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第7章 Welcome to the world
第7章第034話 王子様とお姫様のご趣味
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第7章第034話 王子様とお姫様のご趣味
・Side:ツキシマ・レイコ
蟻退治を終えてのユルガルムからの帰り道。王都に寄って、今夜は宮殿にお泊まりです。
夕餉の後に居間にて、お茶をいただきながらいろいろ雑談しました。
カルタスト王子はなんと、自分で模型飛行機を作っているそうです。私が渡した2種の内の小さい方、バルサっぽい木で作った方をまねてみたそうです。
何度も遊びたい、けど壊すのが怖い、なら作れるようになってしまおう!…ということらしいです。
最初は職人さんに頼んでいたそうなのですが。職人さんが木を削って組んでいく様子を見ているうちに自分でもやってみたくなったとかで。…男の子ですねぇ。
周囲の人たちは、刃物を使う殿下にヒヤヒヤしているそうですが、彼ももう十二歳。剣の稽古もしている男子が刃物を恐れていてはしょうがありません。軽い木なら、サクサク削れるでしょうしね。
さらに。ネタリア外相が人が乗れるサイズのグライダーの製作を計画しているという話を聞きました。
今回の"波"の発見にレッドさんが貢献したことから、空からの偵察の有用性がということで、軍属の職人とカルタスト王子まで巻き込もうとしているそうです。
さすがに離陸後に上昇する必要があるとなると、無動力でとは行きませんが。モーターとプロペラは空調関係の機材ですでにありますしね。近いうちに実現するかも。
ただ。事故はやっぱり怖いのです。あの人類初飛行のオットー・リリエンタールも最後はグライダーから転落死していますし、低空から落ちるとなるとパラシュートも間に合いません。海や湖に向かって飛ぶ…安全性はぐんと上がりますが、飛行機の方は使い捨てになってしまいます。
そのうち、安全性について一度打ち合わせしたいですが …危険を冒さずに前には進めませんか。悩ましいですね。
カルタスト王子はすでに、主翼の断面形状とか尾翼の意味、重心など、飛行機に必要な要素は一通り理解されているようです。聡明ですね。
人が乗る飛行機がどういう物になるのか。下手な絵ですがいくつか図面を書いてあげると、目をキラキラさせて興味津々でした。…男の子ですねぇ。
翼は、細長い方が低速では効率がいいのです。地球でのグライダーなんかもそうでしたしね。
しかし。細く長い翼となると、強度が問題になります。強度確保のために厚くしたり重たくなったでは、逆に効率が落ちます。細長さと強度と重さ。この辺をどこで妥協するかが主翼設計の肝になります。
日本の琵琶湖で有人グライダーコンテストなんてのがありましたけど。ギリギリを攻めすぎて翼が折れて墜落ってのも茶飯事でした。最後の方では、主桁にカーボンファイバー製のパイプなんかを使ってましたからね。でも高いですよ、あのサイズのカーボンパイプともなると。うん十万円?それくらいはするでしょう。
重量百キログラム以下、翼25メートル以上が理想だと読んだことがあります。ジュラルミンとかカーボンを使わずにどこまで達成できるのか。
クリスティーナ王女は、抱き枕の影響か、ぬいぐるみにはまっているそうです。
もう十歳。そろそろ背丈も私を追い越しつつあります。
寝室にお呼ばれして、ベットのうえに整列しているコレクションを拝見しましたよ。真ん中には以前私がお贈りした長い猫の抱き枕。犬、猫、馬、騎乗鳥のトゥックル。あっと、エプロン付けたアライグマっぽいぬいぐるみもあります。
「これはアライさんですか? 会ったことあるのですか?」
