玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第5章 クラーレスカ正教国の聖女

第5章第015話 支配と依存

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第5章第015話 支配と依存

・Side:リシャーフ・クラーレスカ・バーハル(正教国祭司総長の娘 正教国聖女 正教国聖騎士団団長)

 ザフロ祭司との面談後。王都からの私のユルガルム領訪問は許可され、キャラバンに便乗してユルガルム領に出発する日となった。
 エイゼル市側で用意していただいた私達の乗る馬車は、街の西外れの関でキャラバンと合流し、ここから出発する。
 道中に賊が出ることはまず無いそうだが。途中に魔獣が出る可能性があるところを通るということで、ネイルコード国ではキャラバンを組むことが普通になっている。
 …なんか面白い兜を被った護衛が混じっているな。聞くに、動物に対する威嚇のための装飾とかで、彼らも見た目とは違い優秀で実績のある護衛達なんだそうだ。…教都に居たら大道芸人と間違われそうだがな。

 キャラバンは、トクマクの街、タシニの街と、良く整備された街道を進んでいく。
 大使は伯爵扱いという前言の通り、私達は途中の街や村でも賓客扱いで部屋を用意された。
 タシニで一泊した次の日、今日は巫女様が開通させたという崖崩れのあった山を通過する。

 「この道はまだ工事の途中でして。突貫で半分だけ開通したので、行きと帰りを1刻毎に交互に通しているんですよ。まぁ今年中には両方開通すると思いますがね」

 私達のキャラバンも、次の街の鐘が聞こえてくるまで通行待ちをしている。
 車窓から街道を見ていると、谷に入るところで街道の交通整理をしている役人が話しかけてきた。

 「あの三角の山、あの高さでまんま岩なんですがね。あそこの南斜面が崩れてと言うか、剥がれて滑ってきたというか。完全に崩れるか倒れるかしてくれたらまだ良かったんですが、高さ百メベル程の岩がなんかの拍子に立ってしまったんですよ。それで安定してくれれば良かったんですが、ボロボロと崩れてくるし、ヒビが広がっているのは見えるし。撤去しようにも、巨大だわいつ崩落するか分らなわ危なくて近づけないわでしてね。それを赤竜神の巫女様がマナ術でドカンと。私もそのとき見物してましたが、見事に砕いていましたね。はい、百メベルの高さの岩を一発で。巨大な煙がこうもくもくと登りまして、いやすさまじかったですよ。それどころか、でかい破片やら埋まった街道なんかもドカンドカンと。たった三日で一番やっかいな工事が終わってしまいました。巫女様様々ってところですかな、はははは」

 通りかかる旅人にそのときの話をするのが、彼の暇つぶしなのだろう。
 気さくに話しかけてくる役人が指さす山、確かに全体が岩で出来ているように見えるし、南側には崩れたような剥がれたような跡が残っている。あそこから滑ってきた大岩、剥がれた跡からその大きさは想像できるが。それを一撃で粉砕? こちらは想像が追いつかない。

 …まさに神の御業だな。

 同じ術はユルガルム領でも使われたと聞いている。そのときは万を越える蟻の魔獣の大群を屠ったそうだが。この岩山の跡を見るに誇張では無いのだろう。
 正教国にもこの話は、当時見物していた商人の報告として届いていたが。この報告を眉唾と感じている者も多い。ここよりは小規模の技をダーコラ国との国境紛争でも使ったと聞いているが。…まだ人に対しては使ったことは無いと聞く。もしその技が正教国に向けられたら…誇張無しに教都が無くなるだろうな。
 せめてこの危機感くらいは正教国の者達にも理解してほしいものだが…



 道中のオーガル領では、バルドラ・オーガル・ニプール伯爵の歓待を受けた。

 「赤竜教の聖女たるリシャーフ様を歓待できるとは。先日のレイコ殿ご来訪といい、タシニの谷の迅速な開通といい。我がオーガル領にはまことに慶事が続きますな。はっはっはっ」

 確かに私は正教国の聖女とは呼ばれているが、それでもネイルコードとは良好とは言いがたい正教国の人間だぞ。…なんというか人を疑うことを知らないような御仁だな。

 赤竜神の巫女様に教えていただいたレシピだと、晩餐にて領の畜産物を多く利用した料理をうれしそうに振舞ってくれた。
 この素晴らしい酒もオーガル領での特産だそうだが。これよりも新しくさらに素晴らしい酒の生産も、これまた巫女様の知識によって計画されているとかで。巫女様を誉める話しか出てこない。
 彼女がこの国を離れる可能性など、微塵も思っていないのだろう。

 侍従のタルーサとトゥーラも、だまって話を聞いている。
 彼女らは、赤竜教の総本山である正教国は巫女様が過ごされるにふさわしい処と…とでも言えば、すぐにでも巫女様に来てもらえると思っていた節がある。
 私は一応、ネイルコードについての情報はある程度持っていたのでそこまで楽観していなかったが。ここまで居心地の良い国から巫女様を引き剥がすのは難しいだろうという事は、彼女らも理解し始めたようだ。

 「あの…ニプール伯爵は我々に…そのわだかまりはないのでしょうか?」

 「ん? ああ正教国諸々の話ですな。もちろん私はネイルコードの貴族ですから、正教国の為さりように思うところがないわけではありませんが。それではるばる来られた美しいご令嬢方を敵視するほど、野暮でもありませんぞ。まぁそういう所がお人好しとも呼ばれますがな。はははは」

