玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

文字の大きさ
上 下
257 / 339
第7章 Welcome to the world

第7章第030話 ユルガルム領都滞在の間に

しおりを挟む
第7章第030話 ユルガルム領都滞在の間に

・Side:ツキシマ・レイコ

 蟻の"波"を凌いで。今日、ムラード砦からユルガルム領都へ戻ります。
 道中、何度か領都周辺の警戒をしている兵士集団とすれちがつつ。馬車は昼頃には領都へ到着しました。最前線までけっこう近いですが、ムラード砦が出来るまでは、領都の外輪山が最後の砦だったそうです。

 「レイコ殿。またもやユルガルムはあなたに救われた。この感謝は言葉では言い尽くせない」

 領館で出迎えてくださったナインケル辺境候。ちょっと目の下に隈が。あまり寝ていませんね。おひげジョリジョリ。
 領都の住人への避難準備勧告みたいなのは解除されましたが。周囲を警邏中の兵士からは、砦から逸れたらしい蟻の目撃情報はそこそこあるそうで。まだまだ対処で忙しいそうです。
 マーディア様にターナンシュ様も、ちょっとお疲れのようです。だめですよターナンシュ様、身重なんですから。

 なんか領都での待機組の皆さんもお疲れのようですので。とりあえず簡単に帰還の報告だけして、夕餉の時間まで各自休養を取ることになりました。
 私も、お風呂をいただいてから…シュバール様のところで休もうかな? 蟻ばかり見てきたから、ちょっと…いや、すごく癒やされたいです。クラウヤート様やバール君も一緒にね。

 非常持ち出しの荷物がまだ置いてある応接間。シュバール様と積み木で遊びます。
 マーディア様とターナンシュ様は、ソファーでうとうと。アイズン伯爵は…先ほど会議に連行されていきました。

 「に。ニワトリがコッコー」

 「ニーッ コッコーッ! ヤァッ!」

 クラウヤート様が積み木に書かれた字を読みつシュバール様に渡し、積み上げていきます。バール君、側で尻尾振るのは控えなさい。
 レッドさんも、周囲に色々建てられて身動き出来ません。



 晩餐の時間です。主催のユルガルム辺境候家に、カステラード殿下とアイズン伯爵家、そうそうたるメンツであります。
 …食事前に、無くなった兵士さん達への黙祷が捧げられます。

 「レイコ殿。この度のご尽力、ユルガルム辺境候として感謝申し上げる。もしレイコ殿と小竜神様のご助力がなければ、ムラード砦の人員だけではなく、ユルガルム領都を含め周辺の村々にも多大な危害が出ただろう。私たちを救ってくれたこと、いくら礼を尽くしても足りないくらいだ」

 「いえ…出来ることをしたまでです…」

 黙祷が終わっても、暗い顔をしている私にナインケル辺境候が、戻ってきたときより丁寧にお礼されます。

 「…犠牲がゼロでなかったことにレイコ殿が負い目を感じているのは知っている。残念なことではあるが、今回の経験を無駄にはしないことをレイコ殿には誓おう。ムラード砦を、レイコ殿に頼らなくても"波"を御せるような堅牢な砦にしてみせる」

 蟻の渋滞を緩和するような門と虎口の改良。地下からの侵入を防止するための地中柵の設置等。また意見を聞きたいと言われました。

 「今の砦は虎口に組み込んで、もう一枚砦を作るか? 基部は掘り下げて地中にも石を積むとか。」

 「また大工事になりそうだな」

 「砦自体の強度は問題ないようですので。門を大きくして、虎口を砦の中方向に広くする方向で増築を考えています」

 ナインケル辺境候、カステラード殿下、ウードゥル様が、食事しながら対策会議始めました。
 ? レッドさん、アイデアがありますか?