クリスティーナ殿下が結構大きいサイズをぬいぐるみを抱き上げ、うれしそうにぎゅっとしています。…女の子ですねぇ。
「はい。ファルリード亭に、おばあさまと一緒にお忍びで、一度伺ったことがあります。残念ながらそのときはレイコ様は不在でしたけどね」
ネイルコードの各地にいろいろ土木工事にもかり出されるので、ファルリード亭を不在にしていることは結構ありまして。たまたまそのときにローザリンテ殿下がご来店されていたのは聞いていましたが、クリスティーナ殿下もご一緒でしたか。なにげにフットワーク軽いですよね。この国の王族。
「最近はもう、針を指に刺したりしませんよ」
デザインはなんとクリスティーナ王女様。王宮の裁縫師さんに協力してもらって、型紙の作成から裁縫までいろいろ手伝って作られたそうです。
王族が裁縫っていいのかな?とは思いましたが。料理なんかもローザリンテ殿下にたまに教わっているそうですし、裁縫は貴族的にもOKだそうです。刺繍とかレース編みとかなら優雅な趣味って感じですし、ありなんですかね。
あっ。レッドさんもぬいぐるみなんかもあります。羽がちょっとへにゃへにゃですが。なかなかいい造形ですね。
…で、ベットの横には、さらに巨大なドラゴンのぬいぐるみが横になっています。本物の赤井さんよりは小さいですが、成人男性くらいのサイズはあります。…ああ、床にベタ置きするソファーの様になっているんですね。…これはいいものです。
「レイコ様は、赤竜神にお会いになられたことがあるんですよね? 小竜神様によく似ておられるとは聞いていましたけど。この赤竜神様のぬいぐるみはいかがですか? 容姿とか大きさとか」
「すごくよく出来てると思いますよ。そうですね、大きさはもう二回りくらいでかいですが。普通に立っていてもここの天井に頭が当たるくらいですね」
この部屋の天井は、日本人の感覚より高いですよ。あの山脈にあった赤井さん家も、二階分くらいの吹き抜けの部屋でしたしね。
「はぁ…大きいんですね。レイコ様から大きいとは伺っていましたけど、まだまだ大きかったのですか。…次に作るときには、参考にさせていただきますね」
赤井さん、それでもドラゴンとしては小さいほうなのでは?とも思わないこともないですが。まだぬいぐるみ作りますか?
「あっとそうそう、あと眼鏡かけていますっ」
レッドさんがかけていないので忘れてしましたが。赤井さんは眼鏡をかけていましたね。
眼鏡は知性の証しです。眼鏡をかけているだけで、獰猛な怪獣から、なにかしら会話が通じるだろう存在にジョブチェンジです。
生前…人間だった頃の赤井さんも眼鏡でしたしね。
「眼鏡ですか? おじいさまやおばあさまがお仕事のときに顔に付けている?」
「はい、それですね。赤竜神が付けていたのは、レンズが入っていない枠だけの眼鏡ですけどね。それだけで魔獣に見えなくなるとかそんな感じの理由でしたね」
「…けっこうおしゃれさんなんですね、赤竜神様も」
カーラさんに送った老眼鏡、デザインはあれで確定しましたので、量産を始めています。
手磨きのレンズに削り出しのフレームと、けっこう高価になってしまうのは、この時代では致し方ないですが。陛下や重鎮の方々はすでに使われています。
レンズの度数の種類を揃えるのが難儀ですが。まぁ種類たくさん作って、合う眼鏡を選んでもらって、需要のある度数をカウントして次の生産計画にフィードバックするって感じですが。売れ行きは好調だそうです。
「あ…あの、レイコ様」
お付きの女中さんが、おずおずと話しかけてきました。
まぁ場所が王宮ですからね。様付けの人いっぱいと言うことで、私に様付けることに関してはもう諦めていますよ。
「クリスティーナ様にはお諫めしていたのですが… その…赤竜神様をこのような扱いをして、御不興を買わないでしょうか?」
ぬいぐるみにして怒らないかとかそんな話かな?
