玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

文字の大きさ
上 下
21 / 339
第1章 エイゼル領の伯爵

第1章第019話 神の玉座

しおりを挟む
第1章第019話 神の玉座

・Side:ジャック・ランドゥーク

 私と、護衛隊長タルタスに騎士隊長ダンテも、若い者にまざって風呂をいただいてきた。商会の会頭だけではなく、エイゼル領運輸協会理事という要職を戴いている私だが。脚を伸ばして湯に入るというのは、そう体験できない贅沢だ。マナでお湯を出す道具は結構あるのだが、そこに浸かるための場所をわざわざ作るという発想はなかった。大抵は井戸の側の小屋だからな。せいぜい、盥に腰まで漬かる程度だ。

 全員が風呂に浸かり、今は残り湯で髭を当たったり洗濯をするものが半分ほどと言ったところか。
 風呂上がりでのんびりする者、就寝用の小型テントを張り、寝る準備をする者。各々がまったりとしている。

 「酒が飲めないのが残念ですな」

 さっぱりした雰囲気のタルタス隊長がぼやく。これが平原の中の宿営地でなかったら、私だって飲みたい。

 「士気が上がるのは良いのですが。不寝番が眠くならないか心配です」

 ダンテ隊長も、周囲の団員の様子を見ながらつぶやく。

 「…ふむ。巫女というから、もっとこうなんというか…」

 「高慢で我が儘とか?」

 「そこまでは言いませんが。私も護衛騎士として貴族などの扱いは心得てはいますが、いきなり降ってきた高貴な方を十全にもてなせと言われても、無理ですからな」

 「良い子そうじゃありませんか。平民の子っていうにはお行儀良すぎますけど。赤竜教の巫女っていったら、下賤の者達よ我をあがめろとか言っているようなものと思ってましたが。食い物に文句言うどころか、宿営の手伝いに魚とりに風呂までとは。正教国のイメージからは、かなりギャップがありますな」

 干し肉をかじりながらタルタス隊長。そういやこいつにも子供がいたな。

 「風呂はお前たちがねだったんだろうが。巫女様になんてことをと、聞いたときには冷や汗かいたぞ。黙ってそういうことするなよ」
 タルタス隊長は、悪びれずに「すみません」と肩をすくめる。

 「怪力に強力なマナ術。魔女の帝国の金貨。それにあの小竜様。あの子の存在がこの国にとって福音となるのか、厄災の種になるのか、私にはなんとも判断できん。とっとと伯爵と合流したいもんだ」

 件のレイコ殿は、アイリとエカテリンのどちらと寝るかで揉めていた。エカテリンの方は、小竜様の方が目当てっぽいが。
 さすがに地面の上にマント敷いて寝かせるわけには行かないので、伯爵の馬車を使っていただくことになった。
 エカテリン達は、座席の間の床なら二人で寝転がれるだろうと思ったのだろうが。

 実はその馬車は、座席の背もたれを外して座席の間に固定する事ができ、四人くらいなら寝られるベットを組める。エカテリンなら知っているかと思ったが。見たこと無かったのかもしれんな。

 「どれ」

 その辺の組み立て方を教えに、レイコ殿達のところに向かった。


・Side:ツキシマ・レイコ

 馬車には二人で寝るということで、アイリさんとエカテリンさんが揉めていた。
 そこにジャック会頭がやってきて、座席の背もたれを外し、席の間に立て板をはめ、そこに背もたれを置くと、座席部分と合わせて4人くらい寝られるようになった。

 「おおっこんな仕掛けが!」

 「エカテリン、お主は貴族女性の対応もせねばならぬのだろう? この辺は知らなんだのか?」

 「いや、貴族女性がいるのに途中で野営する護衛なんて、やったことないですよ。」

 「…なるほど。大抵は、移動は街や村伝いか」

 「ともかく。レイコちゃん寝ましょう? 一度この馬車で寝てみたかったのよね」

 …と。馬車に登ろうとしたところ、空の異変に気がついた。
 東西遠くに山が見える平野を南下しているキャラバンだが。東の方の山影から、赤く丸いものが登ってきていた。
 びっくりしてそれを見ていると。

 「おお、今夜は神の玉座がよく見えますな」

 ジャック会頭が教えてくれた。天空にて赤竜神が住んでいた場所と言われる神の玉座。ここの人達には、太陽よりも神聖視されているそうだ。

 あれは、星雲だ。
 薔薇のように広がった赤く光る雲に、黒いガス雲が模様となっている。オリオン大星雲とか三裂星雲とかが有名な散光星雲だ。
 ただ、大きさが桁違いだ。両手で抱え上げたビーチボールくらいのサイズで、巨大な星雲が東の空から登ってきていた。
 ガス雲だけではない。そのガスを照らしている白,青,赤,黄色、赤、様々な恒星が宝石箱をひっくり返したかのように散らばっている。それらに混じって、大小さまざまにバブル状のガス雲も見えている。巨大な星が活発に生成されているようだ。

 もちろん、この星雲自体がでかいわけではない。いや、実際でかいのかもしれないけど。これだけ大きく見えると言うことは"近い"ということだろう。きらめく星の明るさの合計は、地球の満月ほどかもしれない。これは、神の玉座の名に恥じない偉容だ。

 「うわー。すごい…」

 赤井さんのところにいたときには、夜は拠点内から出なかったから、こんな物が見えるとは気がつかなかった。
 肩に乗ったレッドさんも星雲を眺めている。彼には、赤外線を通してさらに沢山の星が見えているようだ。バブルの中には、超高速でまたたくパルサーまでも彼には見えているようで、これらを興味深く見ている。

 そう言えば、月はどこだろう?

 「アイリさん、月は無いの?」

 質問してから、もし月が無いのなら月という言葉は通じないのでは? なんて思ったけど。

 「今の時分は初月が一曜で、今日が四曜だから。日が沈むときにしか見えないし、日が近すぎて見えなかったんじゃないかな」

 エカテリンさんが答えた。

 「夜に月明かりは重要だからな。こういう護衛の時には、月齢を把握しておくのは当然だ!」

 と、ドヤ顔している。

 初月どうことについて詳しく聞いてみたが。この国でも一週間は七日だが。それは月の満ち欠けが七日だからだそうな。ただ、七日ぴったりではないので、曜日と月齢はずれていく。初月が…の下りは、満月が今週の月曜で、今は新月を過ぎたところだから、月の見た目は三日月くらいだ…ということらしい。
 月の公転が七日ということか。地球の月と比べて、ずいぶん近いところを回っているようだ。とりあえず、この惑星にも月はあるらしいと言うことで、見られるときを楽しみにしていよう。

 しばらく、神の玉座の絶景を眺めたあと、アイリさん達と馬車に入った。
 レッドさんはエカテリンさんに捕まり、私はアイリさんに捕まった状態で寝るのであった。いろいろふかふかですね。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?

四季
恋愛
幼い頃、同居していた祖母から言われたことがあった。 もしも嫌なことがあったなら、電話の下の棚から髪飾りを取り出して持っていって、近所の神社の鳥居を両足でくぐりなさい――。  ◆ 十七歳になった真琴は、ある日母に理不尽に当たり散らされたことで家出した。 彼女が向かったのは神社。 その鳥居をくぐると――?

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

処理中です...