玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第6章 エイゼル市に響くウェディングベル

第6章第012話 納涼怪談

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第6章第012話 納涼怪談

・Side:ツキシマ・レイコ

 ファルリード亭もお昼が過ぎて煩雑も一段落したころ。市場の帰りの奥様方がスィーツを求めて来店します。
 まぁプリンとかケーキはそこそこ値段がしますが。安めのクッキー等と合わせてお茶を飲みつつ小休止していく商会のマダムが増えています。
 ファルリード亭では、厨房拡張に合わせてスィーツ類の厨房も仕立ててあります。お持ち帰りの人も多いので、こちらもフル稼働です。

 「…セレブロさん、ご苦労さまです」

 「………ガウ」

 店に入ってすぐのところ、宿屋のフロントの前には毛布が敷かれて、そこにはセレブロさんがのんびり寝転がっている…はずなのですが。当のセレブロさんはまるでチベットスナギツネの様な表情をしています。

 セレブロさんの周囲には、マダムらの連れの子供らが群れています。首筋やお腹に埋もれたり、尻尾にくるまったり。嫌がることや痛がることはしないという言いつけは守られているようですが、子供五人くらいとセレブロさんが完全に団子ですね。
 お母さん方はお茶会。子供達はモフモフとお昼寝。いい住み分けです。
 まぁ、セレブロさんが本気で嫌がったらいくらでも振り切れるでしょうけど。ほんと我慢強い子ですね。

 あ…猫も混ざっている。というか首筋のもふもふに埋もれていました… カーラさんの世話していた猫ですね、この子達。火事でどこか行ってしまったかとちょっと心配していましたが。無事こちらにも居着いてくれたようです。

 ちなみに、子供達がたむろしそうな場所を区切ってマルタリクで試作した積み木なんかも置いておきます。
 そのままじゃ遊び方が分からないでしょうから、いくつか出して柱の上に三角乗せてで簡単なお家っぽいものとかを作っておきます。あとは目ざとい子供達が見つけて、やり方を教えなくても遊びかたを見つけるわけです。
 …まぁ、お家でお父さんがねだられて廃材で積み木を作っても黙認しますよ。子供の玩具に難癖付けたりはしません。


 うーん、外はちょっと暑い日ですね。ファルリード亭の食堂はクーラーのおかげで繁盛です。
 エアコンがあるとなると居座る客が多そうですが。基本的にお仕事でエイゼル市に寄った時の宿泊が主目的のお客が多いので、だいたいは食事が済んだらさっさと出かけますから、朝昼の食事時の回転率はさほど悪くないのです。
 その他の時間は…まぁさすがに、1オーダー1時間というルールを決めました。場所代くらいは払って貰わないとね。
 自由に使えるリバーシとか将棋も置いてありますので、知っている人なんかが休憩がてらプレイしています。だれかが始めると、それを見る人が周りにたむろします。はい、宿のフロントのところでカーラさんが簡易タイプを売っていますので、興味があったら是非買ってって下さいね。

 夜も結構混雑します。
 今日は、日中の暑さと客の多さでクーラーがちょっと追いついていないですね。それでもクーラー無しよりはずっとマシですが、うちわがサービスで貸し出されています。冷たいエールも大量消費です。樽を多めに冷蔵倉庫に入れといて良かったですね。

 「うーん、贅沢だとは分かってるんだが、もちっと涼しくならないかな?」

 飲みに来ているおじさんからオーダーを受けたときに話しかけられました。

 「クーラーの性能向上は今後の課題ですね、すぐにはなんとも。そうですね…こっちでは、納涼の怪談とかないの? 恐い話ってやつ」

 「ん? ああなるほど、怖ければ暑さが気にならないってやつか。まぁ進んで怖い話をするってやつはあまり居ないけどな。自分が呪われるとかで」

 なるほど。霊の話をすると霊が寄ってくるってやつですね。

 「レイコちゃん、なんかいいお話あるの?」

 別のテーブルのオーダーを受けに来たモーラちゃんが聞きます。
 私は霊とか基本的には信じていないし。ホラー映画ってほら、基本的に恐いってよりびっくりするだけでしょ? 心底恐いってのは、私自身にはあまりないけど。高校生の頃に学校のキャンプの余興として覚えた話がいくつかありますね。
 あ、でもあの話は、恐いってより、気がついたらゾッとしたかな。

