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第8章 東方諸島セイホウ王国
第8章第004話 ・閑話 王様ジョギング
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第8章第004話 ・閑話 王様ジョギング
・Side:クライスファー・バルト・ネイルコード(ネイルコード王国 国王)
国王の朝は早い…ことは無い。王宮では日が昇る前からいろいろ仕事をしているものが大勢居る。
皆にありがたくは思いつつも。最近は"六時"に起床するようにしている。
ユルガルムの工房で開発された時計。振り子式というもだそうで、だいたい椅子くらいの大きさだろうか。毎日ゼンマイとやらを巻いて、侍従がお昼のに合わせて針を調節してくれていて、指定した時間で鐘が鳴るというなかなか精緻なカラクリだ。ユルガルムの工房からの話では、「モーター」によってその手間がなくなり、さらに小型になるのも遠くないとのことだ。
長い針と短い針。短い針は一日二回転、長い針は二十四回転。数字が1から12まで描かれているが。これは正教国の暦が元になっているそうだが、なぜこの数字かは正教国でも失伝しているらしい。
時計は、装飾が施されたものから機能に特化したもので、まだまだ高価ではあるが量産はされつつあり。侍従の宿舎でも一つ設置されていて、こちらも皆が朝起きるのに重宝している。時間に齟齬が無くなるだけで効率がかなり上がるそうだ。
朝、ベットから出ると、用を済ませ水を飲み洗顔し、運動服に着替え、朝の運動のために王宮の庭に向かう。
国王ともなれば、本来は侍女侍従達の世話を受けるところなのだろうが。ローザとの私室周辺は、最小限の世話しか受けていない。レイコ殿ではないが、私も傅かれたり細かく世話をされるのは苦手だ。まぁ兄たちが居なくなるまではそういう生活だったからな、
妻のローザも朝の支度をしている。朝の鍛錬を薦めてきたのは彼女だ。
実は、未だに剣技では彼女には勝てない。幼い頃から"影"らとともに過ごしてきた彼女は、戦いについてもいろいろ手ほどきを受けている。王妃でありながら、腕前はなかなかだ。
私も、結婚してからはいろいろ剣技は教わっては居るが。ほとんどが防御の構えだけだ。走ることについても鍛錬の一環なのだが。ローザ曰く、
「最優先で、相手の攻撃をいなして逃げることを考えなさい。あとは周囲の護衛騎士が対処してくれるから。王の武技としてはそれで十分よ」
王自ら戦場に突っ込んでいく…なんて英雄譚はよくあるが。実際には王が前に出るのはとんでもないことだし、王が剣を取るところまで追い詰められたから、大抵はそこで終わりだろう。
三男だったとはいえ私も王族だ。身体強化のマナ術も一応習得はしているが。王位に就いてから受けた訓練は逃げの一手というのも、まぁ私らしいとも思うがな。
宮廷の庭には、軽装備の護衛騎士と、体操服を着た孫姫のクリスティーナ、その相棒たる銀狼が待っていた。
「おじいさま、おはようございますっ!」「ギャウッ」
「おはようクリス。今朝は良い天気だ。皆も早朝からご苦労である。護衛の方、よろしくたのむ」
「はっ! おはようございます陛下っ!」
立太子する前のアインコール、次男のカステラードも、この朝の鍛錬によく付き合ってくれていたが。今では護衛の観点から別に鍛錬するようになった。ローザもそちらの方に顔を出すことが多い。
代わりに、私には孫らが交代で付き合ってくれる。
誰が付き合うかは、前日の団らんの場で決めている。直前まではっきりさせないのも警備の一環だとか。走るコースも朝に決めている位だ。
今朝は孫娘のクリステーナと、今ではすっかり王宮の顔となった銀狼のケルベロス、彼女らが朝の鍛錬に付き合ってくれる。
王宮に来た最初の頃ですら大人の狼くらいの大きさだったケルベロスも、一年経った今ではさらに一回り大きくなった。いまでは頭の高さがすでにクリスを越そうかというくらいだからな。ゴルゲットも銀製の立派なものを作ってもらっている、それも王家の紋章入りだ。
見た目の大きさとは違い、その毛並みと人なつこい性格からか、ローザはじめ女達はこの銀狼にメロメロだし、侍女達にも人気だ。すっかり王宮の癒やしになっている。
…初めて来た頃には、おびえる者が続出してちょっとした騒ぎになったものだが。クリスがまったく物怖じしないことと、ケルベロスが本当にクリスの指示通りにするところを見て、皆も警戒を解いていった。
