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母リーシアの忠告を受けて、ルルスへ行く途中、ヴィーネは自分の髪を染めようと思い立った。
自分の望まぬ未来を押し付けられぬように――
ルルスで縁組など、怖すぎる。
ならば、母譲りだとされる外見を変えてしまえば、良いのでは?
リーシアは、そこまでしなくても、とはじめは苦笑していたが、やがて娘の決意を知り、そこまで考えているのなら、と魔法のかかった眼鏡をヴィーネに与えてくれた。
母譲りの月光のような美しく淡い金髪から、何の変哲もない茶色の髪へ。
そして、わざと伸ばし放題を装い、整った顔立ちが隠れるように前髪を切り、前後に散らす――それだけで驚くほど薄汚れて冴えない印象となった。
そして、父譲りの明るい空を映す海のような、美しく力強い青の瞳を隠すため、魔法の眼鏡――光の反射、屈折を利用した魔法で、これまた、さらに凡庸とした茶色の瞳で、しかも外から見ると大きさや形が生来のものとは微妙に変わって見える――をかけ、変装した。
服も最初から、だぼついた地味目の服を選び、動作もいつもの敏捷で軽やかな動きからかけ離れた、のろのろ、もたもたした動きを心掛けた。
これだけで、ヴィーネはどこから見ても外見に商品価値のない、ただの娘となった。
あとは、突出した商品となりうるような能力が人目につかなければいい。
母と約束した祝歌を捧げるべき大樹は、その辺り一帯の森を統べる精霊の宿り木で、母リーシアとは古くからの盟友ともいえる存在だったらしい。
大樹の森へ着いた途端、ヴィーネ母子に嬉し気にまとわりつく精霊達、動物達によって、ヴィーネはそのことを知った。
リーシアの娘であるヴィーネにも既に森は開かれ、ヴィーネは瞬く間に丸ごと存在を受け入れられていた。
その感覚に、ヴィーネは故郷ともいえる母と二人で住んでいた精霊の森を思い出し、心安らいだ。
ルルスから馬で駆けても半日ほど離れた森の中にあるという大樹とヴィーネを引き合わせたリーシアは、そのままルルスの外れの、旧知であった導師の家にある若木と緑の路を繋いだ。
これにより、ルルスと森との往路は確保された。
大樹の元へは、ヴィーネの事情をある程度知る、導師の家経由で行けば良い。
リーシアは最後に、知己である導師にくれぐれも、とヴィーネのことを頼み、旅立っていった――
母と別れる直前まで心細さを隠し、慣れない変装の中、明るく笑顔で見送ったヴィーネだったが、母が目前から消えた途端、思わず涙が込み上げてきた。
そんなヴィーネを丸い眼鏡越しに覗き込み、ふむ、とひとつ肯いて、導師はヴィーネが泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれた。――温かな手だった。
そして、伯父の住む館までヴィーネと同行し、何故かアルフェール家の次男長女の双子同様、学び舎へ通う権利をいつの間にかもぎ取ってくれていた――
自ら覚悟して姿と能力を偽り生活することを選んだヴィーネだったが、商品価値のないヴィーネにルルスの、館の人々は冷たかった。
母リーシアは療養中とはいえ、いつヴィーネを引き取りに来られるのかも分からず、ほぼ孤児のような扱いの無能で無価値な厄介者と見なされているならば、なおさらだ。
今まで母と二人で風のように自由気ままに過ごしてきたヴィーネにとって、初めて知る人々との集団生活は辛いものだった。
けれど、ヴィーネ自身、隠し事も多く人目を欺いているため、それも仕方のないことだと諦めていた。
そんな生活の中、外見などに囚われない温かな人々は、ルルスに少ないながらも確かにいて、ヴィーネの心に温もりをくれた。
伯父に愛されている末娘――ルシアーナも数少ないそのうちの一人だった。
自分の望まぬ未来を押し付けられぬように――
ルルスで縁組など、怖すぎる。
ならば、母譲りだとされる外見を変えてしまえば、良いのでは?
リーシアは、そこまでしなくても、とはじめは苦笑していたが、やがて娘の決意を知り、そこまで考えているのなら、と魔法のかかった眼鏡をヴィーネに与えてくれた。
母譲りの月光のような美しく淡い金髪から、何の変哲もない茶色の髪へ。
そして、わざと伸ばし放題を装い、整った顔立ちが隠れるように前髪を切り、前後に散らす――それだけで驚くほど薄汚れて冴えない印象となった。
そして、父譲りの明るい空を映す海のような、美しく力強い青の瞳を隠すため、魔法の眼鏡――光の反射、屈折を利用した魔法で、これまた、さらに凡庸とした茶色の瞳で、しかも外から見ると大きさや形が生来のものとは微妙に変わって見える――をかけ、変装した。
服も最初から、だぼついた地味目の服を選び、動作もいつもの敏捷で軽やかな動きからかけ離れた、のろのろ、もたもたした動きを心掛けた。
これだけで、ヴィーネはどこから見ても外見に商品価値のない、ただの娘となった。
あとは、突出した商品となりうるような能力が人目につかなければいい。
母と約束した祝歌を捧げるべき大樹は、その辺り一帯の森を統べる精霊の宿り木で、母リーシアとは古くからの盟友ともいえる存在だったらしい。
大樹の森へ着いた途端、ヴィーネ母子に嬉し気にまとわりつく精霊達、動物達によって、ヴィーネはそのことを知った。
リーシアの娘であるヴィーネにも既に森は開かれ、ヴィーネは瞬く間に丸ごと存在を受け入れられていた。
その感覚に、ヴィーネは故郷ともいえる母と二人で住んでいた精霊の森を思い出し、心安らいだ。
ルルスから馬で駆けても半日ほど離れた森の中にあるという大樹とヴィーネを引き合わせたリーシアは、そのままルルスの外れの、旧知であった導師の家にある若木と緑の路を繋いだ。
これにより、ルルスと森との往路は確保された。
大樹の元へは、ヴィーネの事情をある程度知る、導師の家経由で行けば良い。
リーシアは最後に、知己である導師にくれぐれも、とヴィーネのことを頼み、旅立っていった――
母と別れる直前まで心細さを隠し、慣れない変装の中、明るく笑顔で見送ったヴィーネだったが、母が目前から消えた途端、思わず涙が込み上げてきた。
そんなヴィーネを丸い眼鏡越しに覗き込み、ふむ、とひとつ肯いて、導師はヴィーネが泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれた。――温かな手だった。
そして、伯父の住む館までヴィーネと同行し、何故かアルフェール家の次男長女の双子同様、学び舎へ通う権利をいつの間にかもぎ取ってくれていた――
自ら覚悟して姿と能力を偽り生活することを選んだヴィーネだったが、商品価値のないヴィーネにルルスの、館の人々は冷たかった。
母リーシアは療養中とはいえ、いつヴィーネを引き取りに来られるのかも分からず、ほぼ孤児のような扱いの無能で無価値な厄介者と見なされているならば、なおさらだ。
今まで母と二人で風のように自由気ままに過ごしてきたヴィーネにとって、初めて知る人々との集団生活は辛いものだった。
けれど、ヴィーネ自身、隠し事も多く人目を欺いているため、それも仕方のないことだと諦めていた。
そんな生活の中、外見などに囚われない温かな人々は、ルルスに少ないながらも確かにいて、ヴィーネの心に温もりをくれた。
伯父に愛されている末娘――ルシアーナも数少ないそのうちの一人だった。
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