玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第8章 東方諸島セイホウ王国

第8章第008話 閑話・グライダー飛行

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第8章第008話 閑話・グライダー飛行

・Side:カルタスト・バルト・ネイルコード(ネイルコード王国 王太子嫡男)

 滑走台の上に置かれた、ネタリア外相の作ったグライダーに乗り込んで持ち上げる。
 昔…と言っても、数年前だが。レイコ殿から戴いた二つの玩具のグライダー。何度か飛ばしたあと、壊してはいけないと王家の宝物庫に大切にしまってもらってある。木と竹と紙で作られた質素なおもちゃだが。僕の宝物だし…将来本当に国の宝として扱われる予感がする。

 いただいたグライダーの代わりに、ネタリア外相と一緒になって、同じようなものを作ってみた。まぁ職人に作らせてみたが正しいが。図面の作成、いくつかの部品の切り出し、糊を使った紙の貼り付け、組み立て等、出来るところは自分でもやってみたので。飛行機がどのように飛ぶのか。機体のどの部分に力が加わるのか。飛行をコントロールするにはどうすればいいのか。この辺はネタリア外相と話し込めるくらいには理解した。
 調節に失敗して、第一投で地面に突っ込んで一発で壊れたこともある。それでも…楽しかったな。


 やっと完成した人が乗れるグライダー。結構な大きさだけど、見た目よりはずっと軽い。
 それでいて、左右の翼の中を貫く二本の桁は、体重を預けられるくらいに頑丈だし。張り線も十分翼を支えている。乗りながら体を前後左右に動かせば、向きも自在だろう。

 これに自分が乗って空を滑るところを想像する。ネタリア外相とレイコ殿が飛んでいる所はすでに見た。滑走台を飛び出すときに機体を水平に保つところ以外、難しいところは特にないように思えた。

 技師達は、僕が持ち上げた機体にぶつかって壊さないように、少し離れている。
 護衛騎士達は、こちらより周囲を警戒して、意識がそちらを向いている。
 風向きや強さは、試験を始めてから大して変わらず。滑走台の向きも申し分ない。

 …僕も飛んでもいいよね?
 魔が差したというより。庭を見てちょっと出てみたいという程度の心持ちで。僕はグライダーを持ち上げたまま駆けだしていた。

 「「「殿下!」」」

 制止がかかるか、短い滑走台では、ここで止まるのは帰って危ないだろう。
 滑走台を飛び出したら、座板に跨がる。すでに機体は調節されているので、ほっといてもまっすぐ飛ぶように思える。
 翼が風を捉え、機体を支えているのがわかる。
 試しに少しだけ体を右に寄せてみると。少しだけ機体が傾き、そちらに曲がり始める。今度は反対方向に体をずらして向きを修正する。

 背後に、機体以外の風切り音を感じた。軽く後ろを振り向くと、すぐ後ろ上に小竜神様が飛んでいた。僕が飛び出してから、すぐさま追いついてきたらしい。
 ネタリア外相の飛行の時と同じく、いざとなったら僕の襟首を掴んでくれるのだろう。

 速度が落ち始め、高度も合わせて落ち始めるが。ここで機首を上げてしまうと、"失速"という状態となってすぐさま落ちてしまう。模型のグライダーでも調節が不味いと、上昇したあとに速度を失ってストンと落ちてしまう。
 ここは機首を下げて降下し、速度を上げた方がいいのだ。ただ、それが出来るほどの高度も、もうほとんど無い。短い飛行もそろそろ終わりだ。
 そろそろ足が付くというところで、高度は上がらない程度に機首を上げ、ギリギリまで速度を落とし。揚力が機体を支えられない限界で足をつけ。機体が前に倒れ込まないように少し走る。
 止まったところで、機体をそっと下ろした。

 「あはっ…あははははっ! 飛んだっ! 僕にも飛べたっ! 僕にも飛べるんだっ!」

 …楽しかった。すごく楽しかった。なんだ簡単じゃなないか。ネタリア外相ももったいぶらずに飛ばさせてくれれば良かったのに。

 「クッククーッ!」

 ちょっと離れたところに小竜神様も降り立った。

 「小竜神様、お気遣いありがとうございました。でも僕でもけっこううまく飛ばせたでしょ?」

 「ククックー…」

 "しかたないな" そんな感じのことを言われたのだろうか。
 小竜神様が、飛んできた丘の方を指さす。

 「っ!」

 護衛騎士達が大慌てで丘を下って走ってきた。

 「「「殿下~あああっ!!!」」」

 …駆けつけてくる護衛騎士の顔は、皆が鬼のようでした。
 それを見て、自分がやらかしたことを自覚しました。



 お祖父様、父上。お祖母様、母上。カステラード叔父上。
 ネタリア外相、レイコ殿。護衛騎士達。そして僕。王宮の応接間、一つの部屋に集まっている。皆がここまで集まれるのも、宮殿の中だけだ。
 同席しているネタリア外相は、気の毒なほど小さくなっている。

