玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第7章 Welcome to the world

第7章第023話 知性の可能性

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第7章第023話 知性の可能性

・Side:ケール・ララコート

 「…そうだ、蟻の専門家と見込んで一つ聞きたいことがあるんだけど…」

 満天の神の御座の下。会話の末に赤竜神の巫女様…巫女様から逆に質問された。

 「蟻に知性ってあると思う?」


 虫に知性? 考えたことも無かった…が。

 正教国での研究中。観察のために何度か普通の蟻の巣を掘って調べたこともある。蟻はそれこそそこらに当たり前にいる虫だが。詳しい生態となると詳しい人間が全くおらず、書物も見つけられなかった。

 そこからわかったのは、爪先に乗る程度の虫にもかかわらず、感心するような社会性があると言うことだった。巣穴は役割毎に部屋が分かれており、女王蟻が卵を産み、子を育て、餌を蓄え、水害にも対策しているし、外敵にも集団で対応する。餌を見つければそれを巣まで集団で手分けして輸送する規律も持つ。
 ただ。それでもまだその行動は本能や条件反射の範疇にすぎないと思っている。常に同じような反応をして特に学習しているとも思えないこれらに、人間のような何かしらの意思があるようには思えない。

 「蟻は、その行動から見て社会的に見える機能を持つ生き物ですが。魔獣の蟻に人のような…せめて獣くらいの個の意思があるのか?となると、疑わしいとは思います。私も観察はしましたが、虫の蟻がそのまま大きくなっただけの行動様式しかないと思います」

 「人と全く同じである必要は無いんだけど。個々の蟻はともかく、蟻の群れ全体で統一した意識みたいなものは無いのかな? 何というか、他の巣の蟻と共栄…でなくとも戦争でもいいから、なにか交流や学習しているような兆候はないですか?」

 「虫の蟻の場合、地形や餌の情報なんかは仲間内でやり取りしているようですけど、同種の蟻でも他の巣なら単なる外敵として扱って、反応も画一的です。やはり本能の範疇で行動しているだけでは? 魔獣の蟻にしても、彼らの中心は自分たちの女王蟻であって、巣と女王を守ることが全てのようです。集団としての知があるとしても、中心は女王だと思いますが。私も魔獣の女王蟻については分からないとしか…」

 私が観察したことがあるのは、卵を産むように変化した働き蟻程度だ。小ユルガルムで巫女様が見たという巨大な女王、虫の蟻の巣で見つけたそれをそのまま巨大にしたような女王蟻は見たことが無いし。仮にマナ研でそんなものが誕生していたら、配下の蟻の数から考えて大騒ぎになっただろう。

 「前に小ユルガルムに出た蟻もそんな感じではあったんだけどね。一斉に襲いかかってくるような直断的な行動は感じられたけど。周囲の状況を判断して連携した行動とかは取っているようには思えなかったし…」

 「…どうしてそのようなことを考えられているのです?」

 「もし蟻にも、人間が理解し辛いと言うだけで独自の知性とか感情があるとしたら。それを人の都合で一方的に殺してしまうのは単なる虐殺なんじゃないかって思って…」

 「しかし…向こうはこちらを餌としか見ていません。蟻を殺すのも生存競争の内ということで仕方のないのでは?」

 「そうなのよね… それでも共存の可能性があるかは考慮すべきだとおもうのよ。まぁ私も見込みは少ないと思っているし、もし赤井さんが臨まない展開になるのならなにか干渉してくるかなとは思うけど。私が今ここにいるってことも承知だと思うし…」

 後半は何を言ってるのかよく分からなかったが。話に付き合ってくれてありがとうと言って、巫女様は砦を下りていきました。
 蟻に知性か…それを言い出すと、知性とはなんぞやというあたりから考えないといけなくなる。

 知性とは…考えること? いや、考えるとは何だ? 周囲の状況に応じて対応を判断する? 学習した結果を行動に反映する? 蟻にはそれは出来ないことなのか? 蟻と人間の決定的な差はなんだというのだ?
 巫女様は蟻をただ殺すことに抵抗感があるようだ。 人を超えた立場ともなれば、そういう視点もでてくるのか…

 そろそろ就寝時刻だと思っていたが、これはなんか眠れなくなりそうだな。



・Side:ツキシマ・レイコ

 さて。蟻の集団の先頭が、明日ムラード砦に到着する見込みです。到着ってのも変ですけどね。
 とは言っても、先頭が砦に接触するのが明日というだけで。その集団の長さは何十キロにも及んでいます。これらが全部砦に来るまで十日はかかると推測されています。もちろん、全部がここに来ると仮定してのことですが。

