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第7章 Welcome to the world
第7章第038話 ペーパープラン研究所と特許庁
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第7章第038話 ペーパープラン研究所と特許庁
・Side:ケール・ララコート
蟻の襲撃から早や半年。私の境遇も大きく変化した。
魔獣の誘引機の功績から、職類的には文官ではあるがユルガルム辺境候からは騎士伯相当の地位もいただいた。私は正教国出身なのだが、いいのだろうか?
さらに、ユルガルムの工房にてある部署の立ち上げが命じられた。
ペーパープラン研究所。
赤竜神の巫女レイコ様の命名だそうだ。レイコ殿がおられた国の言葉でペーパープランとは「机上論」「実現不可能な計画」等、要は「考えてみただけ」という意味らしい。
ただ。レイコ殿がおっしゃるアイデアや将来の技術展望は、実際にレイコ様の世界で実用化されていたものだそうだ。実現不可能という言葉にも、"今は"という枕詞が付く。
空を飛ぶ乗り物があり。遠く離れた人と即時で言葉を交わす事ができ。万どころか億兆もの計算を瞬時に行う機械を庶民がポケットに入れて携帯し。自分のいる場所がわかる詳細な地図に、遙か上空から雲を見下ろして天気を予想する等々…
一応、正教国で研究職をやっていた私だ。なにそれを実現するには、これそれという物が必要だ…という前提となる技術を説明されれば、理論的には可能だろう…とおぼろげながらは分かるが。それらをなす道程を想像すると気が遠くなる。
研究所と言っても、わたしが研究に関わることはあまりない。
エイゼル市にも出張した時にレイコ殿とも話したが。この機関で求められているのは知識の交流だ。
ある部署で不必要とされた発見や成果が、別のところでの突破口となるかもしれない。そういう知識の蓄積と閲覧を研究者や技術者が自在に行える機関。
あと、私に期待されていることの一つに、正教国の旧マナ研との繋ぎを求められている。特に、化学とか冶金学と名付けられた分野に関する知見が欲しいそうだ。
マナ研では、いろんな鉱石、金属、これらの収集分類と物性の研究もされていた。ユルガルムにもいくらか鉱物サンプルとして流れてきているそうだが。これからは、物品や知識だけではなく人材の交流も求められている。もちろん、正教国に無断に引き抜くことは出来ないが。リシャーフ猊下が教会のトップのなった今、その辺は話し合いで融通が利くらしい。
空を飛ぶ機械。
ネイルコードの王都に行った時、そういう機械の模型を王都で外相閣下に見せていただいた。話を聞いた最初は、鳥のような物を想像していたが。なるほど、空を飛ぶ要素だけを抽出して単純化した構造とはこういうものか…と思った。
外相閣下は、外が乗れるサイズまで拡大することを自費で画策されているようだ。実際に人が乗って飛ぶことは、まだレイコ殿には止められているそうだ。…レイコ殿の世界では、最初に飛んだ人は何度目かの実験中に落ちて亡くなったそうだ。
計算機。
この原理はレイコ殿が基礎の部分をすでに講義されていた。論理回路、スイッチのオンとオフだけで数値を表して計算する方法。
ユルガルムの工房に、これに食いついたマナ職人集団がいる。レイコ殿からは、これが将来そのような万能機になるかの説明は受けていた。しかし、今作っても単純すぎて大して役に立たないように思ったのだが。彼らは大きな可能性を見いだしたようだ。
「レンガ1つを見て、聖堂を想像するようなものですが。…巫女殿のおっしゃったように、これは世界を変えますよっ!」
研究員の一人は、狂信的と言っていい目をしていてちょっと怖かったのだが。予算と素材とエルセニムのマナ師を何人か付けたところ、恐ろしい速度で成果を出し始めた。
最初は一桁の計算程度だった。数字の書かれたスイッチを二つ押すと、数字の書かれた板が加算の結果として立ち上がるという程度の物だった。
次に呼ばれたときには、六桁の計算が出来る装置を見せられた。数字が円形に並べ足られた円盤が六個二列で並んでいて、それで入力する数列を表現する。まぁ円盤に数値を設定するのに手間がかかるが、実際に計算かかった時間は瞬時と言っていい。