 「怖いかどうかはともかく。お父さんに聞かせて貰った話で、一つ面白いのがあるわよ。聞きたい?」

 「聞きたいっ聞きたいっ!」

 ってことで、一席怪談の講壇となりました。皆が聞こえるように食堂の真ん中辺の席を宛がわれます。
 陶器のカップを一つ用意して貰って。膝抱っこしているレッドさんが自前のスプーンでカップを叩いて。

 チーン…

 飲み屋の喧噪が収まって、皆が耳を傾けています。では始めましょう。

 とある登山家四人が、登山途中に山が吹雪き始め。このままでは遭難してしまう!というところで、夕暮れ間際に運良く山小屋にたどり尽きました。ただ、焚木もなく明かりもなく。外よりはマシとは言え、このまま寝ようものなら凍死してしまいます。

 「寒いところで寝ると死ぬってのは、知っている?」

 「ああ、山の村に居たときには、その辺教えられたよ。寒いところで寝てしまうと、急速に体の熱が奪われるとかで」

 ミオンさんが答えてくれます。はい、それですね。

 「その時一人が思い出します。何年か前この山で遭難した人が居たという話。山小屋で一人凍死していたそうです。まさかこの山小屋が…と訝しんでは見ましたが。いくら不気味に感じても、この吹雪の中で今ここを出ることは自殺行為です」

 うん、皆真剣に聞いていますね。

 真っ暗の小屋の中で、四人は寝ないですませる方法を考えます。部屋の四隅に一人ずつ立って、一人が隣の隅まで歩いて行って、そこに居る人が寝ていないかを確認します。今度は確認された人が隣の隅まで歩いて行きます。これを一晩中繰り返すというわけです。
 「なるほど。動き続けるのは疲労が溜まるけど、寒い中でじっとしているよりはマシなのか。これならなんとか起きていられるかな?」

 「はい。その提案通り、真っ暗な小屋の中で壁を手探りで歩いては隣の隅の人が寝ていないかを確認し、それを繰り返しました。吹雪はいつの間にか収まり、やがて朝を迎え、扉の隙間から光が漏れてきます。小屋を出た四人は、疲労困憊しながらもなんとか麓にたどり着き、無事助かることが出来ましたとさ。おしまい」

 「え? それで終わりか?」

 「うん、終わり」

 「えっ?えっ? どこが怪談なの?」

 ふふふ。まぁ最初は気がつかないでしょうね。と細く笑んでいたら。

 「ひゃ~~っ!」

 とモーラちゃんが叫びました。

 「分かっちゃったっ! 分かっちゃったっ! あ~っ! 鳥肌立つっ!さぶいさぶいっ!」

 おお、モーラちゃんが最初に気がつきました。流石才女!

 「えっ?どういうことだ?」

 と分からない客達がざわつき始めます。気づいた人居ませんか? まだいませんね?

 「解答編は、皆さんもう一品ずつ注文してからね、ここは食堂なので。気づいた人はもうちょっと黙っていてくださいね」

 アライさんが注文取りに回りますよ。ちなみにこの怪談は、アライさんはピンときていないようです。

 さて。皆さん一通りエールなり一品料理が行き渡ったところで、解答編です。
 まぁやることは簡単なことで。実際にやってみれば良いのです。
 希望者を4人立たせ、隣の人にタッチする…を再現します。一人目が動き始めたところで、「あっ!」と気がつく人が結構出ました。
 一回りすると…最初のところに人はいませんよね。

 「おいっ! それをやるのには5人必要じゃねぇか! じゃあ話の奴らはどうやってそれを続けていたんだ?」

 いるはずのない五人目。これがこの話の肝です。

 「山小屋で亡くなった人が、彼らを助けてくれたのでは?とか。寒さで参っていた彼らが幻覚でも見ていたのではとか。いろいろ解釈はあるけど。私が子供のころにはもう有名な話でしたね」

 おい。今も子供だろ?って言ったのは誰だ?