毛の量が多い銀狼だけに、毎日のブラッシングは欠かせない。クリスティーナ一人では大変なので、いつも何人か侍女が手助けしているが。人気のある作業なので、侍女の間では希望者による順番制だそうだ。…ローザやファーレルがときどき混ざっていることも知っている。
ケルベロスは、愛くるしさもありながらもマナを内包する強力な獣でもある。クリスティーナの指示の元、騎士達と模擬戦をしたこともあるが、その速度と力は侮れないものがあるそうだ。意識共有しているクリスティーナの護衛としても活躍してくれることだろう。
「まずは背伸びの運動からっ」
まずは準備体操だ。
これもレイコ殿直伝で、騎士や兵士衛兵、さらに市井でも肉体労働をする現場でも広まりつつある。レイコ殿の世界では、子供皆が学校で覚えるんだそうだ。
睡眠で凝り固まっている全身の筋をむらなく伸ばす。目が覚めるし、これだけで怪我をするリスクが減ると、なかなかに評判だ。体の動かし方がよく考えられていると、騎士団長も感心していたな。
今朝も、手空きの衛兵や侍女たちも体操に参加している。ケルベロスは楽しそうに周囲を走り回っている。
これのさらに上位の体操があるのだが…うむ、あれは騎士や兵士で無いと無理だな。私は一度で十分だ。
体操が終わったら出発だ。
前後左右に護衛騎士がつき警戒している。先頭が騎士、続いてクリスティーナとケルベロスと私、三人で並んで。さらに左右と後ろから四名の護衛騎士。
護衛騎士の鍛錬も兼ねているので、軽装とはいえ鎧を着込んでいる。庭の各所にも衛兵が配置されている。まぁ、ネイルコードの情勢は、バッセンベル領が完全に臣従してからかなり落ち着き、以前ほど警戒する必要も無いのだが。そこは念を入れてだ。
「クリス、辛くなったら言いなさい」
「はい、まだ、だいじょうぶ、です」
苦しくなる直前を維持した速度で走る。レイコ殿曰く、きつい運動を短時間より、ほどほどを長時間の方が体に良いそうだ。ケルベロスや騎士達には物足りないだろうが、皆は皆でこの早歩きの散歩を楽しんでいるようだ。クリスには丁度良い速さか。
私も五十歳半ばを超えたが、これくらいならまだまだ楽勝だ。今はクリスに合わせて走ろう。
運動が終わり。風呂場に設置されたシャワーを浴びて。さっぱりしたところでローザとともに朝食を取る。
残念ながらクリスは、王太子宮に戻っていった。今頃は向こうも家族で朝食を取っていることだろう。
べつに国王だからと朝から晩餐のような食事をしているわけでは無い。材料は吟味されては居るが、メニュー自体は庶民とさほど大きな差はないだろう。それでも王宮の料理だ、十分に美味だ。
これまたレイコ殿から伝授された栄養学。それらを万全に理解するにはまだまだ時間がかかるとのことだが。まぁ今は大雑把に、肉や魚はいいが油と塩分は控えめに。火を通した野菜とは別に生の野菜や果実を取るといった内容で。酒の飲み過ぎは厳禁。まぁこれらに従えば、自然と質素になってくる。
しかしながら。これらの制限を取り入れつつも美味なメニューをいかに実現するか、料理長らも張り切っておる。
若い頃には、脂ぎった味の濃いものが好みだったが。この年になるとこれらがむしろ好ましいしな。
食休みをした後は王宮に併設された執務棟へ向かう。大臣等要職の部屋もこちらに用意されていて、事務的な作業はこの棟だけで済むようになっている。昼間は王城で最も警備の厳しい場所でもある。
「諸君おはよう。さて、今日はまず何から手を付けるか…」
陳情などの応対も、ここの応接室で行っている。他国の使節を招くときや儀礼的なことなら、城中央の謁見場を使うが。広さや絢爛さから言って、あそこは普段から使うような場所では無い。王の仕事は、玉座にふんぞり返って出来るようなことではないのだ。
王位についたばかりのころには、媚びを売るような貴族が列をなしたものだが。最近はもうそういった馬鹿な貴族は減り。合うにしても、本当に必要な内政についての会議で済むようになっている。
バッセンベルが完全に臣従してからは、国防や対外関係は非常に楽になったのだが。かわりに国内開発についての会議が多くなった。…これもまたレイコ殿の案件と言って良いのか。
昼食後は、大臣らと会議ではあるのだが。鼻から加熱しておる。
「ですから! 食糧増産のための開拓事業は、一切遅延縮小することなどならぬのです! 先に余裕を作っておかぬと、気候や災害などで一気に悪化しますぞ!」
