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『平凡令嬢』、話題の方の婚約者に捕まる
しおりを挟む一瞬現実逃避をしかけたミランダだったが、いやいや自分には全く疾しいことは無いと思い直し答えた。
「……先程、私の座っていた席に王太子殿下方がお見えになりまして。その際、セイラ嬢と話をしていた私に、……マルクス様より『セイラ嬢に近付くな』と……、そう釘をさされておりました」
ミランダがそのままの事実を話すと、マリアンネ侯爵令嬢一行は、『まあ』と苦々しい表情をした。
「あの時私はセイラ嬢から、『あなたのせいで良い席に座れなかった』と責められていたのですが……。その辺りはハルツハイム様はご覧になってはいらっしゃらなかなったようで、余りの事に驚き暫く茫然としていたのです」
ミランダがマルクスやセイラとのやり取りの悔しさをここぞとばかりに主張すると、マリアンネ達の先程までの攻撃的な空気は一変した。
「それは……、本当に申し訳ない事でしたわ。私、マルクス様の婚約者としてお詫び申し上げます」
そう言ってマリアンネは頭を下げた。
……そう、このご令嬢は先程のマルクスの婚約者なのだ。
「シッテンヘルム様……! 頭をお上げください、決してあなた様のせいではないのですから!」
……しまった。彼女の婚約者を悪く言い過ぎたかしら。……でも、嘘は言っていないし。
「……いいえ。私……近頃マルクス様の事が分からなくなってしまいましたの。学園に入学して出逢った彼に、私は一目惚れをしましたわ……。彼のあの麗しいお姿も行動も性格も、将来騎士団長を目指して身体を鍛えてらっしゃるところも全て……。とても素敵で、お父様にどうしても彼が良いと無理をお願いして婚約を整えていただきましたのに……。それなのにまさかこのような……」
マリアンネは今までの自分の懺悔をするように呟いた。その目は涙で潤んでいるように見えた。
……セイラ嬢の取巻きの1人マルクス様の婚約者であるこの方も、彼らの行動に苦しめられていらっしゃるのだわ……。
ミランダはそう感じて胸が痛くなった。
そして、マリアンネが望んだから侯爵家と伯爵家であるハルツハイム家との縁談が決まったのかと納得する。
それなのに、その一目惚れした相手からのこの仕打ち……。
先程マルクスと少し関わっただけのミランダに攻撃的だった事から、まだマリアンネはマルクスを愛しているのだ。けれど、そのマルクスが浮気相手と思しきセイラを庇っていたと聞かされればその想いが揺らぐのは仕方がない。
「シッテンヘルム様……」
まだ恋を知らないミランダは、それ以上の言葉をかけられなかった。
「ミランダさん……。貴女には『以前』にもご迷惑をおかけしたのに……本当に失礼をいたしましたわ」
マリアンネはもう一度ミランダに謝り、友人2人に支えられる様にして去って行った。
ミランダはその後ろ姿を見送りながら、その『以前』の事を思い出していた。
◇
──マリアンネの話していた『以前』。
それは、ミランダが学園に入学した時。
ミランダは領地の近くのパーティーで出逢った、一つ年上のある男子生徒に会いに行った。
『学園で、また会おう』
彼にそう言われ、ミランダはこれは運命の恋だと思ってときめいた。そしてその言葉を信じ学園に入学するのを楽しみにしていた。
──それなのに。
『……貴女。いったい彼になんのご用ですの? 彼は……『マルクス』様は私の婚約者でしてよ!?』
そう言っていきなりマリアンネに責められた。
───そう。あの時ミランダは、マルクスが『運命の人』だと思っていた。それなのに再会を約束した学園に来てみれば、彼には婚約者がいて。
そして、その時2人の前にマルクスは現れた。
ミランダはマルクスが、婚約などしていない。……そう言ってくれると期待した。
『マリアンネ嬢。……そんな、『平凡な令嬢』に君ほどの美しい女性が目くじらを立ててどうするのだ。彼女は私と全く関わりはない』
……しかしマルクスがミランダに向けたのは、冷たい言葉と冷たい視線。
その時、ミランダは初めて『平凡令嬢』と呼ばれたのだ。
◇
……そう、か……。『平凡令嬢』は、きっとここから言われるようになったのね。あの時は彼に突き放されたショックで分からなかったけれど。
彼らから発信されたのならば、あちこちに拡散され定着してしまったのも頷ける。
そんな事を思い出していると、次の授業の鐘が鳴った。
「……は! 教室に戻らなくちゃ!」
ミランダは慌てて教室に戻った。
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