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第5章 クラーレスカ正教国の聖女
第5章第022話 狂信者の信仰とは
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第5章第022話 狂信者の信仰とは
・Side:ツキシマ・レイコ
翌日、キャラバンはエイゼル市に到着しました。いつもは貴族街に向かうアイズン伯爵の馬車は、直接ファルリード亭の方に向かってくれました。
…焼け落ちたファルリード亭が見えてきました。…食堂の方が焼けて、残り半分の宿部分は崩れたように見えます。多分、延焼を防ぐために故意に崩したんでしょうね。幸い、周囲に延焼被害は無いようですが。
片付けをする人達が集まっていて。それに混じってカヤンさん、ミオンさん、モーラちゃんも居ます。
思わず馬車を飛び降りて駆け寄ります。
「みんなっ! よかったっ!無事で!ほんとに!」
「おかえりなさいレイコちゃん。レッドちゃんも。…ごめんなさいね部屋がこんなになっちゃって…」
着替えやらや日用品がいくらか置いてあっただけでなので。無くなって困る物は特にないのですが。
「いえ…無事で何よりです。…あの、カーラさんは?」
おばあちゃんのカーラさんがいないのが、気にかかります。
「ギルドの方で家を一軒、臨時で手配してくれたからね。いまはそちらにいるの。おばあちゃんも怪我とか無いから心配しないでいいよ。今は、崩してしまったところから使えるものとか私物を掘り出しているところだけど。部屋の方は燃えていない側だから、けっこう出てくるよ」
そうだよね。長く暮らしていれば思い出の品なんかも沢山あるはず…
「ほら。レイコちゃんとマーリアちゃんの部屋の物も、大体無事だったよ」
袋に入れた荷物を渡してくれました。
「私も片付け手伝いますっ!」
「いやまぁ、結構人が集まってくれたし。重たい物は大方どけてしまって、あとは力仕事というより後片付けだからね。それよりほら、伯爵がお待ちだ。まだ向こうで話やらあるんだろう? そっちを片付けといで」
ミオンさんが、馬車の方を見ます。伯爵も降りて、痛ましそうに焼け跡を見ています。
「そんなに心配するなって。街道が一本北側に作られてギルドがそちらに移動するって話、聞いているだろ? それで今のギルド舎にファルリード亭を移さないかって話を貰ってたんだ。店も繁盛して手狭になってきていたしな。火事は大騒ぎだったけど、ファルリード亭が引っ越すのは、うちとしては遅かれ早かれだったんだよ」
街道の追加とギルト移転については、前に聞いたことがありますが…
「だそうだぞ嬢ちゃん。俺もファルリード亭に飯の世話になっているしな。早いところ再建して貰わないと、俺が困る! 我が愛しのフライサンド!」
手伝っていた男の人が声をかけてくれます。
「俺はしょうが焼サンドだな。しょうが焼は、皿で出てきても良し。エールをくれ」
「ツナマヨサンド、野菜多めで。夜は唐揚げと、おれにもエールを…」
「ミートソースパスタ、チーズ乗せで。…なんか腹減ってきたな」
手伝いの男手は、主にギルド関係者のようですね。
瓦礫を前に笑い声が広がります。
「そう言えば、教会の方は?」
「犯人は、何かマナランプみたいな物を投げ込んできたみたいなんだが、勢い余って教会を貫通してな。向かいの孤児院の六六の壁にめり込んだところで、音で飛び起きた子供が機転を利かせて壁毎剥がして土を被せて事も無し…って訳だ。六六の壁は、裏から思いっきり蹴飛ばせばなんとか外れるからな。まぁ被害は、教会の壁に穴が開いて六六の壁が一枚燃えたって程度だよ」
教会の方に被害らしい被害が無くて良かったですが。一つ間違えたら孤児院も含めて全部燃えてました…
想像していた悲壮感がないので、そこだけはちょっと安心してその場を離れ、馬車に戻ります。
