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第7章 Welcome to the world
第7章第022話 ケール・ララコート
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第7章第022話 ケール・ララコート
・Side:ツキシマ・レイコ
神の御座の星明かりに、青年の顔が照らされています。全部あわせたら満月より明るいだろう神の御座のおかげで、夜でも周囲の地形が分かるほど視界は通っています。
こちらの世界の人は遺伝子プールが地球人類より狭いせいか、極端な顔という人は少ないです。太った痩せたで人相が変わっている人は見かけましたけど。この青年も…もし日本にいたらアイドルデビューくらいは出来るんじゃないでしょうかね? まぁ日本人から見て西洋人は整った顔の人が多いイメージはありましたが、そんな感じ。
こちらではすでに成人扱いでしょうが、私から見るとまだ少年っぽさが残ります。神の御座を眺めつつも、目には映っていない感じで、なんか考え込んでしまったようですね。
そう言えば。まだ名前を聞いていませんでした。
「…貴方、お名前は?」
「失礼しました、自己紹介がまだでしたね。私はケール。ケール・ララコートと申します。…実は僕、正教国出身でして。元は教会のマナ研にいました。マナ研はご存じですよね?」
「…あの魔人を作ったところ?」
「っと。僕は魔獣の研究をさせられていまして。まさかあんな人を使った実験をしている部署があるなんて知らなかったんです。ただ…すみません、蟻についてはちょっと関わっています」
ちょっと睨んでましたね。ごめんなさい。
彼が関わっていると言っても、正教国よりずっと西の国から持ち込まれた蟻型魔獣の生態研究のようなものだったそうです。
…関係ない部署の人まで一括りにして忌避することは出来ないですかね。
「私が今話したような星の事とかは、王都の賢者院でもお話しているから。興味があったらそちらに志願してみたら? 研究職に従事していた経験があって、こういう話しに着いて来れる人なら、多分向こうも大歓迎だろうから。なんなら一筆書くわよ」
ネイルコードでは、文官もですが、研究職も人手不足確定なのです。
天文学…力学…数学… 素養のありそうな人はどんどん放り込みたいですね。くっくくく。
「…ありがたいお話ですが、ちょっと考えさせてください。…まぁなんにせよ、この騒ぎが終わってからですね」
「そうね。…そうだ、蟻の専門家と見込んで一つ聞きたいことがあるんだけど…」
・Side:ケール・ララコート
正教国で行なっていた魔獣研究は頓挫した。
正確には、研究所そのものが一時閉鎖され、研究内容を精査した上で部署毎閉鎖される物と継続される物とに仕分けされた。
蟻の魔獣を使った魔獣誘導と戦略的応用、それが私のいた部署での研究テーマだった。
正教国のずっと西の方には乾燥した地域が大きく広がっており、さらにその向こうには海に面した国がいくつかある。その地域とは今でこそ海側を迂回して交流があるが、昔は砂漠を渡って交易をしていたそうだ。
その国々もいくらかの船を持つようになり、周辺を探索するようになって。海の北の向こうに陸地を発見した。ただしそこは寒冷な上に魔獣が多く植民には適さないということで、海岸近くを調査しただけだったが。そこで捕らえられてきたのが人サイズの巨大な蟻。
この蟻の魔獣からも魔石が取れるということで、十匹ほど生きたまま捕らえてきたそうだが、その国元で捕らえていた檻の下が地面剥き出しだったのがまず元凶だった。蟻たちはその地面を掘って逃げ出し、周辺地下に巣を作った上で一匹が女王蟻に変化した。
あとはもう大騒ぎで。巣のある近くで水路を切り、一帯を水浸しにすることで蟻を巣から誘い出し、物量でなんとか巣を全滅させ、少数の個体を再確保したそうだ。
この話に興味を持った軍部ならぬ正教騎士団がこの蟻をもらい受け、研究を指示した。
その後、蟻たちがマナの点滅に吸引されるということが偶然発見された。
私がいたチームに、エルセニム人のマナ技師が何名か研究所に配属された。いや奴隷として買われてきたが正解か。
彼らがマナ灯を点滅させる仕組みを知っており、これを使うことで無人でのマナ点滅が可能となった。元は、森の中での目印に使うための装置だったそうだが。
この誘引機を間諜によってネイルコードに持ち込み、そこで使う予定だったらしい。前段階として、ほぼ放置された炭鉱の奥に蟻の卵を設置したところ、元からこの地域にあったあったマナ鉱床と石炭を餌に人知れずに大繁殖したらしい。