「あはは。大丈夫ですよ。赤井さん…赤竜神はそんなことで怒ったりしませんって。むしろおもしろいと喜ぶと思います。文句付ける人が居たら、私が問題ないと言っていたと広めていいですよ」
「あ…ありがとうございます。安心いたしました」
レッドさんのぬいぐるみならともかく、主神のぬいぐるみはさすがにまずいかもとか思っていたようです。
普通の教会には、赤竜神の頭を模したエンブレムみたいな物はありますが。せいぜい絵程度で、赤竜神像ってのはあまり見なかったですね。
赤井さんが飛んでいるところの目撃談とか。昔にはあの山脈まで赤井さんに会いに行った人も居るとかで、姿はそこそこ絵図に残っています。像となると正教国にあったくらいで、あまり見ないのは単に造形の難易度だと思っていました。みな遠慮していたんですね。
今夜は王宮の客間に泊めていただきます。
クリスティーナ様から、ぬいぐるみを貸していただきました。レッドさんがいるから…とは思いましたが。レッドさんにも貸してくれるそうですよ。アライさんのぬいぐるみです。…そろそろ本物に会いたいですね。
次の朝。朝食の席にて。
「どう?レイコちゃん。長いことユルガルムに派遣されて疲れたでしょ? 何日か王宮に泊まってったら?」
ローザリンテ殿下からのお誘いですが…
「母上。レイコ殿が泣きそうな顔をしています。そろそろエイゼル市に返してあげてください」
カステラード殿下が助けてくれました。はい、そろそろファルリード亭の面々が恋しいです。
「…ごめんなさい。名残惜しいけど仕方ないわね。でも、いつでも泊まりに来ていいのよ」
「あはは。ありがとうございます」
朝食後しばらく皆でまったりしつつ、アイズン伯爵の馬車が迎えに来るのを待ちます。
「テラードから聞いたが。立憲君主、あれはおもしろいの」
クライスファー殿下とお茶しています。昨晩は孫達に取られてしまった…と愚痴ってましたので、王様が。
「なにより楽が出来る。わしの経歴は聞いておると思うが、兄たちが自滅してこの国の王にならないといけないとなったあの日の重圧と来たら…心臓が腹に落ちるかのような心持ちだった」
三男と言うことでエイゼル市に文官に出されていたところ、兄二人が互いに殺し合って王位が回ってきたという話ですね。さわりだけですが話は聞いています。
ローザリンテ殿下とはその間にご結婚されていて、アインコール殿下はエイゼル市生まれです。
「幸いにも、アイズン伯爵の施政を学べていたからな。それをそのまま拡大していった結果、ユルガルム、アマランカ、テオードルと平和的に合一することができ、後で一波乱なるがバッセンベルも従えた。これ西からの圧力に対抗できる…と思っていたところにレイコ殿だ」
赤井さんに下ろされて、岩の上に座っていたのが、もうかなり昔のことに感じますね。
「ネイルコードは、他国にはしばらく脅威を感じることはなかろう。侵攻の心配しなくてもいいというのは、国を背負うという者としてはぐんと楽になった」
ネイルコードを敵視していたダーコラは事実上従属国に。不仲だった正教国とも本格的に和解となりました。まぁ主流から外された勢力が工作してくる可能性はありますが。しばらくは軍事的衝突の心配はいらないでしょう。
「ダーコラが協力的で、正教国が友好的であればそれでいい。しかし、ザイル宰相やネタリア外相の言によると、ネイルコードの影響圏はまだまだ広がると言ってる。レイコ殿の"威"は、どうしても今後のネイルコードの外交…対外政策では無視できない要素だろう」
「"知"ではなく"威"なんですね」
「レイコ殿があれを人に向けて撃つとは考えておらんがな。知らない者からすればこれ以上ないわかりやすい驚異じゃろう。"知"が脅威になるなんて考え方をできる国が…あるとすればむしろ友好的に付き合えるのではと思っている。まぁ今はまだその見極めの状態じゃな」
ネイルコードに外交官を送ってくる様子から、その国の為人を見ている段階ですね。
「ただ、私は大陸の覇王までは望んでいない。カルやクリスが、そして国民が穏やかに過ごせる未来、それだけで僥倖じゃ。その辺を踏まえて今後もネイルコードを見守って欲しい」
「あわわわっ! 王様が頭下げたりしないでくださいっ! わかってますっ!わかってますからっ!」
軽く頭を下げる陛下。侍従の人たちがびっくりしています。ローザリンテ殿下、止めてくださいってばっ!