しばらくマーリアちゃんと一緒に伯爵邸でお世話になるということになりそうです。
アイズン伯爵邸で、既に調査していた護衛騎士から伯爵が報告を受けています。
カリッシュは、つけていた監視を振り切って郊外に潜伏、深夜にファルリード亭近くに現れたとのこと。なにか行動を起こすとしたらファルリード亭あたりだろうと張っていたところに、マナ塊が赤熱状態でファルリード亭に投げ込まれ。すぐに対処しようとしたが、柱にめり込んだそれを外すことも出来ず炎上を許してしまい、従業員と客を避難させた後、周囲へ燃え広がることを防ぐために宿側を取り壊し。延焼と怪我人は無し。
北教会の方は、先ほど聞いたとおりで穴が開いた程度でしたが。近くを監視していた"影"の一人がカリッシュを捕縛。現在は縛り上げて貴族街の収容所に収監中。
カリッシュは、マナ術に秀でており、見た目に寄らず身体強化と放出術の能力は高く。騎士が見失ったのは油断とは言え、そもそも"影"クラスの人たちでなければ対処は難しかっただろう…ということです。
「当人を逃さずに確保できたのは、何よりじゃが…」
リシャーフさん達も同席をしていますが。こうなってはもう針のムシロ状態です。
「犯人のカリッシュは、騎士団の留置所に収監中です。マナ術を使うので、マナ塊を取り上げた上で両手は縛って目隠しをしている状態ですがね。これが戦場なら、捕虜にするにしても両手を切り落としているところですが、後で問題になる可能性を鑑み、縛り上げることで済ませています。監視の騎士は、重装歩兵の装備で付かせています」
ユルガルム領から帰ってきて伯爵の護衛を外れたダンテ隊長が、状況を引き継いでさっそく指揮を執っているようです。
身体強化はともかく、放出系ってのは電撃かマイクロ波ですからね。普通の術師の相手程度なら、金属鎧を着ていれば対処できますし。対処できないような大出力ともなれば、マナ塊を持っていない状態ではそもそも術師の方が危ないです。
「…そのカリッシュというのと話は出来ますか?」
ここで悶々としていてもしょうがないですし。対処すべき対象とは何なのか、はっきりさせないといけません。
「聴取なら、任せて貰えば万全にいたしますか…」
「誰が…というか何が敵なのか。人なのか国や社会の仕組みなのか、その辺を見極めたいんです」
「あの…私も同席させてください」
リシャーフさんが手を上げます。
「…良いでしょう。ただ、リシャーフさんには金属鎧は着けていただきますよ。エカテリン、準備を」
カリッシュが入れられていたのは、座敷牢といったところでしょうか。出入り口は格子ですが。中は貴賓室とまでは行きませんが、街の宿よりは豪華な作りになっています。罪人用というよりは、貴族を入れるための牢屋というところでしょうね。
ただ、中にいるカリッシュは、後ろ手に縛られて目隠し用の拘束具みたいなのを付けられてます。放出系マナ術は左右どちらかの手が必要ですし、狙いを付けるには見えている必要があります。両手と目を塞いでおけば、まず危険は無いとのことです。
「目隠しは取って上げてもらえますか? 手は縛ったままですし、みなさん鎧付けているから大丈夫でしょ?」
ダンテ隊長が差配して、カリッシュの目隠しを取ります。私とレッドさん、それにカリッシュだけで牢屋に残り、後の人達は格子の向こうにいてもらいます。
「初めまして。私がツキシマ・レイコです。で、この子がレッドさん」
「この黒髪の子供が? いやしかし、こちらは紛れもなく小竜さま。思っていたよりは小さいが…」
「黒髪? 帝国の魔女の話ですか? でも、この世界にいる黒髪の人間は、その魔女だけではないんでしょ? そもそも、私の父と母も黒髪ですし、赤竜神が人間だったころも、そのご両親もお子さん達も皆黒髪ですよ。髪の毛の色だけ人を忌避するのは、頭が悪い考えだと思いませんか?」
「…失礼しました。聖典にも確かに、初期の赤竜教の祭司には黒髪の方も多かったようですな」
…思ったより理性的?
