玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第3章 ダーコラ国国境紛争

第3章第033話 城門前公園から景色を眺めつつ

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第3章第033話 城門前公園から景色を眺めつつ

・Side:ツキシマ・レイコ

 新年が明けて一週間。ちょっと浮かれた雰囲気が残りつつも日常にもどりつつある、城壁前広場です。
 船乗り病の実験について助言を求められ、貴族街の庁舎に寄っての一人で帰り道です。ダンテ隊長には馬車を出すと言われましたが、ちょっと中央市場も散策したいので、辞退いたしました。
 実験、いわゆる比較実験についての話ですね。どういう条件で船乗り病が発症するのかしないのか、いろんなパターンをまとめて並列に実験を実施することで、理論の確度を上げるという、実験の基本的な部分の話です。

 おっ。ちょっと高いけどマヨネーズをソースに使った港サンドの屋台もありますね。醤油味の方は、まだ供給が安定していないので、この辺は来年の話ですか。いっちょ、買ってみましょう。

 流石に町中では半袖は着ません。アイリさんに、見てるだけで寒そうだと、散々言われましたので、冬用のコートのような上着を買いました。あと、チョイ足しでこれにフードを付けてもらいました。
 フード付きマントとかはありますが。どちらかというと雨具や防寒具の派生型で。ファッションとして上着に付けられたフードは皆無です。
 アイリさんが、新しいデザインだと興味津々です。…そう言えば、ランドゥーク商会はもともとアパレル系でしたね。
 この服をあつらえてから、レッドさんもフードの中がお気に入りです。ちょっと私の首が絞まりますけどね。ポケットに手を突っ込んでバランスを取ります。

 サンドと飲み物を買って、手摺りの側のベンチで、街の風景を見ながらいただきます。
 港から、川向こうに広がる農地までが一望できる、なにげにお気に入りの場所です。
 お店でサンドを三分の一ほどを切り分けてもらっているので、そちらはレッドさんにですが。…食べる時にはフードから出てくださいね。



 この世界に来て半年。なんかたくさんのことがありました。既に、前世の一生分の体験をしたような気分です。
 まぁ実は、物語みたいにもっといろいろ巻き込まれるかも?と思っていたこともありますが。

 こういう時代レベルにしては、この街はかなり高水準だと思います。都市開発、産業育成。明日の更なる発展を信じている人ばかりで、それらが人々の生活の余裕となって精神的にも穏やか。私が内政チートとか持ち出すに及ばす、優秀な為政者がこの国には既に揃っています。技術や知識を小出しにしていくくらいしか、やることがない。

 そんな中でも、私がここに来たことで良い影響が出ていると、アイズン伯爵やカステラード殿下は言ってくれます。
 国の安全保障に、いるだけで役立つ…最終兵器というか、アンタッチャブルというか。まぁ、"力"の面で私がやれると言ったら、そんなところなんでしょうね?
 …こんな感じの過ごし方で良いんですかね?赤井さん。



 この体…というかこの頭の中というか。まぁこちらの言語や文字が予め分るのは大変重宝していますが。なんというか、前世で私が知らなかったような記憶までありますよね?
 お父さんが何でも答えてくれる人だったので、小さい頃から"どちて坊や"をしていましたし。…もしかしたら、どこかで読んだり見たりした知識が、意識しないまま思いだされているだけかもしれませんが。知識量にちと違和感があります。
 まぁ、人のもっている知識なんてかなりの部分がどこで覚えたのかもあやふやな物ではありますし。まだこの国で披露した知識程度なら、大卒程度なら一般常識の範囲ですけど。

 空を見上げます。冬には珍しく快晴で、太陽がまぶしい…のですが。

 ちなみにこの世界の文字は、基本は23文字。母音と子音の二文字前後で一つの音を表現し、単語毎に分けて書く。文章の書き方や文法は英語に近いかな。
 ただ、この国にも象形文字があります。漢字と違って名詞のみで、動詞を現わす象形文字がほとんど無いのですが。例えば"王"とか"日"、"月"、"星"、"街"、"魚"、"森"など。象徴的だったり、一般的に使用頻度が高い名詞には、これらの文字が存在します。
 月の文字は、"◎"。○の中に小さい○がもう一つ。まんま、あのでかいクレーターがある月ですね。
 日の文字は、○のなかに横棒一本。なんで横棒?と思って、以前タロウさんに聞いたところ。

 「え?横棒あるだろ?」

 言われて太陽を良く見ると、髪の毛みたいに細い線が一本。…黒点の類いでは無いですね。細い土星の輪を斜めから見ている感じで、少し湾曲しています。…それまで太陽をじっくり見ようなんて思っていなかったので、気がつきませんでした。
 あ。もちろん、太陽と言ってもこの惑星の母星である恒星のことで、地球に対するSUNやSOLのことではないですよ?
 あの黒い線…あれですね。赤井さんのチュートリアルにあったマナ生成プラントの軌道リング。おそらく三千万年前から稼働して、この惑星を改造するのに使うマナを精製したプラント。地上からも見えるんですね。おそらくまだ稼働していて、どうやってかは聞かなかったですが、今でもマナをあそこからこの星に供給しているはずです。

 …そのプラントを意識したら、記憶に上がりました。マナプラントの力学やら構造やら建造工程やら。マナを精製する理論に数式。
 …理論や数式自体が頭に浮かんで、半分も理解できません。
 なんかの波動の式に外部からエネルギーを与えて励起する…位は分るのですが。一つの次元の波動を励起しようとすると、他の次元が邪魔をする…それが際限なく素粒子の種類が増えない理由ですか?。マナに必要なのは多次元波動同時励起? 励起の邪魔するのではなく互いに支えて励起状態を保持させる?…降参です! 畑違いも良いところですね。

