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第6章 エイゼル市に響くウェディングベル
第6章第018話 王族としての矜持
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第6章第018話 王族としての矜持
・Side:ツキシマ・レイコ
「いい加減にしろ! 姉上っ!」
アイリさんに求婚したチャラ貴2のラージュ様との決闘に見事に勝ったタロウさん。
決闘は無効だ不敬だと、異議を喚く王姉のシエラ辺境候夫人
それを二階から見ていたクライスファー陛下とアイズン伯爵でした。
「決闘において貴族相手だからと剣を向けるななどという言い分が通るかっ! 神聖な決闘を侮辱するのか姉上はっ? さらに、姉上は既にアルタレス辺境候に嫁いだおりに臣籍降下している。今更その孫が王族と名乗ることは叛逆扱いされてもいたしかたないぞっ!」
「は…叛逆っ?! あなた姉に向かってなんてことを…」
王自から叛逆を名指しされることの重大さは理解できるようです。不敬だ処刑だと騒いでいましたが、下手すると連座は抜きにしても自分と子供と孫がまとめて御用となりかねません。
「姉上っ! …私は誰ですか?」
「だ…誰って…」
「私は誰ですか?と聞いているのです。姉上」
「…ネイルコード国国王クライスファー・バルト・ネイルコード陛下です…」
陛下が弟だというのは当たり前です。ここは立場の確認ですね。
シエラ夫人、苦虫潰したような顔で絞り出しています。弟を陛下と呼ぶのがそんなに屈辱的なんでしょうかね?
「そもそも姉上は、私の許可無しにアマランカ領から出ることは能わぬはず。しかし今回が初めてでもないですな、毎回報告が来ておりますぞ。まぁたまにエイゼル市に遊びに来るくらいならと大目に見て放置しておりましたが。どうも私が何も言わないと勘違いされたようですね」
「…そ…それは…」
「アルタレス辺境候の為人に免じて、ここで捕らえるようなことはしますまい。早々に領地に戻られよ」
「…」
…侍従に促されて、とぼとぼと馬車留めの方に戻っていきます。観念したかな?
「タロウ・ランドゥークよ」
剣を脇に置いてテラスに向かって跪いているタロウさんです。
「あの一撃は見事であった。またアイリ殿との婚姻については私も聞き及んで折る。誠にめでたきこと、末永く仲睦まじくすごされよ」
「あっあっありがとうございますっ!」
貴族や騎士のギャラリーの方々がいる前での祝福です。
なるほど。タロウさんとアイリさんの婚約を陛下が公に祝福されたとの話が広まれば、もうケチを付けてくる貴族や商家は無くなるでしょうね。
「うむ。今後もいろいろ期待しておるぞ。はっはっはっはっ」
一件落着ですか? 黄門様。
こういう所がなんかとっつきやすい王様です。
「巫女殿っ!」
訓練場を離れようとしたら、馬車の前からシエラ夫人が声をかけてきました。…陛下に既に制止されているので、護衛騎士さんたちにも緊張が走りますが。
そちらを向くと、凛とした姿で経っているシエラ夫人が立っています。…ちゃんとすれば、それなりに威厳があるお姿ですね。お婆ちゃんなんて言ってごめんなさい。
「なんでしょう? シエラ様」
「巫女殿の噂は多少は聞いております、まぁ噂としてでしたが。あなたは地位や名誉を得たいとは思わないのですか? ネイルコードだけでは無く大陸をも制覇することも出来る知恵と力を持っているという話は、虚偽ではないのでしょう?」
私が陛下やアイズン伯爵にしたがっているのが不思議ですか? 下手に地位が高い人には、そう見えるんでしょうか?