 「あの。地下なんですけど。掘らなくても杭を打てばいいんじゃないか?ってレッドさんが言ってます」

 「杭ですか?」

 「鉄とかでできた杭を、櫛のように打ち込んでおくんです。蟻が通れない程度の間隔で。これなら掘り下げなくてもいいですし、工事もまだ簡単では?」

 「しかし。杭にもそこそこ強度も必要だろう。結構巨大な杭になるぞ? それだけの鉄の杭をどこで…」

 「いや、ありますぞ杭が。ほら鉄道のレールとやらが」

 「…っ! ああ、あれかっ」

 ユルガルム西では製鉄所が建設されていて。そこではレールの量産も行われることが決まってまして。圧延ローラーとかいろいろ開発されています。赤熱した鉄のインゴットを何度もローラーを通すことで、レールの形に伸ばしていくという行程です。他にも、鉄骨の生産とかいろいろ使える技術ですね。
 ここで生産されるレールが日本の鉄道のそれに比べてまだ細いのは致し方なし。断面は同じような"エ"の形はしていますが太さは地球のそれの半分程度です。前に王宮でデモンストレーションしたときのレールはさらに細く、それこそ槍程度の太さでした。
 細くする理由は、鉄の量も節約したいところですが、なによりその重量。今はまだ、馬車三台を間隔開けて連結するような専用の輸送馬車を用意しても一度に五本ずつくらいしか運べないそうです。将来は、敷いた鉄道で直接敷設地点まで輸送する予定です。エイゼル市と王都間の開通が第一目標ですが。ユルガルムの製鉄所から領都を経由してそのまま南下する線が次に優先して計画されているのはこのためです。

 ちなみに線路の幅は大体広軌を採用です。目指すは大陸鉄道ですからね。列車が大型化したら、レールの方だけ太い物に順次敷き変える構想です。

 「なるほど。レールを使って地中に柵を作るわけですか。鉄道の予定量からすればさほどの数でも無いのか。谷を掘り返すよりは手間が大分減りそうですな」

 虎口の拡充とレールの打ち込み、この方向でムラード砦の強化を計画することになりました。


 料理長が腕によりをかけた晩餐です、もちろんおいしくいただきましたが。やはりお祝いという気分にはなれませんね。申し訳ないです。
 食事がてら、女王蟻との邂逅についても説明します。この辺はまだ報告が曖昧でした。

 「…なるほど。人間が理解出来ない知性の可能性か… 今更ではあるが、何か手応えはあったのかい?」

 カステラード殿下が興味を持たれます。

 「女王にもそれなりに知能はある感じでしたが。決められたことをする機械と大差ない感じでした。あそこから…例えば言葉とか技術とか、さらに国家とか、そういうものが出来る感じはしなかったですね。女王だけで完結している感じでした」

 機械で通じるかな?とは思いましたが。特に問題は無いようです。

 「そうか…ともかくこれでしばらくは北からの脅威には怯えなくてすむのかな?」

 「今回の波は凌いだと思います。ただ、他の大きな群れがいないとも限らないので油断は出来ません。あと、西のエルセニムの方も心配です」

 マーリアちゃんはそちらの警戒のために帰国中です。
 エルセニムにも魔獣は頻繁に出現しますので、向こうにも北の大陸から渡ってくる方法があると推測はしています。

 「うむ、それはもちろんだ。ダーコラ経由で様子は探っているはずだ。あと、今回の陸橋周辺がどうなったか、一度偵察に船を出すべきか。西の方にも本格的に探索を出すべきだな」

 探索が出来るのが海が氷で閉ざされていない期間だけというのもありますが。漂ってくる流氷も怖いんだそうです。
 氷山というより板状の氷ではありますが。深夜を航行中にぶつかると、木造帆船では簡単に大穴が空くそうです。鉄で補強した船を考えているそうですが、実用化にはまだかかりそうですね。



 それから二週間ほど、ユルガルム領都に滞在しました。

 滞在中は、今回の防衛戦で亡くなった兵士のお葬式にも出席しました。
 亡くなった四人まとめて教会にて執り行うこととなりましたが。ナインケル辺境候家、さらにカステラード殿下とアイズン伯爵家も出席されました。
 目の下に隈を作って、泣き疲れたという雰囲気の遺族の方々。私が参列したことで感謝されましたが、それでもいたたまれなかったです。
 領主やさらに王族まで出席されて「彼は勇敢な兵士でした」なんて言われたら…まぁ庶民としては納得しないわけには行かないでしょう。ちょっと圧迫っぽい感じもしましたが。
 正直、私が責められても仕方ないかとか思ってましたけど。…もしかしたら皆さん、そのために列席してくれたのかもしれません。


