さえるんだぞ」
「わん(いいよー、殺した方が楽だと思うけど)」
うん、ロトルンよ。問題なのは、殺したらまずそうってとこなんだ。そこ、人間社会で重要だからその内学んでほしい。殺人ダメ。絶対。
「じゃあ、そこの将来有望そうな美少女。少しの間そこのわんこと一緒にいてね。少ししたら助けがくるから!」
「え、ひい、おっきい」
少女はロトルンを見て腰をぬかす。俺しーらね。さっさと二人を呼んで後のことは任せよう。急いでこの家を出る。
それにしても、人助けかあ。今思い出すとなつかしいなあ。
人間の時のお父さん、お母さん。俺、今でも立派に清剣士やってるよ。自分の体も戦う相手もモンスターだけどさ。
ちょっと昔がなつかしくなって、その分人間の時には無かった翼を使っておもいきり飛んだ。月夜の下、夜風を切り裂く。この方が走るより速いというのが、なんともいえない。俺今、人間じゃないんだなあ。いや、心はちゃんと男だけれどもさ。
その後無事、シャーリとミンティアを呼ぶことに成功する。
シャーリとミンティアがヴァンパイアの死体がある部屋にかけつけると、少女がびくっとふるえた。
「あ、あなた達は?」
「私達は冒険者です。あなたは村長の一人娘のキュアですね。キュア、もう大丈夫です。この場は任せて」
シャーリがそう言うと、少女、キュアはホッとした。
「あれが、ヴァンパイア。大変、どうしよう」
そして、れいせいなシャーリとは反対に、ミンティアがこの場で困惑する。
「どうした、ちゃんともう倒したぞ」
「でも、ヴァンパイアはしばらくすると復活するんです。太陽の光に当てるか、高レベルの浄化魔法を使えば完全に倒すことができるんですけど、ミンティアはまだ浄化魔法をあまり憶えてないし」
「っ、私としたことが、修行不足です」
ミンティアはこの場で悔しがる。しかし、あの強さが復活するとなると、大変だぞ。俺の魔力ももうすっからかんだし、ひょっとすると二戦目は勝てないかもしれん。
「わんわん(ねえセイネ、俺お腹空いた。それ食べてもいい?)」
「え?」
ロトルンがヴァンパイアの死体に鼻を寄せてスンスンする。これは、いいのかな?
「ああ。できれば、全部食べてくれ」
「わんわんー(やったーおいしそう、いただきまーす。ガブリ)」
「うっ」
「ひっ」
「きゃー!」
少女三人が驚く。ミンティアは慌ててキュアの目をふさぐ。
俺はロトルンの食事風景を見慣れてるけど、普通の女の子は、こういう反応をするのか。そうだよな。こういう反応をするよな。これが自然だよな。慣れっておそろしい。
「これで死体の問題は片付くかな?」
「た、たぶんそうです。あ、宝箱」
シャーリがヴァンパイアから視線をそらすと、宝箱を見つける。宝箱の中には小さなサイズの月と、男用の服が入っていた。
「それは、月の方は君だけの月。本物の月と同じ力をもつ、だって。服の方は、闇の清服。光に強く当たっていない間体力と魔力を大きく自然回復させるだって」
俺は指輪の力で、見てわかるだけのことを言う。
「君だけの月って、すごく高価な代物じゃない!」
シャーリがおったまげる。
「この闇の清服も、もの凄く強いわ」
ミンティアもおったまげる。
「そんなに良いの、ならあげるけど」
「え、いいんですか!」
「いいよ。だって戦いに役立つ効果じゃないし、俺持ってる必要ないし」
「ありがとうございます。それではこのアイテムは、村のために役立てます!」
シャーリがそう言って頭を下げる。村のために役立てるだなんて、なんて良い子なんだ。普通高価な物は自分の物にしたくなるだろうに。俺が人間のままだったら絶対そうするのに。
「わん(げふ、ごちそうさま)」
「よし、ロトルン。きれいに食べたな、良い子だぞ。それで、この後俺はどうしたらいい?」
「ああ、お願いです。この後も、どうか村を見回ってください。まだローヴァンパイアがいるかもしれないから。朝になったら、後は私達が全部なんとかできますけど」
「うんオッケー。ところで、ローヴァンパイアって?」
説明よろしく。
「ヴァンパイアにかまれてしまった人達のことです。半分ヴァンパイアといった感じで、戦闘力はかまれる前と大して変わらないんですが、生き残って強くなるとヴァンパイアに進化してしまいます。でも、今ならまだ太陽の光か浄化魔法で元の人間に戻すことができるので、絶対に生かしておいてください」
「なるほど。まだ助けられる半分人間半分モンスターってわけね。わかった。ああ、それじゃあそこの二人は俺の鞭でしばっておくよ」
「よ、よろしくお願いします」
俺は魔力を使って鞭を生み出し、二人のローヴァンパイアの手を一つなぎにして縛る。うーん、まだ俺の鞭の方がママの鞭より弱いな。まだまだ力が足りないってことか。ママの鞭は、忘れずに回収しておこう。思い出の品でもあるし。
「あ、あの」
ミンティアが少女を守りながら言う。
「ん、どうした?」
「わ、私達を助けてくださり、ありがとうございます。大オオカミのロトルン様も、ありがとうございます」
ミンティアはそう言って、俺とロトルンに頭を下げる。
「うん、どういたしまして。でも、ヴァンパイアの脅威はまだ残ってるんでしょう。お礼は、朝になったらたっぷりしてくれていいから」
「はい」
「じゃ。いくよ、ロトルン」
「わん(わかった)」
俺とロトルンは素早く家を出る。
