玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第5章 クラーレスカ正教国の聖女

第5章第001話 宿題提出の時間です

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第5章第001話 宿題提出の時間です

・Side:ツキシマ・レイコ

 ダーコラ国から帰ってきて半月ほど経ちました。日本で言えば五月くらいの陽気でしょうか。朝、顔を洗うときの水の冷たさも気にならなくなり、皆が元気に見えますね。

 先週は四日間ほど、土木工事で木の根っこを根こそぎしてきました。一日中神輿の上でワッショイワッショイ、あっち行ってドッカン!こっち来てドッカン!でしたよ。
 おじさん達、なんか変なテンションでした。皆で神輿を担ぐってのは、なんかそういう効果があるんでしょうかね? ものすごい効率でした。


 本日は職人街マルタリクへ、以前いろいろお願いしていた事案の進捗報告会に赴きます。私が報告される側ですけどね。
 ダーコラに遠征していたので、一月半ほどのご無沙汰です。奉納対策として、アイリさんとタロウさんもご一緒します。
 マルタリクでは、ハンマ親方の工房ではなく直接職人ギルドの会議室に招かれました。いろんな職人さんも集まっていますね。なんか皆がわくわくしています。


 まず最初は、ハンマ親方から手押しポンプの説明です。
 前回は竹などで模型から…ということでしたが。なんともう金属製の試作品が出来ているそうです。鉄では無く青銅製ですね、いわゆるブロンズです。
 弁やパイプ代わりの竹の耐久性や、井戸の深さによる使い勝手の検証はまだ始まったばかりですが、既に手応え十分。結構大きな鋳物ですので、製造コストはそこそこしますが。試作したいくつかをすでにマルタリクのいくつかの井戸に設置したところ、女子供でも楽々水汲めると、大評判だそうです。
 ランドゥーク商会と協力して教会への奉納の準備も進めているそうで。国中に普及するのも時間の問題でしょう。


 つぎにシャベルです。こちらは、ハンマ親方の弟子のタンナスさんが担当ですか。
 こちらは特に制作に難しいところは無いと思いますが。全体に強度を出すための曲げ処とか曲面とか、いくつか試行錯誤したそうです。
 うん、ちゃんと足で押し込めるようになっていますね。持ち手もしっかり付いています。
 こちらも工事現場の人に実際に使ってみてもらって、改良点をフィードバック中だとか。おもに強度の面についてですね。身体強化のマナ術を使える人は結構いるので、へし曲げてしまうことが…。とはいえ、身体強化が使える人に合わせると重たくなりますので。通常版と高強度版の二種用意するそうです。
 あとの難点はやはりコストでしょうか。鉄を結構使いますからね。ただ、ユルガルム領での鉄の増産の見通しはこちらにも届いているので、それを前提に動いてくれるそうです。
 鉄板から打ち抜いてプレスで成形…という方法も教えてはあるのですが。そもそも鉄板の量産がハードルが高いのです。ただ、プレス加工は試してみたいと言ってました。…型の方に使う鉄の量がやはりネックですか。
 プレス機にローラー…やっぱ蒸気機関が必須ですか。


 木工所の方からは猫車に関して。
 こういうもののアイデアは結構前からあったそうですが。例えば左右で二輪が付いているタイプだと、傾斜面を横に移動したい場合に荷台の方も傾いてしまって使い辛かったそうですが。それを一輪にするという考えは無かったそうです。まぁ初めて使うと、なんてこんな不安定なと思うのですが、これによって斜面への追従性が上がるわけですね。
 こちらも実地で検証中で、評判も上々だそうです。


 たこ焼き器です。
 はい。文句の無い出来ですね。ファルリード亭に帰ったら早速試してみましょう。
 …と思ったら。皆さんがジトーとこちらを見ています。 …是非、そのタコ焼きとやらを食べてみたいと。
 うーん。油はまぁ獣脂でもOKですが。ソースとマヨネーズは必須です。え? いまからファルリード亭に使いを出せば、お昼までには持ってこれる? …それでは必要な物をメモしますので、お使いお願いします。ソースとマヨネーズと卵と。具にはまぁお肉とイカでいいでしょうか?
 ここでの昼食はタコ焼きに決定ですね。


 馬車のサスペンション、板バネですね。
 試作で原理は確認できたそうです。衝撃を吸収しながらも揺れすぎないと、結果も上々だそうで。
 ただ、こちらも使う鋼の堅さと靱性のバランスや耐久性あたりの実験がしばらく必要だそうです。そこそこ高価になりますし、高価と言うことは貴族等が使うことになりそうですから。仮にバネが割れたとしても重大な事故にならないような構造も合わせて検討中とか。
 長期的な保守点検についてもマニュアル化すべきでしょうとかいう話をしましたから、ちょっと驚かれました。なんでも、普通は売ったら売りっぱなしで、壊れたとしても所有者の運のせい…という事がままあるそうで。定期点検や修理を有償サービスとして契約するという概念が斬新だそうです。
 たまに、メンテ無しで使い続けて壊れたのを職人のせいにする購入者がいるそうで。そういうのを防ぐためにも、定期的に荷馬車を持って来て貰うよりは、こちらから点検員を派遣することでも収入を得るシステム、是非検討したいとのことです。


 さて。お次は紙です。
 以前聞いた東方諸島から輸入したという紙を見せて貰いました。うん、和紙にしか見えませんね。なかなか上質です。
 次に、ネイルコード国東側のアマランカ領で取れるという草が原料に使えそうだと言うことで、早速作ったという試作品の紙を見せて貰いました。まだ目が粗いですが、しっかり紙になっているんじゃないでしょうか? 繊維の粉砕をもっと詰めれば、さらに上質になりそうです。
 紙がアマランカ領での特産になるかもしれないと言うことで、向こうの職人ギルドも乗り気だそうで。今後も品質向上のための研究を続けるそうです。


 蒸留酒。これは試作した分を消毒薬としてダーコラ国遠征に早速持っていきました。
 実は、この件はカステラード軍相預かりになりました。軍が独占するというわけではありませんが、消毒による予後経過などのデータを収集中だそうで。今のところ、消毒時に痛い以外は、縫合と合わせて大変良い結果が出ているそうです。
 ただ、マルタリクの人達が今夢中になっているのは、当然飲む分です。今までに無い強い酒精に虜になった人も多く、更なる量産を目指しているのですが。原料となるお酒のそのまた原料とか、保存用の樽に使う木の種類とか、それはもう部外者も首を突っ込みまくりつつ、熱心に研究しているそうです。この辺の成果が実を結ぶのは年単位先の話ですが。
 酒の産地であるテオーガル領は、タシニの峠の向こう側の領ですね、そこが候補地としてエイゼル市庁が交渉中だそうです。


 「レイコ殿は…うーん聞き方が難しいのだが、将来的にはどういう技術を普及させたいのかというか、レイコ殿の目指す先はどんなものなんだ?」

 ハンマ親方が聞いてきました。まぁこういう技術を小出しにしてというのが、終着点がどこなのか不安に感じているようですね。
 もちろん、地球のような文明社会が目標ではありますが。説明が難しいんですよね。エネルギーと情報と交通のインフラ整備…なんて言ってもピンとこないでしょうし。
 ただ。現在のこの国の産業とか見ているのなら、真っ先に欲しいものはだいたい決まっています。

 「そうですね。まずは動力の開発というのが一つ」

 「動力?」

 この世界ではまだ、人力か馬牛か水車に風車という世界ですからね。
 ちゃちゃっと石版に蒸気機関の概略を書いてみます。

 「熱源でお湯を沸かして、その湯気の圧力でポンプを動かして、それを回転運動に変える…って仕組みですね。これで工場のいろんな機械を動かしたり、馬車や船をこれで動かすのが、当面の目標ですかね」

 井戸ポンプが基礎の基礎ですね。精度や強度はもう一段上げる必要がありますが。
 ついでに、蒸気機関車と列車も書いてみます。

 「一両が馬車十台分くらい、これを十両くらい連結した物を、馬車の五倍くらい速度で走らせます。このレールというものを、例えばユルガルムまで敷設して、一日二往復くらいさせる…くらいの代物ですね」

 「…馬車の百倍の荷物をユルガルムへ一日二往復か。とんでもない代物だな」

 さらに、外輪船とかスクリュー船の絵も書いてみます。

 「風に頼らず、帆船の倍くらいの速度で走り続ける船ですね」

 「…こんなに沢山物が運べるようになってどうするって感じもするけどね」

 タロウさんの感想です。流石に想像し辛い輸送量のようです。

 「産地と生産地と消費地、これを高効率で結ぶことで経済が回るんですよ。アイズン伯爵がやってることをさらに規模をデカくしたようなものですね」

 正直言うと、マナが使えるのなら蒸気機関より電気モーターの方が便利なのでは?とも思いましたが。電気という概念がせいぜい雷程度では、科学の素養レベルでまだまだです。大量の数学が必要ですからね。
 でもこの世界では、ガソリンエンジンやディーゼルの代わりにモーターで動くものばかりになるでしょうね。航空機が全部電気モーターで飛ぶ世界になるかもしれません。

 「あと重要なのが、工作機械の精度ですね」

 ミキサーの歯車の製作の経験から、歯車を作る機械とその精度についてはいろいろ勉強したようですが。それでも精度がまだまだ足りません。精密な加工ができる製造機械を作る製造機械"マザーマシン"。精度をどんどん上げ、さらに加工できるサイズを拡大していく必要があります。
 具体的には旋盤とフライス盤、精度の高い旋盤とフライス盤を作るための旋盤とフライス盤…目指せマイクロの精度の世界。

 「材料についても、体系立てて研究していく必要があります」

 材料工学と冶金学。この辺も重要ですが。…この時代だと、科学と言うより錬金術扱いされるかも。王都の賢者院がやっているんじないかと思っていますが。この世界の科学レベルを正確に把握するために、そろそろ実際にお話を聞きたいところでもあります。

 「なんとも壮大な話だな。…レイコ殿はそんな世界から来られたんだなぁ。とりあえず進めて欲しいのは、その蒸気機関の試作と、部品を高精度に加工するための機械の開発に、金属材料の吟味…ってところかい?」

 さすがですハンマ親方。目標把握が早くて助かります。

 「うん。じゃあまぁ、俺たちに教えられるところまで知識を吐き出して貰おうか」

 なんか楽しそうな顔してますね…まぁ仕方ありませんか。ということで、数日ほどギルドに通って講義をすることになりました。
 まず目指すは蒸気機関の試作、その部品を加工するための初歩的な旋盤とフライス盤の制作。削り出しの刃に使える材質の吟味。…数日で足りるのかな?

 あと。以前アイズン伯爵がエルセニム国と話していたマナ術師の派遣がもうすぐで、アイズン伯爵がユルガルム領に赴かれるのに合わせて、そのマナ師達もユルガルム領へ同行する予定だそうです。いろんな鉱山が多いユルガルム領ですので、金属生産やマナ加工などが盛んです。この辺の技術交流が予定されている話をしたところ、マルタリクからも研修に人を出したいという話になりました。この辺は、領庁と話してくださいね。
 うん、マナをもっと積極的に使う産業の切っ掛けになるのでは?と期待しています。こちらも楽しみですね。

 ん? ファルリード亭にお使いに行った人が戻ってきましたね。
 時間もそろそろお昼。では、調理場を借りてタコ焼き作ってみましょうか。 …イカ焼きですけどね。

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第5章始まりました。章名から推察できるように、正教国とは一応の決着が付きます。43話予定。
あと、投稿時間を朝6時に変更しました。
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