玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第5章 クラーレスカ正教国の聖女

第5章第004話 数学のススメ

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第5章第004話 数学のススメ

・Side:ツキシマ・レイコ

 エイゼル市を出発してその日の宿泊地、毎度のトクマクの街に着きましたが。
 ここの領館で待ち受けていたのが、王都の賢者院の学者さん。コッパー・ロウアェストさん四十七才。法衣男爵位で専門は博物学…と言っても、そういう学問があるというよりは、様々な分野の知識の収集と体系化をするという感じで、特定分野で何かを研究開発するといったジャンルではないようですね。

 「おお、あなたが赤竜神の巫女様ですかっ!!」

 コッパーさん、痩身で身なりよりは収集にお金使うタイプという感じに見えます。目が好奇心でランランとして、私やレッドさんを研究対象としてみているのがもろ分ります。
 もう一人、コッパーさんの助手のナガル・ビッターさん二十五才。見た目の雰囲気は、我の弱い文官って感じですね。…なんか苦労している感じがぷんぷんします。
 猪突猛進なコッパーさんに、振り回されているナガルさん…あれだ、スポーツカー改造して過去に行く映画の博士と主人公! うん、このイメージで間違いはない感じです。

 「初めまして巫女様私コッパーロウアェストと申しますいやはや以前からお会いしたいとは思っていたのですが王宮の方から巫女様の平穏を脅かすことは罷り成らんと通達がありましてなかなか本当はすぐにでもお会いしたかったのですがままならずこの度エルセニム人のマナ師達と共にユルガルムへ技術交流へ向かうと伺いましてその機会ならば私も同行させていただけるのでは無いかと王宮にねじ込んだところやっとこさ許可が出ましていやはや苦労しました巫女様についての報告書は一通り目を通させていただいていますがなにより驚愕なのがマナで出来ているというそのお体刃物も爆発すら致命傷にならずすぐに快癒されていまうとか是非赤竜神の持つと言われている根源的なマナ技術についてお教えをいただきたいのですがユルガルムへの道中是非いろいろお話をお聞かせ願いたく…」

 「先生!ちょっと失礼ですってば! ほら、巫女様も呆然としているじゃないですか!」

 はい。コッパーさんの肺活量にびっくりしてました。

 「あっ いや失礼しました。つい興奮してしまいまして。人の英知の結晶にして到達点を知る者が目の前にいるのですよ! 興奮しないわけには行かないでしょう?」

 「はい、まぁお気持ちは大変良く理解しましたし。お話出来ることなら、いくらでもいいのですが…」

 彼らからすればメンターは「全てを知る者」ですから。学者の類いなら、好奇心とまらん!となるのは、同じ性癖を持った者としてはよくよく理解できますよ。
 …私が子供のころ、お父さんに根掘り葉掘りよく聞いていたのを思い出しました。お父さんはそんな質問を面倒臭がらずに、子供にいかに噛み砕いて説明するかを面白がっていたように思います。
 
 「が?」

 「こちらに来ていろいろ見聞はしたのですが。皆さん、根本的に足りない素養が多いんですよ。私が説明したとしても、たぶん何を言っているのか理解できないので。まずは基礎から勉強を始めないと…」

 「…なるほど…といっていいのかどうかも正直分らないのですが…」

 食堂の一角を借りて、石版も所望して。試しに物理で一番基本的な波動方程式を出してみます。とはいっても数学的記号がこちらにあるかどうか不明なので、いちいち説明しながらではありますが。
 この式は、圧力や高さ等のポテンシャル、その変化が空間をどう伝達していくか?ということを示しています。変化の伝達が、すなわち"波"ですね。

 「???」

 ちんぷんかんぷんだという顔をするコッパーさん。

 「ですよね~」

 では。一気にランクを落して。小学生レベルの速度と時間と距離の計算はどうですか?

 「はい、これなら分ります。まぁ当たり前ではありますよね」

 さすがにれこくらいは分りますが。

 「でも、こんな計算が真理に必要なのですか?」

 時速1キロメートルで1時間進んだら1キロメートル移動する。たしかに当たり前ですよね。
 では、レベルを一つ上げてみましょう。
 ボールを角度θで毎秒vメートルで投げたら、ボールはどのように飛んでいくでしょう? 重力加速度は10メートル毎秒毎秒で丸め、空気抵抗は無視します。中学生レベルの物理と数学ですね。
 横軸と縦軸に分けて数式を書きます。