 蟻の集団は現在、地峡を埋め尽くしているようで。レッドさんの上空からの探知でも、全体がぼやっとしています。地面が三分、蟻が七分ですか。地峡の低い部分が反応で真っ白に見えます。

 今回は数が数ですからね。砦では、虎口の追加作業が行なわれていました。
 従来は二段の虎口でしたが。その外にさらにもう一段。材木による急造の柵と、土を盛った土塀です。蟻が登ろうとしたら登れてしまうでしょうが。柵の隙間から腹を見せた蟻を攻撃できるようになっています。
 いざという時には、水も流せるようになっているようですね。ただその場合、土塀は長くは保たないでしょうが。

 それと、倒した蟻の処理場が作られています。
 蟻に食べるところはありませんので。殻を剥いでマナ塊…蟻の場合、両目の間、脳そのものに取り付いているそうですが、中身は少し離れたところに掘った穴に全部捨ててしまいます。前回討伐した蟻をいろいろ試した結果、肥料としては使えそうだとのことですので。刈った草やら木の葉と混ぜて土を被せて何年か放置する必要がありますが。まぁこの辺の処理は事が終わってからですね。
 ともかく、虎口から倒した蟻を順次除去していかないと、蟻の死体の山を乗り越えて奴らはやって来てしまいます。

 日が暮れてからも、各所で確認と補強の工事が進んでいます。
 徹夜はお奨めしないなとか思ったりしたのですが。レッドさんの正確な偵察のおかげで、本番までに一眠りは出来そうとのことです。
 今夜は、神の御座を眺めて悦に入るわけにはいかないですね。
 この体だと、夜は年相応に眠たくなります。まぁいざという時には徹夜でも何とでもなりますが。まだその時ではありません。

 「今日はそろそろ寝ちゃいましょう。明日どうなるかわかんないし」

 「クーッ」

 寝間着に着替えて、宿舎でレッドさんと一緒にベットに入ります。
 まだ工事をしているのでしょう、遠くで槌を打つ音が夜の街に響いています。日本にいた時に聞いた、火の用心の拍子を思い出し、ちょっと懐かしくなりました。



 次の日の昼。いよいよ蟻の先頭集団が砦までたどり着きました。
 レッドさんのイメージだと、マナの反応で蟻は白かったのですが。目視だと真っ黒です。
 うーん、谷を埋め尽くす蟻の集団。ちょっと鳥肌が立つ光景ですね。

 「ケールさんの前ではああ言ったけど。仮に蟻に知性があったとしても…これは決定的にわかり合えない気がするわね。」

 「クー…」

 レッドさんも賛同してくれます。
 こういうレッドさん、彼には知性があるのか。赤井さんは、レッドさんをAIだと断じています。
 それでもあの蟻に、レッドさん以上の知性があるとは思えません。

 うーん。もやもやしやがりますね。
 例えばセレブロさんやバール君。彼らに知性はあるのでしょうか? 日本にいた頃に見た牧羊犬の動画、犬の頭の良さに感心してました。でも、彼らに知性を感じるのは…彼らが親人間的な生き物だからという贔屓目? 人に馴れているから知性を投影する?

 思考で沼っている私を、レッドさんが見つめています。

 「クゥ?」

 目が合ったレッドさんが、何?とばかりに首をかしげます。

 もしにレッドさんが無力な存在で、レッドさんが人に襲われていたとしたら。迷わず私はレッドさんを助けるでしょうね。
 私にとっては、知らない人の知性なんかより、例え疑似であってもレッドさんの知性の方を尊重します。レッドさんが作り物かどうかなんて、私には関係ないです。
 そもそも。私自身が月島玲子の生前のデータを元にして再構築された人工物です。私の知性も、模倣品にすぎません。
 …所詮、他者の知性の正当性なんて主観でしか判断できないのでしょうか?


 生前、他者を認知する仕組みについて議論したことがあります。人は本当の意味で他者を認識しているわけではない…という話です。
 他人と話す時、こうだろうと推測した他者のイメージを脳内に作り、そのイメージに対して話しかけているに過ぎず。本当の意味で他者とコミュニケーションを取ることは出来ないと。

 他人という存在を物理的に把握しているわけではなく。脳内他者を予めシミュレートして、それと違う反応があったそれをフィードバックして脳内他者の更新をする。意識にとって他人とは、実はその脳内他者のことである。
 実際、脳内の働きを推測するのなら、それは正しい解釈です。脳内の人の意識は、各種器官によって投影された五感を脳の奥から"感じている"だけで。意識が実際に見聞きしたり触ったりできるわけではないのですから。
 自分以外の存在とは、他人も世界も含めて、全部カメラを通してみる映像みたいなものなのです。

 さて。蟻との戦闘が開始されます。
 人は、あの蟻たちに知性を"見る"ことはできるのでしょうか?

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