上 下
14 / 16

『平凡令嬢』と公爵令嬢

しおりを挟む



「……本当に良かったですわ。私、あなた方の事がとても気になっておりましたの」


 華奢な長い手足に妖精のような容姿のツツェーリア嬢はそう言ってミランダに微笑んだ。



 ───ここはアルペンハイム公爵邸。

 学園の新学期を迎えミランダは王都の屋敷に戻って来た。
 マルクスと両思いとなり両家で内々に婚約は決まった。しかし王太子とその側近達の婚約解消というある意味スキャンダルな出来事の直後であり、発表は世間が落ち着いてからという事になった。

 新入生も入り学園内もあの騒ぎからやっと落ち着きを取り戻しかけた頃、卒業したアルペンハイム公爵家のツツェーリアからミランダにお茶のお誘いがあったのだ。

 今まであの『平凡令嬢』の件で庇われた以外に特に交流もなかったのでミランダは大いに驚いた。
 しかし公爵家からの誘いを無碍に断る訳にもいかず、(ミランダがツツェーリアの話を聞きたかったのもあるが)こうして招待を受ける事となったのだ。

 ……が、結局はミランダがマルクスに口説き落とされ新たに婚約するまでの全てのいきさつ(馴れ初め?)をツツェーリアに白状させられた所だった。


「それで? お2人はやっと想いが通じ合えたのに、まだ婚約はされませんの?」

「……婚約は内々でするのですが、ハルツハイム伯爵が私が学園に通う間はまだ公表しない方が良いだろうとおっしゃいまして。今回の関係者の方々は皆卒業されましたし、学園で1人残された私が周りからあれこれと噂されたり詮索されるのも面倒だろうからと」

「確かに、そうですわね。皆様何かと噂好きでいらっしゃるから……。それは社交界でも同じですけれど、学園ですと毎日色んな方と顔を合わせる事になりますものね。せっかくの学園生活が大変な事になってしまいますわ」


 ツツェーリアは頷きながら美しい所作でカップに口を付けた。
 ミランダはそれを見ながら、恐る恐る尋ねた。


「…………あの。ツツェーリア様は、大丈夫なのでございますか? 私などより余程貴女さまの方が大変であったとお察しいたします」


 それを聞いたツツェーリアは嬉しそうにミランダを見て言った。


「……ふふ。私の事など。
……マルクス様よりお聞きになられたのでしょう? 元々殿下と私は互いに婚約を解消したいと願っておりましたの。なので結果万々歳ですのでお気になさらず」


 ツツェーリアは今までの王妃教育の賜物か、非常に洗練された所作。
 それでいて、確かに彼女は今日ミランダを迎えてくれた時から非常ににこやかで機嫌が良い。とてもではないが少し前に王太子との婚約を解消した悲劇のヒロインには見えなかった。


「……万々歳、でございますか? では本当にツツェーリア様も、ご婚約を解消したいとお思いだったと……?」


 ミランダは未だ半信半疑で尋ねた。……マルクスから王太子達の事情のあらましは聞いたものの、まだどこか信じられない思いだったのだ。

 ツツェーリアはそれには答えず、しかし満足げに笑って見せた。


「……私は、今は公爵家の一人娘ですしね」

 
「『今』は……?」


 ミランダはツツェーリアのその言葉に引っかかる。アルペンハイム公爵家には確かミランダと同学年のご嫡男アロイス様がいたはず……?

 するとツツェーリアは一度目を閉じ、悲しげに笑った。


「……殿下と私が婚約したのは8歳の頃。その時の私には、2歳下に弟が居たのです。
……ですが、弟は私が13歳の時に───」


「……ッ!!」


 ミランダの顔色が変わったのを見てツツェーリアは目を伏せて頷いた。


「……私達は2人姉弟でした。そして母は身体が弱くそれ以上子供が望めなかったのですわ。父は悩みました。一人娘となった私を王家に嫁がせたくは無いと。
けれど、まさか健康であった弟が早逝するような不幸が起こるなどとは思ってもみなかった父は、私と王太子殿下との婚約をまとめる時には王家に随分と強引に働きかけたようでして……。今更それを辞退する事は許されなかったのです。
それで仕方なく、公爵家の縁戚で見所のある子供を養子とし跡取りとして教育していくと決めたのです」


「……それがアロイス様、なのですね」


 ツツェーリア様の一つ年下の弟アロイス様。タイプは違うが美形のとても仲の良い姉弟だと思っていたのだけれど……。跡継ぎの為のご養子だったのね。
 ……でもそれでは今回の婚約解消でアロイス様のお立場は……?

 心配そうな顔のミランダを見てツツェーリアは微笑んだ。


「……私、この度アロイスと婚約することになりましたの。発表はもう少し先になる予定ですけれど」


 ツツェーリアの爆弾発言にミランダは驚く。


「ええ! ……ツツェーリア様と、アロイス様がですか? ……まさか、無理矢理?」


 ミランダは、一人娘としてのツツェーリアと跡継ぎの為の養子であるアロイスの問題を一気に解決する為の無理矢理の婚約なのではないかと想像して、ツツェーリアを心配そうに見た。

 するとツツェーリアは一瞬キョトンとした顔をして、そして笑った。


「まあうふふ。……無理矢理ではございませんわ。前々から決まっていたのかと話がややこしくなってはいけないので、世間の方々もそう考えてくだされば良いのですけれど」

「無理矢理、ではないのですね? 良かった……。あ。……失礼な事を申し上げて申し訳ございません。
……あの、ご婚約おめでとうございます」


 そう言って安心したように祝いを述べるミランダを、ツツェーリアは微笑ましそうに見つめた。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。魔法しか取り柄のないお前と』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公が、パーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー短編。 ※思いつきなので色々とガバガバです。ご容赦ください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。 ※単純な話なので安心して読めると思います。

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

恋という名の呪いのように

豆狸
恋愛
アンジェラは婚約者のオズワルドに放置されていた。 彼は留学してきた隣国の王女カテーナの初恋相手なのだという。 カテーナには縁談がある。だから、いつかオズワルドは自分のもとへ帰って来てくれるのだと信じて、待っていたアンジェラだったが──

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。

Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。 休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。 てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。 互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。 仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。 しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった─── ※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』 の、主人公達の前世の物語となります。 こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。 ❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

処理中です...