今もまだこの村にはヴァンパイアの脅威が残っているかもしれない。ローヴァンパイアはそんなに強くはないみたいだけど、急がなきゃ。
それから、俺とロトルンの仕事は思いのほか早く終わった。
村が小さいということもあり、村の冒険者達があっさり村中を回ったのだ。まだおそわれていなかった無事な村人達は、用心のため村の中央に集められた。知らない所でかまれてないか念のためだって。
それから冒険者達は、更に用心して村の外周を見て回り始めた。シャーリとミンティアだけは、村の中央で村人達の護衛兼皆の心の支えとなっている。
そして、俺を見た村人達は。
「見ろ、サキュバスだ。エロい!」
「本当だ、サキュバスだ。エロいぞ!」
「なんてことだ、なんてエロいんだ!」
「人を見てエロエロ言うな!」
このざまだ。当然俺は怒る。
「オオカミだ、きっと森の主だ」
「森の主がこの村を案じて来てくださったのだ」
「大きい、これが森の力」
「わおーん(なんだか、ちょっと眠くなってきちゃった)」
一方ロトルンを見た村人達は、畏敬の念を抱いていた。なんなんだよ本当。もっと俺にも感謝しろよ。敬えよ。俺だってロトルンと共に村を救ったんだぞ。ちょっと腹が立つ。
「お前達、俺はヘロン。通りすがりの清剣士だ。俺とこのロトルンは、今夜この村でヴァンパイアを倒した。つまり俺は、お前達に感謝されるいわれはあっても、エロ呼ばわりされる筋合いはない!」
そう言って、腕をくむ。その時俺の胸がぷるんとゆれる。
「おおお」
何人かの男達が感嘆する。それを女性ほぼ全員が冷たい目で見る。
「でもよ。俺は確かに今縄でしばられている、ローヴァンパイアにされちまったやつらは見た。けど、肝心のヴァンパイアを倒した証拠っていうのは、どこにあるんだ?」
一人の男にそう言われる。それは、うーん、えーと。
「ヴァンパイアの死体は、ロトルンが食べたから、もうない!」
しーん。
「こ、このモンスター達は、私がヴァンパイアに食べられそうになっているところを助けてくれたの。ヴァンパイアがやられるところも、私見た!」
そこで、キュアがはきはきと証言してくれる。おお、そうだ。彼女がいた。これで皆俺達のことをもっと敬ってくれるだろう。
「ヴァンパイアが倒れた時、この宝を落としました。君だけの月。そして闇の清服。これがヴァンパイアが倒された証拠です」
その時シャーリが君だけの月と闇の清服を、皆に見せるように持った。まあといっても、君だけの月だけは手の上で浮いているが。
「おー」
「これで俺は、この村の救世主だとわかったな!」
ここでえらそうにする俺。だって、まだお礼されてないし。
「でも、なぜサキュバスとオオカミ様が一緒にいるの?」
ここで、村人の女性にそう質問される。
「ロトルンは俺の、兄妹だ!」
しーん。
「あの、似ていませんね」
シャーリに言われた。
「俺も最初はびっくりした。でもモンスターって、そういうものらしい」
なんでもありなのだ。モンスターは。すぐ成長するし、朝から夜まで戦いづくしだし、肉体的にも精神的にも強くないと生き残れないのだ。
「皆さん。私は、私達の助けに即座に応じ、ヴァンパイアの元に駆けつけるヘロン様とロトルン様の勇姿を見ました!」
そこでミンティアがずずいと出てくる。あれ、様って何?
「私はその姿と、ヴァンパイアを倒したという功績に、心打たれました。しかもこのお二方は、お礼はほんの一食の肉とチーズとワインだけで良いのだそうです!」
「おー」
皆感心する。って、え。俺の取り分、村に来る前と変わってない。まあいいけど、なんかもったいない気がする。
「なので、ヘロン様とロトルン様のために、お肉屋さんは最高級のお肉を、チーズ屋さんは最高級のチーズを、お酒屋さんは最高級のワインを持ってきてください!」
「まあ、それくらいなら、お礼と思えば」
「さ、最高級って言われても、うちのチーズは全部同じだぞ」
「良い物か。まさかあれを、いやでも、相手はヴァンパイアを倒してくださった英雄様だもんなあ。モンスターだけど。仕方ないかなあ」
三人の男がいそいそと自分の家に戻り始める。
「うむ。よきにはからえ」
俺は、なんとなくそう言った。
「わーん(ちょっと眠るよー)」
ロトルンは、耳をぺったり伏せてうずくまり、目を閉じた。
まあ、一難あったが全てよしだ。このままごちそうしてもらって、その後、えーっと。
「ねえ、ミンティア。シャーリ」
「なんでしょうか、ヘロン様?」
「はい?」
「もしできるならさ、俺に家というか、人としての生活をプレゼントしてくれないかな。ほら、俺、人のごはんが食べたくて君達と村に来たわけだし、ヴァンパイアを倒した報酬だと思えば、そう悪くはないと思えない?」
「それはおそらく無理でしょう。モンスターが暮らしている村なんて、聞いたこともありません。他の村や町に知れ渡れば、すぐここは焼き討ちにあいます。モンスター使いに使役してもらい、村に住むという方法もありますが、私は人に従うヘロン様の姿なんて絶対見たくありません」
これはミンティアの意見。
「あの、あなたはこの村ではもう英雄なのですし、このまま去っていただいて、美談にされた方が良いと思われます。実はサキュバスって、捕獲依頼がかなり多いんですよ。好きな方が多くいらっしゃるというか、高レベル冒険者によく狙われるという話ですので、あまりこの村にはとどまらない方が良いと思います」