地上に溢れた蟻を誘引機で南下させて、ネイルコード国の首都に誘う…という計画だったそうだ。…蟻が地上に出てきたところに赤竜神の巫女様がおられたのは幸運と言えるだろう。
その後。赤竜神の巫女様の活躍?によってマナ研は解体となった。
ある部署では、その研究内容や奴隷の扱いを巡ってけっこうな人数が捕らえられていたが。そこでやっていたという実験の内容が漏れてくると、取り潰されても仕方がないと納得した。
しかたなく私は教都の実家でしばらく燻っていたところ、マナ研とは関係ない部署の知り合いからネイルコードでマナ技師を集めていると言う話を聞いて、このまま無職でいるよりはと船でエイゼル市へ来たが。実際にマナ技師を集めているのは、同じネイルコードでもずっと北のユルガルム領だった。
今更国元に戻るわけにも行かず。エイゼル市側で紹介されたキャラバンに同行させてもらいなんとかここまで来たが。ここのマナ技術者のレベルときたら… エルセニム人がマナの扱いに秀でているのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
わたし程度の技術と知識ではエルセニム人のマナ士には太刀打ちできなかった。せいぜい助手がいいところだ。
ただひとつ、ここで役に立った知識がある。
今回の蟻の進軍自体は私の全くあずかり知らない事ではある。だが、蟻の"波"の原因については一つ心当りがあった。あのモーターという奴だ。
マナ研に勤めていた頃。偶然ではあるがマナ灯の点滅に蟻が強く反応することが発見された。故意に点滅させたわけではなかったが、金具の接触が悪く点けるのに手間取ったところ、檻の中の蟻が押し寄せたというのが最初だった。
その後、魔獣化したボア等でも試した。こちらも明確に反応はするが、距離が離れた誘引となると今ひとつだった。
距離を取っても比較的良く反応したのは件の蟻だった。普段からこのマナの点滅のような信号を仲間内の連絡に使っているのではないか?という仮説が立て、いろんなパターンの点滅を試したが、行動に差を付けることは出来なかった。それでも安全な距離を保って蟻呼び寄せるというという程度は可能なことは分かった。
ユルガルムの工房で話に出てくる電気や磁力、この辺はまだよく理解出来ないが。ここで開発されているモーターとは"三相交流"とかいう仕組みでマナを点滅させることで回転させている。
この点滅だ。これが今まさに蟻を呼び寄せている可能性が高いのではないか。
工房の上司に相談した。
なんか正教国を裏切るような後ろめたさは多少あったが。あの研究を持ち出した暗部によりこの国が被害を受けるところだったという話を聞いては心穏やかではいられない。軍隊相手ならともかく、ここには普通の民が住む街だ。前の正教国は、ここを蟻に襲わせようとしたのだ。
数日後に騎士団に呼び出された。正教国でやっていた研究についてなにかしら罪に問われるのかと覚悟したが。ユルガルム研究所の所長でもあるサナンタジュ氏も同席していろいろ聞かれた。
「あの…私には処罰はないのでしょぅか?」
「うん? お主が前回、その魔獣誘引機の使用を指示したわけでもあるまい。剣で人が殺されたらと、その剣を作った鍛冶師を罰するようなことはせんよ。それに、その技術はうまく使えば魔獣被害を減らすことにも使えるかもしれんしな」
前回の蟻の出現については無罪放免となった。ただ、工房に蟻の誘引技術について研究する部署が作られ、そこの部長に指名されてしまった。部と言っても五人だけのチームとなる予定だが、流れ者に与えられるポジションとしては破格の待遇だ。半軍属として機密に関しては大変厳しくなったが。
そして、その最初の成果をもってこの砦に配属された。モーターを改造した急ごしらえ誘引機を携えて。…三日ほど徹夜した。
砦の上から谷の形を頭に叩き込むという日課の為に胸壁まで昇ってきたら、そこには先客がいた。
黒髪にキャラバンの護衛職が着ているような防具。剣ではなくナイフみたいなのを左右に履いている。そして背にかかるフードには赤い生き物が…見間違えようのない、小竜神だ。となると、その少女は赤竜神の巫女様と言うことになる。
今夜は立ち去ろうかと思ったが。フードの中の小竜神様と目が合ってしまった。
「失礼しました。先客がおられましたか」
かの赤竜神の巫女様ということで少し身構えてしまった。話す分には普通の少女に思える…が。
教義でも語られる神の御座。巫女様はそれを眺めておられたらしい。そこから驚くべき話をしてくれた。星の正体、その大きさ、距離。…常人の想像の埒を越えている。