 「???」

 再度、ちんぷんかんぷんだという顔をするコッパーさん。

 「ですよね~。でもこれ、私のいたところでは十五才くらいの子供のカリキュラムで学ぶところです」

 「!…なんと!」

 この式を積分式で求められるようになれば高校生レベルですね。

 「物事の知識もですけど。皆さん、数学に関する見識が絶対的に不足しています」

 「いや…しかし…数字をいじくるだけの学問が、真理を知る役に立つのですか?」

 「そうですね。…先に真理の一端を簡単に説明すれば、この世の全ての物は波で出来ています」

 「!!!…なんとっ!!」

 子供のころ、ガラスはなんで透明なのか?とお父さんに聞いて。原子の中の電子が光子とどう作用するか?かあたりまで説明されたのを思い出しました。

 「音も光も波ですし。全ての物質は波で出来ています。もちろんマナもです。つまり、真理を正確に語るために必要な道具が波を記述するための数学なんです。数学無くしてはこの先の発展はあり得ません。…こちらには、数字をいじくる学問を専門にしている人達はいないんですか?」

 「ああ…そういう者達はいますね。実際に役に立つ事が無いとされていたので、他の学問のついでにという感じですが。彼らは、頭の体操だと言ってやってました」

 日本でも、江戸時代に"和算"という微積分まで網羅した数学を開発した人物がいます。そんな人達がここにも居るようですね。

 「知るだけなら、説明で事は足りますが。理解したり証明したり利用するとなると、数学は不可欠です。…むしろその人達と話をしてみたいですね」

 「そ…そこまでのものですか?」

 「はい。そこまでのものです」

 アイザック・ニュートン。重力を発見した…ということで有名な科学者ですが。お父さん曰く、彼の最大の功績は、運動力学を説明にするための道具としての微分積分学を整備したことだ…そうです。
 あとゴットフリート・ライプニッツ。…このゴットフリートって名前が、当時の中二心をくすぐりました。
 この物理現象を正確に記述する数学的道具を手に入れた科学は、ここから急速な発展を遂げていくことになります。

 「…真理への道標とは、意外なところに落ちている物なのですね。今まで見落としてきたのが悔しいです」

 「知識の表面を伝えるだけなら、さらさらと出来ますけど。それが本当だと証明して、人の世で役に立つことに昇華させるとなると、数学は必須ですから」

 コッパーさん、なんか落ち込んでしまいましたね。ちょっと気の毒になりました。
 では、もちっと初歩的なところからということで。加速度、速度、距離の計算をちょっと教えてみましょうか。時間と速度のグラフで三角形の面積が距離になるってやつからです。

 「ふむ…出生率から将来の人口を計算したりするのと同じじゃな。領庁の開拓を預かる部署には、こういう計算が得意な者らが集まっておる。一度話を聞かせたいものだな」

 いつのまにか混ざっているアイズン伯爵。政治や領地経営の方も数字を扱う機会が多いようです。

 「…まさか今のを奉納しろなんて言わないよね? タロウ、今の少しでも分った?」

 「速度と距離くらいならわかるけど。加速度なんて初めて聞いた、そんな言葉あるんだな」

 アイリさんとタロウさんがボーゼンとしてます。…さすがにこれを奉納されても教会も困るでしょうし。物理や数学的事実に奉納は効かない…ってより効かせてはいけないと思います。今のが理解できるのなら、権利とか気にせずにどんどん広めちゃうべきですね。

 「弓とか投石機の飛距離とか、計算で求められるかな?」

 エカテリンさん、応用方法としては的確ですが。いかんせんこの世界では、距離や速度の測定技術がまだまだ稚拙なのです。

 「レイコ、あなた本当に私より年上なのね」

 マーリアちゃんは変なところで納得しているようです。そういいつつ撫でないでくださいね。
 コッパーさんとナガルさん、夕食の時間の間も書かれたメモを見ながらブツブツと考え込んでいます。
 …ご飯食べている間は食事に集中しましょうね。

 横から聞いていたハンマ親方たちとマナ術師のノドムさんが頭抱えています。

 「…あれが俺達に求められているのかよ。…ついて行けねーよ」

 「親方、いくらなんでもさっきのは百年単位の話ですからね。今は一歩ずつ進んでいけば良いんですよ。いままでだって成果出してきたじゃ無いですか? ポンプ作るのだって、計算皆無じゃないんでしょ?」

 「マナ術には自信があったのですが。ここでは、それだけでは付いて行けないようですね…はぁ…」

 意外なところから悲喜交々となったトクマク領館の食堂でした。

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