玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第7章 Welcome to the world

第7章第033話 寄り道

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第7章第033話 寄り道

・Side:ツキシマ・レイコ

 さて。蟻の"波"の処理も終えて、一月ぶりにやっとエイゼル市に凱旋です…と行きたかったのですが。

 まずテオーガル領では四日ほど引き留められました。
 行きの時には"波"が迫っていると言うことで一泊しただけで発ちましたけど。帰りはバルドラ・テオーガル・ニプール伯爵に引き留められまして。
 特産物や料理の談義は当然。今後敷設される鉄道についてや観光業やら。連日会議みたいなもんでしたよ。

 「なんで駅に確保予定の土地がこんなに狭いんじゃっ! 通達は出たはずじゃろっ! 線路と駅舎だけではなく、荷物の集積場所や、それらを運ぶための街道も必要なんじゃ。こんな空き地で足りるかっ!」

 「護衛ギルトの中継地くらいの気持ちで考えていたんだがな。線路は一本だけ敷くんじゃなかったのか? 最低で六本に汽車とやらの整備場? 付随してこれだけの広さが必要とは… となると、街の東の森か。ここを大きく切り開く必要があるな」

 最初は単線ですが。そう遠くない将来に複線化するでしょうし。ここから東と南への路線が分岐。さらには温泉街方面などへのローカル線。
 日本の都心の上野駅とか品川駅とかでも、路線と車両の待機線も合わせて二十線くらいは敷かれていたはずです。どうせ将来に必要になるのなら、今のうちに土地だけでも確保しておくべきでしょう。

 「街からの街道も、一本どころではまったく足りないじゃろう。というか、この駅を中心にしてもう一つ領都を作るくらいの規模の開発と考えておけ」

 「…鉄道ってそんなに大げさな話だったのか?」

 「エイゼル市では、カラスウ河の東側を整備する予定じゃ。貴族街と河の間には、もう空いている土地がないからの。鉄道を通すための橋の工事が大がかりになりそうじゃが、今やっておかないと後悔する。市街も手狭になってきていたから、丁度いい」

 「お前の街、まだでかくするつもりか… なんか腹が痛くなってきた」

 「おぬしは面倒事になると、昔からよく腹壊すのぉ。あと、お前のところはもっと文官を入れろ。これから絶対足りなくなるぞ。学校と寄子から頭のよさげな若者を見繕っておけ。うちから何人か送ってやるから、今から鍛えさせろ」

 アイズン伯爵とバルドラ伯爵。昔ながらの付き合いだけに、歯に衣着せぬ会談となっております。
 エイゼル市から王都を経由してユルガルムに至る鉄道は、王都からはタシニの街を越えてテオーガルを通ります。さらに、このテオーガルから南下してバッセンベル領を通過してダーコラとの国境に面する三角州の街サルハラへの路線も計画されています。改革が遅れていたバッセンベル領のテコ入れでもあるようですね。

 今はまだ白紙ですが、エイゼル市の東の山地の向こう、アマランカ領の南の海岸に工業地帯を作るなんて計画もあります。そこからの輸送線路は、エイゼル市を経由してユルガルムだけではなく、西のサルハラを越えてダーコラや正教国まで伸びるのです。やはりここでも、土地の確保が~という話に将来絶対になります。

 でもって、テオーガルの西の山地。現在畜産を拡大しつつある地域ですが、かねてから温泉も出る地です。駅からは馬車による接続にはなりますが、ここを観光地化するという計画も出ています。全て整備されれば、エイゼル市や王都から汽車なら半日でつきますからね。
 高原の温泉宿にグルメ、夏には避暑、冬にはスキー等のウィンタースポーツなんかも。まるで軽井沢ですね、うーん夢は広がりますが。話は大分でかくなってきていますね。

 喧々諤々の会議を尻目に、食事準備中の厨房にもお呼ばれしまして。いろいろ料理の試行錯誤も手伝いましたけど。そこまで私は料理のプロではありませんので、ネイルコード産の素材の扱いはお任せしています。主にアイデアの提供と、レッドさんと一緒に試食係です。
 冷蔵庫を利用した肉の熟成にも挑戦中です。冬の寒さで肉がおいしくなるというのは経験則で知っていたそうですが。冷蔵庫があればいつ年中熟成肉を用意できます。王城にも納める予定だとかで、料理長さんの研究項目に。おいしい物、たくさん開発してください。


