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第6章 エイゼル市に響くウェディングベル
第6章第011話 チャラ貴の血族その二
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第6章第011話 チャラ貴の血族その二
・Side:ツキシマ・レイコ
海水浴の次の日です。
…皆さん、日焼けで大変かと思ったのですが。こちらの太陽は地球の太陽より少し小さいせいか紫外線量が少ないようですね。 もしかしたらこちらの人が紫外線に強い肌というのもあるのかもしれませんが。多少焼けた程度で済んでいます。
今日は私もファルリード亭でお手伝いですよ。…と思っていたら。
「祖母と父と兄が大変失礼いたしました!」
ファルリード亭の食堂にやってきた文官風のお兄さん。頭を下げているのは、ドクトール・トラン・アーウィー。エイゼル領の東隣り、アマランカ領の領主であるコモドロ・アマランカ・アルタレス辺境候のお孫さんです。
…チャラ貴1の息子で、チャラ貴2の弟ですね。まだ高校生くらいに見えます。
さすがにここで土下座はしないですね。お店の中で貴族に土下座されたら、それはそれで困りますが。机に頭を擦りつけんが如くです。
チャラ貴2が来た後、ちょっと話を聞きました。エカテリンさん、こういうことに詳しいのです。
三十年前の政変で、クライスファー陛下の兄二人が死亡。風見鶏で両方煽っていた姉のシエラ王女は、夫の領地であるアマランカに蟄居。まぁ、アルタレス辺境候に嫁いだ時点ですでに臣籍降下しているのですが…本人は未だに王位継承権三位のつもりなんだとか。
年始の宴で絡んできたのが、息子のカマン・エバッハ・アーウィー、チャラ貴1。ドクトールさんの父親ですね。
先日、アイリさんに求婚して来たのがラージュ・トラン・アーウィー、チャラ貴2。こちらはドクトールさんの兄です。
で今、目の前で頭を下げているのが、ドクトール・トラン・アーウィー15歳。彼もイケメンと言って良いでしょうが、チャラくないです。真面目そうな雰囲気ですね。
今日のファルリード亭常駐の"影"はケールさんです。彼は、ダーコラ国で王都に入った私に接触してきた人ですね。ケールというのは11という意味があります。
「レイコ殿。ドクトール殿はブライン様の許可状を持って来ておりまして。この方なら問題はないだろうと言うことでお連れしました」
「許可状?」
なんでブライン様の許可?と思ったのですが。
「ドクトール殿は、エイゼル市で文官をされているのです」
「…なんというか、他のご親族と比べると真逆な気質のような…」
「お恥ずかしながら。祖母シエラは未だに自分がまだ王族…王位継承権を持った王女という意識が抜けず。話を聞くに、本来なら三十年前に粛正されていてもおかしくなかったのですが…」
「アルタレス辺境候はそのような野心は皆無で、しかも領政においてはなかなか優秀な方でして。シエラ様の連座はもったいないということで、シエラ様を領に軟禁という形で許されたのです」
ケールさんが説明してくれます。
あの陛下が粛正をするかは妖しいけど…ローザリンテ殿下だとあり得る? まぁ女性だから見逃されたってのはあるかも。
「領に籠もってからも祖母のあれは収まらず。父カマンと兄ラージュは、真正面からその影響を受けてしまいまして。権力志向といいますか…内心は自分たちも王族だと思っているんですよ。ふだんは碌に領政を顧みず散財しようとするばかりで。それが原因で子爵家に婿に入ったにも関わらず、あれらに任せたら領政は崩壊してしまいます。税率が国の法で定められていなかったら、ほんとどうなっていたか。領地は現在、祖父がまだ見ておりますが、父があれでは継がせるわけにも行かず。私が次期アマランカ辺境候候補としてエイゼル市に施政の修行に来ているわけでして…」
「それだと、父君や兄君が黙っていないのでは? 裏切り者扱いされそうですけど」
「ははは。私がエイゼル市の施政の秘密を探ってくるためにエイゼル領庁に潜り込んでくると言ったら、そのまま信じてましたよ。まぁ施政の秘密を探るってのは、嘘ではないですからね。ほんといろいろ勉強させていただいています。実はすでに陛下から次代辺境候となる御免状はいただいてまして。時期が来たら、父と兄には隠居していただくことになりますね」