これはシャーリの考え。
そうだよね。俺モンスターだもんね。やっぱり人の生活なんて高望みしすぎだよね。はあ。
「わかった。約束通り、ごはんをもらったらすぐに去るよ」
「はい。あ、でもよしよろしければ、男の方を、その、ご用意しましょうか?」
ミンティアが顔を赤くしながら言う。
「男、なんで。俺男なんかよりミンティアとシャーリが良い」
「え!」
「え!」
おどろく二人。俺はあわてる。
「あ、うそうそ、冗談だから、だから、ひかないで!」
「あ、そうですか。冗談ですか。でも、なら、今だけは、ヘロン様におつきあいしますね」
「お、男より女を選ぶサキュバスなんて、聞いたことありませんよ」
ミンティアとシャーリは、そう言いながら俺の両肩を挟み合い、しなだれかかる。
この時俺は、幸せという言葉を実感した。
「はあ、女の子二人がよりそってくれる。これだよこれ、可愛い女の子達と仲良くなれるチャンス、最高。ああ、なんで今俺にはあれがないんだ」
幸せを感じながらもうなだれると、あれのかわりに自分にある大きな胸が目についてしまう。
なんか、天国と絶望が一緒にある感じだ。
「ヘロン様、あれってなんですか?」
「男気(ちんちーん)」
「ヘロンはそこいらの男より断然頼りになりますよ?」
「ありがとう、シャーリ。ああ、ミンティアもごはんを頼んでくれてありがとう。俺今、最高に幸せだよ」
惜しい点は、これがこの場限りというところだ。
俺はサキュバスの身を恨めしく思いながら、両手で二人をだきよせ、両隣の少女の柔らかい体と汗臭くも甘い香りを堪能した。
目の前で焚火がたかれ、そこで肉とチーズが焼かれる。
「さあ、ヘロン様。どうぞ」
そしてワインを注いだワイングラスを、ミンティアに手渡される。
「ありがとう」
俺はなるべくゆったりとした動きで香りを楽しんでから、まずはちょっぴり一口飲んだ。
ああ、これこれ。なんともいえない味だ。久しぶりのアルコール。良いね。
「はい、ロトルンもどうぞ」
シャーリがワインで満たした深皿をロトルンの鼻先に置く。するとロトルンは目をつぶったまま鼻を動かし、舌を出してワインをなめた。そして、そのままなめ続ける。
「うん、おいしいよ。ロトルンも満足しているようだ。この村に来たかいがあった」
「ご満足していただけたら、幸いです。おかわりもありますよ」
「それは良い」
俺は肉とチーズが焼けるのを待ちながら、ワインを適度に飲む。いくらおかわりできると言っても、限度というものがあるだろう。ここは2、3杯までにおさえて、かつ肉とチーズを食べる時用に残すように飲もう。
「久しぶりのワインだから、すごく美味しいよ。でも、このワインが良いのかな?」
「そのワインは、この村の8年前のものになります。その年はぶどうが豊作で、豊かな甘みと香りが一層強い一品となっております」
ワインを持ってきてくれた男が言った。
「ほう、それは良い。うん、ワインはとても美味しい。後は、肉とチーズだな」
そう言うと、肉を持って来た男とチーズを持って来た男が緊張する。
「お、俺の肉は、ナグリザルの胸肉を5日間ハーブ漬けした一品だ。この日まで漬けておいたものが一番美味いんだ。この村で一番高い肉だ!」
「俺のチーズは、どれも一緒だが、一か月しか発酵させてないやつ、半年のやつ、一年のやつの三つを持って来た。どうか食べ比べてくれ。パンも用意した」
「うんうん。どれも味が楽しみだ」
すぐにチーズが焚火の上でとけだし、食べ頃になった。全てパンに乗せられ、ミンティアが俺の前に、シャーリがロトルンの前まで運ぶ。
「どうぞ、ご賞味ください。ヘロン様」
「うん」
俺は早速チーズパンを食べた。
「もぐもぐ。うん、良い味だ。これこれ、これが食べたかったんだよ。はあ、毎日食べたいなあ。もぐもぐ」
「ほっ」
チーズの男がホッとする。ロトルンも完全に目を開けて、チーズパンを食べ始めた。
「わんわん、わん!(もぐもぐ、なにこれ、美味しい、超美味しい!)」
「そろそろ肉も焼けたぞ!」
男が串焼きの肉を焚火から離す。ミンティアとシャーリはそれを受け取り、俺はミンティアから受け取る。ロトルンはすぐにシャーリの手から、串ごと肉を食べた。
「わんわんわん!(おいしい、おいしいよこれ、もっとちょうだい!)」
俺は慌てて肉を食べる。
「ぱくぱく、ごくん。うん、肉はやわらかいし、ハーブがおいしい。食べれて良かった!」
「ああ、そうだろうそうだろう」
肉の男がうなずく。
「さて。それじゃあごちそうになったし、もう行くとするかな」
「わんわん?(あれもうないの?)」
「ロトルン、もうないんだって。だから行くよ」
「わんー(ざんねんー)」
ロトルンは耳をふせておちこむ。
「ヘロン様、もう行ってしまわれるのですね」
ミンティアが言う。
「おきをつけて。今回の御恩は、絶対に忘れません」
シャーリが言う。
「うん。また会った時は、よろしく。じゃあ、ロトルン。背中に乗ってもいい?」
「わんー(いいよー。でも人間って、おいしい物を持ってるんだね)」
「ああ、そうだね。それ」
俺は少し飛んで、ロトルンの背中に乗る。
「あの、助けてもらって、ありがとうございました!」
その時、キュアがそう言ったので、俺は笑って手を振った。
「じゃあね」
「うん、ばいばい!」
