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2章
最後まで責任を持って!
しおりを挟む転がっていたミズキを起こすと後ろに縛られていた縄をナイフで切りミズキの口の中に詰め込まれていた布を取り出し、その布をそのまま地面に捨てた。
「凄いね、布がビチャビチャだよ!息するのも苦しかっただろう?」
「・・・」
ミズキはずっと一点だけを見つめていた。
「なんで生きているの?」
全身血塗れで呟いた言葉はこの場に似つかわしくない言葉だった。
「助けてやったのに酷い言われようだね」
「・・・・」
どうやら旅の途中でミズキが殺されそうになっている所を目の目の当たりにして助けてくれたのだろ。
ミズキはまだ助けてくれた人の顔をまともに見ていなかった。それどころかお礼すら言っていない。
だって頭が混乱しているの。
死を覚悟して・・・それから・・・剣がが降り降ろされ・・・そして助った・・・それとも元の世界に帰りそびれた?・・・分からない。
でも、生きている。
命は体と繋がっているのは事実だった。
なんて答えれば良いのか?
ホットした様な?残念な様な?
助かって良かった?
それとも、死んで全て終わりにしたかった?
私は一体どうしたいの?そんな事を考えると言葉が見つからない。
助けてくれた人に、どう言えば良かったのだろうかと考えていると、今度は結構失礼な質問がきた。
「頭~、大丈夫?」
「・・・はい・・・大丈夫です」
なんか可哀想な子を見ているような声がする。
ミズキも怪我でも有るのかと痺れている手で頭をあちこち触っても何処も痛くない。
それより髪に付いた血が固まり出して気持ちが悪い。
「いや、そっちじゃなくて、精神がイカレたかと思ってね」
「へっ?精神が?って事は頭がおかしくなったって事ですか?」
「そうそうそれ」
どうやら助けてくれた人はミズキが殺されそうになる極限の状態で、とうとう頭がおかしくなったと思って心配してくれたのだろう。
失礼な!と思ったが、心配してくれるのは素直に嬉しかった。
何処の誰とも分からない者のために剣を抜いて助けてくれた。
この人はいい人だと思う。
「助けてくれてありがとうございます」
ミズキは初めてお礼を言って驚いた。
ミズキは助けられてから初めて顔を見ると、目の前にいるのは以前ミズキを殺そうと城まで来た、赤い目の彼だった。
「・・・私を殺しに来たの?」
自分の顔が強張るのが分かる。
さっきまで死ぬのさえ怖く無かったのに、赤い目を見ると震えそうになった。
「違うよ!殺さない!殺しに来たんじゃないよ・・・困ったなぁ~人助けなんてしたこと無いからどうして良いか分からないよ」
困ったなと金髪の髪をかきあげた。
「・・・どうして?だって前は殺すって言ってたわ」
さらに分からなくなる。
「本当はさぁ、城に行った時お頭の軟禁場所を聞いてから、あんたを殺す予定だったのは確かだ。・・・俺は、あんたが小さい少女の殺害を断ったお頭を何処かに隠したか殺したと思っていたんだが、どうやら違ったみたいだった。この赤い目を見ても綺麗と言うだけで、俺たち忌の赤目を怖がることをしなかった。あんたがこの目を少しでも怖がったら俺は、あんたを殺してたと思う」
「たったそれだけの理由で殺さなかったの?私を」
「『たったそれだけの理由』って、あんた忌の赤目の事を知ってる者なら結構凄い事をしたんだぜ」
「そうなの?」
本当にわから無いと言ってミズキは首を傾げた。
「そうだよ!ホント調子狂うなぁ」
本当にコイツ分かって無かったのかと思うと呆れてくる。