 「…なるほどなぁ。でもこれは、一度気がついたら二度驚くのは無理か…」

 「というわけで。皆さんもこの話はあまり吹聴せずに。ここぞと言うときにお披露目して下さいね」

 パチパチパチと拍手をいただきました。

 「まぁ本気で恐い話はまた別にありますけど、まだ暑い人います?」

 「………」


 :::


 「やめろっ! 俺の後ろを見るなーっ! 居ないぞ!何も後ろには居ないぞ! おいおまえっ!わざとやってるだろっ!」

 「おいおい… これから夜道を家へ帰らないといけないんだぞっ! どうすんだよこれ」

 「おーいっ! 六六に帰る奴、一緒に固まって帰ってくれっ! 夜道が恐すぎるっ!」

 「おかーちゃーんっ!」

 ちょっとしたパニックです。
 はい。「帰るのが夜になりましてね。もう春なのにおかしぃな~ なんか冷たい風が流れてくるなぁ~ と思っているとですね…」ってな口調で、昔覚えた怪談を披露してみました。

 まぁこちらにある怪談と言っても、昔話的な御伽噺がいいところでして。人を恐がらせる、驚かせるに特化したお話は皆無のようです。効果は覿面でした。
 モーラちゃんがいつの間にか私の服の裾を掴んでます。

 「みんな~ 最初にも言ったけど、作り話だからね今のはっ」

 物語に登場する人物団体は実在しません…ってやつです。

 「そ…そうだな、作り話だったな… 俺の後ろには誰も居ない誰も居ない誰も居ない… って貴様見るなって言ってるだろっ!」

 「分かっちゃいるけど…だめだ、俺には夜道を一人で帰る勇気はない…」

 「さっきの奴っ! 俺も六六だから一緒に帰ってやってもいいぞっ! いや、お願いします、ぜひ一緒に帰って下さい」

 「おかーちゃーんっ!」

 どこまで真面目に恐がっているのか、わかんなくなってきましたけど。…まぁウケたということでよろしいのではないでしょうか?
 モーラちゃんが私の側を離れません。本気で恐がっていますねこれは。

 「モーラちゃん、今夜は一緒に寝てあげるから。寝る前のトイレも付いてってあげる」

 「ほんと? うんっ!今夜は一緒に寝るっ!」

 「ほんとほんと。寝付くまでなんかお話ししてあげる。…別の恐い話なんてどう?」

 …モーラちゃんにシャーッ!ってされました、シャーッ!って。



 「もっと簡単に肝を冷やすこともできるんですけどね」

 「…なんか恐いけど一応聞いておくわ。どんなの?」

 ミオンさんが食いついてきました。まだ足りませんか?

 「すみませんっ! 誰か剣を持ってたら貸してくださいっ!」

 「おお、護衛の帰りだからな俺が持ってるぜ。何に使うんだい?」

 護衛職の方から、両刃のショートソードをお借りしました。

 「それでは。暑さを瞬間忘れられる芸を一つ」

 剣を鞘から抜いて。右手で柄を。左手で刃の部分をぎゅっと掴みます。

 「「「えっ?」」」

 そして

 スランッ!

 剣を左手から引き抜きます。

 「わーーーーっ!」「きゃーーーーっ!」

 あちこちからびっくりした人の叫びが聞こえますが。
 指は落ちてないよと、左手をひらひらします。

 「レイコちゃんが怪我しないってのは知ってるけどっ!。こんな暑さの忘れ方、なんかいやよっ?!」

 …なんか不評でしたね。ごめんなさい。

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