「ところで。どうしてファルリード亭と教会に火を付けたのですか?」
「おお。赤竜神の巫女様! あなたはネイルコード国に騙されているのです! 巫女様ともなれば教会にお迎えして当たり前なのに、あのような場末の宿屋に押し込めて。しかも獣人が差配する宿屋とは… そんなことあってはならないのです。あの教会の祭司もです、巫女様が赤竜教と関わらないことを望んでいるなどとかあるわけがない! まぁ一年ちょっとここで暮らしてきて多少の情が沸かれたのかもしれませんが、そんなものはとっとと切り捨てるべきなのです。火でもって浄化してしまえば、巫女様も目を覚まされるのではないかとっ!」
「…つまり、私はそんなことで騙されるほど愚かだと。あたなの方が私より頭が良いのだからあなたの言うことを聞けと。そう言っているのですか?」
「いえっ!いえっ! そんなことは… ただ私は赤竜教の教義から外れるような行いを巫女様がされているので…」
「私は赤竜教の信徒になったことはありませんよ? どうして私があなたたちの教義や戒律に従わなければいけないのです?」
「え? いやしかし、あなた様は赤竜教の信徒を導く巫女様なのでは? そのためにご降臨されたのでは?」
「私が、赤竜神が人間だった頃からの知り合いなのは確かですが。友人であり仕事の上司だった彼をどうして私が信仰しないといけないので? 彼がいつそんな教義をあなた達に強いたというのですか? 勝手に教義とやらを想像して自分で縛っているだけでしょう? あと、私は自分が巫女だなんて言ったことないですよ。そう呼ばれる分には、訂正するのはいちいち面倒だから止めてますけど。」
「だれが教義をって…はるか昔に帝国の時代に赤竜神様がそれらを授けてくれたと教義には… あ…では…あなたは一体…」
「だから、赤竜神の元部下で友人ですって。人間だったときに知り合いだったんですから。赤竜神には"赤井"って名前だってありますよ。そもそも、赤竜神が自分を神だと崇めよなんて言ったんですか? あなたたちに頼んだんですか?」
「そんな…赤竜神が神では無いのなら、なぜ教会が…」
「そりゃ人々から搾取する名目に、赤竜神を神に仕立てたんでしょう? 都合の良いように使われて、人々の虐げる手伝いをしてきただけ。赤井さんがそんなことに加担するわけ無いでしょ。実際、赤井さんがお金貰っているわけじゃ無くて、全部教会のものになっているし。何のために、誰のために喜捨なんか集めているんですか?あなたたち。騙されているのはあなた達です」
「では…私は一体何のために… ちがう!そんなことはない! 私は…わたしの信仰は正しいのだ! そうでなければ私は何のために… どうして巫女様が信仰を否定するのです!」
「あなたのそれは信仰では無いからです。自分で考えることを忘れて自分に都合の良い解釈だけして。赤竜教の関わらないところで人が幸せになることを嫉妬して邪魔してきただけ。赤竜神を信仰しているわけではなく、赤竜神を信仰している自分に酔っているだけ」
「そ…そんなことは! 私は赤竜教の、信徒達の安寧のために…! わたしは… そうだ、ザフロ祭司、巫女様はやつの教会には通われていると…あなたは赤竜神様を信仰しているのではないのですか?」
「ザフロ祭司は信仰を強要したりしないからよ。教会に来る人も、赤竜教ではなくザフロ祭司自身を尊敬している。ザフロ祭司が信仰している赤竜教なら祈っても良いと周りの人に思われている。あなたとは正反対ね。私は、人として尊敬できるからあの人に敬意を払っているし、あの人が信じている赤竜教のあり方を否定したりはしない。それだけよ」
まんま太陽と北風だね。ザフロ祭司は、信者と教会の丁度良い関係を体現している人です。
「あなた、赤竜神を見たことあるの?」
「…」
「私と彼は同僚だったから。それこそ酒場で一緒に飲み食いしたこともあるわよ。少なくとも、誰かを脅したり排除することで自分を信仰しろなんて言う人じゃなかったわ。まぁザフロ祭司も会ったことは無いでしょうけど、それでもあの人は、人々との関わり合いの中に信仰の原理を見いだしているのでしょうね。少なくとも私はそれを好ましいと思うし。赤井さんも同じように思うはずよ」