「でも、だからってどうして助けてくれたの?」
「ああそれね、この集落を潰したのは俺」
「潰したの?どうして?酷い」
「酷い?酷くはないでしょう?アイツらはお頭を殺そうとした連中だぜ!あんな奴ら殺されて当然だよ!それにあんたを殺そうとしてた奴らだし、あんただってそう思うだろう?氷の貴婦人」
当然だと疑いもせずにミズキの心に毒を染み込ませる様につぶやく赤い目の殺し屋。
「『死んで良い人間がいる訳が無い』と、今まではそう思っていた筈なのに、いざ自分が殺されるとなると、きっとこの思いはまやかしだと思う日がくるんじゃ無いかと怯えていましたが、実際に命を狙われても、殺されそうになっても、私の気持ちが変わらなかった事に安心しています」
ミズキはホッとした様に赤い目を真っ直ぐに見つめた。
これは紛れも無いミズキの本心だった。
「・・・ちぇっ、つまんねえぇ~の頭の中、お花畑でもあるんじゃねぇの?」
「確かに私の頭の中に花畑がありそうな答えよね!ふふふ、あなたのおかげかもしれないわね」
「笑っているけど、オレ、あんたを褒めて無いし、馬鹿にしたんだけど!分かってる?やっぱり頭どこかぶっつけた?」
胡散臭そうにミズキの顔を覗き込んだ。
「本当に馬鹿にしているなら、正直に言ったりし無いわよね?心配してくれたんでしょう?こんな考えでは、命がいくつあっても足り無いよって、教えてくれたんでしょう?」
ミズキは笑って赤い目の彼を見た。
「・・・・」
そんなつもりで言った訳じゃ無いと言いたいのに、口を開く事すら出来なかった。
呆れて物が言えない。
何とも言えない脱力感が赤い目の彼を包み込む、こんなに呆れているのに氷の貴婦人から目が離せない。
何とかしてやりたいと思う自分は愚か者だと思う。
「ちょっと~、人が話し掛けてるんだから返事くらいしましょうよ、『名無しのごんべさん』」
「なにそれ?まさか俺の事を言ってるんじゃ無いよね」
赤い目の彼は目を見開いた。
生まれて初めてだ、同族の女ですら俺に馴れ馴れしく話し掛けて来ないのに、この氷の貴婦人は俺の事を友達と話をするかの様に声を掛けてくる。
正直新鮮だった。
「そうよ貴方のことよ?私、貴方の名前、知らないんですもの、『名無しのごんべさん』が嫌なら名前を教えて?親切な名無しのごんべさん」
今度は『親切な名無しのごんべさん』ときたか!
あぁぁ!もう!!コイツはなんなんだ!
これ以上は無理!身体中がこそばゆい。さっさと名前を言ってしまおう。
「・・・ジュリアス、俺の名前はジュリアス・ランバート、だから『名無しのごんべさん』なんて呼ぶな!」
「えっ?もう名前を教えてくれるの?もう少し根性見せてよ!根性を!根性無し」
やれやれこれだから今時の若者は根性が無いとブツブツ言うミズキにジュリアスの額に血管が浮かび上がった。
「そんな事で根性見せてどうするんだ!阿保ーーー!」
阿保な事を言うミズキについ怒鳴ってしまう。
「そんなに怒らなくても良いのに!そんなに狭量だと女の子に嫌われるわよ!ジュリアス!私の名前は、橘 瑞樹って言うの、これからもよろしくね」
ニッコリ笑うミズキにジュリアスは、首を傾げた。
これからも?って??
「・・・よろしく・・・って!お前!これからも?ってどう言う意味なんだ!」
「当たり前でしょ?助けたんだから最後まで面倒は見て貰うわよ!それが礼儀ってもんよ」
ミズキはふんと鼻息荒く言う。
「そんな無茶な!命を救ってやっただけでも感謝されるべきだろう?」
いつのまにこんな状況になってしまったのだろうか?