伯爵の馬車が宮殿に着いたとのお知らせ。ここらでお暇いたします。
「…そんなに心配しなくてもいいのにね」
「まぁ、今が順調なだけに皆不安なんじゃろうな。レイコ殿がこの国に居続けてくれるのかどうか」
馬車での道中、お泊まりでの話をアイズン伯爵にしました。
「この国のことは好きだし。陛下達にしても信頼していますよ」
「ふむ…信頼とは?」
「そうですね。自身の面子や富にこだわらず、公益や国益の方を優先して動くだろう…ってところですか。アイズン伯爵もですけど」
「ふん。ワシは、わしの好きなようにやっているだけじゃ。私欲まみれじゃぞ」
「善行することを私欲だという人も好きですよ」
怖い方の顔でニッとする伯爵。はいはいツンデレツンデレ。
「まぁ今はエイゼル市が一番居心地が良いですからね」
「それは光栄なことだ」
・Side:ツキシマ・レイコ
蟻退治を終えてのユルガルムからの帰り道。王都に寄って、今夜は宮殿にお泊まりです。
夕餉の後に居間にて、お茶をいただきながらいろいろ雑談しました。
カルタスト王子はなんと、自分で模型飛行機を作っているそうです。私が渡した2種の内の小さい方、バルサっぽい木で作った方をまねてみたそうです。
何度も遊びたい、けど壊すのが怖い、なら作れるようになってしまおう!…ということらしいです。
最初は職人さんに頼んでいたそうなのですが。職人さんが木を削って組んでいく様子を見ているうちに自分でもやってみたくなったとかで。…男の子ですねぇ。
周囲の人たちは、刃物を使う殿下にヒヤヒヤしているそうですが、彼ももう十二歳。剣の稽古もしている男子が刃物を恐れていてはしょうがありません。軽い木なら、サクサク削れるでしょうしね。
さらに。ネタリア外相が人が乗れるサイズのグライダーの製作を計画しているという話を聞きました。
今回の"波"の発見にレッドさんが貢献したことから、空からの偵察の有用性がということで、軍属の職人とカルタスト王子まで巻き込もうとしているそうです。
さすがに離陸後に上昇する必要があるとなると、無動力でとは行きませんが。モーターとプロペラは空調関係の機材ですでにありますしね。近いうちに実現するかも。
ただ。事故はやっぱり怖いのです。あの人類初飛行のオットー・リリエンタールも最後はグライダーから転落死していますし、低空から落ちるとなるとパラシュートも間に合いません。海や湖に向かって飛ぶ…安全性はぐんと上がりますが、飛行機の方は使い捨てになってしまいます。
そのうち、安全性について一度打ち合わせしたいですが …危険を冒さずに前には進めませんか。悩ましいですね。
カルタスト王子はすでに、主翼の断面形状とか尾翼の意味、重心など、飛行機に必要な要素は一通り理解されているようです。聡明ですね。
人が乗る飛行機がどういう物になるのか。下手な絵ですがいくつか図面を書いてあげると、目をキラキラさせて興味津々でした。…男の子ですねぇ。
翼は、細長い方が低速では効率がいいのです。地球でのグライダーなんかもそうでしたしね。
しかし。細く長い翼となると、強度が問題になります。強度確保のために厚くしたり重たくなったでは、逆に効率が落ちます。細長さと強度と重さ。この辺をどこで妥協するかが主翼設計の肝になります。
日本の琵琶湖で有人グライダーコンテストなんてのがありましたけど。ギリギリを攻めすぎて翼が折れて墜落ってのも茶飯事でした。最後の方では、主桁にカーボンファイバー製のパイプなんかを使ってましたからね。でも高いですよ、あのサイズのカーボンパイプともなると。うん十万円?それくらいはするでしょう。
重量百キログラム以下、翼25メートル以上が理想だと読んだことがあります。ジュラルミンとかカーボンを使わずにどこまで達成できるのか。
クリスティーナ王女は、抱き枕の影響か、ぬいぐるみにはまっているそうです。
もう十歳。そろそろ背丈も私を追い越しつつあります。
寝室にお呼ばれして、ベットのうえに整列しているコレクションを拝見しましたよ。真ん中には以前私がお贈りした長い猫の抱き枕。犬、猫、馬、騎乗鳥のトゥックル。あっと、エプロン付けたアライグマっぽいぬいぐるみもあります。
