緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 翌日、フォンス家に現れたディンを見て、キールとシャールは驚いた。

「どうした? ……その頬の青あざ」

「親父にやられた」

「どうしてまた、そんなことになったの?」

 心配する二人に、ディンは頬に手を当てて、仏頂面になる。

「……ヴィーとの婚約話を進めて欲しい、と頼んだら、やられた」

 目を皿のように大きく見開き、絶句した双子は、次の瞬間、大声で笑いだした。

「いきなり、何やってるんだよ? それっ、在り得ない……!」

「そうよ、何焦ってるの? ……それに、ディン、あんなにルルスの婚約の風習、嫌ってたくせに! くくっ」

 そのまま、二人ともに笑い続けて、止まらない。

「だけどっ、――この旅で俺は自覚したんだ。ヴィーとは、ずっと一緒にいたい。だから、……」

 ディンの傷ついた表情を見て、双子は態度を改めた。

「悪かった。悪かったよ、もう笑わない……けど、それにしてもお前、突っ走りすぎだろう?」

「そうよ! ……挙句の果てに、こんな痣まで作っちゃって。ヴィーが知ったら、心配するわよ?」

 けれども、シャールが言い終わった途端、「あああぁぁ……!」と奇声を発しながら、カーレルが走り寄ってきた。

「デ、ディンさん、その傷は?! どうされたのですか?!」

 カーレルの凄い形相に押されながらも、ディンは軽く手を振り、「大丈夫だ。軽い打ち身だけだから」と、全く気にしない。

 しかし、それどころではないカーレルは、その場でぶつぶつと「もう何日か採取を延期すべきか、いや何日必要なのか?」と考えながら口に出していると、ディンはきっぱりと「必要ない。今から採取しよう」と、言い切る。

 双子はカーレルの『プレケス』採取における意気込みを知っていたが、ディンの体調に影響はないとみて、その場では口を閉じ、ディンに従った。

 やがて、導師も合流し、皆連れ立って、キールとシャールの案内のもと、『プレケス』のところへと移動した。

 そして、手順通りディンを花の近くへ残し、その他の者は少し遠ざかって採取を見守る。

 ディンはこれから行う採取に向けて、大きく深呼吸をして、軽く目を閉じて集中する――頭の中で響くのは、ヴィーネの声。

 想いを、どうか忘れないで。
 どうかその子、ううん、その花を摘む前に、きちんとその想いを告げてあげて欲しいの。
 ――そして、花を摘み終わった後には、この石を根元に埋めてあげて。

 ディンは、ヴィーネからもらった緑石の欠片を、懐から取り出して握りしめ、目を開き『プレケス』に向き直った。

 目の前には、鮮やかで美しい橙色の八輪の花が風に揺れている。

 それを見て、ディンは五年前の出来事を思い出す――初めて抱えた美しい少女への淡い想いと葛藤、失望、そしてかけがえのない友情。どれもみな、今の自分になるために、必要不可欠なものだ。
 そして、そのきっかけとなった花に、様々なことを気付かせ、教えてくれた花に、ディンは感謝している。

 シャールとキールのおかげで、毎年見事な花が少しずつ増えていくのが、嬉しかった――まるで、それが友情の証のようで。
 シャールとキールが、花を大切にするたび、自分も大切に想われているのが分かったから――
 
 自分もキールとシャールが大切だし、その絆のように想える花が大切だ。

 けれども、……どうしても、今、花の力を必要としている人々がいて――どうか、自分にそれを与えて欲しい。
 花のおかげで人を見る目が磨かれ、今度こそ間違いないと確信出来る、大切な少女にも出会えたんだ。
 大事で愛しい、俺の想い人。彼女のためにも――

 ディンは、その溢れる想いのまま、花達に告げる。
 自分の想いを言葉にして、想いの全てを吐き出していく――
 すると、気付けば、ディンは花達と共に、緑と茶の混じる淡い光の中に立っていた。

「な、何だ? これは、一体……?」

 狼狽えるディンに、鈴の鳴るような声が応える。
 
(緑の子の、石のおかげ。やっと僕達、話せるね)

 怪訝そうに花を見つめるディンに、八輪の花はきらきらと光った。

(いいよ、分かった。花はあげる。……ただし、七輪だけ)

「いいのか?! ありがとう、本当に、ありがとう!」

 突然の会話に内心驚いたディンだったが、すぐに喜びの感情が勝り、素直に身体全体で喜びを露わにするディンに、八輪の花はさやさやと騒めいた。まるで、笑っているかのように――

 ディンは緑の塔で叩き込まれた採取の手順で、慎重に花を採取していく。
 一輪、一輪を大切に、丁寧に、想いを込めて――この花は、塔で待つ者達にとって、命綱そのものなのだから……。

 やがて、七輪全てを銀の癒し手が持たせた、特殊な箱に収めたディンは、ヴィーネにもらった緑石の欠片を、今度は丁寧に感謝を込めて根元へ埋める。

「ありがとな。……ヴィーにもらった石、埋めていく。また、会いにくるから。ちゃんと、その後の報告もする」

 一輪を残し、特徴的な葉のみになってしまった『プレケス』を見て、ディンは少し切なくなった。

(大丈夫だよ? ……本当なら、あの時、僕は消えちゃうかも知れなかったんだ。でも、君は、僕を身体全体で庇ってくれて――こんな温かい場所へ連れて来てくれたんだ。そして、今、緑の子の石もくれて、だから、…………ちょっと、待ってて?)

「いいけど、……何だ?」

 ディンの問う間に、残った一輪が橙の光に包まれる。

(手、出して? この光の下に)

 言われるままに手を出すと、光の下から透明な雫のような形の実が現れ、ころんとディンの右手に転がって来た。

(種、あげる。またね――)

 ディンが右手の種の重みを感じるのと同時に、辺りは通常に戻った。

「え?! 種って」

 慌てて、ディンが右手を見ると、種は影も形も無くなっていた。
 しかし、その掌には、まるで種そのものの、雫のような紋様がいつの間にか刻まれていた――





 
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