53 / 69
52
しおりを挟む
ヴィーネはぼんやりと目を開けた。
(何か、色々な夢を見ていた気がする――様々に彩られた哀しみ、苦しみ、喜び……何だったのだろう? 何か、とても大切なことがあった筈……? ――今はもう、思い出せない)
脆くも過ぎ去ってしまった夢の余韻に浸っていたヴィーネは、徐々に覚醒していく――
(此処は、……どこ? わたしは、……そうだ! 母様――!)
そこでヴィーネに、いきなり意識を失う前の記憶が蘇った。
寝台から跳ね起き、飛び出そうとするが、身体は鉛のように重く、自分の思うようには少しも動かない。
それでも何とか床に足を着けると、何とも言い難い衝撃が辺りに伝わって行った――
(――何? 今のは……。いや、それよりも、母様と皆は?)
震える足に力を入れて、必死に立ち上がろうとした途端、よろめき転倒しそうになる。
床に転がることを覚悟し、ぎゅっと目を閉じたヴィーネを、誰かがふわりと抱き留めた――
「意識が戻るなり、無理をしてはいけない。もうしばらくの間は、安静にしていなくては」
低く諭すような口調で語りかけてきたのは、ヴィーネの見知らぬ白銀を思わせるような青年だった。
その声には、労りが満ちていた。
「母様を――、母を知りませんか? わたし、母と同じ場所にいた筈なのです」
必死の形相のヴィーネを見て、彼は優しく微笑んだ。
「勿論、知っている。――会いたいか?」
こくこくっと何度も頷くヴィーネを見て、彼は軽々とヴィーネを抱き上げた。
「今、案内しよう。――こうした方が早いし、安全なのでね」
片目を瞑ってみせた青年に、ヴィーネは素直に身体を預けた。
今はとにかく母の安否が気遣われたからだ。
そのまま運ばれ、彼が部屋の扉を開けた瞬間、ヴィーネはまたもや衝撃を感じ取った。
(――先程よりも、強い。……まるで、緑の路を通り抜けたときのような? でも、似ているけれど、違う――? これは、……空間が歪んでいるからなの?)
「今のが、分かったのか? ――君も相当優秀だね。流石はリーシア――リアの娘だ」
満足げな声で母の愛称を呼んだ青年に、ヴィーネははっと顔を上げてそちらを見た。
すると、こちらを見つめる薄い青灰色の瞳に合う。
「私は銀の癒し手と呼ばれる者――名はリアスという。君の母君、……リアとは古い友人でね。君の話はよく聞いていた。――――リアは、あそこだよ」
銀の癒し手であり、母の旧友というリアス。
ヴィーネは目を見開いて話を聞いていたが、リアスの最後の言葉で何もかもが弾け飛んだ。
そして、リアスが指し示す方向を見て、ヴィーネは彼の腕から転がり降りた。
「母様!」
ヴィーネの母、リーシア=レオナは液体に満たされた透明な円柱の中で、最後に見た時と同じく胎児のように丸まり漂っていた――その瞳は固く閉じられ、ヴィーネを見ることはない。
ヴィーネは円柱の壁に取り縋った。
けれども、伝わってくるのは、母の温もりではなく壁の冷たさだけだった。
呆然として、そのまま身動き一つ取れないヴィーネに、リアスは静かに語りだす――
「ヴィーネ、リアは、……いや、リーシア=レオナは全ての力を出し尽くして、今回の事態に立ち向かった。その結果、多くの命が救われ、星と世界の安寧は守られた。――しかし、彼女は肉体も、そして生命の賢者たる精神もまた、限界を超えて頑張りすぎた。もうぼろぼろなのだ……。また元のように戻るためには、長い特別な治療が必要になる」
「わたし、わたしもお手伝いします! ずっと、母様について、看病します!」
振り絞るようなヴィーネの悲痛な声に、リアスは宥めるよう穏やかに微笑んだ。
(――娘が付き添っていたならば、たまに浮上したリアの意識もさぞかし慰められるだろう……)
しかし、リアスは自身が愛した女性の強さと優しさを知り尽くしていた。そして、その望みも――――
(彼女は、娘の付き添いを望むまい……)
「ヴィーネ、私は銀の癒し手と呼ばれる者。その意味は、分かるな? 未だかつて癒せぬ者いない、とまで称された者だ。――どれほど時間がかかろうと、リアは必ず元に戻してみせる。だから、リアが治療にかかる間、今度は君がレオナとしての役目を果たせ。リアが君を誇れるように――立派に生命の賢者の後継者、ヴィーネ=レオナとして、その心と力を示しなさい」
リアスは、リアが娘を何より大事で愛しく、そして既にいつも誇りに思っていることを知っていたが、敢えてヴィーネにそう言った。
リアスの言葉を噛みしめるようにして聞いていたヴィーネは、長い長い沈黙の後、やがてゆっくりと頷いた――
(何か、色々な夢を見ていた気がする――様々に彩られた哀しみ、苦しみ、喜び……何だったのだろう? 何か、とても大切なことがあった筈……? ――今はもう、思い出せない)
脆くも過ぎ去ってしまった夢の余韻に浸っていたヴィーネは、徐々に覚醒していく――
(此処は、……どこ? わたしは、……そうだ! 母様――!)