「地位や名誉を得てどうするんですか? 大陸を制覇してどうすると?」
「どうするって…欲しい物はなんでも手に入るでしょう。」
「欲しい物ですか… そうですね。例えば、私が大陸を制覇したら数百人乗せて空を飛ぶ乗り物が手に入りますか?」
「え? …そんなものあるわけないでしょう?」
「例えば、ここにいたまま王都やユルガルム領の人と話が出来る道具とかは? 巨大な図書館の情報をいつでもどこでも瞬時に検索できる道具とかは?」
情報機器の開発…マナ回路を進歩させてコンピューターに昇華させないと行けません。道のりはまだ遠いです。
「…何の話をしているのです?」
「欲しい物が手に入ると仰ったので、欲しい物を出しただけですけど。今例えとして出した物は、私がいた世界では普通にある物で、庶民でも誰もが使える物でした」
「…そんなものが…巫女様の世界にはあるというのですか?」
「実際にこの世界の人がそれを作れるようになるには、まだ何百年もかかるでしょう。でも、私がユルガルム領やマルタリクで行なっていることで、それらが出来る時期は確実に早まりまるでしょう。私はすでに欲しい物のために動いているんですよ。アイズン伯爵やクライスファー陛下は、言わば協力者です。とりあえず、現時点で欲しい物は私は全て手に入れています。もうびっくりするくらい理想的なところですよ?この国は」
「…」
民を支配して搾取するところから脱却できた権力者。ほんとアイズン伯爵は特異点ですね。彼を理解して重用している陛下を初めとする中枢の人達も、私の持つ中世のイメージからすると尋常ではありません。
「まさか王様になったら税率自由自在とか思っていませんか? お金なんかいくらでも領民から搾り取って自分が贅沢できるとか」
「そ…そんなこと…」
「綺麗な服や美味しい食べ物だってそうですよ。人々に生活に余裕があるからこそ、そういうことに手間をかける余地が出来るんです。民が貧しいのに、その民がそれらを発明したり出来ると思いますか?」
「…」
命令すれば出来ると思ってましたね。
「では、いまシエラ様が陛下に成り代わったとして、ネイルコードを今より良くすること出来ますか? 皆をより豊かに出来ますか? シエラ様はエイゼル市がアマランカ領より栄えているから遊びに来ているんでしょ? そもそも陛下やアイズン伯爵がどう言う仕事をしているのかちゃんと知っています?」
「…」
黙り込んじゃいましたね。
「上に立つ者は、付いてきてくれる者達の面倒を見る必要があるんですよ。それこそ、貴族も兵も民もまとめて面倒見るのが王なんです。一方的に下の者を使役して富を搾取できるとでも思っているのですか? それで皆が貴方に付いてきてくれると思いますか? そんな治政、反乱を起こされて公開処刑される絵面しか思いつかないですよ」
「しかし…わたしはクライスファーの姉で…」
「シエラ様は、ネイルコードの王族に返り咲いて何がしたかったのですか?」
「何がしたかったって…」
シエラ夫人、目を伏せて俯いてしまいました。面と向かって言われたのは初めてですか?
ネイルコードでの地位を得ることだけ考えていて、その先は黙っていてもバラ色の日々…って考えていたんでしょうが。
そもそも今でも旦那さんの領地で何不自由なく生活しているんでしょ? 何が不満なんでしょう?
生まれの地位の高い人の考えはよく分かりません。私は平民ですので。
あ。陛下達が離れたところで会話を聞いてました。
目が合うと、軽く会釈されました。
シエラ夫人とチャラ貴親子は、しばらく貴族街にあるアマランカ領館の一室に軟禁されて。アルタレス辺境候が慌ててエイゼル市にやって来て引き取っていきました。
旦那さん、先に王都へ寄りそこで陛下の前で平身低頭。その後ファルリード亭で私とタロウさんのところに…は流石にあちこちに迷惑なので。皆でアイズン伯爵邸に呼ばれて、そこでアルタレス辺境候に謝罪されました。
いやまぁアルタレス辺境候、ドクトール君と同じく至ってまともな人だったのがびっくりですが。
「…心労お察ししますが…」
「いやまぁ、アレでも可愛いところがありましてな。寒い日なんか、しっかり着込まないと風邪引くでしょ!と叱ってくれたりなんかもするんですよ。ただまぁ気位は王都にいたころと変わらないようで。領都でも悪くない生活をさせてやれているとは思っているのですが…王都やエイゼル市の繁栄を見るに、これが自分の物になるはずだったなんて考えておるんですよ。…いや違うな。ネイルコード国のような国を制しているすごい人間だと認めて欲しかった…のか」
承認欲求拗らせたタイプですか…
「ネイルコード国の隆盛は、アイズン伯爵の施政をクライスファー陛下が重用した結果だと伺っていますが」
「はい。私もエイゼル市で勉強させていただきましたからな、伯爵の政がそう真似できる物ではないとは理解しております。シエラのは、よくわからないけど自分ならもっと良く出来るってやつです。せめてあれが、もうちょっと施政に興味を持ってくれれば良かったのですが…」
領政で忙しくしていたら、息子の教育が疎かに成り。一人目の孫も気がついたときには手遅れ。二人目が辛うじて間に合って領から出した…ということのようです。
「幼少のころから自尊心は高かったようですな。もっとも亡くなった上の兄二人も相当な物だったとか。そういう環境で、上の兄二人を手玉にとって自分の地位を確保…というのが当時も思惑だったようです。クライスファー陛下の事も、内心では王都を追い出されて文官になった哀れむべき弟…と見ておったようです。おおっと、陛下を馬鹿にしていたわけではないのでしょう、姉弟としてかわいがっていたからこそ見ていられなかったのでしょうな」
悪人ではない。自分の居場所を自分で築きたかった一人の女性だった…ってことですかね?
