玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

文字の大きさ
上 下
13 / 339
第1章 エイゼル領の伯爵

第1章第011話 第三種接近遭遇

しおりを挟む
第1章第011話 第三種接近遭遇

・Side:タロウ・ランドゥーク

 ドラゴンだ。ドラゴンだよな?あれ。
 祖父の仕事のユルガルム領行きに、修行だと言われて同行した帰り道。本来通るはずだった王領とユルガルム領を結ぶ街道が、峠道のところで岩山崩落で通れなくなったため、東に三日ほど遠回りの道中。あまり使われない道で整備も悪く、馬車にゆられながら森の中を通過中。おそらくこの森が切れたあたりからだろう、大きな鳥のような物が羽ばたいて飛び立ったのが見えた。
 いや、鳥じゃない。鳥の翼は光ったりしないし。角の生えた頭部はこの距離からも分かる。ドラゴンだ。
 ドラゴンは、飛び立った地点を中心に何度か旋回している内に、森の中で急停車したキャラバンの真上も通過した。
 …遠目でドラゴンと金色の目と合ったような気がした。しかも、ニヤっと笑ったような…

 そのあとドラゴンは、西の方向に飛び去っていった。

 「アイリ!見たかい? ドラゴンだよっ!」

 「…ええ。確かにドラゴンだったわね」

 幼なじみのアイリは呆然としている。

 飛んでいる音は殆どしなかったためか、単に頭の上には無警戒なのか、馬たちが騒ぐことはなかったが。祖父と護衛達もアイリと同様に驚いている。今までドラゴンを見た者はここにはいないのだろう。
 ずっと西にある正教国で、たまに目撃されるという話もある。どうせ、教会の権威を強くするための正教国のふかしだろうとは思っていたが、実際に飛んでいるところを見られるとは…

 「ちょっと斥候を出した方がいいんじゃないですかね」

 先頭馬車に集まった護衛達、その中の運輸ギルドから派遣された護衛の隊長であるタルタスが、エイゼル領騎士のダンテ様に具申する。
 ドラゴンを目撃しただけでも大事だけど。これから進む先から飛び立ったというのなら、そこになにかあるのか、または何も無いのかは確認しておきたいということだろう。

 にしても、凄い生き物だった。頭から尻尾の先まで六ベメルくらい?広げた翼は十ベメルくらい? 教会の書物にあるような天を覆うような巨体ではないが。それでもあんな巨体で自在に飛び回るとは。伝承通りの真っ赤な体、輝く翼、神秘的な金色の目。それは、獰猛さではなく知性を感じさせた。

 「隊長。僕が行ってきても良いですか?」

 僕が手を上げると、祖父が嫌な顔をする。

 「大丈夫ですよ会頭。他に何かいたとしても、ドラゴンから逃げ出しているでしょうから。ただ見てくるだけです」

 「あたしがトゥックルで行ってこようか?」

 アイリが立候補する。

 「アイリは鳥に乗りたいだけだろ?」

 キャラバンには、商品の1つとしてトゥックルという品種の鳥馬を連れてきていた。休憩時に乗せてもらっていたアイリは、この鳥にゾッコンのようだった。
 騎乗用とはいえ鳥なので、馬ほど重たい物は乗せられないが。二本足での走りは機敏なので、軽装備の兵士が斥候によく使う。

 「街道を逃げるだけなら、馬の方が早いよ。どうです?隊長」
 僕が商会の会頭の孫だと言うことは隊長も知っているので、出し渋りたいところだろうが。キャラバンの中で露骨に贔屓をするわけにはいかないのだろう、隊長も祖父も特に反対はしなかった。

 装備は、革の鎧にショートソードといういつもの格好。馬は、護衛騎士の方が足自慢の子を貸してくれることになった。

 二名ほど騎士隊からも斥候が出るが、彼らは森の出口のところで広域確認に徹することになる。


 ドラゴンが飛び立ったのは、林から出て300ベメルも離れていないところのように見えた。街道の脇には、雑木や背の高い草が多く、曲がった道の見晴らしは良いとは言えない。
 馬は常歩(なみあし)で歩かせ、周囲に注意しながら進むと。道の曲がりの先の茂った草で見えなかったところに人影を見つけた。
 まさかこんなところに人が…と目をこらすと…それは少女だった。とてもじゃないが、山野を歩くような格好ではない少女が、道脇の岩に腰掛けていた。


 白い服に紺の上着とスカート。大きめの背納を背負っている。この辺では珍しい黒い髪は、頭の後ろで1つに束ねているようだ。頭の上?後ろ?には何か赤い物が乗っているが、フードかな?帽子には見えないな。

 向こうもこちらに気がついたようで、岩を降り、こちらを眺めている。

 「本当に来た。良かった~っ。」

 …その子を見てまず最初に思ったのが、賊が手配した囮じゃ無いかと言うこと。無害そうな人間に呼び止めさせて、止ったところを襲撃するなんてのは、ありそうな話だが。魔獣も出没する辺境そばのこの土地で、盗賊稼業は難易度が高いだろう。

 僕の住んでいるエイゼル領の領主アイズン伯爵には敵も多い。魔獣だけではなく刺客の襲撃も想定しての護衛騎士の随伴だ。
 伯爵自身は今、山地の西側ルートをユルガルム領の護衛によってタシニの街まで向かっている。本来伯爵が乗られるはずだった馬車は、護衛騎士の半分とセットで東側であるこちらのルートだ。護衛騎士がこちらにも着くことで囮にもなっている。

 あり得るとしたら、刺客のパターンだろうが。子供の刺客? それでも、一人で襲撃が成功するとは考え辛い。

 訝しく思いながらも、それでも周囲に用心しながら接近していく。

 その子まで10メートルを切ったところで、少女の頭の上に乗っている赤い物が生き物だと分かった。犬というには耳の形が変だし、後ろで揺れている尻尾は犬の物じゃない。背中にもに何か付いている?
 …その正体が分かったところで、僕は馬を飛び降りた。そして、少女に駆け寄り、その前で片膝をつく。
 刺客云々の話は、頭から吹き飛んだ。

 「赤竜神様の縁者の方とお見受けいたします。この度は、どういった御用向きでこの地に降臨されたのでございましょうか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

母に理不尽に当たり散らされたことで家出した私は――見知らぬ世界に転移しました!?

四季
恋愛
幼い頃、同居していた祖母から言われたことがあった。 もしも嫌なことがあったなら、電話の下の棚から髪飾りを取り出して持っていって、近所の神社の鳥居を両足でくぐりなさい――。  ◆ 十七歳になった真琴は、ある日母に理不尽に当たり散らされたことで家出した。 彼女が向かったのは神社。 その鳥居をくぐると――?

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

処理中です...