…これの開発にかかった費用を聞いたときには頭が痛くなったが。レイコ殿の奉納を管理しているランドゥーク商会からは、レイコ殿からさらなる予算増額を提示されたという連絡が来た。
鉄道と合わせて、その線路の敷地を利用して電信についても敷設が始まっているが。まだ事業が始まる前のこれらにも、彼らは画期的な発明を作り出していた。送信元で文字の書かれたスイッチを押すと、受信側でその文字の板が立ち上がるというものだ。
ツートンという二種の音のパターンで文字を表現するというこの仕組みが、彼らの計算機と相性が良かったらしい。
このツートンの符号を人力で理解できるようにするには、そこそこの訓練が必要だが。この装置を使えば、誰でも使えるようになる。
彼らの発明は、ここでは止まらなかった。
最初は、文字の書かれたボタンを押すことで文字を送っていたが。板紙にあらかじめツートンに対応した穴を並べておいて、それを機械にかけて一気に送り、受信側で印の打たれた板紙を吐き出す…なんて装置を作り出した。
これなら、板紙を作る部署、板紙を読む部署を分けておけば、流れ作業で絶え間なく電信を利用できる。
量産にはまだ問題はいくつかあるが、これもさらに予算が取れそうだ。
正教国の昔の同僚とも手紙のやりとりをしている。私に関わる書簡が、領主並の優先順位を付けられて運ばれているのには驚いたが。それだけの価値があると認められているのだろう。…検閲もされているだろうが、職責を考えると仕方ないか。
マナ研に居たころの記憶で、光を当てると変色する物質についての心当たりがあったので。その部署に勤めていた同僚に連絡を取った。なんでもこれを利用することで、風景を絵にする機械が作れるかも…と言うことだ。
レイコ殿の世界では、これが色つきで再現されていて。片手に持てるサイズの装置で何万枚も絵を作れたそうだが…何万枚ともなれば、運ぶのも大変そうだが。先ほどのポケットに携帯できる機械でそれができ。しかも、その絵を世界中の人間に瞬時に配ることまで出来るそうだ…余りに壮大な話に、またちょっと頭が痛くなってきた。
画像のデータ化と圧縮。概要は説明していただいたが…一枚の絵を処理するのに何ヶ月かかるんだろうとしか思えなかった。
そこまでやるには、マナ回路を"印刷"する技術が不可欠だそうだ。今はまだどうやればいいのかはまださっぱりだが。それが出来れば、計算機や自動電信機の量産もたやすく出来るようになる。
…まったくどこから手を付ければいいのやらという話も多いが。ともかく、レイコ殿から聞いた概要だけはレポートにして分類しておく。すぐには無理でもいつかだれかが読んで参考にするかもしれない。
レイコ様には以前、王都の賢者院に入ることを薦められたが。星に関する知識といっても、距離や大きさを測るなんてまだまだ無理で、今はその位置を細かく記録するくらいしかない。とりあえずここにいれば様々な知識が集められてくる。まぁ全てを理解することは無理だが。様々な分野の知識を見聞することが出来るのが面白くて仕方が無い。
私の知識は広く浅くでかまわない。ここに相談に来る他の部署の研究員の参考になる知識を提供できるようにしておく。ペーパープランは、そのための部署だ。
・Side:ツキシマ・レイコ
「はぁふぅ……… 銭湯っていいわね。広いお風呂って単なる贅沢かと思っていたけど。たっぷりの湯で脚を伸ばせるって、こんなに気持ちいいのね。船では体拭くくらいしかできなかったから、なおさらよ。天国はここにあったのね…」
…クラーレスカ正教国祭司総長リシャーフ・クラーレスカ・バーハル猊下です。
正教国の政治はお偉いさんたちの合議制で行うようになりましたが。それでも赤竜教のトップですよ。それが何故が、ファルリード亭で銭湯に入っています。
「猊下、これ教都にも作りませんか?」
「…教会で贅沢するってのも、なんか民に示しが付かないでしょ?」
「街の方に作らせるんですよ。教会の近くなら、お忍びで入れるじゃないですか。いっそ、このファルリード亭の支店なんかを出してもらって…」
「…それ採用」
従者のタルーサさんにトゥーラさんもお久しぶりです。護衛を兼ねて、一緒にお風呂入っています。…護衛ですか?