「わおーん!(いくよー!)」
ロトルンが走り出す。村人達から離れる。
「わんー?(で、どこに行く?)」
「そうだな。来た森は避けて、少し道沿いに走ってもいいかな?」
「わんー?(道ってどっちー?)」
「あっちかな。あっちに行こう、ロトルン」
「わんー(りょうかーい)」
久しぶりの人とのふれあいは心が安らいだけど、これはこの場限りの幸せだから、俺とロトルンは、また自然の中に戻る。
けど、いつかきっと、ゆっくりおだやかな、いつも笑顔でいられるような未来がくると信じて。今はただ、ひたすら強くなることだけを考えよう。
俺とロトルンの安息の地は、ここじゃない。だから、あてもなく求める。きっとこの先には、幸せなゴールが待っている。
また森の中に入り、どんどん奥に入る。するとやはり、夜昼問わずモンスターがおそいかかってきた。
けど、今回の森は植物系モンスターが多い。人食いキク、人食いバラ、人食いスイセン、どれも見た目花なくせに、近づいた途端、先っちょに口がついたツルや、まんべんなくトゲがついた根っこで攻撃してくる。あなどれんモンスターだ。まあそれでも比較的簡単に倒すけど。
「わんわん(もぐもぐ。こいつらあんまりおいしくない)」
「まあ、全部食べなくてもいいんじゃないか。残しても問題ないって」
「わんわんわん(そうだね。あーあ、おいしいものないかなあ。人間からもらったやつはおいしかったなあ)」
「あれはロトルンががんばったご褒美だから。また人を助けたら、その時きっとくれるよ」
「わんわん!(ほんと、なら俺、いっぱい人助ける!)」
「そうだね。またどこかで人と会ったら、話しかけようか」
俺とロトルンは食べかけの人食いスイセンの死体を残して、先に進む。今は昼頃。一応戦いは順調だ。
「ここら辺のモンスターは、ひょっとしたらもう弱いのかな。あんまり経験値がもらえてない感じだから、敵を見つけることよりもここから移動することを重視すべきかな」
「わんわん(ここのやつらおいしくないし、賛成ー)」
俺とロトルンは素早く移動する。敵を見つけてもなるべく無視し、どうしてもさけられない戦いだけやる。
そうしていると、数日後、一体の巨大人食いスイセンと出会った。
「スイシャー!(エモノ、エモノダー!)」
「うお、しゃべる植物モンスター。こいつは、強いのか?」
「わんわん!(先手必勝、爪技レベル1、切り裂き!)」
ロトルンが攻撃する。しかし、巨大スイセンはまだ元気だ。
「スイスイー!(倒ス、倒スー!)」
「気をつけろ、ロトルン。どうやら簡単には倒せなさそうだ!」
俺もそう言いながら、前左右と三方向から迫る口つきツルを回避しつつ近づき、鞭剣を剣モードにして斬りかかる。
「清剣技、清滅、双祇」
連続攻撃で斬りかかるが、弱る兆候はない。四方からとんでくるツルと根っこを回避しながら、ロトルンと共に敵の茎や花を攻撃し続ける。
「スイスイスイー!(ええい、水魔法レベル3、水の盾!)」
すると、巨大スイセンを守るように水の盾が現れた。水の盾は俺ばかりに向けられて、剣で攻撃してもほとんど防がれてしまう。
ならば、こちらも魔法を使うまでだ!
「太陽魔法レベル7、サンレーザー!」
ズビー。ビームが盾を貫いて花に当たる。これでどうだ。やったか?
「スイスイー!(超元気になったぞー!)」
直後、巨大スイセンの攻撃が速く、力強くなる。
「こ、これってひょっとして、太陽の光を浴びて元気になった感じー!」
「わんわん!(こいつ、強い!)」
しかも、水の盾はすぐに復活した。こうなったら、別の魔法を使ってやる!
「闇魔法レベル2、闇の刃!」
俺の前に大きな闇の刃が現れ、水の盾ごと巨大スイセンを切り裂く。しかしこの攻撃も決定打にはならず、そろそろ巨大スイセンの攻撃をさばききれなくなり、俺にダメージが入っていく。
「わおん!(スキル、いかく大!)」
「スイー!(ビ、ビビるー!)」
その時、ロトルンが吠えて、巨大スイセンをひるませた。相手からの攻撃が少しやむ。
「わんわん!(セイネ、今だ!)」
そう言ってロトルンが水の盾だけを攻撃して、大きくかき消す。確かに、巨大スイセンに大ダメージを与えるなら今しかない。
「ありがとうロトルン、いくぜ、スキル幻狼遊撃拳!」
俺は三体の幻を生み出し、更に自らもつっこんで捨て身の一撃を放つ。
「清剣技、影光≪えいこう≫!」
ここで俺は、昼限定の特別な技を使った。
俺と幻達の剣が、白く光る。その光の4連撃が、巨大スイセンの茎を切断する。
「ス、スイー!(や、やられたー!)」
ドシンと倒れる巨大スイセン。そこから大量の青白い光が放出され、俺とロトルンの体内に消えていく。
「ええい、窓が塞がれたら扉だ!」
コウモリは移動先を扉、つまり俺の後ろへと定めたが、それは通れない道だ。だって俺がいるから。
「うおー!」
ママにめっきりしごかれた鞭さばきによって、一秒間に十体前後のコウモリを叩き落す。
三人の幻は五秒くらいで消えたが、その効果は絶大。
幻狼遊撃拳の力で半分以下にまで減った飛ぶコウモリを、俺は全て、死に物狂いで叩き落した。
「ぐああ、まさか、一匹も逃げられないとは。一匹だけでも逃げられれば、そいつを基点に体を再構成できたのに!」
ヴァンパイアがそう言いながら、全てのコウモリの姿を闇に変えるように消して、人の姿に戻る。やっぱり、一匹でも逃がしたらアウトだったか。危なかったぜ。