 僕と言えば、勝手にグライダーで飛んだということで、危険行為をさんざん叱られたところです。

 レイコ殿が弁護してくれていました、主にネタリア外相の。

 「ネタリア卿、レイコ殿。二人から見てどの程度の危険があったかね?」

 ネタリア外相とレイコ殿が目を合わせてから説明します。

 「まぁ、高さ五メートル程度でしたし。落ちたとしても、馬から落ちる方が危険なくらいだと思いますけど…」

 「その程度の高さで、下は斜面ですから。落ちても大したことは無かったとは思います」

 騎乗では頭から落ちることが多いし、速度が出ていると尚更。軍や民間問わず、毎年亡くなる人は出ている。足先から五メートル落ちるのよりずっと危険だろう。

 「レッドさんがすぐにサポートに飛んでいきましたから。ひどくても足を痛めるくらいだったかなと」

 「クー」

 父上が、額に手を当ててため息をつく。

 「ネタリア外相の夢が成就したのはいい。空を飛ぶというのも壮大な話だが… レイコ殿の世界では、最初にグライダーで飛んだ人は、何回かの飛行の後、落ちて亡くなっているそうだな」

 その偉人の話は僕も聞きました。

 「事故というものはゼロにすることは出来ない。いつかこの飛行機によって命を落とすものも出よう。船による旅だって同じだ。万全を期しては居るが、ネイルコードの船でさえ、遭難して大勢が帰らなかったことはある。我が孫がその最初にならず、幸いだったと喜ぶべき所なのだが…」

 「エイゼル市に居た頃、アインが木登りしたよりは安全だったんじゃないの? 小竜神様もいざというときには助けてくだされたようですし」

 「母上…あのときとは状況が違います。王位の継承者の喪失は、そのまま国が乱れることに繋がりかねません」

 「もしもの時にはカステラードの長男が居るとはいえ…」

 「止めてくれ。俺の息子にそんな重責を与えるのは… いやすまんカル。ただいきなり切り替えるのは、赤ん坊には酷すぎるというだけで…」

 叔父上の妃のアーメリア殿。去年に二人目の子供、長男が誕生しました。父上にとっての叔父上のような存在になって、僕を扶けて欲しいものです。
 さらに僕にも去年、妹が一人増えました。最近はもう、お祖父様の目尻が垂れているところしか見ていません。

 「わかっていますよ叔父上」

 僕は苦笑して応えます。うん、お祖父様も父上も、なんだかんだで王位を誰かに押しつけたがっています。僕も、王としての心構えとか小さい頃から勉強させられてきていますから、厳しさは理解しているつもりです。それでも僕は、やりがいは感じてますよ?
 …お祖母様や母上を見ていると、女王でも十分やっていけるのではと思いますが。ネイルコード王国の法典に、別に男が王であるべしという明文があるわけではありませんが。男系が求められるのは他国に嘗められないようにするという体面の方が大きいそうです。
 内政にしろ外交にしろ、国力や支持勢力という後ろ盾が無いと難しいなとも感じています。独裁は簡単ではありますが、せいぜい一代限りです。皮肉を込めて言えば、皆が担ぐ神輿としての見栄えも必要ってことですね。

 「会議がなかったら、俺も初飛行は見に行きたがったがな。にしてもなんでまた、突然飛んだりしたんだ? カル」

 「外相とレイコ殿の飛行があまりにスムーズで、危険なんて無いと思ったんです。それに、僕自身が飛べるチャンスなんてもう無いんじゃないかって考えたら、つい…」

 「ついか! わっはっはっ」

 「笑い事じゃ無いぞラード。カール、そなたの双肩には、この国の安寧も乗っているのだ。その重圧は十分理解している。羽目を外したくもなるだろうが、そこは堪えねばならない」

 「カール。飛んだこと自体にはさほど怒ってはいない。ネタリア外相も飛んでいたし、飛行機の製作にも首を突っ込んでいたのだから、危険かどうかの判断は自分でした上なのだろう。ただ、護衛騎士達に相談しなかったのはよろしくない。彼らはそれこそ命がけで私たちの護衛をしてくれている。彼らの意向を無視した勝手な動きは、自分の命だけの話では済まない。王族といえど、現場の判断は彼らに委ねるべきなのだ」

 お祖父様と父上が静かな声で聞いてきます。

 「…はい。王位継承権を持つものとして、軽率だったと反省しています。騎士達にも後で謝罪に赴きます」



 護衛騎士を欺くように危険行為をしたことは、咎められなければなりません。
 原因となったグライダーは軍の方で没収、カステラード叔父上の管轄下となることになりました。…叔父上は今度、自分でも飛んで見るそうです。
 ネタリア外相は、グライダーが没収された以外はお咎め無し。グライダーの研究の方も、そのまま関わって行けるそうです。


 僕の方は、二週間の間、朝昼の食事は自室で一人で、さらに学習や鍛錬以外での宮殿からの外出が禁止となりました。
 僕がグライダーに関わることも、一年禁止されました。見に行くことも出来ないのは、すごく残念です。
 …それでも。それら罰則と共であっても、僕がグライダーで飛んだことが王室記録に記録されたのは、ちょっとうれしかったのです。

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