なんか乾いた笑顔のドクトール様。
まだ若いのに、苦労してんだねぇ… 応援したくなりましたよ。
「レイコ様には、我が領も大変お世話になっております。特にあの"紙"の製法、よくぞ我が領にもたらしてくれました」
まぁ正確には、紙の材料がアマランカ領に沢山あると言うだけで、紙がアマランカの産業となったのは偶然ではあるのですが。
アマランカ領では既に、材料が紙の増産を始めてまして。この地方の水辺に山ほど生えている葦(ヨシ)に似た植物が、紙の材料として適していたと言うのもありますが。まぁほっといても毎年大量に生えてくるので。生える場所の保護さえしておけば良いというのも簡単です。広大と言ってよい湖沼に川船で刈りに行っては、工場で煮詰めてほぐして漉いて乾かして。
工場も増築&拡張中ですが、場所も人手もまだまだ必要になりそうとのこと。
もちろん、地球での紙に比べればまだまだ高価ではありますが。羊皮紙では難しいポスターサイズの紙も作れるようになり。商会の事務用より先に、マルタリクではあっという間に図面用等に欠かせない物になっています。
「あの紙は、国からの輸出も見込めるアマランカ領の一大産業になるでしょう。今までは目立った特産物もなく、エイゼル領に習って農業と木材加工の生産輸送の効率化くらいしか出来ることがなかったのですが。本当に感謝してもしきれないくらいです」
ともかく。領主や自分には敵対や謀事をする意思は皆無ですので今後ともよろしく…という感じで、ドクトールさんは帰っていきました。
お母さん…チャラ貴1の子爵夫人ですね、その方が嫁姑問題で疲れてこちらに同居しているとかで、おみやげにファルリード亭でプリンを買っていきました。日持ちしないので今日中に召し上がってくださいね。あと今度、お母さんと銭湯に入りに来て下さいな。
正教国から帰ってきて。新居と新ファルリード亭と銭湯の建設の手配も終わって。
新ファルリード亭の一室に住みつつ、毎週だいたい決まったルーチンで過ごすことが多くなりました。
月曜日から水曜日は、開発物の進捗状況の確認やらアドバイスやらでマルタリクに詰めてます。
ユルガルム領の方での開発状況の報告も聞かせて貰います。向こうは、エアコンの心臓部である冷却器の量産でてんてこ舞いのようですね。エルセニム国からのマナ技師の増員を待ち望む声が大きくなっていますが。アイズン伯爵はどうも、その冷却器の生産拠点をエルセニム国の方にも作ろうと考えているようです。まぁマナ技師の人達にとっては、住み慣れた国の方が良いでしょうからね。
冷蔵庫の箱の方の製造と最終組立はマルタリクの担当、木材はアマランカ領から調達です。完成品の冷蔵庫をユルガルム領から運んでくるよりは効率的ですね。
あと、マルタリクの職人さんに手伝って貰いながら、いろいろ小物とかの製作をしています。いろいろも思い至って、長い猫みたいな抱き枕とか。模型の飛行機を素材や大きさを変えて色々試作とか、眼鏡とか。アイデアを伝えるだけの物もありますが、いろいろ試しています。若い職人さんなんかが研鑽のためにいろいろ手伝ってくれています。
たまに、アイリさんところで服のデザインなんかも打ち合わせ。まぁデザインがというよりは、地球の服の便利なところをこちらの社会にも…という感じです。貝製のボタンなんかはもう貴族の間で広まり始めていますよ。
あっと。娯楽についてもいろいろ聞かれています。リバーシは今だに売れ続けているようで。これは他国にも輸出したのですが、速攻でコピー品が出ているそうです。…まぁ簡単に作れますからね。
ただまぁ所詮は娯楽用品なので、元祖を主張されない限りは大目に見ますが。商会レベルで大々的にコピーした件がいくつかあり、流石にそれはその国に抗議しました。国レベルで抗議が入ったら、向こうも無視は出来ませんし、無視するようなら国単位で付き合いを考える必要があるでしょう。
次なる娯楽…将棋あたりが簡単だろうと作ってみました。木の板を切って文字書くだけですしね。
最初は、こちらの国の言葉で"国王""金将軍""銀将軍"とか書いていましたけど。私が漢字で書いたバージョンを作ると、なんかやけに受けまして。赤竜神のオリジナル将棋として高級品扱いです。筆で漢字を書いたのって、何年ぶりかしら?
