緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 ヴィーネはぼんやりと目を開けた。

(何か、色々な夢を見ていた気がする――様々に彩られた哀しみ、苦しみ、喜び……何だったのだろう? 何か、とても大切なことがあった筈……? ――今はもう、思い出せない)

 脆くも過ぎ去ってしまった夢の余韻に浸っていたヴィーネは、徐々に覚醒していく――

(此処は、……どこ? わたしは、……そうだ! 母様――!)

 そこでヴィーネに、いきなり意識を失う前の記憶が蘇った。
 寝台から跳ね起き、飛び出そうとするが、身体は鉛のように重く、自分の思うようには少しも動かない。
 それでも何とか床に足を着けると、何とも言い難い衝撃が辺りに伝わって行った――

(――何? 今のは……。いや、それよりも、母様と皆は?)

 震える足に力を入れて、必死に立ち上がろうとした途端、よろめき転倒しそうになる。
 
 床に転がることを覚悟し、ぎゅっと目を閉じたヴィーネを、誰かがふわりと抱き留めた――

「意識が戻るなり、無理をしてはいけない。もうしばらくの間は、安静にしていなくては」

 低く諭すような口調で語りかけてきたのは、ヴィーネの見知らぬ白銀を思わせるような青年だった。
 その声には、労りが満ちていた。

「母様を――、母を知りませんか? わたし、母と同じ場所にいた筈なのです」

 必死の形相のヴィーネを見て、彼は優しく微笑んだ。

「勿論、知っている。――会いたいか?」

 こくこくっと何度も頷くヴィーネを見て、彼は軽々とヴィーネを抱き上げた。

「今、案内しよう。――こうした方が早いし、安全なのでね」

 片目を瞑ってみせた青年に、ヴィーネは素直に身体を預けた。
 今はとにかく母の安否が気遣われたからだ。

 そのまま運ばれ、彼が部屋の扉を開けた瞬間、ヴィーネはまたもや衝撃を感じ取った。

(――先程よりも、強い。……まるで、緑の路を通り抜けたときのような? でも、似ているけれど、違う――? これは、……空間が歪んでいるからなの?)

「今のが、分かったのか? ――君も相当優秀だね。流石はリーシア――リアの娘だ」

 満足げな声で母の愛称を呼んだ青年に、ヴィーネははっと顔を上げてそちらを見た。
 すると、こちらを見つめる薄い青灰色の瞳に合う。

「私は銀の癒し手と呼ばれる者――名はリアスという。君の母君、……リアとは古い友人でね。君の話はよく聞いていた。――――リアは、あそこだよ」

 銀の癒し手であり、母の旧友というリアス。
 ヴィーネは目を見開いて話を聞いていたが、リアスの最後の言葉で何もかもが弾け飛んだ。
 そして、リアスが指し示す方向を見て、ヴィーネは彼の腕から転がり降りた。

「母様!」

 ヴィーネの母、リーシア=レオナは液体に満たされた透明な円柱の中で、最後に見た時と同じく胎児のように丸まり漂っていた――その瞳は固く閉じられ、ヴィーネを見ることはない。

 ヴィーネは円柱の壁に取り縋った。
 けれども、伝わってくるのは、母の温もりではなく壁の冷たさだけだった。

 呆然として、そのまま身動き一つ取れないヴィーネに、リアスは静かに語りだす――

「ヴィーネ、リアは、……いや、リーシア=レオナは全ての力を出し尽くして、今回の事態に立ち向かった。その結果、多くの命が救われ、星と世界の安寧は守られた。――しかし、彼女は肉体も、そして生命の賢者たる精神もまた、限界を超えて頑張りすぎた。もうぼろぼろなのだ……。また元のように戻るためには、長い特別な治療が必要になる」

「わたし、わたしもお手伝いします! ずっと、母様について、看病します!」

 振り絞るようなヴィーネの悲痛な声に、リアスは宥めるよう穏やかに微笑んだ。

(――娘が付き添っていたならば、たまに浮上したリアの意識もさぞかし慰められるだろう……)

 しかし、リアスは自身が愛した女性の強さと優しさを知り尽くしていた。そして、その望みも――――

(彼女は、娘の付き添いを望むまい……)

「ヴィーネ、私は銀の癒し手と呼ばれる者。その意味は、分かるな? 未だかつて癒せぬ者いない、とまで称された者だ。――どれほど時間がかかろうと、リアは必ず元に戻してみせる。だから、リアが治療にかかる間、今度は君がレオナとしての役目を果たせ。リアが君を誇れるように――立派に生命の賢者の後継者、ヴィーネ=レオナとして、その心と力を示しなさい」

 リアスは、リアが娘を何より大事で愛しく、そして既にいつも誇りに思っていることを知っていたが、敢えてヴィーネにそう言った。

 リアスの言葉を噛みしめるようにして聞いていたヴィーネは、長い長い沈黙の後、やがてゆっくりと頷いた――
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