ジュリアスは理解に苦しんでいた。
「うん!そうね!感謝はしているのよ!感謝は!でもね、もし私が貴方と別れてまた襲われて死んでしまったら、貴方後悔するわよ!絶対に後悔する!必ず後悔する!後悔しない訳がない!後悔するべきだ!!だからね貴方は私を王都まで連れて行く義務があるのよ!分かった?」
「・・・はい」
これ以上何を言っても無駄だと悟ると自然に返事をしてしまった。
言うに事欠いて、自分が死んだら後悔しろ!と言ってくるなんて思わなかった。
とんでもない女を助けてしまった。
ミズキを助けてしまった後悔と、意表をつくミズキに翻弄されて少しも不愉快にならない。
そんなジュリアスは自分の感情に驚かされるばかりだった。
「うん、ありがとう。早速で申し訳ないけど!お風呂の準備してくれると嬉しいのだけれど!後着替えも持って来てね」
確かに血まみれでは気持ち悪かろうとは思ったが!風呂だぁ?寝言は寝ているうちに言え。
「こんな所に風呂なんて上等な物がある訳無いだろう?服はなんとかするからお前は、そこらへんの川で身体を洗って来い」
「お風呂無いの?あったかいお湯に浸かりたい・・・」
とほほと言ってミズキは自分の髪を触った。
ミズキの髪は血が固まり、とてもじゃないがそのままにして置くわけには行かなかった。
血の匂いを嗅ぎ付けて野犬や狼が襲ってくる事を考えると、川で水浴びしてくるのが一番だ。
「お湯・・」
未だに諦めないミズキにジュリアスは「そこの川に頭から沈められたい様だねミズキ」と言うと、ミズキは嬉しそうに頷いた。脅されて喜ぶなんてやっぱり頭でもおかしくしたのかと怪訝な表情でミズキを見ると、ミズキは「分かったわジュリアス!初めて名前を呼んでくれたからまずは良しとするわね」と言ってた嬉しそうに川まで行こうとした。
慌てたのはジュリアスの方で、着替えも持たずに川に行くなんて!驚いてミズキを止めた。
「今すぐ着替えを用意するからそこで待っていろ!それから野犬や狼が来たら俺を呼べ直ぐに駆けつける!分かった?」
「はい分かった!直ぐに戻ってきてね!もうこんなベタベタ気持ちが悪い」
危機感の無いミズキに腹を立てながらジュリアスは一瞬にしてミズキの目の前から姿を消した。
「おおイリュージョン」と言って拍手をしていた事をジュリアスは知らない。
知っていたらジュリアスのコメカミに青筋が立っていたことだろう。
※※
パチパチと薪が燃える音がする。
川で血を洗い流したミズキは焚き火の前で横になっていた。
火の番をジュリアスがして、ミズキはジュリアスの火の迎えに陣取ってジュリアスに背を向けている。
安心して野宿出来る環境!万歳。
ミズキは眠ろうとしていたが中々寝付けなかった。
だって本当は死ぬ筈だった。
そして運が良ければ元の世界に戻れる筈だった。
運が良ければ?
元の世界に戻れる?
本当に元の世界に戻れるのがミズキにとって幸せなのか?
ミズキは元の世界に戻りたいかと聞かれたら、帰りたいと答えるだろう。
だからこれは賭けだった。
そして賭けは引き分け。
死ぬ事も、元の世界に戻る事もなく。
生きてこの異世界にいる。
ミズキだって、死にたいのかと聞かれれば、死にたくないとハッキリ言える。
だけど・・・。
もし・・・・。
もしかしたら、戻れるかも。
それがもし元の世界に戻れたとしても、ミズキが待ち望んだ世界なのだろうか?
5年経っている。
異世界に迷い込んで5年がったっている。
5年とは決して短くはない。
むしろ長過ぎるくらいだ。
しかも異世界の5年は、もといた世界でも5年だろうか?
もしかして10年?50年100年の経っていたとしもおかしくはない。
そうなったら?お母さんは?弟は?私を覚えていなかったら?
それどころか、私の知っている人は誰一人いなかったら?
また逆もしかり、1秒もたっていないかもしれない。
瞬き1つも終わらない一瞬の出来事かもしれない。
考えれば考えるほどわからなくなる。
出来るだけ考えない様にしてきた。
自分を誤魔化して、誤魔化して。とうとうミズキは帰る事を諦めた。
そして諦めた筈なのに、元いた世界が恋しくてたまらなくなる時がある。
ジェリドに頼んだ元の世界へ帰る方法は、きっとこの先また、この世界に迷い込んでしまった人の為の依頼だった。
帰れないのは凄く寂しい。
そんな寂しい思いをさせたく無い一心でジェリドにミズキは依頼した。
自分では無い誰かのために。
涙が一雫溢れた。
さあ早く寝よう。
ミズキは毛布を頭から被って寝ることにした。
明日は朝早くから出発だ。
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