チェスも紹介してみたのですが、コマを作るのが大変ですので将棋の駒で再現してみましたけど。平らな駒でチェスはちょっと味気ないですね。ルールは似てますので、駒の数が多い、盤面が広い、獲った駒を再利用できる、この辺でゲーム性がより高いと将棋の方が採用されました。駒の動き方とルールを書いた版画押しの説明書がつきます。
…でも私は、将棋は余り経験がありません。ルールは知っていますし、漫画とかは読んでましたけど、居飛車だ穴熊だとか聞いたことはあってもさっぱりです。
…試作品のテストプレイはレッドさんにお願いしましょう。彼に勝てることが人類の目標です。
娯楽…というか、積み木なんかも。考案というよりは提案ですね。子供のそういう玩具ってこちらにはほとんど無いんです。まぁ子供にそういう物をわざわざ買い与えるという考えが無いと言いますか余裕が無いと言いますか。玩具買うくらいなら服とか靴とか買い与えるそうです。
五十センチ四方くらいの板に線を引いて積み木のいろんな形に切り出して貰います。ヤスリがけで角は丸くしますよ、危なくないように。箱も用意して貰って、お片付けにはそこにぴったり填めて貰います。これだけでもパズルゲームですね。積んで学んで、しまって学んで。知育玩具とはこういう物です。
あと、十センチ正方の板に、こちらの文字を一つずつ書いていって。さらに数字と基本的な象形文字も。裏にはその文字が象徴するような絵を描いて。基本文字と数字と、知っておいた方が便利な象形文字。遊んで文字も学べます。積み木はともかく。文字積み木の方は、絵を描く手間がある分高級品扱いですが。ステンシルとかで安く印刷できないかな? 手間がかかっても富裕層には売れるでしょうし。絵や文字を書く仕事として六六にも寄与しそうです。こちらも生産を検討して貰います。商売になるかは、アイリさんやタロウさんの領分。
「うち、衣料品の商会なんだけど…」
木曜日、ダーコラ国との国境の三角州で土木工事です。レイコバスターで技師さんに指定されたところを吹き飛ばすだけの簡単なお仕事。
エイゼル市を出発するのは早朝になってしまいますが、全速力で走れば十時くらいには到着。午前のドカン、お昼休み、午後のドカン、も一つドカン。また来週ということで、エイゼル市へ帰還というパターンです。
川の流れを阻害していた丘や岩を破壊したり、曲がりくねった川をクレーターで繋げたり。崖を崩して余分な流れを堰き止めたりなど。河の流れを整えて、増水期に反乱が起きないようにしていきます。
よく漫画とかには、超絶魔法放ったら飛跡に合わせて大地が真っ直ぐ抉ぐられて…なんて描写がありますが、あれは無理です。
そうですね、月面クレーターが良い例でしょうか。隕石が真正面から当たろうが斜めから当たろうが、クレーターはまん丸です。当たったその場で運動エネルギーを解放して、当たった角度に関係なく同心円状に爆発しますから。
レイコバスターも同じような物で、どんなに出力上げたところで、ドリルのように直線上に抉ぐることは出来ません。クレーターがでかくなるだけです。真っ直ぐ穿つには、体積と質量と運動量が必要です。
面倒ではありますが、丸い穴単位で施工していくしかないのです。
目標としては、三角州にでかい川一本、灌漑のための支流を沢山…という感じで流れを整理していく予定です。将来的には堤も必要でしょうね。
現場とエイゼル市との行き来のおりには、エイゼル市とサルハラの街の間で書簡の類いもついでに運んだりしてまして、これも地味に感謝されています。速達レイコ便。
ちなみに三角州の爆破がないときには、付近の街道工事の方でワッショイです。
金曜日、貴族街のアイズン伯爵邸の一室を借りて、賢者院からやって来た人を相手に講義です。
今後の探究の指針となるメタ情報、彼らが独自に発見した知見についての解説等々。さっそく顕微鏡で血球を発見してましたよ。
あと、物理と数学の基礎ですね。コッパーさんが言っていたいわゆる"数字を突つく人達"は、自分たちの探求がどのように役に立つのか道筋を照らされて大喜びです。ただまぁ、数字が扱えるようになると次に求められるのが計測。長さ、重さ、時間、これらをいかに正確に計るか、基準をどうするか。王都の研究室では、"今できること"について喧々諤々だそうです。
「目標は定まっているのに、歩みは遅々。歯がゆいな…」
すでに何百年分も針を進めているんですよ。贅沢は言わずに、一歩々々地道に行きましょう。
土曜日と日曜日。休みというか、ファルリード亭の食堂でだべっているというか。料理の試作をしたり、繁盛時にはウェイトレスしたり。
