玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第1章 エイゼル領の伯爵

第1章第019話 神の玉座

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第1章第019話 神の玉座

・Side:ジャック・ランドゥーク

 私と、護衛隊長タルタスに騎士隊長ダンテも、若い者にまざって風呂をいただいてきた。商会の会頭だけではなく、エイゼル領運輸協会理事という要職を戴いている私だが。脚を伸ばして湯に入るというのは、そう体験できない贅沢だ。マナでお湯を出す道具は結構あるのだが、そこに浸かるための場所をわざわざ作るという発想はなかった。大抵は井戸の側の小屋だからな。せいぜい、盥に腰まで漬かる程度だ。

 全員が風呂に浸かり、今は残り湯で髭を当たったり洗濯をするものが半分ほどと言ったところか。
 風呂上がりでのんびりする者、就寝用の小型テントを張り、寝る準備をする者。各々がまったりとしている。

 「酒が飲めないのが残念ですな」

 さっぱりした雰囲気のタルタス隊長がぼやく。これが平原の中の宿営地でなかったら、私だって飲みたい。

 「士気が上がるのは良いのですが。不寝番が眠くならないか心配です」

 ダンテ隊長も、周囲の団員の様子を見ながらつぶやく。

 「…ふむ。巫女というから、もっとこうなんというか…」

 「高慢で我が儘とか?」

 「そこまでは言いませんが。私も護衛騎士として貴族などの扱いは心得てはいますが、いきなり降ってきた高貴な方を十全にもてなせと言われても、無理ですからな」

 「良い子そうじゃありませんか。平民の子っていうにはお行儀良すぎますけど。赤竜教の巫女っていったら、下賤の者達よ我をあがめろとか言っているようなものと思ってましたが。食い物に文句言うどころか、宿営の手伝いに魚とりに風呂までとは。正教国のイメージからは、かなりギャップがありますな」

 干し肉をかじりながらタルタス隊長。そういやこいつにも子供がいたな。

 「風呂はお前たちがねだったんだろうが。巫女様になんてことをと、聞いたときには冷や汗かいたぞ。黙ってそういうことするなよ」
 タルタス隊長は、悪びれずに「すみません」と肩をすくめる。

 「怪力に強力なマナ術。魔女の帝国の金貨。それにあの小竜様。あの子の存在がこの国にとって福音となるのか、厄災の種になるのか、私にはなんとも判断できん。とっとと伯爵と合流したいもんだ」

 件のレイコ殿は、アイリとエカテリンのどちらと寝るかで揉めていた。エカテリンの方は、小竜様の方が目当てっぽいが。
 さすがに地面の上にマント敷いて寝かせるわけには行かないので、伯爵の馬車を使っていただくことになった。
 エカテリン達は、座席の間の床なら二人で寝転がれるだろうと思ったのだろうが。

 実はその馬車は、座席の背もたれを外して座席の間に固定する事ができ、四人くらいなら寝られるベットを組める。エカテリンなら知っているかと思ったが。見たこと無かったのかもしれんな。

 「どれ」

 その辺の組み立て方を教えに、レイコ殿達のところに向かった。


・Side:ツキシマ・レイコ

 馬車には二人で寝るということで、アイリさんとエカテリンさんが揉めていた。
 そこにジャック会頭がやってきて、座席の背もたれを外し、席の間に立て板をはめ、そこに背もたれを置くと、座席部分と合わせて4人くらい寝られるようになった。

 「おおっこんな仕掛けが!」

 「エカテリン、お主は貴族女性の対応もせねばならぬのだろう? この辺は知らなんだのか?」

 「いや、貴族女性がいるのに途中で野営する護衛なんて、やったことないですよ。」

 「…なるほど。大抵は、移動は街や村伝いか」

 「ともかく。レイコちゃん寝ましょう? 一度この馬車で寝てみたかったのよね」

 …と。馬車に登ろうとしたところ、空の異変に気がついた。
 東西遠くに山が見える平野を南下しているキャラバンだが。東の方の山影から、赤く丸いものが登ってきていた。
 びっくりしてそれを見ていると。

 「おお、今夜は神の玉座がよく見えますな」

 ジャック会頭が教えてくれた。天空にて赤竜神が住んでいた場所と言われる神の玉座。ここの人達には、太陽よりも神聖視されているそうだ。

 あれは、星雲だ。
 薔薇のように広がった赤く光る雲に、黒いガス雲が模様となっている。オリオン大星雲とか三裂星雲とかが有名な散光星雲だ。
 ただ、大きさが桁違いだ。両手で抱え上げたビーチボールくらいのサイズで、巨大な星雲が東の空から登ってきていた。
 ガス雲だけではない。そのガスを照らしている白,青,赤,黄色、赤、様々な恒星が宝石箱をひっくり返したかのように散らばっている。それらに混じって、大小さまざまにバブル状のガス雲も見えている。巨大な星が活発に生成されているようだ。

 もちろん、この星雲自体がでかいわけではない。いや、実際でかいのかもしれないけど。これだけ大きく見えると言うことは"近い"ということだろう。きらめく星の明るさの合計は、地球の満月ほどかもしれない。これは、神の玉座の名に恥じない偉容だ。

 「うわー。すごい…」

 赤井さんのところにいたときには、夜は拠点内から出なかったから、こんな物が見えるとは気がつかなかった。
 肩に乗ったレッドさんも星雲を眺めている。彼には、赤外線を通してさらに沢山の星が見えているようだ。バブルの中には、超高速でまたたくパルサーまでも彼には見えているようで、これらを興味深く見ている。

 そう言えば、月はどこだろう?

 「アイリさん、月は無いの?」

 質問してから、もし月が無いのなら月という言葉は通じないのでは? なんて思ったけど。

 「今の時分は初月が一曜で、今日が四曜だから。日が沈むときにしか見えないし、日が近すぎて見えなかったんじゃないかな」

 エカテリンさんが答えた。

 「夜に月明かりは重要だからな。こういう護衛の時には、月齢を把握しておくのは当然だ!」

 と、ドヤ顔している。

 初月どうことについて詳しく聞いてみたが。この国でも一週間は七日だが。それは月の満ち欠けが七日だからだそうな。ただ、七日ぴったりではないので、曜日と月齢はずれていく。初月が…の下りは、満月が今週の月曜で、今は新月を過ぎたところだから、月の見た目は三日月くらいだ…ということらしい。
 月の公転が七日ということか。地球の月と比べて、ずいぶん近いところを回っているようだ。とりあえず、この惑星にも月はあるらしいと言うことで、見られるときを楽しみにしていよう。

 しばらく、神の玉座の絶景を眺めたあと、アイリさん達と馬車に入った。
 レッドさんはエカテリンさんに捕まり、私はアイリさんに捕まった状態で寝るのであった。いろいろふかふかですね。

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