玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第7章 Welcome to the world

第7章第006話 レッドさんの出張

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第7章第006話 レッドさんの出張

 Side:ツキシマ・レイコ

 「というわけで。小竜神様と共にユルガルム領になんとか出向いていただきたいのですが…」

 「クー?」

 ファルリード亭にて、クラウヤート様からお願いされています。

 第二王子妃アーメリア様の赤ちゃんが女の子…と分かったところで。もう一つの懸念が残っています。
 ユルガルム辺境候嫡男ウードゥル・ユルガムル・マッケンハイバー様の奥様でアイズン伯爵の娘ターナンシュ・ユルガムル・マッケンハイバー様。こちらも第二子をご懐妊です。奇しくも予定日も近いだろうとのことです。アイリさんといいミオンさんといい、なんかタイミングが揃いましたね。

 マッケンハイバー家は辺境候という身分ではありますが。ユルガルムは元独立王国で、格はネイルコード国王室とさほど差はありません。北からの魔獣侵攻防衛の最前線にして、各種鉱物資源に富んだ資源産出領であり、この時代の基準からすれば立派な工業地帯でもあります。
 この家の慶事ともなれば、ユルガルム領の貴族の方々やユルガルム領と交流のある貴族、さらにネイルコード王室からもお祝いを贈ることとなり。せっかくアーメリア様の赤ちゃんの性別が分かって出来た職人達の余裕も、再度また悲鳴を上げる事態になる…という訳です。

 まぁ職人達もきちんと儲かる仕事な訳ですし、悲鳴を上げつつも損をするような話ではないのですが。ユルガルムとマルタリクは今、クーラーやら冷蔵庫の増産で大忙し。納品先がザワついてくるのは明々白々。
 なるだけそちらへの影響は押さえたい…ということだそうです。

 細工師に家電が関係があるのか?と言われそうですが。マナ板や回路回りの細かい金具作成にはかなり助力を得ているそうですし、貴族向けの家電に装飾は不可欠です。タンスとかと同じですね。
 まだこれら家電をまだ知らない人の方が多いですし、そこそこな値段がする物ですので、高位貴族や大商人以外からの注文はさほどという所ですが。これが来年にもなれば買える人は皆買いたいと、注文の爆発的連鎖反応は間違いなしでしょう。
 今はまだ冬ですが、ご出産は来年初夏あたりで、家電の注文と時期的に重なることが予想されます。夏に出産祝儀の製作が重なれば、流石にオーバーワーク必至でしょう。

 というわけで。毎度のファルリード亭での給仕をしていたら、別件での護衛ギルトの帰りに寄られたクラウヤート様から相談されました。
 クラウヤート様、今は13歳ですが。学校が無い日にはもう父ブライン様のお仕事のお手伝いをいろいろしているそうです。まだ若いのに凄いですね。その手伝いの中で、マルタリクの職人がいろいろとオーバーワーク気味ということを把握してていたんだそうで。もちろんアイズン伯爵やブライン様と相談した上でのご来訪です。

 エイゼル領とユルガルム領は王都を挟んで王国のそれぞれ南北端と言って良いのですが。ターナンシュ様はアイズン伯爵の娘ですから、エイゼル市の人にとってユルガルムは結構親近感が高いそうで。いざ御誕生ともなればまずマルタリクが大忙しなるのは目に見えています。

 アイズン伯爵は、私が色々多忙なのを知っているので無理強いは出来ない…としてくれていたそうですが。私が忙しいと言っても、いくつかはユルガルム領でやっていることとは無関係でも無いので、もし私にユルガルム領に行く用事があるのならついでにでも…ということで、話すだけは話しておこうと思ったそうです。

 あ。バール君は、セレブロさんとお魚食べています。クローマの塊を野菜スープで煮込んだ旨み増強シチュー塩分カット版ですね。セレブロさんの好物でもあります。

 「それでいかがでしょうか? 必要なら、キャラバンも最速を手配しますけど…」

 ユルガルム、日本の感覚で言えば、東京から盛岡くらいって感じですが。キャラバンだと、早めで一週間ほどかかります。
 うーん、私が走れば一日でたどり着けるかな?…とか思っていたところ。

 『一人でもOk』

 「えっ?」

 レッドさんが頭の中で語りかけてきました。
 一人でもって、レッドさん一人で飛んでいくってことですか?

 「どうされましたか、レイコ殿?」

 私がびっくりしてレッドさんを見たのに気がついたクラウヤート様。

 「レッドさんが一人で飛んでいくって行ってます。たしかにレッドさんだけで用が足りる話ですが…」

 「小竜神様一人でそんな距離を大丈夫なのですか?」

 片道…四百キロメートルくらいですかね? 直線だともっと短いかも。測量技術がまだまだですので歪んだ地図しか無いんですよね。

 「レッドさんが飛べば私が走るよりは速いですし、山河は越えて真っ直ぐ飛べますからね。朝出て昼に着いて診断して帰ってきて、夕飯はここで食べることも出来ると思いますが…ああ、それで行けるそうです」

 そんなに速いの?とびっくりしているクラウヤート様。 伝書鳩でも千キロ飛んだなんて記録もあるくらいです。飛ぶってのは鳥レベルでもそれだけ早いのです。
 ただ。いきなり飛んでいって城に飛び込んでは、魔物か?と攻撃されそうですから。先に書簡で連絡を入れて、日時を決めてから実行することになりました。まぁまだ慌てる時間でもないですしね。