「教会にもお風呂くらい作ってくださいよリシャーフさん。上の方が節制始めると、経済が萎縮しますよ」
江戸時代八代将軍徳川吉宗。享保の改革で有名な暴れん坊ですけど。正直、経済については素人と言っていいです。一人だけで節制ならまだしも、不況の時に政府がそれをやっては… 無駄遣いしないこととお金を使わないことは違うのです。
「お金は回すと増える。理屈は教えて貰ったけど、やっぱ率先して贅沢するのは憚られるのよね。ちょっと油断すると、総祭司長にふさわしいおめかしとか生活とか、私に金使わせてお零れに預かろうとするのが寄ってくるんだから…」
ネイルコードの経済成長は、正教国でも理解するだけの才覚がある人には注目されているそうで。文官やら教会の学者さんがけっこう訪れていますが。まだお金の使い方が感覚的で古い人は多いようです。
「お風呂なら、皆喜ぶだろうし。清潔にしているのは健康にもいいですよ。贅沢で切り捨てるのはもったいない」
「そうね…私も入りたいし。ほんとアイズン伯爵とレイコ殿のおかげで、正教国の方もいろいろはかどっているわよ。皆がおいしい物が食べられるようになってきたし、レイコちゃんの奉納様々ね」
ネイルコードの後ろ盾でランドゥーク商会が管理してきた私絡みの奉納ですが。
ぶっちゃけた話ではありますが、ダーコラ国に代わり正教国を以西の勢力からの断衝国とするため、正教国の権威を補強する政策を進めています。
その一環ではありますが。赤竜教の拠点としての威厳を持たせるための方策として、正教国に特許庁を作ってもらうことになりました。
今回はその辺の折衝のために、国政の要人の方々との訪ネイルコードですが。他のお偉いさんは上陸後にすぐ王都の方へ向かいましたが。リシャーフさんはファルリード亭で一泊です。
以前、アイリさんの結婚式にもお忍びで来ていましたが。今回の宿泊も同様。私が居るから許容されているって感じですか?
さすがに赤竜教のトップが護衛二人だけでは危険なのでは…とも思いましたが。
「私は、正教国から観光に来たただの女祭司よ。それにレイコちゃんのいるこの宿が危険なわけないじゃない。それより、本場のプリン、食べたいわっ!」
まぁ、影さんたちや伯爵領の衛兵も巡回対象としてくれていますし、この辺の治安は良いと思いますけど。念のため、夜は私の家の客室に宿泊予定です。
にしても、お風呂に顎までつかってふぬけているこの人が、大陸の主宗教のトップとは…
ちなみにリシャーフさんの叔父にあたるザフロ祭司も今回の王都訪問に同行するそうで。今は男湯の方に入っています。このあと一緒に食事ですよ。もちろんプリンも冷やしてあります。
まぁ正教国の権威の補強というのなら、私がそちらに住めば一番な話ではあるのですが。教都では私を利用しようとする勢力に近すぎます。
そこで。私が正教国に居なくても、私の知識を正教国で管理すれば、赤竜教としての教義と威厳は確保できる…というもくろみですね。
このレベルの時代、模倣されるのは致し方ないところですが。それらの占有を宣言されたりするといろいろ面倒です。
本来、国を跨いでの知的財産権の主張は難しい物ですし。私がネイルコードでやってきたいろいろなことも、簡単には国外に出せない知識も増えてきました。
もともとこの知的財産権の管理は、奉納の形で教会が担ってきた形ですが。司祭におもてなしをして奉納記録を作って貰うのは、さすがに食堂や商店で扱える程度までです。すでに国内の教会からは「内容と量が手に負えない」という悲鳴も出てきています。
そこで、ネイルコードで特許庁を立てるのに合わせて、正教国でも国際機関にしてしまおう…というわけです。
リシャーフ猊下も乗り気になってくれまして。今後、新たな科学的知見は正教国にも集まることになります。
今回のリシャーフ猊下のネイルコード訪問は、奉納に関わるネイルコード国内の教会の利権の調節でもあります。教会の奉納管理部門の一部を国で吸収する形になりますので。
大陸の覇権やら将来の勢力関係がどうなるかについては、慎重に経緯を見守りたいところです。ネイルコードと正教国、緩やかに統合されていって欲しいものですが。
「ふぅ…明日はネイルコード城か…」
仕事を想像してちょっと憂鬱そうな赤竜教のトップ。
「リシャーフさん、お城にも足が伸ばせるくらい広いお風呂がありますよ。私も入りましたし。あと、お城の料理長の料理も絶品でした」
「え?ほんと? それは楽しみね」
観光ですか?猊下。
・Side:ケール・ララコート
蟻の襲撃から早や半年。私の境遇も大きく変化した。
魔獣の誘引機の功績から、職類的には文官ではあるがユルガルム辺境候からは騎士伯相当の地位もいただいた。私は正教国出身なのだが、いいのだろうか?