いや、神の御座が何なのかという話よりも。それらを突き止めることができる赤竜神らが持つであろう知識と技術、それらを想うと気が遠くなるほどだ。
太陽にかかる黒い線。それが何かを考えたことも無かった、赤竜神が作ったマナの製造場所。
「マナを作っているところに行って、それらを自由に出来るようになるのなら、それは凄いことでは?」
「マナを自由にして何をしたいの? 世界征服?」
…マナは万能だと思っていた。マナさえ自在に出来れば、この世に叶わないことなどないと思っていた。
不老不死の体を手に入れた巫女様。しかし、それは不死ではないと言われる。
話を聞くと理解出来たような気がする。要は生に連続性がないのだ。不死になるのは自分の複製であって、自分ではない。
だとすれば、死後に人の魂はどうなるのか。聖典には、敬虔な信徒は神の御座に迎えられて星になるとあるが…どうも星とはそんなものではないらしい。
サラダーン元祭司長が求めていたのは、全くの的外れだった。…何も知らなかった頃の方が幸せだったのではないかとすら思う。
赤竜神の巫女様がダーコラと正教国を滅ぼした…わけではないことはわかる。
ダーコラでは現在、王位は血筋の者に譲られて先代は蟄居している。奴隷制と王太子の所業が赤竜神の巫女様の逆鱗に触れたようだ。
正教国は、祭司総長と祭司長、それにネイルコードに派遣されていた祭司が死亡。神術探求講習会、マナ研の主任は大けがを負った後に行方知れず。もっとも、巫女様が手を下したというよりは、自滅したに等しいという経緯は聞いている。
まぁ私は下っ端だったとは言え、マナ研のやっていたことは知ってしまった。あの研究が公になれば、国内外から非難されると言うことも理解できる。
リシャーフ殿下は、死んだ先代らに被せることで責任の所在を有耶無耶にしたらしい。…まぁリシャーフ殿下が関わっていなかったのは事実らしいし、こうなった以上リシャーフ殿下以外に正教国をまとめられる者もいないだろうが…
しかし…聖典にある死生観を否定されて、正教国は…赤竜教はやっていけるのだろうか?
「…そうだ、蟻の専門家と見込んで一つ聞きたいことがあるんだけど…」
国に戻って真理に目を瞑るか。ユルガルムで魔獣の研究を続けるか。巫女様のお誘いに応じてネイルコードの賢者院とやらで研究職に付くか。
人生の岐路に立った心持ちの私に、巫女様が問いかけてきた。
・Side:ツキシマ・レイコ
神の御座の星明かりに、青年の顔が照らされています。全部あわせたら満月より明るいだろう神の御座のおかげで、夜でも周囲の地形が分かるほど視界は通っています。
こちらの世界の人は遺伝子プールが地球人類より狭いせいか、極端な顔という人は少ないです。太った痩せたで人相が変わっている人は見かけましたけど。この青年も…もし日本にいたらアイドルデビューくらいは出来るんじゃないでしょうかね? まぁ日本人から見て西洋人は整った顔の人が多いイメージはありましたが、そんな感じ。
こちらではすでに成人扱いでしょうが、私から見るとまだ少年っぽさが残ります。神の御座を眺めつつも、目には映っていない感じで、なんか考え込んでしまったようですね。
そう言えば。まだ名前を聞いていませんでした。
「…貴方、お名前は?」
「失礼しました、自己紹介がまだでしたね。私はケール。ケール・ララコートと申します。…実は僕、正教国出身でして。元は教会のマナ研にいました。マナ研はご存じですよね?」
「…あの魔人を作ったところ?」
「っと。僕は魔獣の研究をさせられていまして。まさかあんな人を使った実験をしている部署があるなんて知らなかったんです。ただ…すみません、蟻についてはちょっと関わっています」
ちょっと睨んでましたね。ごめんなさい。
彼が関わっていると言っても、正教国よりずっと西の国から持ち込まれた蟻型魔獣の生態研究のようなものだったそうです。
…関係ない部署の人まで一括りにして忌避することは出来ないですかね。
「私が今話したような星の事とかは、王都の賢者院でもお話しているから。興味があったらそちらに志願してみたら? 研究職に従事していた経験があって、こういう話しに着いて来れる人なら、多分向こうも大歓迎だろうから。なんなら一筆書くわよ」
ネイルコードでは、文官もですが、研究職も人手不足確定なのです。
天文学…力学…数学… 素養のありそうな人はどんどん放り込みたいですね。くっくくく。
「…ありがたいお話ですが、ちょっと考えさせてください。…まぁなんにせよ、この騒ぎが終わってからですね」