 「分かりました。おじい様に話して、向こうと調節していただきます」


 はい。一週間後です。
 ユルガルムとは、アイズン伯爵が書簡でやり取りしました。
 「いついつにレッドさんが飛んでくよ。驚いて攻撃しないでね。出迎えよろしく」「委細承知」
 これだけのやり取りだけでも、早馬で一週間かかるのがこの時代です。

 でもって、今日が決行日の朝です。出発場所はファルリード亭横の馬車留め。
 日本で言えば二月くらい。けっこう曇りがちになる季節ですが、本日は雲もそこそこ。寒いことを除けば飛行日和ですね。
 寒い中、わざわざアイズン伯爵も見送りに来てくれました。…なんか噂を聞きつけた見物人も多いですね。

 「大丈夫かしら? レッドさん寒くない? 迷子になったりしない? お腹空いたときのためにお菓子持って行きなさいね」

 アイリさんがなんか異様に心配しています。ちょっとナーバスな時期なのです。

 「クーッ!ククックッ!」

 「自分が一番道に詳しい…だそうです。あと荷物になるからお菓子は遠慮しておきますだそうです」

 「ああ、そうよね… 防寒服も飛ぶには邪魔だって言うくらいだし、軽装の方がいいのよね」

 それでもまだ心配そうなアイリさんですが。
 レッドさんのハーネスの胸の所に背嚢みたいな物を取り付け、書簡の類いをしまいます。
 護衛ギルド経由で書簡や書類の輸送も頼まれましたので、ついでに一緒に持っていきます。…マルタリクからユルガルムの工房への発注書? …やはりいろいろと忙しそうですね。
 さらに。ファルリード亭の子供コーナーに置いてある積み木から、文字ブロックを2つ拝借。子供が覚える最も基礎的な象形文字、「男」「女」です。赤ちゃんの性別が分かったら、レッドさんがこれを出すことになっています。
 レッドさん、会話もですが筆談もしたがらないんですよね。多分出来るはずですが。ただレッドさん曰く、そういう役じゃ無いそうです。なんかこだわりがあるようです。

 持って行けないのなら今のうちに…と、アイリさんが持ってきた焼き菓子をいくつかレッドさんに上げています。まぁお腹に入れても荷物にするのと重さは変わらないんですけどね。それでもレッドさん、アイリさんに抱っこされてポリポリと美味しそうに食べています。レッドさん、朝ご飯は食べてましたよね?

 「レイコ殿。赤子が生まれた際にはまたユルガルムへ行く際の護衛を依頼することになると思うでの、その時はよろしく頼む。多分また秋頃か」

 アイズン伯爵の護衛騎士の練度はかなり高いですし、タシニの岩山ルートも完全開通していますので、魔獣の危険も少ないですから。私の護衛に必要かと言えばそう必要とはされないのでは?とも思いますけど。
 要約すれば"孫を見に北へ一緒に遊びに行こうっ!"…ってことですね。了解です。

 「シュバール様の時と同じくらいの時期ですね。承知しました。楽しみですねお孫さん」

 「ほんにのう。元気で生まれてきてくれればそれで上々。楽しみでしょうがないわ」

 易しいバージョンの笑顔を浮かべ、北の空を見上げるアイズン伯爵…直後また悪い顔になりまして。

 「くそ…ナインケルのジジイは孫の成長を毎日見れるというのに。…口惜しいのぉ」

 あははは。仲が良いのやら悪いのやら。
 一緒に来ている孫のクラウヤート様が苦笑していますが。クラウヤート様も結構かわいがられていますよね? 鍛えられているとも言いますが。



 それではレッドさん、出発しましょうか。
 毎度おなじみ、レイコ・カタパルトです。
 ユルガルムは北っ!…の方向には建物があるので。空が空いている北西の方向が目標です。手の上に翼はまだ畳んでいるレッドさんがちょこんと載ります。私の手は小さいので、つま先立ちする感じになりますが。
 レッドさんの重心に注意を払いつつ、砲丸投げの要領で、ステップを、ワン、ツー、スリーッ! レイコカタパルトッ!

 ブォンッ!

 「「「「おおおっ!」」」」

 見物していた人達から歓声が上がります。
 高度三〇メートルくらいまで放物線を描き、その天辺で羽をばっと広げるレッドさん。
 フォンっという音と共に、翼がボーと光って、スーと加速上昇していきます。

 「…レッドさん、本当に飛べたんだね」

 「ひゃー。すこいてす、もうあんなところまて」

 「羽があるのは知っていたけど、まぁどのみち家の中では飛べないだろうしな」

 モーラちゃん、アライさん、カヤンさん… そう言えばファルリード亭の面々は、レッドさんが飛ぶところは初めてですか。アライさんもなんか万歳してぴょんぴょこしています。
 手を振る人。なんか拝んでいる人。様々な見送りを受けつつレッドさんは北の空へ…ああ、もう見えなくなりました。
 お使い、お願いしますねレッドさん。


 「ふむ。あとは待つだけじゃの。せっかくだから引き上げる前にファルリード亭で暖かいものでもいただくとしようか」

 暖かい格好しているとは言え、真冬の朝ですからね。お茶よりカヤンさん特製朝食スープの方がいいかしら?

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