さらに、ユルガルムの工房にてある部署の立ち上げが命じられた。
ペーパープラン研究所。
赤竜神の巫女レイコ様の命名だそうだ。レイコ殿がおられた国の言葉でペーパープランとは「机上論」「実現不可能な計画」等、要は「考えてみただけ」という意味らしい。
ただ。レイコ殿がおっしゃるアイデアや将来の技術展望は、実際にレイコ様の世界で実用化されていたものだそうだ。実現不可能という言葉にも、"今は"という枕詞が付く。
空を飛ぶ乗り物があり。遠く離れた人と即時で言葉を交わす事ができ。万どころか億兆もの計算を瞬時に行う機械を庶民がポケットに入れて携帯し。自分のいる場所がわかる詳細な地図に、遙か上空から雲を見下ろして天気を予想する等々…
一応、正教国で研究職をやっていた私だ。なにそれを実現するには、これそれという物が必要だ…という前提となる技術を説明されれば、理論的には可能だろう…とおぼろげながらは分かるが。それらをなす道程を想像すると気が遠くなる。
研究所と言っても、わたしが研究に関わることはあまりない。
エイゼル市にも出張した時にレイコ殿とも話したが。この機関で求められているのは知識の交流だ。
ある部署で不必要とされた発見や成果が、別のところでの突破口となるかもしれない。そういう知識の蓄積と閲覧を研究者や技術者が自在に行える機関。
あと、私に期待されていることの一つに、正教国の旧マナ研との繋ぎを求められている。特に、化学とか冶金学と名付けられた分野に関する知見が欲しいそうだ。
マナ研では、いろんな鉱石、金属、これらの収集分類と物性の研究もされていた。ユルガルムにもいくらか鉱物サンプルとして流れてきているそうだが。これからは、物品や知識だけではなく人材の交流も求められている。もちろん、正教国に無断に引き抜くことは出来ないが。リシャーフ猊下が教会のトップのなった今、その辺は話し合いで融通が利くらしい。
空を飛ぶ機械。
ネイルコードの王都に行った時、そういう機械の模型を王都で外相閣下に見せていただいた。話を聞いた最初は、鳥のような物を想像していたが。なるほど、空を飛ぶ要素だけを抽出して単純化した構造とはこういうものか…と思った。
外相閣下は、外が乗れるサイズまで拡大することを自費で画策されているようだ。実際に人が乗って飛ぶことは、まだレイコ殿には止められているそうだ。…レイコ殿の世界では、最初に飛んだ人は何度目かの実験中に落ちて亡くなったそうだ。
計算機。
この原理はレイコ殿が基礎の部分をすでに講義されていた。論理回路、スイッチのオンとオフだけで数値を表して計算する方法。
ユルガルムの工房に、これに食いついたマナ職人集団がいる。レイコ殿からは、これが将来そのような万能機になるかの説明は受けていた。しかし、今作っても単純すぎて大して役に立たないように思ったのだが。彼らは大きな可能性を見いだしたようだ。
「レンガ1つを見て、聖堂を想像するようなものですが。…巫女殿のおっしゃったように、これは世界を変えますよっ!」
研究員の一人は、狂信的と言っていい目をしていてちょっと怖かったのだが。予算と素材とエルセニムのマナ師を何人か付けたところ、恐ろしい速度で成果を出し始めた。
最初は一桁の計算程度だった。数字の書かれたスイッチを二つ押すと、数字の書かれた板が加算の結果として立ち上がるという程度の物だった。
次に呼ばれたときには、六桁の計算が出来る装置を見せられた。数字が円形に並べ足られた円盤が六個二列で並んでいて、それで入力する数列を表現する。まぁ円盤に数値を設定するのに手間がかかるが、実際に計算かかった時間は瞬時と言っていい。
…これの開発にかかった費用を聞いたときには頭が痛くなったが。レイコ殿の奉納を管理しているランドゥーク商会からは、レイコ殿からさらなる予算増額を提示されたという連絡が来た。