「しかしっ、鉄道事業はすでに多額の資金を投入しておるのだ。これが遅延すれば、集めた投資への利益配分と利子が損失となって溜まっていくだけだ! それを考えれば先に…」
三年から始まった鉄道事業。土地の確保は終わっている。道中の開墾やらレールの敷設から始まりも駅舎や給水に整備等の周辺施設の建設は当然として。鉄道を中心線にしたキャラバンによる輸送網の再整備、護衛ギルトや宿泊施設の整理移転。物流が大きく変わることになるので、都市計画の修正から食料生産の再検討と、作業量が尋常で無くなっている。
鉄道が開通しました、道中の従来のキャラバンに依存していた街や村が離散しました、地域経済が穴だらけです…では目も当てられない。
鉄道が出来たからと、キャラバンが無用になるわけでは無い。すべての町や村に鉄道を敷くわけには行かない以上、鉄道の拠点から馬車による輸送は必須だ。
とりあえず今は、輸送網の再編案については護衛ギルドにほぼ丸投げしている…向こうの方が詳しいだろうし、なにより予算も人手もまだまだ足りないのだ。
「公債の追加発効ですかな。レイコ殿からは、投資に自分も参加していることを明かしてもいいという許可はとってありますぞ。鉄道などと言う聞き慣れないものに金を出せるかと言っていた者も、レイコ殿が参加するのなら自分もとなるでしょうな
「いっそ一般庶民にも公債購入を求めますかな?」
「そこは慎重に。この鉄道事業への出資は、もともと領地経営の一環なのです。一般人が投機に填まると、富の偏重や他の投資へも無駄な加熱…それこそ詐欺まがいな投資まで蔓延する恐れがあるとか。そのへんの監察体制が整うまでは慎重になるべきかと。正直、まだまだ早いと思いますな」
「投資が賭け事みたいになることは避けたいということか。…とりあえず、商業ギルドの預金部門からの投資額を増やしてもらうか」
「そこが無難ですかな…」
金も人手も無限では無い。もちろん、将来的に回収できる目算は立っているが。直近の優先順位のつけかたで、今日も会議は紛糾する…
王権を発動、一括で解決!…なんてことは、この世にはほとんど無いのだ。
ふぅ、エイゼル市時代の文官の方が楽だっな。いや、戦争や紛争に備えるようなことばかりやっていた頃に比べれば、今ははるかにましか。
…今日の夕餉はなんだろう? お酒、飲みたいな。
・Side:クライスファー・バルト・ネイルコード(ネイルコード王国 国王)
国王の朝は早い…ことは無い。王宮では日が昇る前からいろいろ仕事をしているものが大勢居る。
皆にありがたくは思いつつも。最近は"六時"に起床するようにしている。
ユルガルムの工房で開発された時計。振り子式というもだそうで、だいたい椅子くらいの大きさだろうか。毎日ゼンマイとやらを巻いて、侍従がお昼のに合わせて針を調節してくれていて、指定した時間で鐘が鳴るというなかなか精緻なカラクリだ。ユルガルムの工房からの話では、「モーター」によってその手間がなくなり、さらに小型になるのも遠くないとのことだ。
長い針と短い針。短い針は一日二回転、長い針は二十四回転。数字が1から12まで描かれているが。これは正教国の暦が元になっているそうだが、なぜこの数字かは正教国でも失伝しているらしい。
時計は、装飾が施されたものから機能に特化したもので、まだまだ高価ではあるが量産はされつつあり。侍従の宿舎でも一つ設置されていて、こちらも皆が朝起きるのに重宝している。時間に齟齬が無くなるだけで効率がかなり上がるそうだ。
朝、ベットから出ると、用を済ませ水を飲み洗顔し、運動服に着替え、朝の運動のために王宮の庭に向かう。
国王ともなれば、本来は侍女侍従達の世話を受けるところなのだろうが。ローザとの私室周辺は、最小限の世話しか受けていない。レイコ殿ではないが、私も傅かれたり細かく世話をされるのは苦手だ。まぁ兄たちが居なくなるまではそういう生活だったからな、
妻のローザも朝の支度をしている。朝の鍛錬を薦めてきたのは彼女だ。
実は、未だに剣技では彼女には勝てない。幼い頃から"影"らとともに過ごしてきた彼女は、戦いについてもいろいろ手ほどきを受けている。王妃でありながら、腕前はなかなかだ。
私も、結婚してからはいろいろ剣技は教わっては居るが。ほとんどが防御の構えだけだ。走ることについても鍛錬の一環なのだが。ローザ曰く、