「残念だったなヴァンパイア、お前はここで終わりだ。サンレーザー!」
ズビー。ママの鞭を投げ捨てながら手を伸ばし、そこから出たビームが一瞬でヴァンパイアに直撃する。
「ぎゃー!」
「わおーん!(そうれ追撃!)」
すかさずロトルンがかみかみ攻撃。さて、これでどうだ。
「くう、まさか私がこんなザコモンスター如きにここまでやられるとは、ありえん、ありえん!」
「ごめんねザコモンスターで。そのおわびに、お前を俺達の経験値にしてやるぜ!」
俺は鞭剣を剣モードに変えて、ロトルンを攻撃しようとする相手の動きを止めるようにズバズバと近距離攻撃する。
「く、なんだこのサキュバス、妙に強い!」
「あいにく戦闘しか能がないんでね。それじゃあ最後の、サンレーザー!」
三発目のとっておきを与える。たっぷり浴びせてあげると、ヴァンパイアはふらふらしながらその場に立った。
「く、はあ、なぜ、私が、こんな、ところまで、こんな、やつらにい!」
「あれ、俺これで魔力尽きたのに。それじゃあ、やっぱりいつも通り、剣技で決めますか!」
俺は真剣に鞭剣を構え、全力の一撃を放つ。
「清剣技、断罪」
「ぐはあ!」
「わんわん!(爪技レベル2、くいこみ、牙技レベル2、刹那ハント!)」
「ぎゃあああああ!」
あ。ロトルンが最後決めた。
ヴァンパイアは倒れ、経験値をくれる。あと、宝箱も出現した。だけど。
「あ、アア、よくもマイロードヲ!」
「マイ、マイロードー!」
この部屋にいた大人二人が、俺に走り寄る。
これ、きっと倒しちゃダメなパターンだよね。そういえばシャーリは、ヴァンパイアなんとかをしばったって言ってたな。
「清剣技、じゃないけど、てかげん攻撃。えい」
「アウ」
「ウアッ」
男女を倒す。
「お、お父さん、お母さん!」
すると少女が悲鳴をあげる。
「あ、えーと、俺は、どうしよう。そうだ、シャーリとミンティアに相談しよう。ロトルン、ここは任せた。もしその二人が起きたら、死なないように取り押さえるんだぞ」
「わん(いいよー、殺した方が楽だと思うけど)」
うん、ロトルンよ。問題なのは、殺したらまずそうってとこなんだ。そこ、人間社会で重要だからその内学んでほしい。殺人ダメ。絶対。
「じゃあ、そこの将来有望そうな美少女。少しの間そこのわんこと一緒にいてね。少ししたら助けがくるから!」
「え、ひい、おっきい」
少女はロトルンを見て腰をぬかす。俺しーらね。さっさと二人を呼んで後のことは任せよう。急いでこの家を出る。
それにしても、人助けかあ。今思い出すとなつかしいなあ。
人間の時のお父さん、お母さん。俺、今でも立派に清剣士やってるよ。自分の体も戦う相手もモンスターだけどさ。
ちょっと昔がなつかしくなって、その分人間の時には無かった翼を使っておもいきり飛んだ。月夜の下、夜風を切り裂く。この方が走るより速いというのが、なんともいえない。俺今、人間じゃないんだなあ。いや、心はちゃんと男だけれどもさ。
その後無事、シャーリとミンティアを呼ぶことに成功する。
シャーリとミンティアがヴァンパイアの死体がある部屋にかけつけると、少女がびくっとふるえた。
「あ、あなた達は?」
「私達は冒険者です。あなたは村長の一人娘のキュアですね。キュア、もう大丈夫です。この場は任せて」
シャーリがそう言うと、少女、キュアはホッとした。
「あれが、ヴァンパイア。大変、どうしよう」
そして、れいせいなシャーリとは反対に、ミンティアがこの場で困惑する。
「どうした、ちゃんともう倒したぞ」
「でも、ヴァンパイアはしばらくすると復活するんです。太陽の光に当てるか、高レベルの浄化魔法を使えば完全に倒すことができるんですけど、ミンティアはまだ浄化魔法をあまり憶えてないし」
「っ、私としたことが、修行不足です」
ミンティアはこの場で悔しがる。しかし、あの強さが復活するとなると、大変だぞ。俺の魔力ももうすっからかんだし、ひょっとすると二戦目は勝てないかもしれん。
「わんわん(ねえセイネ、俺お腹空いた。それ食べてもいい?)」
「え?」
ロトルンがヴァンパイアの死体に鼻を寄せてスンスンする。これは、いいのかな?
「ああ。できれば、全部食べてくれ」
「わんわんー(やったーおいしそう、いただきまーす。ガブリ)」
「うっ」
「ひっ」
「きゃー!」
少女三人が驚く。ミンティアは慌ててキュアの目をふさぐ。
俺はロトルンの食事風景を見慣れてるけど、普通の女の子は、こういう反応をするのか。そうだよな。こういう反応をするよな。これが自然だよな。慣れっておそろしい。
「これで死体の問題は片付くかな?」
「た、たぶんそうです。あ、宝箱」
シャーリがヴァンパイアから視線をそらすと、宝箱を見つける。宝箱の中には小さなサイズの月と、男用の服が入っていた。
「それは、月の方は君だけの月。本物の月と同じ力をもつ、だって。服の方は、闇の清服。光に強く当たっていない間体力と魔力を大きく自然回復させるだって」
俺は指輪の力で、見てわかるだけのことを言う。
「君だけの月って、すごく高価な代物じゃない!」
シャーリがおったまげる。
「この闇の清服も、もの凄く強いわ」
ミンティアもおったまげる。
「そんなに良いの、ならあげるけど」
「え、いいんですか!」