 いろいろ名残惜しそうなバルドラ伯爵に手を振られながら、テオーガルを出発します。
 新開発のチーズの保存の利くところをたくさんお土産にいただきました。カヤンさんがどう料理するか、色々楽しみですね。



 テオーガルからタシニの街を越えて、トクマクの街を越え、今後こそやっとエイゼル市に…と思ったのですが。
 カステラード殿下に王都に寄ってくれと頼まれました。
 …まぁ報告は必要ですよね。エイゼル市への帰参がまた遅れそうです。

 王都に到着したのが昼過ぎですが、さっそくカステラード殿下とアイズン伯爵が同席での、大臣方を前に報告会議です。
 今後、同規模の蟻の"波"が発生しても対処できるようなムラード砦の強化の支援や、陸峡の監視体制などについての国防会議となりました。
 エルセニム方面の情報もいただきました。向こうでは特に"波"は発生しておらず。通常の魔獣対策の範囲で済んでいるそうです。
 ただ、マーリアちゃんにとっては久しぶりの帰国。少し向こうに滞在してくるとの連絡があったそうです。

 テオーガル滞在時と同じく、当たり前のように国土開発の会議も追加で開催です。
 線路に駅舎、街道の追加整備と周辺の開発。これらに助言できる人を予定地に派遣した方がいい…とはアイズン伯爵の言。テオーガルでは見通しが甘いという話もで出ましたね。
 道路網の将来については以前話はしていたのですが。同規模の線路用地の確保も必要です。まだまだ人口が少なく、郊外は森や草原でほぼ全て国有地という状態ですので、計画するだけならまださほどの負担にはなりません。
 将来の人口増加、食糧需要に応えるための新農地の開拓と新しい街。それを見越しての道路と鉄道。ちょっと前まではアイズン伯爵のシムシティーの範疇だった話が、王都-エイゼル市間の鉄道敷設が動き出したことで、国で本格的に検討しなくてはいけなくなってきました。
 なんだかんだで会議は、夕方までかかってしまいました。ふぅ。



 「王都の伯爵邸の方で早めに処理して欲しい仕事があるそうでの。わしは今夜はそちらに行くから、レイコ殿はここで泊まって行きなさい。…いろいろせっつかれておるからの」

 会議の後、私は王族の方々が暮らしている宮殿の方にお呼ばれしました。アイズン伯爵は明日迎えに来てくれるそうです。

 食事の前にお風呂ということになりました。
 宮殿には、十人くらいは一度には入れそうなお風呂が最近作られたそうです。バスタブサイズの風呂桶は昔からあったそうですが。手押しポンプのおかげで水くみが楽になったことで、お風呂のサイズアップが叶ったそうです。

 王妃ローザリンテ殿下、王太子妃ファーレル様、第二王子妃アーメリア様、王太子長女クリステーナ様、ここに住まれている王族女性の方々と一緒に入浴です。
 皆さん、体を洗うとき以外は浴衣を付けていますが。私以外みんな王族、ロイヤル入浴です。いろんな意味で緊張しましたね。
 軽鎧を着けた女性騎士の方が2名ほど、更衣室の入り口あたりで見張ってくれています。こんな緊張感あるお風呂も珍しいです。
 クリステーナ様はご満悦ですね。今までで一緒に入った最高人数だそうです。

 「おばあさまとお母様とはよく一緒に入るのよっ! 広いお風呂って気持ちいいよね」

 カステラード殿下とアーメリア様は別棟住まいなので。アーメリア様とは食事を一緒にすることはあっても、お風呂まではあまり機会が無いそうです。
 クライスファー陛下とローザリンテ殿下の邸宅は王太子棟とは別棟ですが、そちらは大浴場は作らなかったそうです。まぁそこは孫目当てでしょうね。
 アーメリア様は今レッドさんを抱っこしています。検診々々。…はい、赤ちゃんも順調だそうです。ここにももう一人お孫さんがいますよ。