「これはアライさんですか? 会ったことあるのですか?」
クリスティーナ殿下が結構大きいサイズをぬいぐるみを抱き上げ、うれしそうにぎゅっとしています。…女の子ですねぇ。
「はい。ファルリード亭に、おばあさまと一緒にお忍びで、一度伺ったことがあります。残念ながらそのときはレイコ様は不在でしたけどね」
ネイルコードの各地にいろいろ土木工事にもかり出されるので、ファルリード亭を不在にしていることは結構ありまして。たまたまそのときにローザリンテ殿下がご来店されていたのは聞いていましたが、クリスティーナ殿下もご一緒でしたか。なにげにフットワーク軽いですよね。この国の王族。
「最近はもう、針を指に刺したりしませんよ」
デザインはなんとクリスティーナ王女様。王宮の裁縫師さんに協力してもらって、型紙の作成から裁縫までいろいろ手伝って作られたそうです。
王族が裁縫っていいのかな?とは思いましたが。料理なんかもローザリンテ殿下にたまに教わっているそうですし、裁縫は貴族的にもOKだそうです。刺繍とかレース編みとかなら優雅な趣味って感じですし、ありなんですかね。
あっ。レッドさんもぬいぐるみなんかもあります。羽がちょっとへにゃへにゃですが。なかなかいい造形ですね。
…で、ベットの横には、さらに巨大なドラゴンのぬいぐるみが横になっています。本物の赤井さんよりは小さいですが、成人男性くらいのサイズはあります。…ああ、床にベタ置きするソファーの様になっているんですね。…これはいいものです。
「レイコ様は、赤竜神にお会いになられたことがあるんですよね? 小竜神様によく似ておられるとは聞いていましたけど。この赤竜神様のぬいぐるみはいかがですか? 容姿とか大きさとか」
「すごくよく出来てると思いますよ。そうですね、大きさはもう二回りくらいでかいですが。普通に立っていてもここの天井に頭が当たるくらいですね」
この部屋の天井は、日本人の感覚より高いですよ。あの山脈にあった赤井さん家も、二階分くらいの吹き抜けの部屋でしたしね。
「はぁ…大きいんですね。レイコ様から大きいとは伺っていましたけど、まだまだ大きかったのですか。…次に作るときには、参考にさせていただきますね」
赤井さん、それでもドラゴンとしては小さいほうなのでは?とも思わないこともないですが。まだぬいぐるみ作りますか?
「あっとそうそう、あと眼鏡かけていますっ」
レッドさんがかけていないので忘れてしましたが。赤井さんは眼鏡をかけていましたね。
眼鏡は知性の証しです。眼鏡をかけているだけで、獰猛な怪獣から、なにかしら会話が通じるだろう存在にジョブチェンジです。
生前…人間だった頃の赤井さんも眼鏡でしたしね。
「眼鏡ですか? おじいさまやおばあさまがお仕事のときに顔に付けている?」
「はい、それですね。赤竜神が付けていたのは、レンズが入っていない枠だけの眼鏡ですけどね。それだけで魔獣に見えなくなるとかそんな感じの理由でしたね」
「…けっこうおしゃれさんなんですね、赤竜神様も」
カーラさんに送った老眼鏡、デザインはあれで確定しましたので、量産を始めています。
手磨きのレンズに削り出しのフレームと、けっこう高価になってしまうのは、この時代では致し方ないですが。陛下や重鎮の方々はすでに使われています。
レンズの度数の種類を揃えるのが難儀ですが。まぁ種類たくさん作って、合う眼鏡を選んでもらって、需要のある度数をカウントして次の生産計画にフィードバックするって感じですが。売れ行きは好調だそうです。
「あ…あの、レイコ様」
お付きの女中さんが、おずおずと話しかけてきました。
まぁ場所が王宮ですからね。様付けの人いっぱいと言うことで、私に様付けることに関してはもう諦めていますよ。
「クリスティーナ様にはお諫めしていたのですが… その…赤竜神様をこのような扱いをして、御不興を買わないでしょうか?」
ぬいぐるみにして怒らないかとかそんな話かな?