「そうね。…そうだ、蟻の専門家と見込んで一つ聞きたいことがあるんだけど…」
・Side:ケール・ララコート
正教国で行なっていた魔獣研究は頓挫した。
正確には、研究所そのものが一時閉鎖され、研究内容を精査した上で部署毎閉鎖される物と継続される物とに仕分けされた。
蟻の魔獣を使った魔獣誘導と戦略的応用、それが私のいた部署での研究テーマだった。
正教国のずっと西の方には乾燥した地域が大きく広がっており、さらにその向こうには海に面した国がいくつかある。その地域とは今でこそ海側を迂回して交流があるが、昔は砂漠を渡って交易をしていたそうだ。
その国々もいくらかの船を持つようになり、周辺を探索するようになって。海の北の向こうに陸地を発見した。ただしそこは寒冷な上に魔獣が多く植民には適さないということで、海岸近くを調査しただけだったが。そこで捕らえられてきたのが人サイズの巨大な蟻。
この蟻の魔獣からも魔石が取れるということで、十匹ほど生きたまま捕らえてきたそうだが、その国元で捕らえていた檻の下が地面剥き出しだったのがまず元凶だった。蟻たちはその地面を掘って逃げ出し、周辺地下に巣を作った上で一匹が女王蟻に変化した。
あとはもう大騒ぎで。巣のある近くで水路を切り、一帯を水浸しにすることで蟻を巣から誘い出し、物量でなんとか巣を全滅させ、少数の個体を再確保したそうだ。
この話に興味を持った軍部ならぬ正教騎士団がこの蟻をもらい受け、研究を指示した。
その後、蟻たちがマナの点滅に吸引されるということが偶然発見された。
私がいたチームに、エルセニム人のマナ技師が何名か研究所に配属された。いや奴隷として買われてきたが正解か。
彼らがマナ灯を点滅させる仕組みを知っており、これを使うことで無人でのマナ点滅が可能となった。元は、森の中での目印に使うための装置だったそうだが。
この誘引機を間諜によってネイルコードに持ち込み、そこで使う予定だったらしい。前段階として、ほぼ放置された炭鉱の奥に蟻の卵を設置したところ、元からこの地域にあったあったマナ鉱床と石炭を餌に人知れずに大繁殖したらしい。
地上に溢れた蟻を誘引機で南下させて、ネイルコード国の首都に誘う…という計画だったそうだ。…蟻が地上に出てきたところに赤竜神の巫女様がおられたのは幸運と言えるだろう。
その後。赤竜神の巫女様の活躍?によってマナ研は解体となった。
ある部署では、その研究内容や奴隷の扱いを巡ってけっこうな人数が捕らえられていたが。そこでやっていたという実験の内容が漏れてくると、取り潰されても仕方がないと納得した。
しかたなく私は教都の実家でしばらく燻っていたところ、マナ研とは関係ない部署の知り合いからネイルコードでマナ技師を集めていると言う話を聞いて、このまま無職でいるよりはと船でエイゼル市へ来たが。実際にマナ技師を集めているのは、同じネイルコードでもずっと北のユルガルム領だった。
今更国元に戻るわけにも行かず。エイゼル市側で紹介されたキャラバンに同行させてもらいなんとかここまで来たが。ここのマナ技術者のレベルときたら… エルセニム人がマナの扱いに秀でているのは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
わたし程度の技術と知識ではエルセニム人のマナ士には太刀打ちできなかった。せいぜい助手がいいところだ。
ただひとつ、ここで役に立った知識がある。
今回の蟻の進軍自体は私の全くあずかり知らない事ではある。だが、蟻の"波"の原因については一つ心当りがあった。あのモーターという奴だ。
マナ研に勤めていた頃。偶然ではあるがマナ灯の点滅に蟻が強く反応することが発見された。故意に点滅させたわけではなかったが、金具の接触が悪く点けるのに手間取ったところ、檻の中の蟻が押し寄せたというのが最初だった。
その後、魔獣化したボア等でも試した。こちらも明確に反応はするが、距離が離れた誘引となると今ひとつだった。
距離を取っても比較的良く反応したのは件の蟻だった。普段からこのマナの点滅のような信号を仲間内の連絡に使っているのではないか?という仮説が立て、いろんなパターンの点滅を試したが、行動に差を付けることは出来なかった。それでも安全な距離を保って蟻呼び寄せるというという程度は可能なことは分かった。
ユルガルムの工房で話に出てくる電気や磁力、この辺はまだよく理解出来ないが。ここで開発されているモーターとは"三相交流"とかいう仕組みでマナを点滅させることで回転させている。
この点滅だ。これが今まさに蟻を呼び寄せている可能性が高いのではないか。