「いや…しかし…民は愚かだから信仰を知っているものが導かねば…それが多少苛烈なものとなっても… いやしかし…」
「本気で民が愚かだと思っているわけじゃなく、教会の都合のために民には愚かでいて欲しいが正解でしょ? まぁ自分より頭が良い信徒なんて、宗教屋には悪夢でしょうから。私は真実を知っているのよ。文字通り知っている。あなたたちの持つ赤竜神への信仰が、いえ赤竜神そのものが虚像だということを。そんな支配の道具に堕落した宗教に協力するわけ無いでしょう?」
「虚像…では私は今までなんのために…」
まだ、誰も見たことが無い神とかを持ち出すのなら、誤魔化しようはあったのかもしれないけど。実際に存在している赤竜なんてものをご神体にするから、真実が分れば破綻する。当たり前よね。…教会にとっては、私は正論でぶん殴りに来た厄災その物よね…
この人にとっては、半生の支えだったんだろうけど。…その結果が放火では、救いようは無いです。
一人ブツブツ言っているカリッシュを置いて、牢屋棟から出ます。
申し訳なさそうにしているリシャーフさんに聞きます。
「ああいう信仰がねじ曲がった人って、正教国には多いんですか? まだ宗教"屋"の方が利と理屈で行動している分、理解し易いんですけど」
飯の種を燃やしてしまおうなんて考える人は、そうそういないでしょうし。
「…教義を学び、敬虔さを示すことで認められた祭司の中には、少なからずという感じです。極端に走る嫌いはありますが、教義の勉強や布教にも熱心ですので。あそこまでの暴走さえしなければ、それこそ敬虔で博識な信徒として尊敬されていたはずなのですが…」
うーん。度し難いとはこのことですか。
一週間後。今回の件を問い質しに行ったネイルコード国の外交使節が、正教国から帰ってきました。
回答は以下の通り。
・カリッシュ祭司の返還要請、及び聖女リシャーフらの帰還勧告。
・赤竜神の巫女様と小竜様の正教国への引き渡し要請。
・ダーコラ国王室の正当性はこれを認めない。赤竜教の慣例に則った王選定と戴冠のやり直しを要求する。
・以上を受け入れない場合、ネイルコード国王室及び国全体を赤竜教から破門とする。
・Side:ツキシマ・レイコ
翌日、キャラバンはエイゼル市に到着しました。いつもは貴族街に向かうアイズン伯爵の馬車は、直接ファルリード亭の方に向かってくれました。
…焼け落ちたファルリード亭が見えてきました。…食堂の方が焼けて、残り半分の宿部分は崩れたように見えます。多分、延焼を防ぐために故意に崩したんでしょうね。幸い、周囲に延焼被害は無いようですが。
片付けをする人達が集まっていて。それに混じってカヤンさん、ミオンさん、モーラちゃんも居ます。
思わず馬車を飛び降りて駆け寄ります。
「みんなっ! よかったっ!無事で!ほんとに!」
「おかえりなさいレイコちゃん。レッドちゃんも。…ごめんなさいね部屋がこんなになっちゃって…」
着替えやらや日用品がいくらか置いてあっただけでなので。無くなって困る物は特にないのですが。
「いえ…無事で何よりです。…あの、カーラさんは?」
おばあちゃんのカーラさんがいないのが、気にかかります。
「ギルドの方で家を一軒、臨時で手配してくれたからね。いまはそちらにいるの。おばあちゃんも怪我とか無いから心配しないでいいよ。今は、崩してしまったところから使えるものとか私物を掘り出しているところだけど。部屋の方は燃えていない側だから、けっこう出てくるよ」
そうだよね。長く暮らしていれば思い出の品なんかも沢山あるはず…
「ほら。レイコちゃんとマーリアちゃんの部屋の物も、大体無事だったよ」
袋に入れた荷物を渡してくれました。
「私も片付け手伝いますっ!」
「いやまぁ、結構人が集まってくれたし。重たい物は大方どけてしまって、あとは力仕事というより後片付けだからね。それよりほら、伯爵がお待ちだ。まだ向こうで話やらあるんだろう? そっちを片付けといで」
ミオンさんが、馬車の方を見ます。伯爵も降りて、痛ましそうに焼け跡を見ています。