「いいよ。だって戦いに役立つ効果じゃないし、俺持ってる必要ないし」
「ありがとうございます。それではこのアイテムは、村のために役立てます!」
シャーリがそう言って頭を下げる。村のために役立てるだなんて、なんて良い子なんだ。普通高価な物は自分の物にしたくなるだろうに。俺が人間のままだったら絶対そうするのに。
「わん(げふ、ごちそうさま)」
「よし、ロトルン。きれいに食べたな、良い子だぞ。それで、この後俺はどうしたらいい?」
「ああ、お願いです。この後も、どうか村を見回ってください。まだローヴァンパイアがいるかもしれないから。朝になったら、後は私達が全部なんとかできますけど」
「うんオッケー。ところで、ローヴァンパイアって?」
説明よろしく。
「ヴァンパイアにかまれてしまった人達のことです。半分ヴァンパイアといった感じで、戦闘力はかまれる前と大して変わらないんですが、生き残って強くなるとヴァンパイアに進化してしまいます。でも、今ならまだ太陽の光か浄化魔法で元の人間に戻すことができるので、絶対に生かしておいてください」
「なるほど。まだ助けられる半分人間半分モンスターってわけね。わかった。ああ、それじゃあそこの二人は俺の鞭でしばっておくよ」
「よ、よろしくお願いします」
俺は魔力を使って鞭を生み出し、二人のローヴァンパイアの手を一つなぎにして縛る。うーん、まだ俺の鞭の方がママの鞭より弱いな。まだまだ力が足りないってことか。ママの鞭は、忘れずに回収しておこう。思い出の品でもあるし。
「あ、あの」
ミンティアが少女を守りながら言う。
「ん、どうした?」
「わ、私達を助けてくださり、ありがとうございます。大オオカミのロトルン様も、ありがとうございます」
ミンティアはそう言って、俺とロトルンに頭を下げる。
「うん、どういたしまして。でも、ヴァンパイアの脅威はまだ残ってるんでしょう。お礼は、朝になったらたっぷりしてくれていいから」
「はい」
「じゃ。いくよ、ロトルン」
「わん(わかった)」
俺とロトルンは素早く家を出る。
今もまだこの村にはヴァンパイアの脅威が残っているかもしれない。ローヴァンパイアはそんなに強くはないみたいだけど、急がなきゃ。
それから、俺とロトルンの仕事は思いのほか早く終わった。
村が小さいということもあり、村の冒険者達があっさり村中を回ったのだ。まだおそわれていなかった無事な村人達は、用心のため村の中央に集められた。知らない所でかまれてないか念のためだって。
それから冒険者達は、更に用心して村の外周を見て回り始めた。シャーリとミンティアだけは、村の中央で村人達の護衛兼皆の心の支えとなっている。
そして、俺を見た村人達は。
「見ろ、サキュバスだ。エロい!」
「本当だ、サキュバスだ。エロいぞ!」
「なんてことだ、なんてエロいんだ!」
「人を見てエロエロ言うな!」
このざまだ。当然俺は怒る。
「オオカミだ、きっと森の主だ」
「森の主がこの村を案じて来てくださったのだ」
「大きい、これが森の力」
「わおーん(なんだか、ちょっと眠くなってきちゃった)」
一方ロトルンを見た村人達は、畏敬の念を抱いていた。なんなんだよ本当。もっと俺にも感謝しろよ。敬えよ。俺だってロトルンと共に村を救ったんだぞ。ちょっと腹が立つ。
「お前達、俺はヘロン。通りすがりの清剣士だ。俺とこのロトルンは、今夜この村でヴァンパイアを倒した。つまり俺は、お前達に感謝されるいわれはあっても、エロ呼ばわりされる筋合いはない!」
そう言って、腕をくむ。その時俺の胸がぷるんとゆれる。
「おおお」
何人かの男達が感嘆する。それを女性ほぼ全員が冷たい目で見る。
「でもよ。俺は確かに今縄でしばられている、ローヴァンパイアにされちまったやつらは見た。けど、肝心のヴァンパイアを倒した証拠っていうのは、どこにあるんだ?」
一人の男にそう言われる。それは、うーん、えーと。
「ヴァンパイアの死体は、ロトルンが食べたから、もうない!」
しーん。
「こ、このモンスター達は、私がヴァンパイアに食べられそうになっているところを助けてくれたの。ヴァンパイアがやられるところも、私見た!」
そこで、キュアがはきはきと証言してくれる。おお、そうだ。彼女がいた。これで皆俺達のことをもっと敬ってくれるだろう。
「ヴァンパイアが倒れた時、この宝を落としました。君だけの月。そして闇の清服。これがヴァンパイアが倒された証拠です」
その時シャーリが君だけの月と闇の清服を、皆に見せるように持った。まあといっても、君だけの月だけは手の上で浮いているが。
「おー」
「これで俺は、この村の救世主だとわかったな!」
ここでえらそうにする俺。だって、まだお礼されてないし。
「でも、なぜサキュバスとオオカミ様が一緒にいるの?」
ここで、村人の女性にそう質問される。
「ロトルンは俺の、兄妹だ!」
しーん。
「あの、似ていませんね」
シャーリに言われた。
「俺も最初はびっくりした。でもモンスターって、そういうものらしい」
なんでもありなのだ。モンスターは。すぐ成長するし、朝から夜まで戦いづくしだし、肉体的にも精神的にも強くないと生き残れないのだ。
「皆さん。私は、私達の助けに即座に応じ、ヴァンパイアの元に駆けつけるヘロン様とロトルン様の勇姿を見ました!」
そこでミンティアがずずいと出てくる。あれ、様って何?
