玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第9章 帝国の魔女

第9章第015話 大人レイコの決断

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第9章第015話 大人レイコの決断

Side:ツキシマ・レイコ

 マーリアちゃんの身体のマナ操作の話は一旦置いといて。またネイルコードの産業の話に戻りました。

 「南の大陸の硝石の取れる乾燥地帯では、ボーキサイトの結構でかい鉱山もあるわよ。私の所では利用できなかったから、サンプルだけ取って放置してあるけど」

 ボーキサイト! アルミニウムの原料です。
 製鉄の手法では精錬ではないので、地球でも最初は金より価値がありました。量も無いのでスプーンとかにして使っていたようですが…熱伝導が高い金属の食器は使い辛いでしょうね。
 ともあれ。アルミが取れれば、航空機のさらなる発展が約束されます。

 「もう有人グライダーまでとばしているなんてすごいわね、ネイルコードって」

 「どんどん知識を吸収してくれる人達がいますから。ね、ネタリア外相? こちらの方が飛行機の模型に興味持たれてね。彼主導で人が乗れるところまで開発したの」

 「外交官…いえ外務大臣なのね…え?大臣自らここまで来たの? …なかなかフットワークの軽い方ね」

 「レイコ殿から"未来"の話はいろいろ聞いていますからね。こんな面白そうなことなら先に手を出してしまえと」

 「あらまぁ。ふふふ」

 話題を振られたネタリア外相が恐縮しています。
 カルタスト殿下が二番目にグライダーに乗り込んでしまって騒ぎになったのが…なんかうんと昔に感じますね。

 「大臣がグライダーを作ってしまう。やはりそういう土壌が出来ている国ってのが、すでにチートよね。赤井さん、アイズン伯爵とやらに何かしたの?」

 「彼は自然発生の天才だね。彼に師事していた王族がネイルコードの王になったのも大きいと思うけど。内政だけに注力しているから野心も警戒されず、むしろ王の方で保護して好き勝手やらせてる。彼の暴走ぶりは、見ていて面白いくらいだよ」

 「…そうよね。私の時は、関やら入城税を無くすだけでも、どれだけ苦労したか…」

 アイズン伯爵の経済に関する才能、そしてそれを理解して国政に反映させたクライスファー陛下。あとおそらく、影でいろいろしていたローザリンテ妃殿下。今のネイルコードの発展の三本柱でしょう。

 「王城に行っても、貴族に絡まれたりせずに普通にお茶して帰れるって、すごくうらやましいわよ。嫌みか、お金の無心か、スケベ心か、そんなのばっかりだったから。会場にはクルミみたいな木の実も置いといてもらったのよ。それを指先で割れば、大抵は黙ったわ」

 ケラケラと笑う大人のレイコ。いろいろあったようです。

 「ボーキサイトだけど。あなたたちの国で、防塵装備の用意とか採掘の機械化ができるのなら、ロトリー達に採掘させてあげられないかしら? 交易には持って来いだろうし」

 ラクーン達には、この辺の技術が無いんでしょうね。
 ボーキサイトの粉塵は、石綿と同じくらい有毒です。防塵を周知した上で発掘を機械化するのなら、健康被害も最小に出来るでしょう。
 ボーキの精製には、電気も必須ですが。ネイルコードでは、マナによる電源も開発が進んでますので、電気還元炉の開発も出来るでしょう。
 重機はネイルコードでも開発を進めているところですので、もうちょっと先の話になると思います。技術供与を大盤振る舞いしたとしても、アルミニウムは魅力的です。

 「ふふふ。あの飛行場用地が無駄にならなさそうでなによりだわ。マナなら航続距離気にしなくて良いし。百年…いえ五十年もかからないかしら? ジュラルミンが作れればすぐよね」

 やっぱりあそこは、大人のレイコが用意したものだったんですね。
 試験にも出るライト兄弟による人類初の動力飛行は、1903年。そこから音速越えるまでたった半世紀弱。戦争というブーストが合ったとは言え、ものすごい進歩スピードでした。
 むしろネイルコードの場合、冶金やら設計やら製造機械やら、周辺技術の進歩具合の方が足を引っ張りそうです。

 「あと。ネタリア外相にも留意してほしいことなんだけど。あなた方の言う東の大陸、そしてロトリー達の発祥地の南の大陸、こちらに"人"を入植させるようなことはしないで欲しいの」

 「それはどういう…」

 「技術や文化の交流、この辺は構わないわ。ただ、生活圏としては人とロトリーは明確に分けたままにしてほしいの。こちらの大陸は、もうロトリー達の物ってこと」

 人とラクーンのテリトリーを永続的に区別してほしいということですか。

 「ロトリー達は、赤井さん…赤竜神から見てもイレギュラーよ。"人"以外の生物が文明をもつにいたるなんて、ほんと希少なのよ」

 「まぁ分母はナイショだけど、"人"以外で文明を持つに至ったのは、ロトリーで十七例目だね。ただ、十例が"人"に滅ぼされ。三例が"人"を滅ぼし。四例が共倒れしたよ。どれも、マナまでたどり着くことはなかった」

 赤井さんは簡単に言いますが。民族間紛争なんてもんじゃない、種族間で徹底的に殺し合ったってことです。しかも核兵器なんかも使うような全面戦争…

 「あなたには想像できたでしょ? 双方の社会が成熟するまで、混ぜない方が良いというのが私の判断よ。今の段階で混ぜると、絶対に軋轢を生むわ」

 「…わかったわ」


 パン… これでOKとばかりに、大人のレイコが軽く手を叩きます。

 「さて。この惑星の文化と文明の勃興。そのへんの詳細は後から送ってもらえば良いかしらね、赤井さん」

 大人のレイコが赤井さんをちらっと見ると、軽く頷いています。

 「ん?どういうこと?」

 「レイコ…人生って…輝いている部分も多いけど、辛いことも多いわ。まして千年も生きることになるとね。あなたの周辺は、今まではうまくいってきただけに…これからを、頑張れとも気にするなとも言えない。こればかりはもう、内に溜めていくしかないのよ。これは千歳年上の先輩としての助言よ」

