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五章九星八十八と星天大聖
一族結集
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千天節で曲を作る。
「ばかな! 千天節ならば、千天節に合わせる曲があらかじめ決まっているはずです! 兄上も奏でたでしょう?」
まず口を開いたのは平だった。文官として、長く殿中に仕えていた彼ならば、千天節のしきたりはすべて頭に入っている。それに羽にしても、千天節がこの国でどれだけ重要な位置を占めているかは分かっている。
「しかし、もう決まったことだ。我ら一門にとって、作曲は禁忌にも触れる」
「おじい様、なぜ私なのでしょう?」
「わからぬ。陛下の勅にはお前が作るようにとしか書かれておらん」
祖父は探るような目を羽に向けてきた。そうだ、祖父は羽が殿中に上がってから今日までの事はあまり知らない。それは、あまりに周家の家業からそれているから、父が口止めしていたのだ。
「千天節に合わせる曲を作るとなれば、周家にとってこれ以上ない名誉ではないでしょうか」
沈黙を破ったのは露だった。露は顔を上げ、権を挑むように見た。
「露、お前は楽器を奏でぬから言えるのだ。曲を作るなど」
「いいえ、兄上。わたくしの楽器は手にはございません、この喉、この魂が楽器です。兄上も、幼き頃は楽器であれほど遊んでいたではありませんか」
「露、お前は羽に作らせろと言うのか?」
「兄上、先日この子が即興で奏でておりました。わたくしの耳には、羽に実力が無いとは思えません。現に羽は即興で殿試に通ったではありませんか。並みの楽士では出来ぬことでしょう」
「それは周家の者として通らなければならない所だ。それは判断にはならない」
「では、年始の宴はどうなのです? あの時の羽の演奏、聴かなかった兄上ではないでしょう」
「あれもまた、周家ならば当然の事」
「どうあっても、認めない、と?」
妹の言葉に権は黙って頷く。自分の事で争って欲しくなど無い。けれど、重苦しい音が鳴り響いている気がして口が開かなかった。
「それでは、私からも一つ述べてもよろしいでしょうか、権兄上」
「なんだ?」
「私が玄国の王子を匿っていたことは、すでに父上もご存じのはず。その際、羽は重要な役目を果たしたと聞きます。それでも、不足とおっしゃるのですか」
「外交の事など、文官に任せればよいものを。ならば、今一度問う」
「はい」
「勅ならば従わざるを得ないだろうが、お前はそれに耐えうるか?」
父の視線が刺さるようだ。それもそうだろう。まだ不明なことばかりだ。陛下はなぜ自分に曲をつくれと命じたのだろうか。理由など考えている方がおかしいのかもしれない。ただ、父は自分に問うているのだ。
―――― 周家を代表する覚悟を。
「父上」
かろうじて出せたのはこれだけだ。
「やらせて、ください」
「…………」
「勅だから、ではありません。叔母上が言うように、周家にとってこれはまたとない機会ではありませんか。今再び周家が盛り返すためには、陛下の信任あって初めてなせることではないでしょうか」
周家の名を高めることにさほど興味はないけれど、羽は知っている。破門され、去っていく弟子たちの表情、怨嗟にも似た表情は常に御曹司である自分に向いていた。
(人前で弾けぬのに、御曹司というだけで周家にいられるなんて、馬鹿馬鹿しい)
そう言っているような気がしたのだ。その目に気づいてから、だんだんと弾くことに自分の思いをのせることができなくなっていた。ただ決められたとおりに音を出す絡繰になっていくような気さえした。
「私の力など、確かにここにいる誰より劣っているかもしれませんが、わたくしは周家を今一度額の名家に戻したいのです。才が無いからと破門されるような家にはしたくないのです」
「………」
それは、自分が一度家を出たから知っている。外から眺めた周家の実態は、今まで見ないふり、聞こえないふりをした罰だと思った。だから、戻ってきたら、機会が巡ってくるなら躊躇わないと決めた。
すぅ、と息を吸う。春の気配を含んだ温かな風の味がした。
「千天節の曲を作らせてください」
言い切った後、また沈黙が訪れた。父がすぐに批判するかと思っていた羽は、少し拍子抜けてしまう。
「いいだろう。人前で弾くことすらやめたお前がそういうのだ。曲を作るといい。だが、忘れるな。お前は周家の名を負って曲を作るのだ」
「そんな! 父上!?」
目を向いて声を上げたのは権だった。
「……陛下も、もう待ってはいられぬというわけか。策」
「は、はい!」
「お前が導け、今度こそ」
「……かしこまりました」