鉄道と合わせて、その線路の敷地を利用して電信についても敷設が始まっているが。まだ事業が始まる前のこれらにも、彼らは画期的な発明を作り出していた。送信元で文字の書かれたスイッチを押すと、受信側でその文字の板が立ち上がるというものだ。
ツートンという二種の音のパターンで文字を表現するというこの仕組みが、彼らの計算機と相性が良かったらしい。
このツートンの符号を人力で理解できるようにするには、そこそこの訓練が必要だが。この装置を使えば、誰でも使えるようになる。
彼らの発明は、ここでは止まらなかった。
最初は、文字の書かれたボタンを押すことで文字を送っていたが。板紙にあらかじめツートンに対応した穴を並べておいて、それを機械にかけて一気に送り、受信側で印の打たれた板紙を吐き出す…なんて装置を作り出した。
これなら、板紙を作る部署、板紙を読む部署を分けておけば、流れ作業で絶え間なく電信を利用できる。
量産にはまだ問題はいくつかあるが、これもさらに予算が取れそうだ。
正教国の昔の同僚とも手紙のやりとりをしている。私に関わる書簡が、領主並の優先順位を付けられて運ばれているのには驚いたが。それだけの価値があると認められているのだろう。…検閲もされているだろうが、職責を考えると仕方ないか。
マナ研に居たころの記憶で、光を当てると変色する物質についての心当たりがあったので。その部署に勤めていた同僚に連絡を取った。なんでもこれを利用することで、風景を絵にする機械が作れるかも…と言うことだ。
レイコ殿の世界では、これが色つきで再現されていて。片手に持てるサイズの装置で何万枚も絵を作れたそうだが…何万枚ともなれば、運ぶのも大変そうだが。先ほどのポケットに携帯できる機械でそれができ。しかも、その絵を世界中の人間に瞬時に配ることまで出来るそうだ…余りに壮大な話に、またちょっと頭が痛くなってきた。
画像のデータ化と圧縮。概要は説明していただいたが…一枚の絵を処理するのに何ヶ月かかるんだろうとしか思えなかった。
そこまでやるには、マナ回路を"印刷"する技術が不可欠だそうだ。今はまだどうやればいいのかはまださっぱりだが。それが出来れば、計算機や自動電信機の量産もたやすく出来るようになる。
…まったくどこから手を付ければいいのやらという話も多いが。ともかく、レイコ殿から聞いた概要だけはレポートにして分類しておく。すぐには無理でもいつかだれかが読んで参考にするかもしれない。
レイコ様には以前、王都の賢者院に入ることを薦められたが。星に関する知識といっても、距離や大きさを測るなんてまだまだ無理で、今はその位置を細かく記録するくらいしかない。とりあえずここにいれば様々な知識が集められてくる。まぁ全てを理解することは無理だが。様々な分野の知識を見聞することが出来るのが面白くて仕方が無い。
私の知識は広く浅くでかまわない。ここに相談に来る他の部署の研究員の参考になる知識を提供できるようにしておく。ペーパープランは、そのための部署だ。
・Side:ツキシマ・レイコ
「はぁふぅ……… 銭湯っていいわね。広いお風呂って単なる贅沢かと思っていたけど。たっぷりの湯で脚を伸ばせるって、こんなに気持ちいいのね。船では体拭くくらいしかできなかったから、なおさらよ。天国はここにあったのね…」
…クラーレスカ正教国祭司総長リシャーフ・クラーレスカ・バーハル猊下です。
正教国の政治はお偉いさんたちの合議制で行うようになりましたが。それでも赤竜教のトップですよ。それが何故が、ファルリード亭で銭湯に入っています。
「猊下、これ教都にも作りませんか?」
「…教会で贅沢するってのも、なんか民に示しが付かないでしょ?」
「街の方に作らせるんですよ。教会の近くなら、お忍びで入れるじゃないですか。いっそ、このファルリード亭の支店なんかを出してもらって…」
「…それ採用」
従者のタルーサさんにトゥーラさんもお久しぶりです。護衛を兼ねて、一緒にお風呂入っています。…護衛ですか?