「そんなに心配するなって。街道が一本北側に作られてギルドがそちらに移動するって話、聞いているだろ? それで今のギルド舎にファルリード亭を移さないかって話を貰ってたんだ。店も繁盛して手狭になってきていたしな。火事は大騒ぎだったけど、ファルリード亭が引っ越すのは、うちとしては遅かれ早かれだったんだよ」
街道の追加とギルト移転については、前に聞いたことがありますが…
「だそうだぞ嬢ちゃん。俺もファルリード亭に飯の世話になっているしな。早いところ再建して貰わないと、俺が困る! 我が愛しのフライサンド!」
手伝っていた男の人が声をかけてくれます。
「俺はしょうが焼サンドだな。しょうが焼は、皿で出てきても良し。エールをくれ」
「ツナマヨサンド、野菜多めで。夜は唐揚げと、おれにもエールを…」
「ミートソースパスタ、チーズ乗せで。…なんか腹減ってきたな」
手伝いの男手は、主にギルド関係者のようですね。
瓦礫を前に笑い声が広がります。
「そう言えば、教会の方は?」
「犯人は、何かマナランプみたいな物を投げ込んできたみたいなんだが、勢い余って教会を貫通してな。向かいの孤児院の六六の壁にめり込んだところで、音で飛び起きた子供が機転を利かせて壁毎剥がして土を被せて事も無し…って訳だ。六六の壁は、裏から思いっきり蹴飛ばせばなんとか外れるからな。まぁ被害は、教会の壁に穴が開いて六六の壁が一枚燃えたって程度だよ」
教会の方に被害らしい被害が無くて良かったですが。一つ間違えたら孤児院も含めて全部燃えてました…
想像していた悲壮感がないので、そこだけはちょっと安心してその場を離れ、馬車に戻ります。
しばらくマーリアちゃんと一緒に伯爵邸でお世話になるということになりそうです。
アイズン伯爵邸で、既に調査していた護衛騎士から伯爵が報告を受けています。
カリッシュは、つけていた監視を振り切って郊外に潜伏、深夜にファルリード亭近くに現れたとのこと。なにか行動を起こすとしたらファルリード亭あたりだろうと張っていたところに、マナ塊が赤熱状態でファルリード亭に投げ込まれ。すぐに対処しようとしたが、柱にめり込んだそれを外すことも出来ず炎上を許してしまい、従業員と客を避難させた後、周囲へ燃え広がることを防ぐために宿側を取り壊し。延焼と怪我人は無し。
北教会の方は、先ほど聞いたとおりで穴が開いた程度でしたが。近くを監視していた"影"の一人がカリッシュを捕縛。現在は縛り上げて貴族街の収容所に収監中。
カリッシュは、マナ術に秀でており、見た目に寄らず身体強化と放出術の能力は高く。騎士が見失ったのは油断とは言え、そもそも"影"クラスの人たちでなければ対処は難しかっただろう…ということです。
「当人を逃さずに確保できたのは、何よりじゃが…」
リシャーフさん達も同席をしていますが。こうなってはもう針のムシロ状態です。
「犯人のカリッシュは、騎士団の留置所に収監中です。マナ術を使うので、マナ塊を取り上げた上で両手は縛って目隠しをしている状態ですがね。これが戦場なら、捕虜にするにしても両手を切り落としているところですが、後で問題になる可能性を鑑み、縛り上げることで済ませています。監視の騎士は、重装歩兵の装備で付かせています」
ユルガルム領から帰ってきて伯爵の護衛を外れたダンテ隊長が、状況を引き継いでさっそく指揮を執っているようです。
身体強化はともかく、放出系ってのは電撃かマイクロ波ですからね。普通の術師の相手程度なら、金属鎧を着ていれば対処できますし。対処できないような大出力ともなれば、マナ塊を持っていない状態ではそもそも術師の方が危ないです。
「…そのカリッシュというのと話は出来ますか?」
ここで悶々としていてもしょうがないですし。対処すべき対象とは何なのか、はっきりさせないといけません。
「聴取なら、任せて貰えば万全にいたしますか…」
「誰が…というか何が敵なのか。人なのか国や社会の仕組みなのか、その辺を見極めたいんです」
「あの…私も同席させてください」
リシャーフさんが手を上げます。
「…良いでしょう。ただ、リシャーフさんには金属鎧は着けていただきますよ。エカテリン、準備を」