「最優先で、相手の攻撃をいなして逃げることを考えなさい。あとは周囲の護衛騎士が対処してくれるから。王の武技としてはそれで十分よ」
王自ら戦場に突っ込んでいく…なんて英雄譚はよくあるが。実際には王が前に出るのはとんでもないことだし、王が剣を取るところまで追い詰められたから、大抵はそこで終わりだろう。
三男だったとはいえ私も王族だ。身体強化のマナ術も一応習得はしているが。王位に就いてから受けた訓練は逃げの一手というのも、まぁ私らしいとも思うがな。
宮廷の庭には、軽装備の護衛騎士と、体操服を着た孫姫のクリスティーナ、その相棒たる銀狼が待っていた。
「おじいさま、おはようございますっ!」「ギャウッ」
「おはようクリス。今朝は良い天気だ。皆も早朝からご苦労である。護衛の方、よろしくたのむ」
「はっ! おはようございます陛下っ!」
立太子する前のアインコール、次男のカステラードも、この朝の鍛錬によく付き合ってくれていたが。今では護衛の観点から別に鍛錬するようになった。ローザもそちらの方に顔を出すことが多い。
代わりに、私には孫らが交代で付き合ってくれる。
誰が付き合うかは、前日の団らんの場で決めている。直前まではっきりさせないのも警備の一環だとか。走るコースも朝に決めている位だ。
今朝は孫娘のクリステーナと、今ではすっかり王宮の顔となった銀狼のケルベロス、彼女らが朝の鍛錬に付き合ってくれる。
王宮に来た最初の頃ですら大人の狼くらいの大きさだったケルベロスも、一年経った今ではさらに一回り大きくなった。いまでは頭の高さがすでにクリスを越そうかというくらいだからな。ゴルゲットも銀製の立派なものを作ってもらっている、それも王家の紋章入りだ。
見た目の大きさとは違い、その毛並みと人なつこい性格からか、ローザはじめ女達はこの銀狼にメロメロだし、侍女達にも人気だ。すっかり王宮の癒やしになっている。
…初めて来た頃には、おびえる者が続出してちょっとした騒ぎになったものだが。クリスがまったく物怖じしないことと、ケルベロスが本当にクリスの指示通りにするところを見て、皆も警戒を解いていった。
毛の量が多い銀狼だけに、毎日のブラッシングは欠かせない。クリスティーナ一人では大変なので、いつも何人か侍女が手助けしているが。人気のある作業なので、侍女の間では希望者による順番制だそうだ。…ローザやファーレルがときどき混ざっていることも知っている。
ケルベロスは、愛くるしさもありながらもマナを内包する強力な獣でもある。クリスティーナの指示の元、騎士達と模擬戦をしたこともあるが、その速度と力は侮れないものがあるそうだ。意識共有しているクリスティーナの護衛としても活躍してくれることだろう。
「まずは背伸びの運動からっ」
まずは準備体操だ。
これもレイコ殿直伝で、騎士や兵士衛兵、さらに市井でも肉体労働をする現場でも広まりつつある。レイコ殿の世界では、子供皆が学校で覚えるんだそうだ。
睡眠で凝り固まっている全身の筋をむらなく伸ばす。目が覚めるし、これだけで怪我をするリスクが減ると、なかなかに評判だ。体の動かし方がよく考えられていると、騎士団長も感心していたな。
今朝も、手空きの衛兵や侍女たちも体操に参加している。ケルベロスは楽しそうに周囲を走り回っている。
これのさらに上位の体操があるのだが…うむ、あれは騎士や兵士で無いと無理だな。私は一度で十分だ。
体操が終わったら出発だ。
前後左右に護衛騎士がつき警戒している。先頭が騎士、続いてクリスティーナとケルベロスと私、三人で並んで。さらに左右と後ろから四名の護衛騎士。
護衛騎士の鍛錬も兼ねているので、軽装とはいえ鎧を着込んでいる。庭の各所にも衛兵が配置されている。まぁ、ネイルコードの情勢は、バッセンベル領が完全に臣従してからかなり落ち着き、以前ほど警戒する必要も無いのだが。そこは念を入れてだ。
「クリス、辛くなったら言いなさい」
「はい、まだ、だいじょうぶ、です」
苦しくなる直前を維持した速度で走る。レイコ殿曰く、きつい運動を短時間より、ほどほどを長時間の方が体に良いそうだ。ケルベロスや騎士達には物足りないだろうが、皆は皆でこの早歩きの散歩を楽しんでいるようだ。クリスには丁度良い速さか。
私も五十歳半ばを超えたが、これくらいならまだまだ楽勝だ。今はクリスに合わせて走ろう。
運動が終わり。風呂場に設置されたシャワーを浴びて。さっぱりしたところでローザとともに朝食を取る。
残念ながらクリスは、王太子宮に戻っていった。今頃は向こうも家族で朝食を取っていることだろう。