ファルリード亭では、元ギルドの食堂部分の拡張が終了して、厨房が4つもあるフードコートとして開店しました。
ファルリード亭だけでは日替わりで定期的に出していたメニューも、複数の食堂が並列で動き始めたので、だいたいいつでも食べられるようになりました。需要に応じて、厨房の調理場所や人手は臨機応変に対応できますので。人気メニューが偏っても大丈夫ですよ。
最初はそれこそ、フライやらビザやらパスタやらハンバーガーが大人気でしたが。皆さんジャンクフードも一周したころになると、もっと大人しいメニューも売れ始めました。
すでに魚の煮つけは人気ですが。照り焼きなんかも適度に油が落ちていて、重たい物が辛い歳の方や女性にも人気です。
あと、食育ということてサラダセットの推奨と減塩。健康メニューは、その辺が気になる人がリピーターとなっておりますが。まぁ若い人がボリューム優先なのは地球と同じですね。
フードコートと言ってもセルフではないのでウェイトレスは必須です。雇った人も増えました。
女性はメイド服、男性はエプロンを支給していますが、本人からも客からもなかなか評判がよいですね。うーん、メイド喫茶…本当にカルマ商会の方に提案してみましょうか?
…マーリアちゃんが給仕に入る日は、なんか普段より混んでいるような気がしないでもないですね… 固定ファンが付いているのでしょうか? マーリアちゃんが手伝う日は決まっているわけではないのですが…どこかに情報網でもありそうです。
アライさんも大人気です。頭撫でる人が多いですね、丁度良い高さですし。普通に料理をトレーで運ぶのが難しいので、アライさん専用のキッチンワゴンも作ってもらいました。ワゴン押すアライさんの姿もキュートです。
「ヒャー。おまちとうさまてす」
・Side:ツキシマ・レイコ
海水浴の次の日です。
…皆さん、日焼けで大変かと思ったのですが。こちらの太陽は地球の太陽より少し小さいせいか紫外線量が少ないようですね。 もしかしたらこちらの人が紫外線に強い肌というのもあるのかもしれませんが。多少焼けた程度で済んでいます。
今日は私もファルリード亭でお手伝いですよ。…と思っていたら。
「祖母と父と兄が大変失礼いたしました!」
ファルリード亭の食堂にやってきた文官風のお兄さん。頭を下げているのは、ドクトール・トラン・アーウィー。エイゼル領の東隣り、アマランカ領の領主であるコモドロ・アマランカ・アルタレス辺境候のお孫さんです。
…チャラ貴1の息子で、チャラ貴2の弟ですね。まだ高校生くらいに見えます。
さすがにここで土下座はしないですね。お店の中で貴族に土下座されたら、それはそれで困りますが。机に頭を擦りつけんが如くです。
チャラ貴2が来た後、ちょっと話を聞きました。エカテリンさん、こういうことに詳しいのです。
三十年前の政変で、クライスファー陛下の兄二人が死亡。風見鶏で両方煽っていた姉のシエラ王女は、夫の領地であるアマランカに蟄居。まぁ、アルタレス辺境候に嫁いだ時点ですでに臣籍降下しているのですが…本人は未だに王位継承権三位のつもりなんだとか。
年始の宴で絡んできたのが、息子のカマン・エバッハ・アーウィー、チャラ貴1。ドクトールさんの父親ですね。
先日、アイリさんに求婚して来たのがラージュ・トラン・アーウィー、チャラ貴2。こちらはドクトールさんの兄です。
で今、目の前で頭を下げているのが、ドクトール・トラン・アーウィー15歳。彼もイケメンと言って良いでしょうが、チャラくないです。真面目そうな雰囲気ですね。
今日のファルリード亭常駐の"影"はケールさんです。彼は、ダーコラ国で王都に入った私に接触してきた人ですね。ケールというのは11という意味があります。
「レイコ殿。ドクトール殿はブライン様の許可状を持って来ておりまして。この方なら問題はないだろうと言うことでお連れしました」
「許可状?」
なんでブライン様の許可?と思ったのですが。
「ドクトール殿は、エイゼル市で文官をされているのです」
「…なんというか、他のご親族と比べると真逆な気質のような…」
「お恥ずかしながら。祖母シエラは未だに自分がまだ王族…王位継承権を持った王女という意識が抜けず。話を聞くに、本来なら三十年前に粛正されていてもおかしくなかったのですが…」
「アルタレス辺境候はそのような野心は皆無で、しかも領政においてはなかなか優秀な方でして。シエラ様の連座はもったいないということで、シエラ様を領に軟禁という形で許されたのです」
ケールさんが説明してくれます。
あの陛下が粛正をするかは妖しいけど…ローザリンテ殿下だとあり得る? まぁ女性だから見逃されたってのはあるかも。
