玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第7章 Welcome to the world

第7章第028話 再度、レイコ・バスター

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第7章第028話 再度、レイコ・バスター

・Side:ウードゥル・ユルガムル・マッケンハイバー

 魔獣蟻の"波"を小竜神様より伝えられて一月。準備は十分だと思っていた。
 しかし。油断していたとは言わないが、蟻とはいえ万単位の襲撃は予想を超えていた。それはまさに"波"だった。
 砦の門で順番に処理していけば、理屈の上では何匹でも処理できるのだろうが。ああいう形で溢れるとは想像していなかった。…いや、やはりこれも油断なのだろう。結局またレイコ殿に頼ることになってしまった。

 超常的な力を持ち、赤竜神の世界の知識を持つレイコ殿ではあるが、精神的にはそこらの女性と大差ないと聞いている。
 料理に舌鼓を打ち、私の子シュバールを慈しむ様子は、普通の少女と区別が付かないくらいだが。普通の子女と同じく、荒事を好むどころか慣れているわけではない。
 カステラード殿下もおっしゃっていたが。気軽に担ぎ出して良い方ではない。


 レイコ殿が女王蟻の撃破のために出撃して二時間というところか。
 砦の後面には、守るべきユルガルム領都の外輪山にそろそろ日が沈む…という時間。
 ケール・ララコートというマナ術士の知見で開発された誘引機による誘導で、谷から横に逸れる蟻はほぼいないが。これだけの数がいるとなると砦を迂回する個体も皆無ではないだろうから。後日、周辺の警邏は強化せねばなるまい。

 開けた門と、蟻の掘った穴からの襲撃は続いているが。今のところなんとか捌ききっている。
 ただ、そろそろ兵達の疲労も溜まりつつある。幸い、日没ともなれば蟻はおとなしくなるが。穴がこれ以上増えるとなると、明日には突破される危険性が出てきた。
 近くにある溜め池を切っての水攻め。油を流しての火攻め。両方用意してあるが。これらはあくまで一度きりで、その場しのぎ的な対処にしか使えない。この数の蟻の波を処理するには、力不足に思える。
 領都には応援要請は出しているが。まとめてムラード砦で退治できるのならともかく、砦から溢れてしまえばもうこの数には抗えない。
 誘引機のところまでたどり着かれてこれを食われれば、蟻は次の目標としてユルガルムに向かうだろう。
 誘引機を馬車に乗せ周囲を兵で囲み、時間稼ぎをしつつユルガルムに撤退するという方法も考えているが。ユルガルムにどれだけの兵がたどり着けるやら… なんとしてでもここで押さえたい。

 非戦闘員にはすでに退避を命じてある。…が、一部の兵站要員が兵達の食事の準備のために残ってくれている。食堂の女性や手伝いの子供達までいるそうだ。
 ありがたいことだが…明日の朝一番には無理矢理にでも待避させるか。

 もし、今出撃しているレイコ殿でも対処できないとしたら…

 「犠牲を覚悟で夜間にでも砦を出て、動きの鈍くなった蟻を少しでも減らすべきか…」

 などと思案していると。


 「ウードゥル様っ!! 北東方向に異変ありっ!!」

 陸峡の方角を監視していた兵士が叫んだ。カステラード殿下や側近らと共に、慌てて砦の指揮所から飛び出る。

 「…なんだあれは?」

 「日が昇る…わけはないか。月はあそこだ。ではなんの光だ?」

 西には日が沈みつつあり。東の空には夜の帳が迫り、神の御座も昇ってきているのが見えるが。北東の先を覆っている雲が下から光に照らされているた。日が昇るときの雲とは違う、まさに真下から照らされているだろう光り方…それが今度は、まるで光に押しのけられるように輪になっていく。…熱であそこだけ雲が晴れているのか?
 どれくらい離れているのだろうか、光源と思しき所は谷の壁の山地の影になっていてここからは見えないが。
 谷の出口の峰に建ててある監視櫓も光に照らされているのが見える。あそこからなら何が起きているのか見えるのだろうが。

 やがて、光源の元だったろう巨大な爆炎が塊となって稜線の向こう側に昇ってきた。その炎が真っ黒な煙とまだらになり、夕日に照らされた塊がさらに上昇していく。

 「あれはレイコ・バスターだ。間違いない」

 以前、ユルガルムの城から目撃した小ユルガルムから立ち上る爆炎。比較する物が無くてよくわからないが、あれよりもさらに規模はでかいと思われる。
 その赤黒い塊はそのまま登り続け、それを追うように柱のような黒煙が昇っていく。まるで中で火が燻っている焦げたキノコのようだ。

 砦の上に詰めていた兵達は皆、それを呆然として眺めている。
 と。カタタっと足元がかすかに揺れている。気のせいか?と思っていると、遠方から砂埃が舞う様が、まるで俊足な波のように谷をこちらに向かってきた…と思ったら。

 ドンッ!!!!