「私はその姿と、ヴァンパイアを倒したという功績に、心打たれました。しかもこのお二方は、お礼はほんの一食の肉とチーズとワインだけで良いのだそうです!」
「おー」
皆感心する。って、え。俺の取り分、村に来る前と変わってない。まあいいけど、なんかもったいない気がする。
「なので、ヘロン様とロトルン様のために、お肉屋さんは最高級のお肉を、チーズ屋さんは最高級のチーズを、お酒屋さんは最高級のワインを持ってきてください!」
「まあ、それくらいなら、お礼と思えば」
「さ、最高級って言われても、うちのチーズは全部同じだぞ」
「良い物か。まさかあれを、いやでも、相手はヴァンパイアを倒してくださった英雄様だもんなあ。モンスターだけど。仕方ないかなあ」
三人の男がいそいそと自分の家に戻り始める。
「うむ。よきにはからえ」
俺は、なんとなくそう言った。
「わーん(ちょっと眠るよー)」
ロトルンは、耳をぺったり伏せてうずくまり、目を閉じた。
まあ、一難あったが全てよしだ。このままごちそうしてもらって、その後、えーっと。
「ねえ、ミンティア。シャーリ」
「なんでしょうか、ヘロン様?」
「はい?」
「もしできるならさ、俺に家というか、人としての生活をプレゼントしてくれないかな。ほら、俺、人のごはんが食べたくて君達と村に来たわけだし、ヴァンパイアを倒した報酬だと思えば、そう悪くはないと思えない?」
「それはおそらく無理でしょう。モンスターが暮らしている村なんて、聞いたこともありません。他の村や町に知れ渡れば、すぐここは焼き討ちにあいます。モンスター使いに使役してもらい、村に住むという方法もありますが、私は人に従うヘロン様の姿なんて絶対見たくありません」
これはミンティアの意見。
「あの、あなたはこの村ではもう英雄なのですし、このまま去っていただいて、美談にされた方が良いと思われます。実はサキュバスって、捕獲依頼がかなり多いんですよ。好きな方が多くいらっしゃるというか、高レベル冒険者によく狙われるという話ですので、あまりこの村にはとどまらない方が良いと思います」
これはシャーリの考え。
そうだよね。俺モンスターだもんね。やっぱり人の生活なんて高望みしすぎだよね。はあ。
「わかった。約束通り、ごはんをもらったらすぐに去るよ」
「はい。あ、でもよしよろしければ、男の方を、その、ご用意しましょうか?」
ミンティアが顔を赤くしながら言う。
「男、なんで。俺男なんかよりミンティアとシャーリが良い」
「え!」
「え!」
おどろく二人。俺はあわてる。
「あ、うそうそ、冗談だから、だから、ひかないで!」
「あ、そうですか。冗談ですか。でも、なら、今だけは、ヘロン様におつきあいしますね」
「お、男より女を選ぶサキュバスなんて、聞いたことありませんよ」
ミンティアとシャーリは、そう言いながら俺の両肩を挟み合い、しなだれかかる。
この時俺は、幸せという言葉を実感した。
「はあ、女の子二人がよりそってくれる。これだよこれ、可愛い女の子達と仲良くなれるチャンス、最高。ああ、なんで今俺にはあれがないんだ」
幸せを感じながらもうなだれると、あれのかわりに自分にある大きな胸が目についてしまう。
なんか、天国と絶望が一緒にある感じだ。
「ヘロン様、あれってなんですか?」
「男気(ちんちーん)」
「ヘロンはそこいらの男より断然頼りになりますよ?」
「ありがとう、シャーリ。ああ、ミンティアもごはんを頼んでくれてありがとう。俺今、最高に幸せだよ」
惜しい点は、これがこの場限りというところだ。
俺はサキュバスの身を恨めしく思いながら、両手で二人をだきよせ、両隣の少女の柔らかい体と汗臭くも甘い香りを堪能した。
目の前で焚火がたかれ、そこで肉とチーズが焼かれる。
「さあ、ヘロン様。どうぞ」
そしてワインを注いだワイングラスを、ミンティアに手渡される。
「ありがとう」
俺はなるべくゆったりとした動きで香りを楽しんでから、まずはちょっぴり一口飲んだ。
ああ、これこれ。なんともいえない味だ。久しぶりのアルコール。良いね。
「はい、ロトルンもどうぞ」
シャーリがワインで満たした深皿をロトルンの鼻先に置く。するとロトルンは目をつぶったまま鼻を動かし、舌を出してワインをなめた。そして、そのままなめ続ける。
「うん、おいしいよ。ロトルンも満足しているようだ。この村に来たかいがあった」
「ご満足していただけたら、幸いです。おかわりもありますよ」
「それは良い」
俺は肉とチーズが焼けるのを待ちながら、ワインを適度に飲む。いくらおかわりできると言っても、限度というものがあるだろう。ここは2、3杯までにおさえて、かつ肉とチーズを食べる時用に残すように飲もう。
「久しぶりのワインだから、すごく美味しいよ。でも、このワインが良いのかな?」
「そのワインは、この村の8年前のものになります。その年はぶどうが豊作で、豊かな甘みと香りが一層強い一品となっております」
ワインを持ってきてくれた男が言った。
「ほう、それは良い。うん、ワインはとても美味しい。後は、肉とチーズだな」
そう言うと、肉を持って来た男とチーズを持って来た男が緊張する。
「お、俺の肉は、ナグリザルの胸肉を5日間ハーブ漬けした一品だ。この日まで漬けておいたものが一番美味いんだ。この村で一番高い肉だ!」
「俺のチーズは、どれも一緒だが、一か月しか発酵させてないやつ、半年のやつ、一年のやつの三つを持って来た。どうか食べ比べてくれ。パンも用意した」
「うんうん。どれも味が楽しみだ」
すぐにチーズが焚火の上でとけだし、食べ頃になった。全てパンに乗せられ、ミンティアが俺の前に、シャーリがロトルンの前まで運ぶ。
「どうぞ、ご賞味ください。ヘロン様」
「うん」
俺は早速チーズパンを食べた。
「もぐもぐ。うん、良い味だ。これこれ、これが食べたかったんだよ。はあ、毎日食べたいなあ。もぐもぐ」
「ほっ」
チーズの男がホッとする。ロトルンも完全に目を開けて、チーズパンを食べ始めた。
「わんわん、わん!(もぐもぐ、なにこれ、美味しい、超美味しい!)」
