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 墓所から居なくなった姪、沙良を探して誠司は鈴木刑事の後を追いかけた。


 息を切らし必死に走りながら誠司は考える。……弟夫婦の事件は解決したというのに、どうして沙良がこんな目にあわなければならないのかと。

 しかもそのどちらも沙良のせいではない。一つは財産目当て、そしてもう一つは夫の浮気相手の逆恨み。本人には全く落ち度はなく、それなのに何故命まで狙われる事態にならねばならないのか。


「三森さん! 清本はこの公園に入ったようです」


 何か目印でも付けてあったのか、鈴木刑事はそう言って公園の中へ入っていく。そしてその奥の海が見える開けた場所には……。


「ッ沙良……!!」


 そこには犯人らしき女を捕まえている清本刑事。……その横には、沙良が倒れていた。誠司は慌てて沙良に駆け寄る。
 その時、沙良が目を覚ます。
 ……が、何か様子がおかしい。


「沙良……! 大丈夫か!? 殴られたのか? 頭を打ったのか?」


 沙良は視線を不安げに彷徨かせ、やっと誠司に視点が合う。


「おじさま……。……私、私は……!」


 沙良はそう言った後、ブワッと涙が溢れ出た。


「おじさま……おじさま……、私……!! お父さんとお母さんに、酷いことを……。思い出したの……。私がこの一年、2人を追い詰めていたの……、私のせいなの!」


 そう言ってわっと沙良は泣き出した。

 誠司は鳥肌がたった。……もういっそ、思い出さない方がいいと思っていたのに。


「沙良、沙良……! しっかりしなさい。お前のせいじゃない……! この事は決して沙良が悪いんじゃないから……!」


 誠司は、おそらく襲われたショックでこの1年間の記憶を思い出し混乱したのだろう沙良を必死で宥めようとした。

 しかし沙良は体を震わせ涙を流し続けて混乱するばかり。

 とりあえず、連れて帰って綾子や光樹とで沙良を守り話をして心を解していこうと誠司は考えた。

 ……直人。どうかお前の娘を……その心を守ってやってくれ。


 そう弟に願いながら、沙良を抱き抱え連れて行こうとするとそこに犯人を捕まえた清本が犯人を鈴木に託し、駆け寄って来た。


 ◇


 ……私は、暗闇の中にいる。

 私を愛してくれたお父さん、お母さん。
 大切な両親を忘れて恋人に縋って生きていた、この一年の私。何故かそれを疑問に思うことも無く、ただ何もかもから目を逸らし続けていた。


 ……私が、お父さんとお母さんを死に追いやったんだわ。

 何度思い返しても、それはもう間違いようのない事実。
 
 手を下したのは真里子おばさまだったけれど、そんな状況に両親を追い込んだのは間違いなく……私。
 私が……、お父さんとお母さんを!


「いやぁっ……!」

 私は声を出し泣き続けた。血が滲むほどにに手を握り締めて。

「……沙良さん……っ!」

 するとその私の手を取り優しく宥めるように掌を開かれた。
 私は涙に濡れた目を前に向ける。

 そこには真っ直ぐに私を見る清本さんがいた。

「沙良さん。……この手も、沙良さん自身もとても大切なものだ。……ご両親が必死に守ろうとされた、大切なもの」


 私は、涙を流した目でただ清本さんの目を見つめる。


「……大切に、してください。今のあなたの全ては、ご両親や三森さんたちが守ってきた、……愛してきたとても大切な存在だから」


 私は凍り付いた心が揺れて……、胸がどくりと鳴った。

 ……そうだ。私は守られて来たのだ。いつも……守られていた。


「……僭越ながら。鈴木も……僕も。沙良さんが笑顔になってくれたら良いなと、そう心から思ってますから」


 清本さんはそう言って笑った。

 私は涙は止まらなかったけれど、ほんの少しだけ暗闇の中に光が差して胸が軽くなった気がした。



 ◇


 ……あれから。

 私は念の為に検査をした後、再び三森家でお世話になることとなった。そしてこの事件が公表され騒がしくなった世間に巻き込まれない為に、今度こそ私は暫くは外出禁止となったのだった。


 ……私は伯父夫婦にこの失われた一年の事を思い出した事を告げ、これまでの事を深く謝罪した。

 誠司おじさまと綾子おばさまそして光樹さんも、あれはあくまで事故で病んでいただけだったのだと言ってくれた。

 友人佐原舞もとても心配して、日本にいる間随分と私に付き合ってくれた。
 

 そして数々の私の危機の時に駆け付けて助けてくれた清本さん。彼にはあの時記憶が戻り混乱する私の姿を見られている。それ以来そんな私をとても心配してくれて、三森家にお見舞いにまで来てくれた。


「沙良さん……。あの。俺はいつか鈴木刑事を超えるような刑事になるのが夢なんです。沙良さんはどんな夢がありますか?」

「夢……、ですか」


 急に問われた質問に私はポカンとした。夢……。私は何を夢見ていただろう。


「……小さな頃は花屋さんになりたくて……。大学に入った頃は……」


 なんだったろう? 夢なんて忘れていた。大学に入ってからは初めての恋に浮かれて彼といる事が私の全てだったから。

 少し悩み出した私を清本さんはゆっくりと待って話を聞いてくれた。
 そしてまたそれぞれの夢の進捗具合を報告し合おうと連絡先を交換したのだった。



 ……皆、優しい人ばかり。


 私は皆に感謝しつつ、自分のした事を思う。私は自分のした事が許されるとは決して思わない。
 ……けれど、この優しい人々に私は何かを返していかなければいけない。生きて、いかなければいけない。


 そうして私の日常は否応なく少しずつ動き出していったのだった。



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