カリッシュが入れられていたのは、座敷牢といったところでしょうか。出入り口は格子ですが。中は貴賓室とまでは行きませんが、街の宿よりは豪華な作りになっています。罪人用というよりは、貴族を入れるための牢屋というところでしょうね。
ただ、中にいるカリッシュは、後ろ手に縛られて目隠し用の拘束具みたいなのを付けられてます。放出系マナ術は左右どちらかの手が必要ですし、狙いを付けるには見えている必要があります。両手と目を塞いでおけば、まず危険は無いとのことです。
「目隠しは取って上げてもらえますか? 手は縛ったままですし、みなさん鎧付けているから大丈夫でしょ?」
ダンテ隊長が差配して、カリッシュの目隠しを取ります。私とレッドさん、それにカリッシュだけで牢屋に残り、後の人達は格子の向こうにいてもらいます。
「初めまして。私がツキシマ・レイコです。で、この子がレッドさん」
「この黒髪の子供が? いやしかし、こちらは紛れもなく小竜さま。思っていたよりは小さいが…」
「黒髪? 帝国の魔女の話ですか? でも、この世界にいる黒髪の人間は、その魔女だけではないんでしょ? そもそも、私の父と母も黒髪ですし、赤竜神が人間だったころも、そのご両親もお子さん達も皆黒髪ですよ。髪の毛の色だけ人を忌避するのは、頭が悪い考えだと思いませんか?」
「…失礼しました。聖典にも確かに、初期の赤竜教の祭司には黒髪の方も多かったようですな」
…思ったより理性的?
「ところで。どうしてファルリード亭と教会に火を付けたのですか?」
「おお。赤竜神の巫女様! あなたはネイルコード国に騙されているのです! 巫女様ともなれば教会にお迎えして当たり前なのに、あのような場末の宿屋に押し込めて。しかも獣人が差配する宿屋とは… そんなことあってはならないのです。あの教会の祭司もです、巫女様が赤竜教と関わらないことを望んでいるなどとかあるわけがない! まぁ一年ちょっとここで暮らしてきて多少の情が沸かれたのかもしれませんが、そんなものはとっとと切り捨てるべきなのです。火でもって浄化してしまえば、巫女様も目を覚まされるのではないかとっ!」
「…つまり、私はそんなことで騙されるほど愚かだと。あたなの方が私より頭が良いのだからあなたの言うことを聞けと。そう言っているのですか?」
「いえっ!いえっ! そんなことは… ただ私は赤竜教の教義から外れるような行いを巫女様がされているので…」
「私は赤竜教の信徒になったことはありませんよ? どうして私があなたたちの教義や戒律に従わなければいけないのです?」
「え? いやしかし、あなた様は赤竜教の信徒を導く巫女様なのでは? そのためにご降臨されたのでは?」
「私が、赤竜神が人間だった頃からの知り合いなのは確かですが。友人であり仕事の上司だった彼をどうして私が信仰しないといけないので? 彼がいつそんな教義をあなた達に強いたというのですか? 勝手に教義とやらを想像して自分で縛っているだけでしょう? あと、私は自分が巫女だなんて言ったことないですよ。そう呼ばれる分には、訂正するのはいちいち面倒だから止めてますけど。」
「だれが教義をって…はるか昔に帝国の時代に赤竜神様がそれらを授けてくれたと教義には… あ…では…あなたは一体…」
「だから、赤竜神の元部下で友人ですって。人間だったときに知り合いだったんですから。赤竜神には"赤井"って名前だってありますよ。そもそも、赤竜神が自分を神だと崇めよなんて言ったんですか? あなたたちに頼んだんですか?」
「そんな…赤竜神が神では無いのなら、なぜ教会が…」
「そりゃ人々から搾取する名目に、赤竜神を神に仕立てたんでしょう? 都合の良いように使われて、人々の虐げる手伝いをしてきただけ。赤井さんがそんなことに加担するわけ無いでしょ。実際、赤井さんがお金貰っているわけじゃ無くて、全部教会のものになっているし。何のために、誰のために喜捨なんか集めているんですか?あなたたち。騙されているのはあなた達です」
「では…私は一体何のために… ちがう!そんなことはない! 私は…わたしの信仰は正しいのだ! そうでなければ私は何のために… どうして巫女様が信仰を否定するのです!」