「領に籠もってからも祖母のあれは収まらず。父カマンと兄ラージュは、真正面からその影響を受けてしまいまして。権力志向といいますか…内心は自分たちも王族だと思っているんですよ。ふだんは碌に領政を顧みず散財しようとするばかりで。それが原因で子爵家に婿に入ったにも関わらず、あれらに任せたら領政は崩壊してしまいます。税率が国の法で定められていなかったら、ほんとどうなっていたか。領地は現在、祖父がまだ見ておりますが、父があれでは継がせるわけにも行かず。私が次期アマランカ辺境候候補としてエイゼル市に施政の修行に来ているわけでして…」
「それだと、父君や兄君が黙っていないのでは? 裏切り者扱いされそうですけど」
「ははは。私がエイゼル市の施政の秘密を探ってくるためにエイゼル領庁に潜り込んでくると言ったら、そのまま信じてましたよ。まぁ施政の秘密を探るってのは、嘘ではないですからね。ほんといろいろ勉強させていただいています。実はすでに陛下から次代辺境候となる御免状はいただいてまして。時期が来たら、父と兄には隠居していただくことになりますね」
なんか乾いた笑顔のドクトール様。
まだ若いのに、苦労してんだねぇ… 応援したくなりましたよ。
「レイコ様には、我が領も大変お世話になっております。特にあの"紙"の製法、よくぞ我が領にもたらしてくれました」
まぁ正確には、紙の材料がアマランカ領に沢山あると言うだけで、紙がアマランカの産業となったのは偶然ではあるのですが。
アマランカ領では既に、材料が紙の増産を始めてまして。この地方の水辺に山ほど生えている葦(ヨシ)に似た植物が、紙の材料として適していたと言うのもありますが。まぁほっといても毎年大量に生えてくるので。生える場所の保護さえしておけば良いというのも簡単です。広大と言ってよい湖沼に川船で刈りに行っては、工場で煮詰めてほぐして漉いて乾かして。
工場も増築&拡張中ですが、場所も人手もまだまだ必要になりそうとのこと。
もちろん、地球での紙に比べればまだまだ高価ではありますが。羊皮紙では難しいポスターサイズの紙も作れるようになり。商会の事務用より先に、マルタリクではあっという間に図面用等に欠かせない物になっています。
「あの紙は、国からの輸出も見込めるアマランカ領の一大産業になるでしょう。今までは目立った特産物もなく、エイゼル領に習って農業と木材加工の生産輸送の効率化くらいしか出来ることがなかったのですが。本当に感謝してもしきれないくらいです」
ともかく。領主や自分には敵対や謀事をする意思は皆無ですので今後ともよろしく…という感じで、ドクトールさんは帰っていきました。
お母さん…チャラ貴1の子爵夫人ですね、その方が嫁姑問題で疲れてこちらに同居しているとかで、おみやげにファルリード亭でプリンを買っていきました。日持ちしないので今日中に召し上がってくださいね。あと今度、お母さんと銭湯に入りに来て下さいな。
正教国から帰ってきて。新居と新ファルリード亭と銭湯の建設の手配も終わって。
新ファルリード亭の一室に住みつつ、毎週だいたい決まったルーチンで過ごすことが多くなりました。
月曜日から水曜日は、開発物の進捗状況の確認やらアドバイスやらでマルタリクに詰めてます。
ユルガルム領の方での開発状況の報告も聞かせて貰います。向こうは、エアコンの心臓部である冷却器の量産でてんてこ舞いのようですね。エルセニム国からのマナ技師の増員を待ち望む声が大きくなっていますが。アイズン伯爵はどうも、その冷却器の生産拠点をエルセニム国の方にも作ろうと考えているようです。まぁマナ技師の人達にとっては、住み慣れた国の方が良いでしょうからね。
冷蔵庫の箱の方の製造と最終組立はマルタリクの担当、木材はアマランカ領から調達です。完成品の冷蔵庫をユルガルム領から運んでくるよりは効率的ですね。
あと、マルタリクの職人さんに手伝って貰いながら、いろいろ小物とかの製作をしています。いろいろも思い至って、長い猫みたいな抱き枕とか。模型の飛行機を素材や大きさを変えて色々試作とか、眼鏡とか。アイデアを伝えるだけの物もありますが、いろいろ試しています。若い職人さんなんかが研鑽のためにいろいろ手伝ってくれています。
たまに、アイリさんところで服のデザインなんかも打ち合わせ。まぁデザインがというよりは、地球の服の便利なところをこちらの社会にも…という感じです。貝製のボタンなんかはもう貴族の間で広まり始めていますよ。
あっと。娯楽についてもいろいろ聞かれています。リバーシは今だに売れ続けているようで。これは他国にも輸出したのですが、速攻でコピー品が出ているそうです。…まぁ簡単に作れますからね。