 私の再現度は八割と赤井さんは言っていてました。足りない隙間をこういう余計な知識で補完してあるのでしょうか?
 言葉は聞けばすぐに分りますし、文字も見ればすぐ読めます。そんな感じて、他にも見たら思い出すレベルでいろいろインプットされているようです。馬車をみると板バネの原理とか。帆船をみるとスクリューの原理とか。正直オーバーフロー気味です。
 …読んだことのない漫画とか見たことの無いアニメとかの知識なんかも、たまに思い浮かぶんですよね…

 まぁ、小説とかでよくあるパターンとしては。ここで「私は一体なにものなんだ!」と苦悩する主人公とかが出てくる物なのでしょうが。自分は自分です。というより、"玲子"にどんな改変が加えられていようが、"今考えているのはレイコ"です、これは疑いようがありませんし。出生の秘密…というか、そもそも私自身が脳内情報を取り出すプロジェクトに参加していたんですしね、いまさらです。この辺の記憶の不整合がデータの不備だと言われれば、はいそうですか?ですし。自己同一性にも特に悩みはありません。

 まぁ、今更存在を止めることは出来ないですし。そもそもこういうことも想定内のプロジェクトのはず。
 …では、どうしてこうスッキリしないんでしょう。自分は異分子なんだ感が取れないのです。



 赤井さんに送ってもらった時に持っていたリュックは今、伯爵邸で預かってもらっています。
 こちらに来たときに着ていた服と着替えが入っている程度ですが。ファルリード亭に置いとくと危ない…というよりは、ファルリード亭の人たちが危ないと思いまして。今のところ、泥棒が入ったという話は聞いていませんが。宿を伺っている人は珍しくないそうです。油断しないに越したことはありません。

 伯爵邸に預ける直前。ジャック会頭が衣服職人を連れてきて、服やらリュックを精査していました。
 この国の人の服は、基本的に紐で縛ってます。帯では無く、ボタンの位置から紐が垂れていて、それを縛るって感じですね。ボタンの服でそれをそのまま紐止めにすると、前を合わせるところに隙間が出来てしまいますから、こちらの服は左右を重ねる部分が広めです。この意匠が和服っぽい雰囲気を追加しています。

 私の服のデザインやら裁断やらを、細かく測ってメモしています。ボタンホールの構造は念入りに。

 「これ、何で出来てるんだろ?」

 ボタンは、プラスチック…ぽい質感のなにかですね。どのみちここには無いものですが。

 「私のいた世界では、貝殻で作ったものが高級品でしたね」

 「貝殻! なるほど、石よりぴったりの素材だな!」

 貝を材料にした装飾品などの細工師は既にいるそうなので。さっそく話を持っていってみるそうです。
 襟の構造とかは、ボタンに合わせたものになっていますからね。この辺の衣装込みで奉納コースにしても良いかと言われています。まぁ、こちらの人好みにアレンジする必要はあると思いますので、あまり独占しない形でお願いしますと言っておきました。
 スカートのフックあたりにも感心していました。…ファスナーの構造には、ただただ驚愕していましたけど。こんな細かい細工、再現できるかーってね。こういう物を作るための機械、機械で作るからこそ正確に。機械工業目指してみますか?
 …にしても大の大人が寄ってたかって女児の服を漁っている様は、ちょっとシュールですね。

 下着は…アイリさんにだけ見せました。ショーツなんかは、型を複製しています。
 私の着替えには入っていませんが。ブラジャーの構造とかも教えておきました。一応私も前世では着けてましたから、そのへんは覚えていますよ。
 そこそこリアルなマネキンを使って立体裁断の型紙作成…からですかね?
 胸の形がはっきり出るのが恥ずかしいかも…と言ってましたけど。みんなが付ければ恐くない。まずは貴族のパーティー衣装と合わせてデザインしてみては?と提案しておきました。
 アイリさんの大きさだと、早い内に付けた方が良いと思います。その辺の説明をしたら、真剣になってました。



 リュックなんかに頼らなくても、アイテムボックスとかストレージみたいなのは無いの?と赤井さんには聞いたことがあります。
 よく小説で、アイテムボックスとか瞬間移動とか気軽にやってましたけど。あれ、とんでもない技術です。それこそ、それらを実現させるような技術が簡単に存在するのなら、宇宙を我が手に!なんて楽勝なくらい。

 シミュレーション画像を見せてもらいました。"そういったもの"に必要な空間歪曲を起こすためのリング状のブラックホール。しかし、リング状のブラックホールはまったく安定せず、すぐに節目みたいなのかできて複数のブラックホールに分裂してホーキング放射を起こしてドカン!。全ては一瞬の出来事であった。大惨事です。
 ワープとかワームホールの類いが上手くいないのも、環状ブラックホールを安定させられないからだそうです。
 マナみたいな超物資が作れるメンター達でも、ニュートンとアインシュタインには勝てないのが現状。まぁ、実際にはそう上手くいくわけもないですか。

 「だから、あれらは全部仮想世界なんだよ。それなら単にデータの扱いの問題だからね」

 と、赤井さんはちょっと覚めた目で言ってました。



 リュックと中身は、虫除けのポプリと一緒に木の箱に入れて、伯爵邸の衣装部屋に置いといてくれるそうです。
 まぁ、命に替えて大切と言うほどでもないので、いざというときには捨て置いてもかまわないとは言ってありますが。
 …なんか、前世と本当に決別したかのような、ちょっとしんみりした気分になりました。

 「…何十年かしたら、聖遺物として教会が欲しがるもかもしれないな…」

 アイズン伯爵、勘弁して下さい。

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