玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

文字の大きさ
上 下
41 / 339
第1章 エイゼル領の伯爵

第1章第039話 バッセンベルの貴族

しおりを挟む
第1章第039話 バッセンベルの貴族

・Side:ツキシマ・レイコ

 結構広いこの市場は、だいたい売り物で区分されているそうで。どこに何が売っているというのは、簡単に看板が出ています。次の目標の食品関係は向こうですね。
 さて、どんな食材が売っているのか?と、わくわくしながら食品関係の区画へ向かって歩いていると。

 「そんな値段では無茶です!」

 「バッセンベル侯爵の寄子貴族であるこのサッコ・ジムールが直々に取引してやろうと言うのだ。光栄に思って値引きするのは当然だろう!」

 似合わないカイゼル髭を生やした小太りのおっさんが、香辛料らしき物産を扱っている小店の店主と揉めていた。

 「私共も、リラック商会から仕入れてここで商売してるのでございます。その値段では仕入れ値以下でございます」

 「ふん、またリラック商会か、いまいましい。港の商店にも行ったが、一見お断りなど抜かしよって。この街の奴らはバッセンベル貴族を馬鹿にするのか? お主もバッセンベルと縁ができれば、またいくらでも儲けることができようぞ!」

 「見ての通り、私共はこの市場で商売するのが精一杯でございます。他領との商売をと言われても…」

 「いいから、その値段でバッセンベル領に納めるが良い。納期も値段もまからんぞ!」

 「大店でもない弊店では、その量も値段も無理でございます!」

 「貴族のためにそこをなんとかするのが、平民の役目であろうがっ! 私に逆らうのか?」

 おっさんが、持っていた杖で店主を殴りつけた。

 「お父さん!」

 見ていた娘さんが、店主に駆け寄る。

 「ふん。この男の娘か? まぁ悪くないか、商品と一緒にその娘も納めよ。良いな!」

 「行くわけないでしょ! この街ではそんな無体、貴族でも許されていないわよ!」

 「ふん。多少栄えた程度の田舎で生意気な!」

 今度は、その娘さんを杖で叩こうとしている!

 私は、店主が叩かれた時点で、これ以上の無体はさせるかと近づいていたので、とっさに娘さんを庇った。
 振り下ろされた柄を受け止める。

 「なんだ、この小娘は」

 「アイズン伯爵は立派なのに。この国にもこんな程度の低い貴族がいるのね…」

 「程度が低いだと!」

 「商売の金勘定もできない。交渉の仕方も知らない。女は物扱い。その行動のどこに為政者たる貴族の資質があると?」

 「バッセンベルの貴族を馬鹿にするのか!?」

 「馬鹿にされているのはあんた自身だって分らないの? 首の後ろに瘤が出来ていない?」

 魔獣は首の後ろのマナの瘤で凶暴化すると聞いていたので、例えとして出したのだが。たまたまこの事は、実際に侮辱語として成立しているのだと、後で聞きました。

 「ええい!無礼者! 護衛!いいから切り捨てろ!」

 「良いんですかい?旦那。ここはバッゼンベルじゃないんですぜ。ごまかすのに苦労しますよ」

 「構わん!わしはバッゼンベルの貴族だぞ!」

 しかたないなという雰囲気で、前に出る護衛。

 私の前に立つと、にやっと笑って、剣を抜くやいなや私を袈裟斬りにした。

 「「キャーーーっ!」」

 「「レイコちゃん!」」

 アイリさんとエカテリンさんだけではなく、見ていた人が悲鳴を上げる。



 私の体は、マナで出来ている。剣より頑丈です。強度は人のそれの比ではなく、普通の人が出来るような斬撃では傷も付かない。
 ただ、私の体重は人並み。袈裟斬りと言っても、肩を鉄の棒で殴られたのと同じなので、そのまま吹っ飛び向いの店に突っ込んでしまいました。

 「…なんだこのガキ。半身が飛ぶかと思ったのに、鉄のゴルゲットでも着けていたのか?」

 刃こぼれした剣を確認しつつ、訝しげな護衛の剣士ですが。

 「あーびっくりした」

 私は、崩れた商材から、首をクキクキしながら、何もなかったかのように起き上がります。
 あぁ…せっかく買った服が肩の処からざっくりと…良くもやったな!。

 無事に起き上がってくる私を見て驚く剣士。

 「てめぇ…どんなズルしやがった」

 「え?何もしていないですよ。腕が悪かったんじゃないですか? こんな子供に傷一つ付けられないなんて」

 「くそ!馬鹿にするな!」

 今度は、上段から頭めがけて剣を振り下ろしてくる。
 私はそれを手のひらで受け止め、そのまま刀身を握る。

 「なっ?!」

 普通なら私の指が飛ぶだろうには構わず、剣を抜こうと刀身を動かすけど。私の体が揺れるだけです。
 私は、刀身を握っている反対の手をその剣士の手首に伸ばし…

 ゴキン!

 関節を握りつぶした。

 「グギャァァァー」

 堪らず剣を離し、剣士が絶叫する。

 剣士は手首まで覆う手袋をしていたので、何が起きているのかは周囲からは分かり辛いが。まぁ二度と剣は持たないでしょう。
 この剣士、最初に斬りかかってきた時、愉悦の笑みを浮かべていた。ああいう無体をするのは初めてではないようだし、これを最後にするつもりもないだろう。ここで剣士生命を刈り取った方が世の中のためになる。

 「貴様!なにをした!バッゼンベルの貴族に対するこの狼藉、どなるか分っているのか?」

 「どうなるのか教えていただけますか?」

 おっさんの後ろに、護衛らしき騎士を何人も連れた貴族然とした男性が立っていた。

 「サッコ・ジムール殿。貴殿との交易は先日お断りしたはずですが。リラック商会でも門前払いされたとか。それでこんな大衆向けの市場で管を巻くなんて、バッゼンベルのは暇なんですね。

 「! ブライン・アイズン殿!」

 「レイコちゃん、大丈夫っ?!」

 アイリさんが駆け寄ってきて。切られたとこがどうなっているか確認しようとする。

 「…あれ?傷一つない?」

 「アイリさん、私が"何"だか知ってるでしょ? あの程度で怪我なんかしないよ」

 「それはそうだけど!びっくりして当たり前じゃないもう!」

 と怒られて抱きつかれました。むぎゅ。

 「無理な条件で売買強要に人身売買に殺人未遂。エイゼル市の法を無視しての乱暴狼藉、バッゼンベル辺境侯爵には正式に抗議させていただきます」

 「お待ちください! 私は平民に良い商売を持ちかけただけでございます! 抗議は何卒ご勘弁を!」

 「…馬鹿にするなよ、この似非貴族が…」

 小声で吐き捨てるように呟きます。相当怒っているようですね。

 「な…なんと?」

 「原価割れで商品を売れ? 娘も売るから寄越せ? それがバッセンベルでは良い商売なのですか? その辺は抗議をする前に改めて精査させていただきます。衛兵!サッコ殿を貴族宿舎にお送りしろ」

 おっさんは、お送りと言うより、引っ立てられていった。
 手首を砕かれた剣士は、そこまで重傷だと思われていないようで。手当もされずにそのまま引っ立てられていく。

 アイリさんが耳打ちする。

 「アイゼン伯爵の御嫡男よ」

 「ブライン・エイゼル・アイズンと申します。レイコ殿」

 三十くらいのキリッとした男性が、私に軽く会釈する。目のあたりに伯爵の雰囲気はあるけど、ずっと物腰柔らかそうな紳士だ。

 「ブライン様。ツキシマ・レイコと申します。」

 カテーシーなんて知らないので。普通にお辞儀します。
 向こうは私を"殿"にしてくれたけど。さすがにこちらからは"様"を付けておくべきでしょう。小市民ですので。

 「レイコ殿のことは、父から伺っております。ようこそエイゼルへ…と言いたいところですが。いきなりみっともないところをお見せして申し訳ない。たまたま視察に来てみれば、あの体たらくで…」

 「いえ。バッゼンベルの評判はいろいろ聞いてますから。お気になさらず」

 苦笑しながら応える。やっぱ碌でもないなバッゼンベルとやらは。
 と。レッドさんを抱っこしたエカテリンさんが側にやって来た。

 「すまんレイコちゃん。私、何も出来なかった」

 レッドさんも護衛対象だからね。とっさに動けなかったらしい。

 「私は大丈夫ですから。あ、ブライン様。この子がレッドさんです」

 レッドさんをエカテリンさんから受け取って、ブライン様に紹介する。

 「クー」

 と、レッドさんもブライン様に挨拶する。

 「これはこれは…本当にドラゴンなんですね」

 この騒ぎで周囲には人だかりが出来ていたが。その視線が一揆にレッドさんに集まった。

 「えっ?本物か?」

 「赤い犬なんて見たこと無いぞ。それにあの角」

 「あの女の子だって、絶対斬られたって。なんで無事なんだ?」

 まぁ目立つわよね。どうしよう?と思っていたら。

 「この子と彼女のお供は、我が父バッシュ・エイゼル・アイズン伯爵の賓客である! 無闇な接触や流言は控えるよう、ここにいる者達に申しつける!」

 と、声高らかにブライン様が宣言しました。
 領主の名前による宣言が出たことで、集まっていた人たちは、ピンっと直立不動になります。
 まぁ、レッドさんのことが全く噂にならないって事はないでしょうが。これでちょっかい出してくる人は減る…かな?

 「ブライン様、お気遣いありがとうございます」

 「はは。まぁあの馬鹿の調査も早めにしておきたいので。懇意にするのはまた次の機会に取っておきましょう。それでは失礼いたします」

 ブライン様は、店主親娘に事情聴取や、他に被害者がいないかの聞き取りを騎士達に指示していきます。



 …実は、ああいう暴力を振るう経験は初めてです。

 まぁ喧嘩でひっぱたいたくらいの経験はありますが。地球では…というより日本では、人を殴った経験がある人の方が少ないのでは?というくらい暴力沙汰は希ですからね。

 骨を砕いた感触がまだ手に残っています。
 利き腕の手首を砕かれては、もう剣術ではやっていけないでしょう。でも、私に斬りつけたとき、笑ってましたからね。そういう人間にはふさわしい末路とは言えますが。

 剣で斬りつけられたということで、まだドキドキしています。この体は剣でケガすることは無いようですが。人の殺意を真正面から受けて、心がまだ戸惑っています。
 …うーん、アドレナリンが出てますね。正確には、アドレナリンが出ている状態をシミュレートしている…のでしょうが。
 日本なら過剰防衛? いや、剣で切っているからねあの人。

 切られたことのお返しとはいえ、罪悪感が全く出てこないことに、なんかちょっとモヤっとします。
 殺し合い? 殺してないけど。こんなもんなのかな? 誰も私を責めないけど、あれで良かったのかな?



 店主親娘がこちらにやってきました。

 「先ほどは、助けていただき、ありがとうございました。レイコ…様?」

 「私自身は庶民なので。様はやめてください」

 またこのやり取り。

 「レイコちゃんでいいわよね?」

 「レイコちゃんでいいんじゃね?」

 …それがベストですが。自分からちゃん付けにしてくれとは、ちょっと言い辛い。

 「…それでは、レイコさんで」

 それでいいです。はい。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?

四季
恋愛
幼い頃、同居していた祖母から言われたことがあった。 もしも嫌なことがあったなら、電話の下の棚から髪飾りを取り出して持っていって、近所の神社の鳥居を両足でくぐりなさい――。  ◆ 十七歳になった真琴は、ある日母に理不尽に当たり散らされたことで家出した。 彼女が向かったのは神社。 その鳥居をくぐると――?

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

処理中です...