最初からクライスファー陛下が即位されていたら、仲睦まじい姉弟として王都で暮らしていたのでしょうか。
「まぁ、愚息と愚孫はあれでも読み書き計算は人並みに出来るのです。遅まきながら妻とは距離を取らせ、エイゼル市の領庁に放り込んでドクトールとは別のところで修行させることにしました。すでに別の家に養子として入れていますが、こちらで合格しないようなら、絶縁と爵位剥奪だと言い含めてあります」
チャラ貴1のカマンさん37歳。チャラ貴2のラージュさん20歳。まぁ職業訓練からならまだ間に合うでしょう。
その後、エカテリンさんから細かい話を聞きましたが。本来シエラ夫人は、もっと命の危険を感じた方が良いんだそうです。
三十年ほど前。当時はユルガルム、アマランカ、バッセンベルは独立国で。ネイルコードはバッセンベルと連合を組んで慢性的にダーコラ国とは戦争状態。領土的野心を隠そうともしない当時の国王がクライスファー陛下のお父さんでした。
そこにさらに、クライスファー陛下の上の兄二人が継承権争いをしていたそうで。姉のシエラも結婚前は二人の兄に対して風見鶏で、うまく王になる方に取り入ることで権勢を得ようと立ち振舞っていたそうです。
ところが、先王が病死したとたん、継承権争いが一気に表面化。勢力的に周辺国であるユルガルム、バッセンベル、アマランカを味方に付けた者が有利となりますが、シエラ夫人も自身の婚姻によってこれら勢力の取り込みを考えたと思われるそうです。
当時はユルガルム王であった現在のナインケル・ユルガムル・マッケンハイバー辺境候は既婚。当時のバッセンベル王は既に相当の老齢で、去年亡くなった嫡孫のジートミル・バッセンベル・ガランツは当時はまだ少年。消去法で当時のアマランカ国王コモドロ・アマランカ・アルタレス様に嫁ぐことになりました。
本来、王位争いに他国が参入するとなれば内戦では済みません。各勢力とも周辺国取り込みについてはかなり議論があったそうですが、二人の兄から見ればアマランカに嫁いだ妹のシエルを勢力に取り込めば一気に有利になる…と考えたのは良いのですが。
…長男が次男の手の者に暗殺され。殆ど同時期、次男はこれまた長男の手の者に毒を盛られて死亡。他国に嫁いだ時点でシエラ夫人は王位継承権を放棄しており。消去法ではありますが、当時エイゼル市で文官修行をしていたクライスファー陛下がネイルコード国王に即位…となりました。
クライスファー陛下は、エイゼル市で学んでいたアイズン伯爵の施政をネイルコード国全体に取り入れ一気に国力を上げ。まずは周辺国であったユルガルム国と同盟を組み、共に経済振興に励み後にネイルコードに臣従。
アマランカ国は、嫁いだシエラがネイルコード発展に焦り、隣国であり続けるよりは臣従した方がネイルコード中枢に食い込む機会があるのではと判断。
バッセンベル国は最後まで渋っていたけど、正教国から支援を得たダーコラの逆侵攻に耐えられずにネイルコード国に救援依頼。その時の損害が大きすぎて単独ではダーコラ国からの圧力に耐えられなくなり、やむを得ず臣従。ネイルコード国は一気に大きくなりました。
…ってのが、クライスファー陛下に纏わる部分のネイルコード国の歴史ですね。
内戦を回避して善政を布き周辺国を取り込んで隆盛を極めた名君…なんてのが現在の評判です。
…国王でなくて皇帝でもいいんじゃね?