「あはは。大丈夫ですよ。赤井さん…赤竜神はそんなことで怒ったりしませんって。むしろおもしろいと喜ぶと思います。文句付ける人が居たら、私が問題ないと言っていたと広めていいですよ」
「あ…ありがとうございます。安心いたしました」
レッドさんのぬいぐるみならともかく、主神のぬいぐるみはさすがにまずいかもとか思っていたようです。
普通の教会には、赤竜神の頭を模したエンブレムみたいな物はありますが。せいぜい絵程度で、赤竜神像ってのはあまり見なかったですね。
赤井さんが飛んでいるところの目撃談とか。昔にはあの山脈まで赤井さんに会いに行った人も居るとかで、姿はそこそこ絵図に残っています。像となると正教国にあったくらいで、あまり見ないのは単に造形の難易度だと思っていました。みな遠慮していたんですね。
今夜は王宮の客間に泊めていただきます。
クリスティーナ様から、ぬいぐるみを貸していただきました。レッドさんがいるから…とは思いましたが。レッドさんにも貸してくれるそうですよ。アライさんのぬいぐるみです。…そろそろ本物に会いたいですね。
次の朝。朝食の席にて。
「どう?レイコちゃん。長いことユルガルムに派遣されて疲れたでしょ? 何日か王宮に泊まってったら?」
ローザリンテ殿下からのお誘いですが…
「母上。レイコ殿が泣きそうな顔をしています。そろそろエイゼル市に返してあげてください」
カステラード殿下が助けてくれました。はい、そろそろファルリード亭の面々が恋しいです。
「…ごめんなさい。名残惜しいけど仕方ないわね。でも、いつでも泊まりに来ていいのよ」
「あはは。ありがとうございます」
朝食後しばらく皆でまったりしつつ、アイズン伯爵の馬車が迎えに来るのを待ちます。
「テラードから聞いたが。立憲君主、あれはおもしろいの」
クライスファー殿下とお茶しています。昨晩は孫達に取られてしまった…と愚痴ってましたので、王様が。
「なにより楽が出来る。わしの経歴は聞いておると思うが、兄たちが自滅してこの国の王にならないといけないとなったあの日の重圧と来たら…心臓が腹に落ちるかのような心持ちだった」
三男と言うことでエイゼル市に文官に出されていたところ、兄二人が互いに殺し合って王位が回ってきたという話ですね。さわりだけですが話は聞いています。
ローザリンテ殿下とはその間にご結婚されていて、アインコール殿下はエイゼル市生まれです。
「幸いにも、アイズン伯爵の施政を学べていたからな。それをそのまま拡大していった結果、ユルガルム、アマランカ、テオードルと平和的に合一することができ、後で一波乱なるがバッセンベルも従えた。これ西からの圧力に対抗できる…と思っていたところにレイコ殿だ」
赤井さんに下ろされて、岩の上に座っていたのが、もうかなり昔のことに感じますね。
「ネイルコードは、他国にはしばらく脅威を感じることはなかろう。侵攻の心配しなくてもいいというのは、国を背負うという者としてはぐんと楽になった」
ネイルコードを敵視していたダーコラは事実上従属国に。不仲だった正教国とも本格的に和解となりました。まぁ主流から外された勢力が工作してくる可能性はありますが。しばらくは軍事的衝突の心配はいらないでしょう。
「ダーコラが協力的で、正教国が友好的であればそれでいい。しかし、ザイル宰相やネタリア外相の言によると、ネイルコードの影響圏はまだまだ広がると言ってる。レイコ殿の"威"は、どうしても今後のネイルコードの外交…対外政策では無視できない要素だろう」
「"知"ではなく"威"なんですね」
「レイコ殿があれを人に向けて撃つとは考えておらんがな。知らない者からすればこれ以上ないわかりやすい驚異じゃろう。"知"が脅威になるなんて考え方をできる国が…あるとすればむしろ友好的に付き合えるのではと思っている。まぁ今はまだその見極めの状態じゃな」
ネイルコードに外交官を送ってくる様子から、その国の為人を見ている段階ですね。
「ただ、私は大陸の覇王までは望んでいない。カルやクリスが、そして国民が穏やかに過ごせる未来、それだけで僥倖じゃ。その辺を踏まえて今後もネイルコードを見守って欲しい」
「あわわわっ! 王様が頭下げたりしないでくださいっ! わかってますっ!わかってますからっ!」
軽く頭を下げる陛下。侍従の人たちがびっくりしています。ローザリンテ殿下、止めてくださいってばっ!
伯爵の馬車が宮殿に着いたとのお知らせ。ここらでお暇いたします。
「…そんなに心配しなくてもいいのにね」
「まぁ、今が順調なだけに皆不安なんじゃろうな。レイコ殿がこの国に居続けてくれるのかどうか」
馬車での道中、お泊まりでの話をアイズン伯爵にしました。
「この国のことは好きだし。陛下達にしても信頼していますよ」
「ふむ…信頼とは?」
「そうですね。自身の面子や富にこだわらず、公益や国益の方を優先して動くだろう…ってところですか。アイズン伯爵もですけど」
「ふん。ワシは、わしの好きなようにやっているだけじゃ。私欲まみれじゃぞ」
「善行することを私欲だという人も好きですよ」
怖い方の顔でニッとする伯爵。はいはいツンデレツンデレ。
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