 大人のレイコが私の目を見つめて語りかけて来ます。

 「当たり前だけど。周囲に居る人は皆必ずいなくなるのよ。何百年も社会で暮らしているともうね、ふと耐えられなくなって、眠りに落ちてしまうようになるわ。思い出の内に閉じこもってしまってね。それでも…それらの人々と過ごしてきた時間が…出会わない方が良かったなどとは絶対思えないような貴重な時間だとしたら。それが残されることはまだ幸いよ。そこに縋るしかないわ」

 大人のレイコが結婚した相手は普通の人。そこから二百年を帝国で過ごしていると言うことは、そういうことです。しかも最後はあの結末…

 「ふぅ…"再生"された時には、こんな思いするとは想像していなかったわよ。…今更"再生"されなかった方が良いなんてことも言わないけどね」

 こんな境遇に置いたという赤井さんにちょっと恨みがましい視線を向けます。
 私ももちろん、ネイルコードでの生活を無かったことにしたいなんて思いませんが。大人の私が経験してきたであろう悲しみは、私にも必ず訪れる類いの物でしょう。

 「意識をスキャンしたからといって、いきなりメンターになる資格が出来るわけじゃないんだ。長命の者として、生死に対する達観は必要だ。ほんと初期にはね、片っ端に人々をスキャンして個々の幸福を追求した楽園みたいなバーチャル世界を作ったメンターもいるけどね。そんなものは長続きはしない、せいぜい千年で…言い方は悪いけど、養鶏場みたいになってしまう」

 衣食住は保証され、ハッピーエンドしかない物語みたいな人生…たしかに飼われているのと大差ないですね。

 「メンターになる者…世界を管理する者になるにはね、誰でも良いってわけじゃない。知力素養も必要だけど。その中で生きている人の生死をまとめて傍観できる精神力を鍛える必要がある。それができないと…」

 「…養鶏場ってわけね」

 私がネイルコードではじめたことが養鶏場になってしまわないのか…これは戒めることが必要ですが。…人が幸せに暮らせる世界を否定して何を目指せというのでしょうか? 人の文明はどこを目指すべきなのでしょうか?

 「人類がどう進歩すべきか。現在に対する満足だけでは無く、未来に対するプランは、君の父上月島先生との暮らしの中で鍛えられていただろ? まぁ理想と現実は対立する物だけど、君が関わる社会なら、少なくともメンターに追いつくまでは停滞することはないと期待しているよ」

 「…それでそちらのレイコは…何するつもりなの?」

 大人のレイコ。朝からちょっと様子が変で。何か含みを持たせたような話をしています。

 「元々は、一つの惑星にオリジナルを同一とするメンターは置かないんだが。今回は、事が事だったからね。ネイルコード国とロトリー国の発展具合を見て、君を再投入したんだ。で、こちらの古い方は卒業」

 「古い方って…酷い言い方ね。でも、子供の自分を見るのは、なんとも変な感じね」

 「…卒業って、なんか穏やかじゃ無いんだけど」

 昔から、学業以外の卒業には、あまりいいイメージは有りませんが。

 「こちらのレイコには、この惑星での役目は終了ってことで。他の星系に旅立ってもらうことにしたってこと」

 「他の星系?」

 「生物はいないけど海のある程度の惑星なら、それこそ無数に発見されているからね。そこにメンターとして赴いて、僕がやったように人が住めるまで開発してほしいのさ。いつかは、僕たちが目標としているこの宇宙の外に届くことを祈って、ただひたすら試行を繰り返す。その一つの礎として…」

 ああ。こうやってメンターを養成して、更に版図を広げていくというわけですか。

 「…赤竜神様も祈るのですか?」

 話半分くらいで聞いていたマーリアちゃん。
 何か目標があってこの星に関わっている…ということは分かったようですが。
 ニコッと…教師のような笑顔で赤井さんが答えます。

 「僕は、君たちから見れば神に等しい力を持つけど。それでも、この宇宙から見れば、君たちと立ち位置は大して変わらないんだ。いつか、僕らを追い越してその先にたどり着く…」

 「私たちが赤竜神様を越える…」

 「君たち自身が神に至る…だね。そうなることを期待しているよ」


 総体として意思を持つ存在なのか、それとも宇宙に存在する別の知性体と連結しているのか。まだ詳細は仮説に過ぎないけど。量子演算の向こう側になにか居る。意識が関わる演算に干渉してくる。その存在とコンタクトしたい。大雑把に言えば、メンターの目的はこれにつきます。これによって、無限の寿命を持ったメンターが有限の宇宙からの脱出を謀る…ということなのでしょう。

 「"玲子"のデータは、今も太陽リングに転送中だ。その影響でちょっと彼女は躁状態だけどね。彼女を乗せたマナシップを、リングで光速の2割まで加速して射出する。船の電磁防御が惑星間の太陽風を圧縮して光輝くので、この惑星からも見えるだろう。加速終了と射出は一週間後の、そうだな日没後…三十分くらいか。ここからもよく見えると思う。皆で見送ってあげるといい」

 「あなたのこの星での千年が、私よりずっと有意義になることを祈っているわ」

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