 「陛下やアインがクリスティーナと入りたがるのは困った物だけどね」

 「わたし、もう十一歳よ。お兄様と一緒に入っているのだから、もういいでしょ?」

 さもありなん。私も八歳くらいまでだったかな。
 風呂上がり。冷えた牛乳までまで用意されていました。はい、飲み方伝授します。ぷはぁ。



 夕餉です。
 本日はコース料理ではなく、いろんな物が大皿で並べられていて好きな物をとるパターンですね。机もそれに合わせて小さめで。賓客用のでかいサイズではなく、食堂にあるような十席サイズ。家族の距離が近い食卓です。
 このサイズの食卓はクライスファー陛下とローザリンテ殿下の趣向だそうで。エイゼル市で文官をやっていたころを偲んでこういう形にしているそうです。

 「エイゼル市にい居た頃に使っていた食卓もまだとってあってな。リーテと食事するときには使っているぞ」

 「陛下の給金で買った思い出の品ですからね。アインがスープをこぼしたときのシミとかまだ残ってますし」

 「母上…子供達の前で勘弁してください…」

 アインコール王太子は、陛下夫妻がエイゼル市で文官をされていたころに生まれたそうです。親子三人での食事の思い出が文字通り染みついているわけですね。

 メニューも、凝った超高級食と言うよりは、ファルリード亭でも出されそうなバランスを考えた感じで、この辺もアットホームな感じです。
 ただ、"皿洗い要らず"のアム・サンゼ・ローに、高級小麦のパンは出されました。私とレッドさんのお気に入りということで用意してくれたそうです。

 ちなみにこの高級小麦、もっと出回ればいいのにどうしてかな?と前にカヤンさんに聞いたんですけどね。
 収穫率が普通の麦に対してひどく低いんだそうです。一粒の種籾から芽が出て穂を付けて何粒回収できるのかの収穫率。この比率が普通の小麦の四分の一以下。しかも、暑さ寒さや水加減も面倒だそうで。
 昔、正教国より西のある国で、大々的に作付けしたそうです。収穫量が少なく手間がかかるとは言え、面積当たりの収入は高級小麦の方が上ということで、普通の麦はやめてこの高級小麦を作付けする農家が続出… しかし。そもそも国民の消費する小麦が減るわけでもなく。結果として、普通の麦ですら価格が高騰して飢饉に…

 人口上昇傾向にあるネイルコードでは起こしてはいけない事態ですからね。現在生産されている麦の八割を国が専売にしているのもこの辺が理由だそうで。高級小麦の一般農家での作付は厳しく制限されているそうです。
 王宮でも毎日は食べていないそうですが。今日は私とレッドさんのために焼いてくれたそうで。うん、もっと味わっていただきましょう。

 皆さんの装いも、前に来たときのようにフォーマルなものではなく。みな風呂上がりということもあり、比較的ゆったりした服装をしています。ぱっと見、王族の晩餐と言うよりは、ちょっと裕福な商人の夕食といった雰囲気。家族だけの時にはいつもこんな感じだそうです。あとまぁ、畏まった席が苦手な私に合わせてくれたんですね。

 「王宮での晩餐会の時には、せっかく着飾ったのにこそこそしていたからな、レイコ殿は」

 「ああいうところで注目浴びるのって、私にはきついですよ」

 「…レイコ様にも弱点あるんですね」

 メンタル弱いですよ、私。今も結構緊張しています。
 王族の家にお邪魔しているからと言うよりは、子供の頃に他の家庭に夕食お呼ばれしたときの微妙な緊張感を思い出します。

 食事の後は、居間の方での団らんにもお呼ばれしました。
 もっと厳格な雰囲気を想像していましたけど。ここだけ切り取れば、普通の家族ですね。
 カルタスト王子とクリスティーナ王女のお相手としてボードゲームで遊んだり。
 陛下はレッドさんと将棋の対局をしてました。 …少しは手加減してあげてくださいレッドさん。

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