ただまぁ所詮は娯楽用品なので、元祖を主張されない限りは大目に見ますが。商会レベルで大々的にコピーした件がいくつかあり、流石にそれはその国に抗議しました。国レベルで抗議が入ったら、向こうも無視は出来ませんし、無視するようなら国単位で付き合いを考える必要があるでしょう。
次なる娯楽…将棋あたりが簡単だろうと作ってみました。木の板を切って文字書くだけですしね。
最初は、こちらの国の言葉で"国王""金将軍""銀将軍"とか書いていましたけど。私が漢字で書いたバージョンを作ると、なんかやけに受けまして。赤竜神のオリジナル将棋として高級品扱いです。筆で漢字を書いたのって、何年ぶりかしら?
チェスも紹介してみたのですが、コマを作るのが大変ですので将棋の駒で再現してみましたけど。平らな駒でチェスはちょっと味気ないですね。ルールは似てますので、駒の数が多い、盤面が広い、獲った駒を再利用できる、この辺でゲーム性がより高いと将棋の方が採用されました。駒の動き方とルールを書いた版画押しの説明書がつきます。
…でも私は、将棋は余り経験がありません。ルールは知っていますし、漫画とかは読んでましたけど、居飛車だ穴熊だとか聞いたことはあってもさっぱりです。
…試作品のテストプレイはレッドさんにお願いしましょう。彼に勝てることが人類の目標です。
娯楽…というか、積み木なんかも。考案というよりは提案ですね。子供のそういう玩具ってこちらにはほとんど無いんです。まぁ子供にそういう物をわざわざ買い与えるという考えが無いと言いますか余裕が無いと言いますか。玩具買うくらいなら服とか靴とか買い与えるそうです。
五十センチ四方くらいの板に線を引いて積み木のいろんな形に切り出して貰います。ヤスリがけで角は丸くしますよ、危なくないように。箱も用意して貰って、お片付けにはそこにぴったり填めて貰います。これだけでもパズルゲームですね。積んで学んで、しまって学んで。知育玩具とはこういう物です。
あと、十センチ正方の板に、こちらの文字を一つずつ書いていって。さらに数字と基本的な象形文字も。裏にはその文字が象徴するような絵を描いて。基本文字と数字と、知っておいた方が便利な象形文字。遊んで文字も学べます。積み木はともかく。文字積み木の方は、絵を描く手間がある分高級品扱いですが。ステンシルとかで安く印刷できないかな? 手間がかかっても富裕層には売れるでしょうし。絵や文字を書く仕事として六六にも寄与しそうです。こちらも生産を検討して貰います。商売になるかは、アイリさんやタロウさんの領分。
「うち、衣料品の商会なんだけど…」
木曜日、ダーコラ国との国境の三角州で土木工事です。レイコバスターで技師さんに指定されたところを吹き飛ばすだけの簡単なお仕事。
エイゼル市を出発するのは早朝になってしまいますが、全速力で走れば十時くらいには到着。午前のドカン、お昼休み、午後のドカン、も一つドカン。また来週ということで、エイゼル市へ帰還というパターンです。
川の流れを阻害していた丘や岩を破壊したり、曲がりくねった川をクレーターで繋げたり。崖を崩して余分な流れを堰き止めたりなど。河の流れを整えて、増水期に反乱が起きないようにしていきます。
よく漫画とかには、超絶魔法放ったら飛跡に合わせて大地が真っ直ぐ抉ぐられて…なんて描写がありますが、あれは無理です。
そうですね、月面クレーターが良い例でしょうか。隕石が真正面から当たろうが斜めから当たろうが、クレーターはまん丸です。当たったその場で運動エネルギーを解放して、当たった角度に関係なく同心円状に爆発しますから。
レイコバスターも同じような物で、どんなに出力上げたところで、ドリルのように直線上に抉ぐることは出来ません。クレーターがでかくなるだけです。真っ直ぐ穿つには、体積と質量と運動量が必要です。
面倒ではありますが、丸い穴単位で施工していくしかないのです。
目標としては、三角州にでかい川一本、灌漑のための支流を沢山…という感じで流れを整理していく予定です。将来的には堤も必要でしょうね。
現場とエイゼル市との行き来のおりには、エイゼル市とサルハラの街の間で書簡の類いもついでに運んだりしてまして、これも地味に感謝されています。速達レイコ便。
ちなみに三角州の爆破がないときには、付近の街道工事の方でワッショイです。
金曜日、貴族街のアイズン伯爵邸の一室を借りて、賢者院からやって来た人を相手に講義です。
今後の探究の指針となるメタ情報、彼らが独自に発見した知見についての解説等々。さっそく顕微鏡で血球を発見してましたよ。