さて。アマランカ国の国妃…となるはずが辺境候夫人にダウングレードしてしまい。自分が去った後のネイルコード国が一気に発展してしまったことに、シエラ夫人はかなり不満を持っていたそうです。ただ、蝶よ花よと構ってくれるアルタレス辺境候に対しては憎からず思っているようで、そちらの面での確執はなかったのですが。それでもあのネイルコード国の女王と成れたかも…という夢想は、いまだシエラ夫人を放さないようです。
クライスファー陛下の姉ですから、王家の血の濃さというだけならなら息子のチャラ貴1は本来は相当な上位です。他国に嫁いだ上にアマランカがネイルコードに吸収された今、王位継承権を主張は出来ない立場ですが。シエラ夫人から、もしかしたらお前がネイルコードの王に成れたかも…と言い含められ続けていた結果、あんな風になったのだろうとのこと。…馬鹿ではないけど空気が読めない?
クライスファー陛下の雰囲気からは考えにくいですが。当時もし王都に留まったまま王位継承権を主張し続けていたら、殺されていた可能性はかなり高かっただろうとのことです。シエラ夫人が王になったら…というより、彼女を王女に担ぎ上げようという貴族らはどうせ碌でもない奴らでしょうしね。国政が混乱するのは目に見えています。
幸い…かどうか。シエラ夫人はアマランカ領へ嫁ぎ臣籍降下。孫も二人出来たところ、二人目の孫以外は教育に失敗していると気がついたアマランカ辺境候が継承者がおらずに断絶寸前だったアーウィー子爵家に養子に出し。かくて完全にネイルコード王家の臣下扱いになったそうですが… シエラ夫人とチャラ貴達はそのまま領都に住んでいたので、親子関係は従来のままだったようです。
…当時、既にクライスファー陛下はローザリンテ殿下と結婚されてました。アインコール殿下は、エイゼル市の貴族街でお生まれになったそうです。"影"たちは、最初からローザリンテ殿下とクライスファー陛下に付いていたはず…
この陛下の兄二人の自滅からの王位継承の経緯、まさかね? はははは。
まぁ知らない方が良いこともあるってこってす。
・Side:ツキシマ・レイコ
「いい加減にしろ! 姉上っ!」
アイリさんに求婚したチャラ貴2のラージュ様との決闘に見事に勝ったタロウさん。
決闘は無効だ不敬だと、異議を喚く王姉のシエラ辺境候夫人
それを二階から見ていたクライスファー陛下とアイズン伯爵でした。
「決闘において貴族相手だからと剣を向けるななどという言い分が通るかっ! 神聖な決闘を侮辱するのか姉上はっ? さらに、姉上は既にアルタレス辺境候に嫁いだおりに臣籍降下している。今更その孫が王族と名乗ることは叛逆扱いされてもいたしかたないぞっ!」
「は…叛逆っ?! あなた姉に向かってなんてことを…」
王自から叛逆を名指しされることの重大さは理解できるようです。不敬だ処刑だと騒いでいましたが、下手すると連座は抜きにしても自分と子供と孫がまとめて御用となりかねません。
「姉上っ! …私は誰ですか?」
「だ…誰って…」
「私は誰ですか?と聞いているのです。姉上」
「…ネイルコード国国王クライスファー・バルト・ネイルコード陛下です…」
陛下が弟だというのは当たり前です。ここは立場の確認ですね。
シエラ夫人、苦虫潰したような顔で絞り出しています。弟を陛下と呼ぶのがそんなに屈辱的なんでしょうかね?
「そもそも姉上は、私の許可無しにアマランカ領から出ることは能わぬはず。しかし今回が初めてでもないですな、毎回報告が来ておりますぞ。まぁたまにエイゼル市に遊びに来るくらいならと大目に見て放置しておりましたが。どうも私が何も言わないと勘違いされたようですね」
「…そ…それは…」
「アルタレス辺境候の為人に免じて、ここで捕らえるようなことはしますまい。早々に領地に戻られよ」
「…」
…侍従に促されて、とぼとぼと馬車留めの方に戻っていきます。観念したかな?