そこでヴィーネに、いきなり意識を失う前の記憶が蘇った。
寝台から跳ね起き、飛び出そうとするが、身体は鉛のように重く、自分の思うようには少しも動かない。
それでも何とか床に足を着けると、何とも言い難い衝撃が辺りに伝わって行った――
(――何? 今のは……。いや、それよりも、母様と皆は?)
震える足に力を入れて、必死に立ち上がろうとした途端、よろめき転倒しそうになる。
床に転がることを覚悟し、ぎゅっと目を閉じたヴィーネを、誰かがふわりと抱き留めた――
「意識が戻るなり、無理をしてはいけない。もうしばらくの間は、安静にしていなくては」
低く諭すような口調で語りかけてきたのは、ヴィーネの見知らぬ白銀を思わせるような青年だった。
その声には、労りが満ちていた。
「母様を――、母を知りませんか? わたし、母と同じ場所にいた筈なのです」
必死の形相のヴィーネを見て、彼は優しく微笑んだ。
「勿論、知っている。――会いたいか?」
こくこくっと何度も頷くヴィーネを見て、彼は軽々とヴィーネを抱き上げた。
「今、案内しよう。――こうした方が早いし、安全なのでね」
片目を瞑ってみせた青年に、ヴィーネは素直に身体を預けた。
今はとにかく母の安否が気遣われたからだ。
そのまま運ばれ、彼が部屋の扉を開けた瞬間、ヴィーネはまたもや衝撃を感じ取った。
(――先程よりも、強い。……まるで、緑の路を通り抜けたときのような? でも、似ているけれど、違う――? これは、……空間が歪んでいるからなの?)
「今のが、分かったのか? ――君も相当優秀だね。流石はリーシア――リアの娘だ」
満足げな声で母の愛称を呼んだ青年に、ヴィーネははっと顔を上げてそちらを見た。
すると、こちらを見つめる薄い青灰色の瞳に合う。
「私は銀の癒し手と呼ばれる者――名はリアスという。君の母君、……リアとは古い友人でね。君の話はよく聞いていた。――――リアは、あそこだよ」
銀の癒し手であり、母の旧友というリアス。
ヴィーネは目を見開いて話を聞いていたが、リアスの最後の言葉で何もかもが弾け飛んだ。
そして、リアスが指し示す方向を見て、ヴィーネは彼の腕から転がり降りた。
「母様!」
ヴィーネの母、リーシア=レオナは液体に満たされた透明な円柱の中で、最後に見た時と同じく胎児のように丸まり漂っていた――その瞳は固く閉じられ、ヴィーネを見ることはない。
ヴィーネは円柱の壁に取り縋った。
けれども、伝わってくるのは、母の温もりではなく壁の冷たさだけだった。
呆然として、そのまま身動き一つ取れないヴィーネに、リアスは静かに語りだす――
「ヴィーネ、リアは、……いや、リーシア=レオナは全ての力を出し尽くして、今回の事態に立ち向かった。その結果、多くの命が救われ、星と世界の安寧は守られた。――しかし、彼女は肉体も、そして生命の賢者たる精神もまた、限界を超えて頑張りすぎた。もうぼろぼろなのだ……。また元のように戻るためには、長い特別な治療が必要になる」
「わたし、わたしもお手伝いします! ずっと、母様について、看病します!」
振り絞るようなヴィーネの悲痛な声に、リアスは宥めるよう穏やかに微笑んだ。
(――娘が付き添っていたならば、たまに浮上したリアの意識もさぞかし慰められるだろう……)
しかし、リアスは自身が愛した女性の強さと優しさを知り尽くしていた。そして、その望みも――――
(彼女は、娘の付き添いを望むまい……)
「ヴィーネ、私は銀の癒し手と呼ばれる者。その意味は、分かるな? 未だかつて癒せぬ者いない、とまで称された者だ。――どれほど時間がかかろうと、リアは必ず元に戻してみせる。だから、リアが治療にかかる間、今度は君がレオナとしての役目を果たせ。リアが君を誇れるように――立派に生命の賢者の後継者、ヴィーネ=レオナとして、その心と力を示しなさい」
リアスは、リアが娘を何より大事で愛しく、そして既にいつも誇りに思っていることを知っていたが、敢えてヴィーネにそう言った。
リアスの言葉を噛みしめるようにして聞いていたヴィーネは、長い長い沈黙の後、やがてゆっくりと頷いた――
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました
Mimi
ファンタジー
私エヴァンジェリンには、幼い頃に決められた婚約者がいる。
男女間の愛はなかったけれど、幼馴染みとしての情はあったのに。
卒業パーティーの2日前。
私を呼び出した婚約者の隣には
彼の『真実の愛のお相手』がいて、
私は彼からパートナーにはならない、と宣言された。
彼は私にサプライズをあげる、なんて言うけれど、それはきっと私を悪役令嬢にした婚約破棄ね。
わかりました!
いつまでも夢を見たい貴方に、昨今流行りのざまぁを
かまして見せましょう!
そして……その結果。
何故、私が事故物件に認定されてしまうの!
※本人の恋愛的心情があまり無いので、恋愛ではなくファンタジーカテにしております。
チートな能力などは出現しません。
他サイトにて公開中
どうぞよろしくお願い致します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる