玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

文字の大きさ
上 下
89 / 339
第3章 ダーコラ国国境紛争

第3章第006話 レイコ・ナックルナイフ

しおりを挟む
第3章第006話 レイコ・ナックルナイフ

・Side:ツキシマ・レイコ

 見学遠足の時に、タクマンの街で武器屋に寄りたそうなエカテリンさんに聞かれました。

 「レイコちゃんは、武器や防具は持たないのか?」

 私がろくに剣が使えないのは、いつぞやの軍の訓練所でわかったし。素手で剣は止められるので、とくに必要は感じていなかったんだけど。
 囮ならともかく。護衛業もするのなら、"武装している"というのは見て分るようにしておかないといけないそうな。襲撃を撃退するのは当然としても、襲撃させないに越したことは無いとのことです。なるほどです。
 …こんな子供が武装していても、舐められるだけに思いますが。便利グッズのつもりで何か考えてみましょうか。



 ということで。タクマン街のハンマ親方のところに来ています。
 アイリさんには、また一緒に来て貰っています。今回は完全に私用なので、申し訳ないですが。え? 私は、どこから何が飛び出るか分らない?…そうですか。

 私にはどんな武器がいいのか。まずここからですよね。
 剣なんかは、よほど頑丈にしないとすぐ壊れそうです。攻撃よりは防御寄り? 相手の剣を受け止めやすい形か… 確かに、相手を斬るって選択肢はないですから。うん、そちらの方向で。

 試しに、鋳つぶす予定の古いナイフを持たせて貰いました。柄は木で出来ているタイプですが。これを思いっきり握ると、こう簡単に茎(なかご)ごとバキバキっと。親方がびっくりしています。
 これでは全然強度が足りませんね。



 いろいろ検討した結果。メリケンサックに楔をつけたような形をデザインしてみました。刃というには分厚く、断面がほぼ三角の楔です。

 メリケンサックの説明のために、図を書いたところ、木製で即席で作ってくれました。
 切り出した板に、大きな錐で指を通す穴を四つ開けて、あとはナイフでサクサクと。さすがです。
 きちんと、衝撃は手のひらの方で受け止めるような形になってます。

 「私のいたところで、護身具として使われていた、隠し持って殴るための武器ですね。」

 …知り合いの女性が持っていましたね。ストーカー対策だそうです。
 アイリさんが試作品を嵌めてみて、素振りしています。エアーボクシングですね、気に入りました?

 「なるほど。拳に負担をかけずに、腕の力を直接たたき込めるわけか。面白いけど、けっこうえげつないな」

 見ていたハンマ親方が感心しています。

 同じく。楔型の刃を木で即席で作って貰い、ナックルの方にくっつけてみました。楔の長さは十センチくらいです。
 順手より逆手で持ったほうがかっこいいかな? 剣と言うより、まんま楔として使いそうだし。壁とか木とか登るときに便利そうです。

 「うーん。こりゃ鍛造よりは鋳造だな。刃は焼き入れするにしても、レイコちゃんの力なら鍛造だとまず砕けるからな。砕けるよりは、まだ曲がる方が良いだろ。まあ、そうそう折れるような厚さでもないと思うんだが」

 もとより、切れ味は求めていませんので。それで結構です。
 私の手のサイズを細かく測ってくれました。これに合わせて、まず粘土で原型を作るそうです。来週また来てくれと言われました。
 アイリさんも、手のサイズを測って貰っています。刃が付いていない純粋なメリケンサックが欲しくなったようですね

 「これ、女性向けにけっこう売れると思うのよ」

 …こんなの奉納するんですか? …女性の力でも、そんなので殴られたら頬の骨くらい折れますよ?
 女性の護身用ってのは分りますが。女性のノックアウト強盗なんて出たら笑えません。
 エイゼル市が、そんなに治安が悪いとは思わないので。奉納するかどうかは、ジャック会頭と相談してからにしてくださいとお願いしました。

 「エカテリンなら絶対欲しがるわよ。あと、彫り物とかで飾ったら、貴族女性にも流行るんじゃ無いかしら?」

 …中央通りのブティックに宝石の付いたメリケンサックが並ぶんですか? …それはそれて面白いけど…



 あとあと。靴用スパイクもお願いしました。

 この世界は、皮靴が普及しています。地球での革靴というよりは、革製ブーツから、サンダルみたいなものまで、種類もけっこうあります。縫製と膠で組んであり、強度も十分あります。

 最初は、鉄製のスパイクを革靴に直接着けて貰おうか?と思ったのですが。貴族の屋敷とかで床に石が拭いてある場合、鉄の靴底だと傷つけてしまうのでは?ということで、止めた方が良いということになりました。
 うーん。色々考えた結果、野球のスパイクのような物を草鞋のように後付けできるようなタイプと。靴の裏に分厚い皮を張り付けて、それに凸凹を掘っていくというタイプの二種を試してみることにしました。

 さすがに靴はハンマ親方の領分ではないので、靴を作っている工房を紹介されました。
 先に、私の足に合う既製の靴を出して貰い。それを改造する形になるそうです。
 こういう溝を掘った靴裏は、剣士向けのブーツや山に入る人向けとしてすでにあるそうですが。溝に土が入って汚れやすいので、騎士とか貴族はあまり使っていないようですね。そう言えば地球での革靴も、裏面ツルツルってのが多かったように思います。
 底に張る皮の候補として、一インチほどの厚みがある物が出てきました。牛あたりの皮を接着しながら重ねた物のようです。剥離したりしないか、強度とかは実際に出来てから試すしか無いようですね。

 足の裏の溝はスニーカーの記憶を元に図面を描いて、それで掘って貰うことにしました。初めて見るパターンの溝だと興味持たれました。



 次の週。再度ハンマ親方の元を訪れます。ナックル・ナイフの型が出来ていました。

 粘土と言っても、油粘土とは違って、乾燥すると堅くなるタイプです。
 壊さないように順手と逆手で持ってみて。構えてみます。
 逆手なんて実戦ではほとんど使われないそうですが。壁とか木に突き立てて、そこを腕の力だけで昇っていこうか…とか。地面を滑るときに突き立ててみようかとか、なんてことを考えています。私のパワーには、摩擦の少なさが天敵ですので。
 粘土型にOKを出しましたので。次は型を取って鋳造するそうです。あっと、両手で持ちたいので、二本お願いしておきました。

 靴工房のほうから連絡が入っていて、皮底タイプの靴の方は、もう出来ていました。さっそく履いてみますね。
 うん。軽く走ってみましたが、重ねた皮が崩れることは無く、良い感じです。つま先のグリップもずっと良くなりした。
 さらにハンマ親方謹製の後付けスパイクです。付け方…というか履き方は、鉄製の草鞋といった感じですね。革紐で靴の上から縛って固定していきます。
 スパイク部分も、そんな攻撃的なデザインでは無く、歯が三枚三角形に並んだものを、つま先近くと踵にです。うん、こちらも良い感じです。

 工房の前の通りで、足が滑らない限界でスタートダッシュしてみました。舗装されていない地面でも、百メートル五秒は行けますね。みんなびっくりして見てます。
 うん、気に入りました。



 ナイフの方は来週に出来るということで、ではまた来週…というところで、ハンマ親方の弟子のタンナスさんに呼び止められました。ピーラーの時には奉納バージョンを作ってくれた方ですね。
 ん?、レッドさんに贈り物だそうです。皮に巻かれたカトラリーのセット。ただ、普通にあるカトラリーよりかなり小さいですね。細かいレリーフも彫られていますし、しかもこれは銀製?