工房の上司に相談した。
なんか正教国を裏切るような後ろめたさは多少あったが。あの研究を持ち出した暗部によりこの国が被害を受けるところだったという話を聞いては心穏やかではいられない。軍隊相手ならともかく、ここには普通の民が住む街だ。前の正教国は、ここを蟻に襲わせようとしたのだ。
数日後に騎士団に呼び出された。正教国でやっていた研究についてなにかしら罪に問われるのかと覚悟したが。ユルガルム研究所の所長でもあるサナンタジュ氏も同席していろいろ聞かれた。
「あの…私には処罰はないのでしょぅか?」
「うん? お主が前回、その魔獣誘引機の使用を指示したわけでもあるまい。剣で人が殺されたらと、その剣を作った鍛冶師を罰するようなことはせんよ。それに、その技術はうまく使えば魔獣被害を減らすことにも使えるかもしれんしな」
前回の蟻の出現については無罪放免となった。ただ、工房に蟻の誘引技術について研究する部署が作られ、そこの部長に指名されてしまった。部と言っても五人だけのチームとなる予定だが、流れ者に与えられるポジションとしては破格の待遇だ。半軍属として機密に関しては大変厳しくなったが。
そして、その最初の成果をもってこの砦に配属された。モーターを改造した急ごしらえ誘引機を携えて。…三日ほど徹夜した。
砦の上から谷の形を頭に叩き込むという日課の為に胸壁まで昇ってきたら、そこには先客がいた。
黒髪にキャラバンの護衛職が着ているような防具。剣ではなくナイフみたいなのを左右に履いている。そして背にかかるフードには赤い生き物が…見間違えようのない、小竜神だ。となると、その少女は赤竜神の巫女様と言うことになる。
今夜は立ち去ろうかと思ったが。フードの中の小竜神様と目が合ってしまった。
「失礼しました。先客がおられましたか」
かの赤竜神の巫女様ということで少し身構えてしまった。話す分には普通の少女に思える…が。
教義でも語られる神の御座。巫女様はそれを眺めておられたらしい。そこから驚くべき話をしてくれた。星の正体、その大きさ、距離。…常人の想像の埒を越えている。
いや、神の御座が何なのかという話よりも。それらを突き止めることができる赤竜神らが持つであろう知識と技術、それらを想うと気が遠くなるほどだ。
太陽にかかる黒い線。それが何かを考えたことも無かった、赤竜神が作ったマナの製造場所。
「マナを作っているところに行って、それらを自由に出来るようになるのなら、それは凄いことでは?」
「マナを自由にして何をしたいの? 世界征服?」
…マナは万能だと思っていた。マナさえ自在に出来れば、この世に叶わないことなどないと思っていた。
不老不死の体を手に入れた巫女様。しかし、それは不死ではないと言われる。
話を聞くと理解出来たような気がする。要は生に連続性がないのだ。不死になるのは自分の複製であって、自分ではない。
だとすれば、死後に人の魂はどうなるのか。聖典には、敬虔な信徒は神の御座に迎えられて星になるとあるが…どうも星とはそんなものではないらしい。
サラダーン元祭司長が求めていたのは、全くの的外れだった。…何も知らなかった頃の方が幸せだったのではないかとすら思う。
赤竜神の巫女様がダーコラと正教国を滅ぼした…わけではないことはわかる。
ダーコラでは現在、王位は血筋の者に譲られて先代は蟄居している。奴隷制と王太子の所業が赤竜神の巫女様の逆鱗に触れたようだ。
正教国は、祭司総長と祭司長、それにネイルコードに派遣されていた祭司が死亡。神術探求講習会、マナ研の主任は大けがを負った後に行方知れず。もっとも、巫女様が手を下したというよりは、自滅したに等しいという経緯は聞いている。
まぁ私は下っ端だったとは言え、マナ研のやっていたことは知ってしまった。あの研究が公になれば、国内外から非難されると言うことも理解できる。
リシャーフ殿下は、死んだ先代らに被せることで責任の所在を有耶無耶にしたらしい。…まぁリシャーフ殿下が関わっていなかったのは事実らしいし、こうなった以上リシャーフ殿下以外に正教国をまとめられる者もいないだろうが…
しかし…聖典にある死生観を否定されて、正教国は…赤竜教はやっていけるのだろうか?
「…そうだ、蟻の専門家と見込んで一つ聞きたいことがあるんだけど…」
国に戻って真理に目を瞑るか。ユルガルムで魔獣の研究を続けるか。巫女様のお誘いに応じてネイルコードの賢者院とやらで研究職に付くか。
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