妙な言葉が混ざったな、と羽は思った。這いつくばるように体を伏せている策から、絞り出すような声が漏れ出た。
「ばかな! 千天節ならば、千天節に合わせる曲があらかじめ決まっているはずです! 兄上も奏でたでしょう?」
まず口を開いたのは平だった。文官として、長く殿中に仕えていた彼ならば、千天節のしきたりはすべて頭に入っている。それに羽にしても、千天節がこの国でどれだけ重要な位置を占めているかは分かっている。
「しかし、もう決まったことだ。我ら一門にとって、作曲は禁忌にも触れる」
「おじい様、なぜ私なのでしょう?」
「わからぬ。陛下の勅にはお前が作るようにとしか書かれておらん」
祖父は探るような目を羽に向けてきた。そうだ、祖父は羽が殿中に上がってから今日までの事はあまり知らない。それは、あまりに周家の家業からそれているから、父が口止めしていたのだ。
「千天節に合わせる曲を作るとなれば、周家にとってこれ以上ない名誉ではないでしょうか」
沈黙を破ったのは露だった。露は顔を上げ、権を挑むように見た。
「露、お前は楽器を奏でぬから言えるのだ。曲を作るなど」
「いいえ、兄上。わたくしの楽器は手にはございません、この喉、この魂が楽器です。兄上も、幼き頃は楽器であれほど遊んでいたではありませんか」
「露、お前は羽に作らせろと言うのか?」
「兄上、先日この子が即興で奏でておりました。わたくしの耳には、羽に実力が無いとは思えません。現に羽は即興で殿試に通ったではありませんか。並みの楽士では出来ぬことでしょう」
「それは周家の者として通らなければならない所だ。それは判断にはならない」
「では、年始の宴はどうなのです? あの時の羽の演奏、聴かなかった兄上ではないでしょう」
「あれもまた、周家ならば当然の事」
「どうあっても、認めない、と?」
妹の言葉に権は黙って頷く。自分の事で争って欲しくなど無い。けれど、重苦しい音が鳴り響いている気がして口が開かなかった。
「それでは、私からも一つ述べてもよろしいでしょうか、権兄上」
「なんだ?」
「私が玄国の王子を匿っていたことは、すでに父上もご存じのはず。その際、羽は重要な役目を果たしたと聞きます。それでも、不足とおっしゃるのですか」
「外交の事など、文官に任せればよいものを。ならば、今一度問う」
「はい」
「勅ならば従わざるを得ないだろうが、お前はそれに耐えうるか?」
父の視線が刺さるようだ。それもそうだろう。まだ不明なことばかりだ。陛下はなぜ自分に曲をつくれと命じたのだろうか。理由など考えている方がおかしいのかもしれない。ただ、父は自分に問うているのだ。
―――― 周家を代表する覚悟を。
「父上」
かろうじて出せたのはこれだけだ。
「やらせて、ください」
「…………」
「勅だから、ではありません。叔母上が言うように、周家にとってこれはまたとない機会ではありませんか。今再び周家が盛り返すためには、陛下の信任あって初めてなせることではないでしょうか」
周家の名を高めることにさほど興味はないけれど、羽は知っている。破門され、去っていく弟子たちの表情、怨嗟にも似た表情は常に御曹司である自分に向いていた。
(人前で弾けぬのに、御曹司というだけで周家にいられるなんて、馬鹿馬鹿しい)
そう言っているような気がしたのだ。その目に気づいてから、だんだんと弾くことに自分の思いをのせることができなくなっていた。ただ決められたとおりに音を出す絡繰になっていくような気さえした。
「私の力など、確かにここにいる誰より劣っているかもしれませんが、わたくしは周家を今一度額の名家に戻したいのです。才が無いからと破門されるような家にはしたくないのです」
「………」
それは、自分が一度家を出たから知っている。外から眺めた周家の実態は、今まで見ないふり、聞こえないふりをした罰だと思った。だから、戻ってきたら、機会が巡ってくるなら躊躇わないと決めた。
すぅ、と息を吸う。春の気配を含んだ温かな風の味がした。
「千天節の曲を作らせてください」
言い切った後、また沈黙が訪れた。父がすぐに批判するかと思っていた羽は、少し拍子抜けてしまう。
「いいだろう。人前で弾くことすらやめたお前がそういうのだ。曲を作るといい。だが、忘れるな。お前は周家の名を負って曲を作るのだ」
「そんな! 父上!?」
目を向いて声を上げたのは権だった。
「……陛下も、もう待ってはいられぬというわけか。策」
「は、はい!」
「お前が導け、今度こそ」
「……かしこまりました」
妙な言葉が混ざったな、と羽は思った。這いつくばるように体を伏せている策から、絞り出すような声が漏れ出た。
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