「タロウ・ランドゥークよ」
剣を脇に置いてテラスに向かって跪いているタロウさんです。
「あの一撃は見事であった。またアイリ殿との婚姻については私も聞き及んで折る。誠にめでたきこと、末永く仲睦まじくすごされよ」
「あっあっありがとうございますっ!」
貴族や騎士のギャラリーの方々がいる前での祝福です。
なるほど。タロウさんとアイリさんの婚約を陛下が公に祝福されたとの話が広まれば、もうケチを付けてくる貴族や商家は無くなるでしょうね。
「うむ。今後もいろいろ期待しておるぞ。はっはっはっはっ」
一件落着ですか? 黄門様。
こういう所がなんかとっつきやすい王様です。
「巫女殿っ!」
訓練場を離れようとしたら、馬車の前からシエラ夫人が声をかけてきました。…陛下に既に制止されているので、護衛騎士さんたちにも緊張が走りますが。
そちらを向くと、凛とした姿で経っているシエラ夫人が立っています。…ちゃんとすれば、それなりに威厳があるお姿ですね。お婆ちゃんなんて言ってごめんなさい。
「なんでしょう? シエラ様」
「巫女殿の噂は多少は聞いております、まぁ噂としてでしたが。あなたは地位や名誉を得たいとは思わないのですか? ネイルコードだけでは無く大陸をも制覇することも出来る知恵と力を持っているという話は、虚偽ではないのでしょう?」
私が陛下やアイズン伯爵にしたがっているのが不思議ですか? 下手に地位が高い人には、そう見えるんでしょうか?
「地位や名誉を得てどうするんですか? 大陸を制覇してどうすると?」
「どうするって…欲しい物はなんでも手に入るでしょう。」
「欲しい物ですか… そうですね。例えば、私が大陸を制覇したら数百人乗せて空を飛ぶ乗り物が手に入りますか?」
「え? …そんなものあるわけないでしょう?」
「例えば、ここにいたまま王都やユルガルム領の人と話が出来る道具とかは? 巨大な図書館の情報をいつでもどこでも瞬時に検索できる道具とかは?」
情報機器の開発…マナ回路を進歩させてコンピューターに昇華させないと行けません。道のりはまだ遠いです。
「…何の話をしているのです?」
「欲しい物が手に入ると仰ったので、欲しい物を出しただけですけど。今例えとして出した物は、私がいた世界では普通にある物で、庶民でも誰もが使える物でした」
「…そんなものが…巫女様の世界にはあるというのですか?」
「実際にこの世界の人がそれを作れるようになるには、まだ何百年もかかるでしょう。でも、私がユルガルム領やマルタリクで行なっていることで、それらが出来る時期は確実に早まりまるでしょう。私はすでに欲しい物のために動いているんですよ。アイズン伯爵やクライスファー陛下は、言わば協力者です。とりあえず、現時点で欲しい物は私は全て手に入れています。もうびっくりするくらい理想的なところですよ?この国は」
「…」
民を支配して搾取するところから脱却できた権力者。ほんとアイズン伯爵は特異点ですね。彼を理解して重用している陛下を初めとする中枢の人達も、私の持つ中世のイメージからすると尋常ではありません。
「まさか王様になったら税率自由自在とか思っていませんか? お金なんかいくらでも領民から搾り取って自分が贅沢できるとか」
「そ…そんなこと…」
「綺麗な服や美味しい食べ物だってそうですよ。人々に生活に余裕があるからこそ、そういうことに手間をかける余地が出来るんです。民が貧しいのに、その民がそれらを発明したり出来ると思いますか?」
「…」
命令すれば出来ると思ってましたね。
「では、いまシエラ様が陛下に成り代わったとして、ネイルコードを今より良くすること出来ますか? 皆をより豊かに出来ますか? シエラ様はエイゼル市がアマランカ領より栄えているから遊びに来ているんでしょ? そもそも陛下やアイズン伯爵がどう言う仕事をしているのかちゃんと知っています?」
「…」
黙り込んじゃいましたね。
「上に立つ者は、付いてきてくれる者達の面倒を見る必要があるんですよ。それこそ、貴族も兵も民もまとめて面倒見るのが王なんです。一方的に下の者を使役して富を搾取できるとでも思っているのですか? それで皆が貴方に付いてきてくれると思いますか? そんな治政、反乱を起こされて公開処刑される絵面しか思いつかないですよ」
「しかし…わたしはクライスファーの姉で…」
「シエラ様は、ネイルコードの王族に返り咲いて何がしたかったのですか?」
「何がしたかったって…」
シエラ夫人、目を伏せて俯いてしまいました。面と向かって言われたのは初めてですか?