 何でも、とある貴族に子供が生まれたときに縁起物として依頼されたそうですが。残念ながら納品前にその子は亡くなってしまいまして。流石にこちらから費用請求することも出来ず、お蔵入りしていたそうです。

 レッドさんが、手掴みできるものだけ食べているとどこかで聞いたらしく。なら丁度良いサイズのカトラリーを…ということで、思い出したそうです。
 おお、それをしまえる腰巻きポシェットまで。測っていないのにレッドさんにぴったりですね。

 レッドさん、大喜びです。フォークとスプーンを持って小躍りしています。
 それを見たタンナスさんが、レッドさんを拝んでます。…なんかカオスです。

 その後、お代の話になりましたが。レッドさんにもらって貰えるのなら亡くなった子供の供養になるだろうと言うことで、要らないと固辞されました。
 …そういうことなら、いただいておきましょう。私達も、その子供の冥福を祈っています。



 ファルリード亭に戻ってのその日の夕食。さっそく件のカトラリーを披露するレッドさんです。
 いつもはサンドにして貰っているのですが。今日は普通の夕食が子供向け量で出されています。
 レッドさん、器用にフォークとスプーンで食べていますね。それを見ているアイリさんが、なんか両手をわやわやしていますが。食べている最中にかまうのは勘弁してあげて下さいね。

 食後。モーラちゃんに洗ってもらったカトラリーを手ぬぐいで磨いています。銀ですから、手入れは必要ですね。
 キュキュっとしては、前に掲げてドヤ顔です。…どっかで見たなと思ったら、あれです、名刀を手に入れて悦に入る侍。そんな感じ。

 「うーん。やっぱ小竜様なんだね」

 動物然していない行動だな…という意味だそうです。今までは手掴みで食べていた程度で、動物とあまり区別されていなかったようですね。
 この子、頭良いんですよ。



 さらに次の週。ナイフが出来たということで取りに行きました。
 うん、鉄で出てきた本物です、当たり前ですけどね。刃の部分が分厚いので、けっこう重たいです。
 弓矢や槍の試し用でしょうか、裏庭っぽいところに丸太が立てかけてあったので、許可を貰って試してみます。

 ガッ

 逆手持ちして突き立てると、刃の半分くらいがめり込みます。これで十分体は支えられそうなので、ぐぐくと体を引き上げて、反対側のナイフをガッ。

 抜いて挿してを数回繰り返して丸太の上まで登れました。
 刃の部分も、特に曲がっていることはありません。問題ないですね。

 先日のレッドさんの腰ポシェット見て、ナイフ用の鞘も注文しておきました。腰に巻いて左右にナイフを掃きます。まぁ特殊な形なナイフですが。さすがに武装しているのは分るでしょう。

 なんかハンマ親方が、ナイフのデザインを真似させてくれと言っています。
 山の中とかで使うには、結構便利なんじゃないのか?ってことで。殴ることも出来ますしね。大人サイズでもっと軽いタイプを作ってみたいそうです。

 あと、アイリさんのメリケンサック。ジャック会頭から量産の許可が出たそうです。ただし大きさは小さめにして、大の男が填めるには難しいサイズにするそうです。女性か子供専用ってことですね。
 まぁ、剣を普段から所持しようと思えば出来てしまう時代ですから。殴る道具くらいは良いんじゃないか?ということです。



 ナイフ関係の支払いも済ませて、ファルリード亭に戻ってきました。

 「あ、レイコちゃん、剣持っている!」

 モーラちゃんが目ざとく見つけましたね。なんか持ちたがっています。
 まぁ、刃が分厚い分、切れ味は大して無いですし。この子も料理で刃物は扱います。問題ないでしょう。

 モーラちゃん、二本持って…やっぱ逆手ですよね。構えてなんかカッコイイポーズ取っています。結構重たいはずなんですが。
 確かに山の民のパワーで使えば、結構強力な武器になりそうです。…ハンマ親方も量産したいとか言ってましたし、なんかのお祝いの時にでもプレゼントしましょうか。もちろんご両親のご許可を取ってからですけど。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?

四季
恋愛
幼い頃、同居していた祖母から言われたことがあった。 もしも嫌なことがあったなら、電話の下の棚から髪飾りを取り出して持っていって、近所の神社の鳥居を両足でくぐりなさい――。  ◆ 十七歳になった真琴は、ある日母に理不尽に当たり散らされたことで家出した。 彼女が向かったのは神社。 その鳥居をくぐると――?

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

処理中です...