「そろそろ肉も焼けたぞ!」
男が串焼きの肉を焚火から離す。ミンティアとシャーリはそれを受け取り、俺はミンティアから受け取る。ロトルンはすぐにシャーリの手から、串ごと肉を食べた。
「わんわんわん!(おいしい、おいしいよこれ、もっとちょうだい!)」
俺は慌てて肉を食べる。
「ぱくぱく、ごくん。うん、肉はやわらかいし、ハーブがおいしい。食べれて良かった!」
「ああ、そうだろうそうだろう」
肉の男がうなずく。
「さて。それじゃあごちそうになったし、もう行くとするかな」
「わんわん?(あれもうないの?)」
「ロトルン、もうないんだって。だから行くよ」
「わんー(ざんねんー)」
ロトルンは耳をふせておちこむ。
「ヘロン様、もう行ってしまわれるのですね」
ミンティアが言う。
「おきをつけて。今回の御恩は、絶対に忘れません」
シャーリが言う。
「うん。また会った時は、よろしく。じゃあ、ロトルン。背中に乗ってもいい?」
「わんー(いいよー。でも人間って、おいしい物を持ってるんだね)」
「ああ、そうだね。それ」
俺は少し飛んで、ロトルンの背中に乗る。
「あの、助けてもらって、ありがとうございました!」
その時、キュアがそう言ったので、俺は笑って手を振った。
「じゃあね」
「うん、ばいばい!」
「わおーん!(いくよー!)」
ロトルンが走り出す。村人達から離れる。
「わんー?(で、どこに行く?)」
「そうだな。来た森は避けて、少し道沿いに走ってもいいかな?」
「わんー?(道ってどっちー?)」
「あっちかな。あっちに行こう、ロトルン」
「わんー(りょうかーい)」
久しぶりの人とのふれあいは心が安らいだけど、これはこの場限りの幸せだから、俺とロトルンは、また自然の中に戻る。
けど、いつかきっと、ゆっくりおだやかな、いつも笑顔でいられるような未来がくると信じて。今はただ、ひたすら強くなることだけを考えよう。
俺とロトルンの安息の地は、ここじゃない。だから、あてもなく求める。きっとこの先には、幸せなゴールが待っている。
また森の中に入り、どんどん奥に入る。するとやはり、夜昼問わずモンスターがおそいかかってきた。
けど、今回の森は植物系モンスターが多い。人食いキク、人食いバラ、人食いスイセン、どれも見た目花なくせに、近づいた途端、先っちょに口がついたツルや、まんべんなくトゲがついた根っこで攻撃してくる。あなどれんモンスターだ。まあそれでも比較的簡単に倒すけど。
「わんわん(もぐもぐ。こいつらあんまりおいしくない)」
「まあ、全部食べなくてもいいんじゃないか。残しても問題ないって」
「わんわんわん(そうだね。あーあ、おいしいものないかなあ。人間からもらったやつはおいしかったなあ)」
「あれはロトルンががんばったご褒美だから。また人を助けたら、その時きっとくれるよ」
「わんわん!(ほんと、なら俺、いっぱい人助ける!)」
「そうだね。またどこかで人と会ったら、話しかけようか」
俺とロトルンは食べかけの人食いスイセンの死体を残して、先に進む。今は昼頃。一応戦いは順調だ。
「ここら辺のモンスターは、ひょっとしたらもう弱いのかな。あんまり経験値がもらえてない感じだから、敵を見つけることよりもここから移動することを重視すべきかな」
「わんわん(ここのやつらおいしくないし、賛成ー)」
俺とロトルンは素早く移動する。敵を見つけてもなるべく無視し、どうしてもさけられない戦いだけやる。
そうしていると、数日後、一体の巨大人食いスイセンと出会った。
「スイシャー!(エモノ、エモノダー!)」
「うお、しゃべる植物モンスター。こいつは、強いのか?」
「わんわん!(先手必勝、爪技レベル1、切り裂き!)」
ロトルンが攻撃する。しかし、巨大スイセンはまだ元気だ。
「スイスイー!(倒ス、倒スー!)」
「気をつけろ、ロトルン。どうやら簡単には倒せなさそうだ!」
俺もそう言いながら、前左右と三方向から迫る口つきツルを回避しつつ近づき、鞭剣を剣モードにして斬りかかる。
「清剣技、清滅、双祇」
連続攻撃で斬りかかるが、弱る兆候はない。四方からとんでくるツルと根っこを回避しながら、ロトルンと共に敵の茎や花を攻撃し続ける。
「スイスイスイー!(ええい、水魔法レベル3、水の盾!)」
すると、巨大スイセンを守るように水の盾が現れた。水の盾は俺ばかりに向けられて、剣で攻撃してもほとんど防がれてしまう。
ならば、こちらも魔法を使うまでだ!
「太陽魔法レベル7、サンレーザー!」
ズビー。ビームが盾を貫いて花に当たる。これでどうだ。やったか?
「スイスイー!(超元気になったぞー!)」
直後、巨大スイセンの攻撃が速く、力強くなる。
「こ、これってひょっとして、太陽の光を浴びて元気になった感じー!」
「わんわん!(こいつ、強い!)」
しかも、水の盾はすぐに復活した。こうなったら、別の魔法を使ってやる!
「闇魔法レベル2、闇の刃!」
俺の前に大きな闇の刃が現れ、水の盾ごと巨大スイセンを切り裂く。しかしこの攻撃も決定打にはならず、そろそろ巨大スイセンの攻撃をさばききれなくなり、俺にダメージが入っていく。
「わおん!(スキル、いかく大!)」
「スイー!(ビ、ビビるー!)」
その時、ロトルンが吠えて、巨大スイセンをひるませた。相手からの攻撃が少しやむ。
「わんわん!(セイネ、今だ!)」
そう言ってロトルンが水の盾だけを攻撃して、大きくかき消す。確かに、巨大スイセンに大ダメージを与えるなら今しかない。
「ありがとうロトルン、いくぜ、スキル幻狼遊撃拳!」
俺は三体の幻を生み出し、更に自らもつっこんで捨て身の一撃を放つ。
「清剣技、影光≪えいこう≫!」
ここで俺は、昼限定の特別な技を使った。
俺と幻達の剣が、白く光る。その光の4連撃が、巨大スイセンの茎を切断する。
「ス、スイー!(や、やられたー!)」
ドシンと倒れる巨大スイセン。そこから大量の青白い光が放出され、俺とロトルンの体内に消えていく。
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