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三章 還鶴玄楼と狼の贄王子
玄国の使者
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使者が到着したとの知らせは瞬く間に国中に広まった。都の大通りには人々が詰めかけ、異国の使者を今か今かと待ちわびていた。玄国との外交は細々と続いていたが、それでも都に使者が来るのは十数年ぶりということで、人々の関心は日ごとに高まっていく。
大通りから、辰国とは全く違う体格の良い馬が足並みをそろえて近づいてくる。その馬に乗っている男たちも鎧をまとい、物々しい雰囲気を醸し出している。けれども、全く威圧感を感じさせないのはある人物の出す芳香にみなが酔っているからだ。
上部を取り払い、豪華な飾りつけがされた馬車に乗っている女性だ。艶やかな黒髪を丁寧に結い上げ、髪飾りがかすかな風に揺れている。辰国の貴婦人の装束に着替えた女性は縁沿いに集まる人々にたおやかな笑みを浮かべ、ゆっくりと手を振っている。
白磁の器のような透明感のある肌に、薄く化粧を施している。衣は目が覚めるような鮮やかな赤に、金の刺繍が施されている。玄国風の毛皮ではなく、辰国の領巾をまとっている。
ゆったりとした速度で進んでいく馬車を見上げ、人々は口々に噂をする。
「あれが玄国の姫君の一人か……」
「いや、あの方こそ玄国の首長と聞いたぞ?」
「それにしてもおきれいな方ね……」
「玄国の人はみんないかついと思ってたけれど、違うのかしら?」
「そうか? 装飾でごまかしているに違いない」
「あぁ、見られてよかった……」
ため息をついて行く人々に女性は変わらぬ笑みを浮かべている。彼女こそ、玄国大八部族の一つ、金狼族の部族長、黄花姫その人である。彼女の周りにいるのは同じく金狼族ではあるが、旗印が異なる武人も数名混じっている。金狼族の旗印は赤と金であるが、対となる黒と銀の旗が同数はためいている。
その他にも、灰色や青や緑など全部で7つの旗が並んでいる。7つの旗はそれぞれ、玄国を構成する部族の旗で、旗には構図こそ違うものの狼の意匠が施されていた。
「どうして玄国の旗はみな狼なのですか?」
殿中の塀の上から使者の集団を見ていた澄が隣にいた羽に尋ねた。
「そりゃ、あいつらは狼だから」
「え?」
「適当なことを言わないの!!!」
ばし、と羽の背中を勢いよく叩いたのは友人の明英だった。明英も元は玄国の人間なので、羽はしめたとばかりに明英に澄の質問を投げた。
「故郷の話をしてやれよ、明英」
「故郷って言っても、私が玄国にいたのは4歳までの事よ」
「4歳? ってことは、明英さんってずっと辰国にいらしたんですね」
こくりと明英がうなずいた。そういえば、と羽は思い出した。
(確かに、明英は辰国生まれじゃないよな)
思い返してみれば、この婚約者についてあんまり知らなかったと今更のように感じた。ずっと一緒に育ったせいで、辰国で生まれたのだと思っていた。家族だって、祖父の存在感が強すぎて父母の事や兄弟のことなど全く聞いたことが無かった。
「玄国の人間はね、自分達を狼の子孫だと信じているの。まぁ、玄国の伝説ってことになるわね」
「玄国の伝説、ですか?」
「あぁ。玄国には俺達辰国の人間が信仰している神や仏はあんまり浸透してない。代わりに、ある一対の狼がずっと互いと一緒にいたいと望み、神に祈ったら人間になった、という伝説がある」
「その番の狼の子孫が玄国の人々、ということですね」
「ええ。そうよ………で、私の部族はあれ」
そう言って、明英は人々の関心を集めている女性の側にはためいている旗を指さした。
「あの金色の旗ですか?」
「違うわ。その隣の黒と銀の旗。黒狼族が私の部族」
(あれ?)
いつものような声とは全く違う声が聞こえた気がして、羽は胸が一瞬ざわめいたのを感じた。
大通りから、辰国とは全く違う体格の良い馬が足並みをそろえて近づいてくる。その馬に乗っている男たちも鎧をまとい、物々しい雰囲気を醸し出している。けれども、全く威圧感を感じさせないのはある人物の出す芳香にみなが酔っているからだ。
上部を取り払い、豪華な飾りつけがされた馬車に乗っている女性だ。艶やかな黒髪を丁寧に結い上げ、髪飾りがかすかな風に揺れている。辰国の貴婦人の装束に着替えた女性は縁沿いに集まる人々にたおやかな笑みを浮かべ、ゆっくりと手を振っている。
白磁の器のような透明感のある肌に、薄く化粧を施している。衣は目が覚めるような鮮やかな赤に、金の刺繍が施されている。玄国風の毛皮ではなく、辰国の領巾をまとっている。
ゆったりとした速度で進んでいく馬車を見上げ、人々は口々に噂をする。
「あれが玄国の姫君の一人か……」
「いや、あの方こそ玄国の首長と聞いたぞ?」
「それにしてもおきれいな方ね……」
「玄国の人はみんないかついと思ってたけれど、違うのかしら?」
「そうか? 装飾でごまかしているに違いない」
「あぁ、見られてよかった……」
ため息をついて行く人々に女性は変わらぬ笑みを浮かべている。彼女こそ、玄国大八部族の一つ、金狼族の部族長、黄花姫その人である。彼女の周りにいるのは同じく金狼族ではあるが、旗印が異なる武人も数名混じっている。金狼族の旗印は赤と金であるが、対となる黒と銀の旗が同数はためいている。
その他にも、灰色や青や緑など全部で7つの旗が並んでいる。7つの旗はそれぞれ、玄国を構成する部族の旗で、旗には構図こそ違うものの狼の意匠が施されていた。
「どうして玄国の旗はみな狼なのですか?」
殿中の塀の上から使者の集団を見ていた澄が隣にいた羽に尋ねた。
「そりゃ、あいつらは狼だから」
「え?」
「適当なことを言わないの!!!」
ばし、と羽の背中を勢いよく叩いたのは友人の明英だった。明英も元は玄国の人間なので、羽はしめたとばかりに明英に澄の質問を投げた。
「故郷の話をしてやれよ、明英」
「故郷って言っても、私が玄国にいたのは4歳までの事よ」
「4歳? ってことは、明英さんってずっと辰国にいらしたんですね」
こくりと明英がうなずいた。そういえば、と羽は思い出した。
(確かに、明英は辰国生まれじゃないよな)
思い返してみれば、この婚約者についてあんまり知らなかったと今更のように感じた。ずっと一緒に育ったせいで、辰国で生まれたのだと思っていた。家族だって、祖父の存在感が強すぎて父母の事や兄弟のことなど全く聞いたことが無かった。
「玄国の人間はね、自分達を狼の子孫だと信じているの。まぁ、玄国の伝説ってことになるわね」
「玄国の伝説、ですか?」
「あぁ。玄国には俺達辰国の人間が信仰している神や仏はあんまり浸透してない。代わりに、ある一対の狼がずっと互いと一緒にいたいと望み、神に祈ったら人間になった、という伝説がある」
「その番の狼の子孫が玄国の人々、ということですね」
「ええ。そうよ………で、私の部族はあれ」
そう言って、明英は人々の関心を集めている女性の側にはためいている旗を指さした。
「あの金色の旗ですか?」
「違うわ。その隣の黒と銀の旗。黒狼族が私の部族」
(あれ?)
いつものような声とは全く違う声が聞こえた気がして、羽は胸が一瞬ざわめいたのを感じた。
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