「教会にもお風呂くらい作ってくださいよリシャーフさん。上の方が節制始めると、経済が萎縮しますよ」
江戸時代八代将軍徳川吉宗。享保の改革で有名な暴れん坊ですけど。正直、経済については素人と言っていいです。一人だけで節制ならまだしも、不況の時に政府がそれをやっては… 無駄遣いしないこととお金を使わないことは違うのです。
「お金は回すと増える。理屈は教えて貰ったけど、やっぱ率先して贅沢するのは憚られるのよね。ちょっと油断すると、総祭司長にふさわしいおめかしとか生活とか、私に金使わせてお零れに預かろうとするのが寄ってくるんだから…」
ネイルコードの経済成長は、正教国でも理解するだけの才覚がある人には注目されているそうで。文官やら教会の学者さんがけっこう訪れていますが。まだお金の使い方が感覚的で古い人は多いようです。
「お風呂なら、皆喜ぶだろうし。清潔にしているのは健康にもいいですよ。贅沢で切り捨てるのはもったいない」
「そうね…私も入りたいし。ほんとアイズン伯爵とレイコ殿のおかげで、正教国の方もいろいろはかどっているわよ。皆がおいしい物が食べられるようになってきたし、レイコちゃんの奉納様々ね」
ネイルコードの後ろ盾でランドゥーク商会が管理してきた私絡みの奉納ですが。
ぶっちゃけた話ではありますが、ダーコラ国に代わり正教国を以西の勢力からの断衝国とするため、正教国の権威を補強する政策を進めています。
その一環ではありますが。赤竜教の拠点としての威厳を持たせるための方策として、正教国に特許庁を作ってもらうことになりました。
今回はその辺の折衝のために、国政の要人の方々との訪ネイルコードですが。他のお偉いさんは上陸後にすぐ王都の方へ向かいましたが。リシャーフさんはファルリード亭で一泊です。
以前、アイリさんの結婚式にもお忍びで来ていましたが。今回の宿泊も同様。私が居るから許容されているって感じですか?
さすがに赤竜教のトップが護衛二人だけでは危険なのでは…とも思いましたが。
「私は、正教国から観光に来たただの女祭司よ。それにレイコちゃんのいるこの宿が危険なわけないじゃない。それより、本場のプリン、食べたいわっ!」
まぁ、影さんたちや伯爵領の衛兵も巡回対象としてくれていますし、この辺の治安は良いと思いますけど。念のため、夜は私の家の客室に宿泊予定です。
にしても、お風呂に顎までつかってふぬけているこの人が、大陸の主宗教のトップとは…
ちなみにリシャーフさんの叔父にあたるザフロ祭司も今回の王都訪問に同行するそうで。今は男湯の方に入っています。このあと一緒に食事ですよ。もちろんプリンも冷やしてあります。
まぁ正教国の権威の補強というのなら、私がそちらに住めば一番な話ではあるのですが。教都では私を利用しようとする勢力に近すぎます。
そこで。私が正教国に居なくても、私の知識を正教国で管理すれば、赤竜教としての教義と威厳は確保できる…というもくろみですね。
このレベルの時代、模倣されるのは致し方ないところですが。それらの占有を宣言されたりするといろいろ面倒です。
本来、国を跨いでの知的財産権の主張は難しい物ですし。私がネイルコードでやってきたいろいろなことも、簡単には国外に出せない知識も増えてきました。
もともとこの知的財産権の管理は、奉納の形で教会が担ってきた形ですが。司祭におもてなしをして奉納記録を作って貰うのは、さすがに食堂や商店で扱える程度までです。すでに国内の教会からは「内容と量が手に負えない」という悲鳴も出てきています。
そこで、ネイルコードで特許庁を立てるのに合わせて、正教国でも国際機関にしてしまおう…というわけです。
リシャーフ猊下も乗り気になってくれまして。今後、新たな科学的知見は正教国にも集まることになります。
今回のリシャーフ猊下のネイルコード訪問は、奉納に関わるネイルコード国内の教会の利権の調節でもあります。教会の奉納管理部門の一部を国で吸収する形になりますので。
大陸の覇権やら将来の勢力関係がどうなるかについては、慎重に経緯を見守りたいところです。ネイルコードと正教国、緩やかに統合されていって欲しいものですが。
「ふぅ…明日はネイルコード城か…」
仕事を想像してちょっと憂鬱そうな赤竜教のトップ。
「リシャーフさん、お城にも足が伸ばせるくらい広いお風呂がありますよ。私も入りましたし。あと、お城の料理長の料理も絶品でした」
「え?ほんと? それは楽しみね」
観光ですか?猊下。
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一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
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