べつに国王だからと朝から晩餐のような食事をしているわけでは無い。材料は吟味されては居るが、メニュー自体は庶民とさほど大きな差はないだろう。それでも王宮の料理だ、十分に美味だ。
これまたレイコ殿から伝授された栄養学。それらを万全に理解するにはまだまだ時間がかかるとのことだが。まぁ今は大雑把に、肉や魚はいいが油と塩分は控えめに。火を通した野菜とは別に生の野菜や果実を取るといった内容で。酒の飲み過ぎは厳禁。まぁこれらに従えば、自然と質素になってくる。
しかしながら。これらの制限を取り入れつつも美味なメニューをいかに実現するか、料理長らも張り切っておる。
若い頃には、脂ぎった味の濃いものが好みだったが。この年になるとこれらがむしろ好ましいしな。
食休みをした後は王宮に併設された執務棟へ向かう。大臣等要職の部屋もこちらに用意されていて、事務的な作業はこの棟だけで済むようになっている。昼間は王城で最も警備の厳しい場所でもある。
「諸君おはよう。さて、今日はまず何から手を付けるか…」
陳情などの応対も、ここの応接室で行っている。他国の使節を招くときや儀礼的なことなら、城中央の謁見場を使うが。広さや絢爛さから言って、あそこは普段から使うような場所では無い。王の仕事は、玉座にふんぞり返って出来るようなことではないのだ。
王位についたばかりのころには、媚びを売るような貴族が列をなしたものだが。最近はもうそういった馬鹿な貴族は減り。合うにしても、本当に必要な内政についての会議で済むようになっている。
バッセンベルが完全に臣従してからは、国防や対外関係は非常に楽になったのだが。かわりに国内開発についての会議が多くなった。…これもまたレイコ殿の案件と言って良いのか。
昼食後は、大臣らと会議ではあるのだが。鼻から加熱しておる。
「ですから! 食糧増産のための開拓事業は、一切遅延縮小することなどならぬのです! 先に余裕を作っておかぬと、気候や災害などで一気に悪化しますぞ!」
「しかしっ、鉄道事業はすでに多額の資金を投入しておるのだ。これが遅延すれば、集めた投資への利益配分と利子が損失となって溜まっていくだけだ! それを考えれば先に…」
三年から始まった鉄道事業。土地の確保は終わっている。道中の開墾やらレールの敷設から始まりも駅舎や給水に整備等の周辺施設の建設は当然として。鉄道を中心線にしたキャラバンによる輸送網の再整備、護衛ギルトや宿泊施設の整理移転。物流が大きく変わることになるので、都市計画の修正から食料生産の再検討と、作業量が尋常で無くなっている。
鉄道が開通しました、道中の従来のキャラバンに依存していた街や村が離散しました、地域経済が穴だらけです…では目も当てられない。
鉄道が出来たからと、キャラバンが無用になるわけでは無い。すべての町や村に鉄道を敷くわけには行かない以上、鉄道の拠点から馬車による輸送は必須だ。
とりあえず今は、輸送網の再編案については護衛ギルドにほぼ丸投げしている…向こうの方が詳しいだろうし、なにより予算も人手もまだまだ足りないのだ。
「公債の追加発効ですかな。レイコ殿からは、投資に自分も参加していることを明かしてもいいという許可はとってありますぞ。鉄道などと言う聞き慣れないものに金を出せるかと言っていた者も、レイコ殿が参加するのなら自分もとなるでしょうな
「いっそ一般庶民にも公債購入を求めますかな?」
「そこは慎重に。この鉄道事業への出資は、もともと領地経営の一環なのです。一般人が投機に填まると、富の偏重や他の投資へも無駄な加熱…それこそ詐欺まがいな投資まで蔓延する恐れがあるとか。そのへんの監察体制が整うまでは慎重になるべきかと。正直、まだまだ早いと思いますな」
「投資が賭け事みたいになることは避けたいということか。…とりあえず、商業ギルドの預金部門からの投資額を増やしてもらうか」
「そこが無難ですかな…」
金も人手も無限では無い。もちろん、将来的に回収できる目算は立っているが。直近の優先順位のつけかたで、今日も会議は紛糾する…
王権を発動、一括で解決!…なんてことは、この世にはほとんど無いのだ。
ふぅ、エイゼル市時代の文官の方が楽だっな。いや、戦争や紛争に備えるようなことばかりやっていた頃に比べれば、今ははるかにましか。
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