ネイルコードでの地位を得ることだけ考えていて、その先は黙っていてもバラ色の日々…って考えていたんでしょうが。
そもそも今でも旦那さんの領地で何不自由なく生活しているんでしょ? 何が不満なんでしょう?
生まれの地位の高い人の考えはよく分かりません。私は平民ですので。
あ。陛下達が離れたところで会話を聞いてました。
目が合うと、軽く会釈されました。
シエラ夫人とチャラ貴親子は、しばらく貴族街にあるアマランカ領館の一室に軟禁されて。アルタレス辺境候が慌ててエイゼル市にやって来て引き取っていきました。
旦那さん、先に王都へ寄りそこで陛下の前で平身低頭。その後ファルリード亭で私とタロウさんのところに…は流石にあちこちに迷惑なので。皆でアイズン伯爵邸に呼ばれて、そこでアルタレス辺境候に謝罪されました。
いやまぁアルタレス辺境候、ドクトール君と同じく至ってまともな人だったのがびっくりですが。
「…心労お察ししますが…」
「いやまぁ、アレでも可愛いところがありましてな。寒い日なんか、しっかり着込まないと風邪引くでしょ!と叱ってくれたりなんかもするんですよ。ただまぁ気位は王都にいたころと変わらないようで。領都でも悪くない生活をさせてやれているとは思っているのですが…王都やエイゼル市の繁栄を見るに、これが自分の物になるはずだったなんて考えておるんですよ。…いや違うな。ネイルコード国のような国を制しているすごい人間だと認めて欲しかった…のか」
承認欲求拗らせたタイプですか…
「ネイルコード国の隆盛は、アイズン伯爵の施政をクライスファー陛下が重用した結果だと伺っていますが」
「はい。私もエイゼル市で勉強させていただきましたからな、伯爵の政がそう真似できる物ではないとは理解しております。シエラのは、よくわからないけど自分ならもっと良く出来るってやつです。せめてあれが、もうちょっと施政に興味を持ってくれれば良かったのですが…」
領政で忙しくしていたら、息子の教育が疎かに成り。一人目の孫も気がついたときには手遅れ。二人目が辛うじて間に合って領から出した…ということのようです。
「幼少のころから自尊心は高かったようですな。もっとも亡くなった上の兄二人も相当な物だったとか。そういう環境で、上の兄二人を手玉にとって自分の地位を確保…というのが当時も思惑だったようです。クライスファー陛下の事も、内心では王都を追い出されて文官になった哀れむべき弟…と見ておったようです。おおっと、陛下を馬鹿にしていたわけではないのでしょう、姉弟としてかわいがっていたからこそ見ていられなかったのでしょうな」
悪人ではない。自分の居場所を自分で築きたかった一人の女性だった…ってことですかね?
最初からクライスファー陛下が即位されていたら、仲睦まじい姉弟として王都で暮らしていたのでしょうか。
「まぁ、愚息と愚孫はあれでも読み書き計算は人並みに出来るのです。遅まきながら妻とは距離を取らせ、エイゼル市の領庁に放り込んでドクトールとは別のところで修行させることにしました。すでに別の家に養子として入れていますが、こちらで合格しないようなら、絶縁と爵位剥奪だと言い含めてあります」
チャラ貴1のカマンさん37歳。チャラ貴2のラージュさん20歳。まぁ職業訓練からならまだ間に合うでしょう。
その後、エカテリンさんから細かい話を聞きましたが。本来シエラ夫人は、もっと命の危険を感じた方が良いんだそうです。
三十年ほど前。当時はユルガルム、アマランカ、バッセンベルは独立国で。ネイルコードはバッセンベルと連合を組んで慢性的にダーコラ国とは戦争状態。領土的野心を隠そうともしない当時の国王がクライスファー陛下のお父さんでした。
そこにさらに、クライスファー陛下の上の兄二人が継承権争いをしていたそうで。姉のシエラも結婚前は二人の兄に対して風見鶏で、うまく王になる方に取り入ることで権勢を得ようと立ち振舞っていたそうです。
ところが、先王が病死したとたん、継承権争いが一気に表面化。勢力的に周辺国であるユルガルム、バッセンベル、アマランカを味方に付けた者が有利となりますが、シエラ夫人も自身の婚姻によってこれら勢力の取り込みを考えたと思われるそうです。
当時はユルガルム王であった現在のナインケル・ユルガムル・マッケンハイバー辺境候は既婚。当時のバッセンベル王は既に相当の老齢で、去年亡くなった嫡孫のジートミル・バッセンベル・ガランツは当時はまだ少年。消去法で当時のアマランカ国王コモドロ・アマランカ・アルタレス様に嫁ぐことになりました。
本来、王位争いに他国が参入するとなれば内戦では済みません。各勢力とも周辺国取り込みについてはかなり議論があったそうですが、二人の兄から見ればアマランカに嫁いだ妹のシエルを勢力に取り込めば一気に有利になる…と考えたのは良いのですが。