 吹き飛ばされるほどではないが、体全体を叩かれたかのような衝撃に皆が身を竦める。
 雷のような轟きが山や谷にドロドロと不気味に反響を続けているが。これ以上地面が揺れたり砦が崩れるようなことはなさそうだ。
 「なんだあれはっ?」
 「赤い何かが昇っていく…」

 砦の近くにいる者達には、砦が陰になってあの昇る雲は見えないのだろうが。砦から少し離れたところにいる兵達が騒ぎ出した。

 「あれは赤竜神の巫女様の御業だっ! おれは小ユルガルムで見たことがあるぞっ!」

 「俺もあのとき、小ユルガルムの砦にいたんだっ!。間違いないっ!。…巫女様は無事なのか?」

 あのとき、小ユルガルムに居た兵士も居るようだ。レイコ殿の搬出も見ていたらしい。

 「斥候隊の準備をしろ。王都からの応援の完全武装の騎士ら三中隊でだ! 今より三時間経ってレイコ殿が帰還されないときには捜索を出すぞっ!」

 慌てたように、カステラード殿下が部下に指示を出します。

 「殿下っ! 蟻がまだ多すぎますっ! すぐには…日が落ちた中では無謀ですっ! 今日明日とかは無理ですっ! 」

 夜に蟻が静まるとはいえ、夜の谷を下るのは、いくら精鋭のカステラード殿下の護衛騎士部隊でも無茶だ。

 「しかしっ! ウードゥル殿っ!」

 気持ちはわかる。わかるが…

 「無用な犠牲を出したら、レイコ殿に叱られますっ! もしレイコ様に何かあったとしても、まず小竜神様が知らせてくれるはずです。ここは待ちましょう」

 レイコ殿は、今回は埋まるようなことはしないとは言っていたが、あの規模の爆発では何が起きていても不思議ではない。捜索の準備には賛成だ。
 しかし。今夜、蟻の群れをかき分けてあそこまで出向くのは、いくらなんでも無謀だ。

 「閣下! 蟻がっ! 蟻の統率が崩れていますっ! 個々に勝手に動くようになりましたっ!」

 「小ユルガルムでレイコ殿が炭鉱を爆破した後と同じですっ!」

 虎口をのぞき込むと。明らかに蟻の圧が減っているのがわかる。誘引機は反応しているようだが、押し寄せようとする勢いがぐんと減っている。
 レイコ殿が女王を始末したのは間違いないようだ。

 「よしっ! 油断はせぬよう処理を続けよっ! あともう少しだっ!」

 「「「「応っ!」」」

 疲れてきていた兵隊にも活気が戻る。
 後は…ともかくレイコ殿の無事を祈るだけだ。



 太陽はユルガルム領都の向こう側に沈み、西の空にも星が見えるようになった。
 あの巨大なキノコの様な雲は、すでに風に流されてなくなってしまっている。
 神の御座はすっかり登り、今夜は丁度月も昇っている。星明かりと月に照らされて、谷の様子もなんとか見えている。

 蟻はまだまだいるが。夜と言うことと女王が斃されたらしいこともあり、誘引機に反応するのは門のそばの個体だけのようだ。谷の崖を登り越えようとまでする個体はいないようで。大多数は谷の底の各所で固まってじっとしている。


 「あ…」

 たまたま望遠鏡を覗いていた副官が声を上げる。

 「どうした?」

 「いえ、何かが跳ねたのが見えたので、そういう蟻もいるのかと思ったのですが… ああっ! やはり、あれはレイコ殿ですっ。レイコ殿が蟻を間を跳ねながら走ってきます。頭の上に赤い…小竜神様もっ! お二人ともご無事ですっ!」

 蟻を誘い込むために門は開け放たれているが。そこから入っても虎口で行き止まりだ。
 慌てて梯子の用意をと指示を出そうとしたら。レイコ殿は走ってきた勢いで谷の崖を登り、そのまま砦の上に飛び移った。そして、胸壁の上をぴょんぴょんと飛び越えつつ、こちらにやって来て。
 私の前に来てちょこんと頭を下げる。

 「お待たせしました。女王蟻は撃破しました」

 「よくぞっ! よくぞっレイコ様っ! 赤竜神の巫女様っ!」

 赤竜神感謝しますっ。今このときに巫女様を遣わせてくれたことをっ!

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