 「あ…ありがとうございます。しかし…」

 「うむ…そうですな。何かあったとしても、"アイズン伯爵とレイコ殿ならなんとかしてくれる" ですかな」

 「はい?」

 「はははは。まぁ私の家臣達も将来の予測として、最悪ネイルコードと正教国との全面戦争まで考えておりました。あくまで、レイコ殿が現れる前の最悪ですがな」

 私に対して言うのもどうかとは思うが。最悪を考えるのはどこの国でも同じだろう

 「ただ。レイコ殿がこの国に来て、ダーコラ国の顛末を詳細に調べるに、レイコ殿がいる限り戦争は不可能だという結論になりました」

 「…それはまたどうして?」

 「レイコ殿がその戦争をやりたがっている人間のところに単身乗り込んでってそれを倒してしまえば、それで終わってしまうからです。"赤竜神の巫女様"にそれをやられる危険性を押して戦争を始められる国があるでしょうか?」

 ただ首脳部が何人か倒されたでは済むまい。レイコ殿が前面に出ては大義名分も失い、体裁も繕えないだろう。

 「おわかりですかな? レイコ殿がいる限り全面戦争はあり得ない。となれば、隆盛著しいネイルコード国と経済で競うしか無い。となってくればどこの国もネイルコードのやりようを学ぶ必要が出てくる。すなわち、天才アイズン伯爵の思い通り」

 「そこでアイズン伯爵が出てくるのですか?」

 「…私は大して頭が良くないのです。このテオーガル領の隅で親の男爵位を継いだは良いが、領地は貧乏で息も絶え絶え、それこそ領民を口減らしに奴隷に売るしかないというくらい、どうしようもないところだったのです。が、幸いにも隣にいたのが当時同じく男爵を継いだばかりのアイズン卿でしてな。最初は、"儲けさせてやるから協力しろ"だったかな? 私の領と彼の領とで得手不得手を均して、三年後には収益三倍ですわ」

 …それが本当なら、そのノウハウはどこの国でも学ぶ価値があるものなのだろう。

 「当時使える技術と産物と金だけで見る間に発展し、こんな私も釣られて今では伯爵にまでなれました。そんな彼がレイコ殿と出合ったわけです。彼がどこまでの発展を考えているのか…。自領とかネイルコード国に収まるものでは無いでしょうな。年甲斐も無く私もワクワクしております」

 「…他国をも経済で支配するということでしょうか?」

 「はははは。私が支配されているように見えますかな? まぁある意味支配されているのかもしれませんが。彼の支配とは、互いに依存させることなのですよ」

 「依存?」

 「私の時はこうでした。うちで麦を作るから、お前の所はそれ以外を作れと。私の最初の領地は山がちだったので、領民が食べる麦を作るのも苦労する有様でした。そこでアイズン卿の領地に人を送り、そこで余っている土地を開拓して麦を作らせた。私の領地では木材と畜産と果物畑などに集中でしたな。まぁ考えれば当たり前で、作りやすいところで作れってだけの話です。効率よく物が作れるようになったら、余剰分を領外に売って、足りない物は領外から買う。そうしたら商人も人も集まり金が流れる。そうこうしているうちに三倍ですよ。はっはっは」

 理屈はわかりやすいが。普通の領主なら、自領で麦を作らず生命線を他領に握らせるとか、自領の領民で他領を開拓するなど、そんな選択は、恐くて出来ないだろうな。

 「こうなってしまうと、もしアイズン卿と疎遠になれば我が領は立ち行かなくなる。これはもう仲良くするしかないでしょう? 彼の支配を受け入れるということは、互いに依存するということです。そうすれば互いに豊かになれる。アイズン伯爵が豊かにしてくれる。こうなったらもう戦争だ略奪だなんて考える奴はいません。最初は戦争でまとまったネイルコードも、最後の武闘派たるバッセンベル領もああなってしまいました。武闘派達には悪いですが、侵略や略奪ではなく、中で育てることでも国は大きくなれることが分ったのです。ネイルコード国の躍進は、これからも続くでしょうな」

 なるほど。依存とはそういうことか。

 「レイコ殿は戦争の抑止力だけではありません。料理のレシピもありがたいですが、他にもさまざまな知恵を我々にもたらしてくれます。それがまた、アイズン伯爵の施政と非常に相性が良いのだそうです。レイコ殿の英知をアイズン伯爵はうまく使うことでしょう」

 「しかしそれはっ!、レイコ殿をネイルコードで独り占めするということにならないのですか?」

 「…今、アイズン伯爵のところでは、レイコ殿の知識を元に鉄道という物を研究しておりましてな。」

 「鉄道…ですか?」

 「馬車百台分の荷物を、馬車の何倍もの速度で一度に運べるカラクリだそうです」

 「なんとそんなものが…」

 「レイコ殿の世界では、それこそ大陸を網の目のように鉄道が敷かれていているそうで。この世界でも絶対そうなると仰ってましたな。その鉄道を通じて、各領は、いや各国は互いに"依存"するようになる」

 戦争は起こせず、大陸がそんなもので結ばれる。…たしかに経済で"戦争"するしかないのだろう。
 しかし、経済の戦争で相手を負かせても、自分の儲けが少なくなるだけだ。経済の戦争で勝つとは、自分だけでは無く相手も豊かにすることに等しい。

 「そうなれば、レイコ殿の英知は自然と大陸中に広まっていくでしょうな。これにはもちろん正教国も含まれます。…逆に伺いたいのですが、レイコ殿を正教国に迎えたとして、正教国はレイコ殿の英知を独占をするつもりが無いとでも?」

 「いや…そんなことは…」

 …無いとは言えない。いや、間違いなく独占しようとするだろう。そして正教国のためだけに使おうとするだろう。

 「…まぁ急激な変化と壮大な話で戸惑っているのは、我々も似たような物ですが。正教国に限らず、ここは熟慮のしどころですよ」

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