…長男が次男の手の者に暗殺され。殆ど同時期、次男はこれまた長男の手の者に毒を盛られて死亡。他国に嫁いだ時点でシエラ夫人は王位継承権を放棄しており。消去法ではありますが、当時エイゼル市で文官修行をしていたクライスファー陛下がネイルコード国王に即位…となりました。
クライスファー陛下は、エイゼル市で学んでいたアイズン伯爵の施政をネイルコード国全体に取り入れ一気に国力を上げ。まずは周辺国であったユルガルム国と同盟を組み、共に経済振興に励み後にネイルコードに臣従。
アマランカ国は、嫁いだシエラがネイルコード発展に焦り、隣国であり続けるよりは臣従した方がネイルコード中枢に食い込む機会があるのではと判断。
バッセンベル国は最後まで渋っていたけど、正教国から支援を得たダーコラの逆侵攻に耐えられずにネイルコード国に救援依頼。その時の損害が大きすぎて単独ではダーコラ国からの圧力に耐えられなくなり、やむを得ず臣従。ネイルコード国は一気に大きくなりました。
…ってのが、クライスファー陛下に纏わる部分のネイルコード国の歴史ですね。
内戦を回避して善政を布き周辺国を取り込んで隆盛を極めた名君…なんてのが現在の評判です。
…国王でなくて皇帝でもいいんじゃね?
さて。アマランカ国の国妃…となるはずが辺境候夫人にダウングレードしてしまい。自分が去った後のネイルコード国が一気に発展してしまったことに、シエラ夫人はかなり不満を持っていたそうです。ただ、蝶よ花よと構ってくれるアルタレス辺境候に対しては憎からず思っているようで、そちらの面での確執はなかったのですが。それでもあのネイルコード国の女王と成れたかも…という夢想は、いまだシエラ夫人を放さないようです。
クライスファー陛下の姉ですから、王家の血の濃さというだけならなら息子のチャラ貴1は本来は相当な上位です。他国に嫁いだ上にアマランカがネイルコードに吸収された今、王位継承権を主張は出来ない立場ですが。シエラ夫人から、もしかしたらお前がネイルコードの王に成れたかも…と言い含められ続けていた結果、あんな風になったのだろうとのこと。…馬鹿ではないけど空気が読めない?
クライスファー陛下の雰囲気からは考えにくいですが。当時もし王都に留まったまま王位継承権を主張し続けていたら、殺されていた可能性はかなり高かっただろうとのことです。シエラ夫人が王になったら…というより、彼女を王女に担ぎ上げようという貴族らはどうせ碌でもない奴らでしょうしね。国政が混乱するのは目に見えています。
幸い…かどうか。シエラ夫人はアマランカ領へ嫁ぎ臣籍降下。孫も二人出来たところ、二人目の孫以外は教育に失敗していると気がついたアマランカ辺境候が継承者がおらずに断絶寸前だったアーウィー子爵家に養子に出し。かくて完全にネイルコード王家の臣下扱いになったそうですが… シエラ夫人とチャラ貴達はそのまま領都に住んでいたので、親子関係は従来のままだったようです。
…当時、既にクライスファー陛下はローザリンテ殿下と結婚されてました。アインコール殿下は、エイゼル市の貴族街でお生まれになったそうです。"影"たちは、最初からローザリンテ殿下とクライスファー陛下に付いていたはず…
この陛下の兄二人の自滅からの王位継承の経緯、まさかね? はははは。
まぁ知らない方が良いこともあるってこってす。
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【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。
西東友一
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えっ、彼との結婚がダメ?
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「じゃあ、家を出ていきます」
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「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
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聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
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『伯爵令嬢 爆死する』
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王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
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