「あなたのそれは信仰では無いからです。自分で考えることを忘れて自分に都合の良い解釈だけして。赤竜教の関わらないところで人が幸せになることを嫉妬して邪魔してきただけ。赤竜神を信仰しているわけではなく、赤竜神を信仰している自分に酔っているだけ」
「そ…そんなことは! 私は赤竜教の、信徒達の安寧のために…! わたしは… そうだ、ザフロ祭司、巫女様はやつの教会には通われていると…あなたは赤竜神様を信仰しているのではないのですか?」
「ザフロ祭司は信仰を強要したりしないからよ。教会に来る人も、赤竜教ではなくザフロ祭司自身を尊敬している。ザフロ祭司が信仰している赤竜教なら祈っても良いと周りの人に思われている。あなたとは正反対ね。私は、人として尊敬できるからあの人に敬意を払っているし、あの人が信じている赤竜教のあり方を否定したりはしない。それだけよ」
まんま太陽と北風だね。ザフロ祭司は、信者と教会の丁度良い関係を体現している人です。
「あなた、赤竜神を見たことあるの?」
「…」
「私と彼は同僚だったから。それこそ酒場で一緒に飲み食いしたこともあるわよ。少なくとも、誰かを脅したり排除することで自分を信仰しろなんて言う人じゃなかったわ。まぁザフロ祭司も会ったことは無いでしょうけど、それでもあの人は、人々との関わり合いの中に信仰の原理を見いだしているのでしょうね。少なくとも私はそれを好ましいと思うし。赤井さんも同じように思うはずよ」
「いや…しかし…民は愚かだから信仰を知っているものが導かねば…それが多少苛烈なものとなっても… いやしかし…」
「本気で民が愚かだと思っているわけじゃなく、教会の都合のために民には愚かでいて欲しいが正解でしょ? まぁ自分より頭が良い信徒なんて、宗教屋には悪夢でしょうから。私は真実を知っているのよ。文字通り知っている。あなたたちの持つ赤竜神への信仰が、いえ赤竜神そのものが虚像だということを。そんな支配の道具に堕落した宗教に協力するわけ無いでしょう?」
「虚像…では私は今までなんのために…」
まだ、誰も見たことが無い神とかを持ち出すのなら、誤魔化しようはあったのかもしれないけど。実際に存在している赤竜なんてものをご神体にするから、真実が分れば破綻する。当たり前よね。…教会にとっては、私は正論でぶん殴りに来た厄災その物よね…
この人にとっては、半生の支えだったんだろうけど。…その結果が放火では、救いようは無いです。
一人ブツブツ言っているカリッシュを置いて、牢屋棟から出ます。
申し訳なさそうにしているリシャーフさんに聞きます。
「ああいう信仰がねじ曲がった人って、正教国には多いんですか? まだ宗教"屋"の方が利と理屈で行動している分、理解し易いんですけど」
飯の種を燃やしてしまおうなんて考える人は、そうそういないでしょうし。
「…教義を学び、敬虔さを示すことで認められた祭司の中には、少なからずという感じです。極端に走る嫌いはありますが、教義の勉強や布教にも熱心ですので。あそこまでの暴走さえしなければ、それこそ敬虔で博識な信徒として尊敬されていたはずなのですが…」
うーん。度し難いとはこのことですか。
一週間後。今回の件を問い質しに行ったネイルコード国の外交使節が、正教国から帰ってきました。
回答は以下の通り。
・カリッシュ祭司の返還要請、及び聖女リシャーフらの帰還勧告。
・赤竜神の巫女様と小竜様の正教国への引き渡し要請。
・ダーコラ国王室の正当性はこれを認めない。赤竜教の慣例に則った王選定と戴冠のやり直しを要求する。
・以上を受け入れない場合、ネイルコード国王室及び国全体を赤竜教から破門とする。
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ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
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