あと、物理と数学の基礎ですね。コッパーさんが言っていたいわゆる"数字を突つく人達"は、自分たちの探求がどのように役に立つのか道筋を照らされて大喜びです。ただまぁ、数字が扱えるようになると次に求められるのが計測。長さ、重さ、時間、これらをいかに正確に計るか、基準をどうするか。王都の研究室では、"今できること"について喧々諤々だそうです。
「目標は定まっているのに、歩みは遅々。歯がゆいな…」
すでに何百年分も針を進めているんですよ。贅沢は言わずに、一歩々々地道に行きましょう。
土曜日と日曜日。休みというか、ファルリード亭の食堂でだべっているというか。料理の試作をしたり、繁盛時にはウェイトレスしたり。
ファルリード亭では、元ギルドの食堂部分の拡張が終了して、厨房が4つもあるフードコートとして開店しました。
ファルリード亭だけでは日替わりで定期的に出していたメニューも、複数の食堂が並列で動き始めたので、だいたいいつでも食べられるようになりました。需要に応じて、厨房の調理場所や人手は臨機応変に対応できますので。人気メニューが偏っても大丈夫ですよ。
最初はそれこそ、フライやらビザやらパスタやらハンバーガーが大人気でしたが。皆さんジャンクフードも一周したころになると、もっと大人しいメニューも売れ始めました。
すでに魚の煮つけは人気ですが。照り焼きなんかも適度に油が落ちていて、重たい物が辛い歳の方や女性にも人気です。
あと、食育ということてサラダセットの推奨と減塩。健康メニューは、その辺が気になる人がリピーターとなっておりますが。まぁ若い人がボリューム優先なのは地球と同じですね。
フードコートと言ってもセルフではないのでウェイトレスは必須です。雇った人も増えました。
女性はメイド服、男性はエプロンを支給していますが、本人からも客からもなかなか評判がよいですね。うーん、メイド喫茶…本当にカルマ商会の方に提案してみましょうか?
…マーリアちゃんが給仕に入る日は、なんか普段より混んでいるような気がしないでもないですね… 固定ファンが付いているのでしょうか? マーリアちゃんが手伝う日は決まっているわけではないのですが…どこかに情報網でもありそうです。
アライさんも大人気です。頭撫でる人が多いですね、丁度良い高さですし。普通に料理をトレーで運ぶのが難しいので、アライさん専用のキッチンワゴンも作ってもらいました。ワゴン押すアライさんの姿もキュートです。
「ヒャー。おまちとうさまてす」
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【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。
西東友一
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えっ、彼との結婚がダメ?
なぜです、お父様?
彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。
「じゃあ、家を出ていきます」
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「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
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聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
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『伯爵令嬢 爆死する』
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王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
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ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
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あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
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