 あと。工房の方に顔を出して、手足をなくした方のために地球の義手義足の知識の説明もしました。
 応対してくれたのは、工房長のサナンタジュさんです。

 「肘で動かしたら指の位置まで動いてしまうだろと思ったが。なるほど肩で動かすのか」

 自分の左腕で義手の動きをまねしてます。
 構造はシンプル、肘を動かすと鉗子みたいな形の指が開閉する仕組みです。掴むところを移動させずに肘を曲げるためには、肩を前後に動かすことになります。
 露骨に機械仕掛けの形ですが。実際の手の形にこだわらなければこれが一番機能的に思います。昔見た動画とかだと、これで靴の紐まで結んでいた人がいました。これだけでも日常生活はかなり違ってくるでしょう。

 「この義足のデザインも面白いな。」

 横から見ると、?マークをひっくり返した形の義足ですね。
 こちらにある義足といっても、某海賊船長が使っていたような単なる棒でしたが。地球でのこの形のタイプは反発力のある素材で出来ていて、普通に歩く感覚で自然に地面を捉えてくれます。それこそ走ることが出来るくらい。
 素材としては、バネに使えるような鋼を素材に考えていたのですが。蟻の素材が使えるのでは?という提案がされまして、いろいろ研究してくれることになりました。材料は大量にありますし。安く普及するといいですね。

 あとは、予備パーツとして持ってきていた新型サスペンション付き馬車の組み立てと引き渡しです。持ってきたのは足回りだけで、箱部分はこちらで調達して貰うか、既存の馬車を改造して貰うことになりますけど。
 板バネの製造は、むしろユルガルムの方が得意でしょう。今後の量産は、マルタリクとユルガルムの分業になるそうですが…ユルガルムはもう、色々といっぱいいっぱいなのですよ。

 小ユルガルムから西の方向に続く街道が拡張整備されつつあります。そちらに鉱山と製鉄の拠点となる街が作られていますからね。この辺がネイルコードの工業地帯になのはほぼ確定で。線路の敷設も用地の確保が進んでいます。
 エイゼル市から王都を通ってユルガルムへと計画されてる鉄道も、領都よりはこの製鉄拠点とを結ぶことを目指しています。



 という感じで本日。カステラード殿下の派遣部隊と共に王都へ出発です。
 マーディア様は、このまま秋までユルガルム領都に滞在されることになりました。ターナンシュ様の出産予定日まではまだ半年くらいありますけど。何度も往復するのは辛いでしょうからね。暑い季節になりますので、避暑地としてもユルガルムは良いところです。
 アイズン伯爵はもちろん帰りますが。シュバール様とは泣く泣くお別れです。
 …ここで散々ごねたのは、毎度のことです。また秋に来ましょうね。

 事前に帰る日が広まったのか。お城からユルガルムの外輪山出口までの街中の街道には、市民の皆さんがずらっと並んでいます。

 「レイコ殿。応えてあげなさい」

 ちょっと恥ずかしかったですけど。アイズン伯爵に薦められて、御者席のとなりに立ちます。
 皆が手を振ってくれます。レッドさんを頭上に掲げてそれに応えます。
 …蟻装備の子供達もちらほら。蟻の脚を振っています。
 街が無事でホント良かったです。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?

四季
恋愛
幼い頃、同居していた祖母から言われたことがあった。 もしも嫌なことがあったなら、電話の下の棚から髪飾りを取り出して持っていって、近所の神社の鳥居を両足でくぐりなさい――。  ◆ 十七歳になった真琴は、ある日母に理不尽に当たり散らされたことで家出した。 彼女が向かったのは神社。 その鳥居をくぐると――?

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

処理中です...