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「送ってくださってありがとうございます。……ここからは1人で行きますので、小一時間程お待ちいただいてよろしいですか?」


 沙良はそう言って寺院の門の所で伯父誠司の付けてくれた秘書と別れ、1人で先祖と両親の眠る墓所へとやって来た。


 まだ枯れ切っていない花を捨てて水を替え、新しい花を供える。墓の周りの掃除をしながら沙良は父と母に心で話しかける。


 お父さん、お母さん……。
 この一年、不義理をして御免なさい。忘れてしまって御免なさい。

 ……そして、お父さんとお母さんをこんな目に合わせてしまって御免なさい。


 お墓を綺麗にし手を合わせてからも、ずっと沙良は両親に謝り続けていた。


 ……さわり、気持ちの良い海風が吹き沙良の頬を撫でていく。


 その優しい風はまるで両親が自分の側にいてくれるようだと、沙良は感じていた。




 ザッザッザッ……。


 お寺からお墓への入り口の方からこちらに向かう足音が聞こえた。その足音は軽く、この墓所の入り口にある水汲み場から水桶を持って来ていないのかしらと一瞬考え、チラリと音のする方向を見た。

 そこには1人の若い女性。……私のよく見知っている、会いたくはなかった人。


「未来……」


 私がその名を口にすると、未来はニコリと笑った。


「……久しぶりね、沙良。少し話をしたいんだけどいいかしら」


 ◇


「ッ社長! 大変です! 沙良お嬢様が居ないんです!」


 誠司が高木家のお墓のある墓所に到着すると、駐車場にいた彼の秘書が慌てて飛んできた。


「居ない!? どういう事だ?」

「私がそろそろ時間だと高木家の墓まで呼びに行きましたら、お嬢様の姿が見えなくて……。お墓は清掃されお花も供えられてありますので片付けをされているのかとこの寺のあちこちを探したのですがどこにも……!」


 そこに先に墓地まで行って戻って来た鈴木刑事が秘書に尋ねた。


「ここ以外に出入り出来る裏門があったので今清本がそこから外へ沙良さんを探しに行って ています。……ところで他にここに参りに来られた人はいませんでしたか?」


「……ああそういえば、沙良お嬢様くらいの若い女性が1人。花も持たずに入って行きましたが……」


 鈴木刑事と誠司は顔を見合わし、すぐに裏門へ向かって走り出した。


 
 ◇


「迎えの方を待たせているの。申し訳ないんだけどなるべく手短にお願いね」


 私は未来に誘われるまま、両親のお墓がある墓所から裏手に出た先にある、海の見える公園に来ていた。
 ……規則正しい波の音が、聞こえていた。

 大学時代、サークルの皆と合宿に来た保養所の近く。拓人も、……未来もいた。あの頃のメンバーは皆仲が良くとても楽しかった。……とても良い思い出だった。


「……相変わらず上からの物言いなのね。迎えの方? ……はっ!? 何様のつもりなの、一体!?」


 私は懐かしい思い出に浸っていたら、突然悪意のある言葉を吐き捨てるように言われ少し驚いて未来を見る。


「……時間がないのは本当なの。それに私は何様でもないわ。……未来、貴女が私に話したかった事はなに?」


 ……そういえば舞が言っていた。『未来は私を逆恨みしている』と。


「話したかった事!? 沙良、私の有る事無い事みんなに言いふらしておいて、よくそんな事が言えるわね!! 自分の婚約者を私に取られたからってやる事が汚いのよ! 彼に選ばれたのは私なんだから!」


 『有る事無い事』とは、やはり舞が言っていた『浮気していた事実を周囲に私が言ったと思っている』事なんだろう。


「未来が一年前の拓人との話をしているのなら、私はそれを周りに言う事は出来ないわ。……私は貴女達の裏切りを知ってすぐに事故で記憶を失っていたから」


「……は!? 今覚えてるじゃないのよ! やっぱりアンタがみんなに言いふらしたのね! それに記憶を失ったフリしたり親が亡くなったとか言って拓人を無理矢理繋ぎ止めたんでしょ!! ……許さないんだから!!」


 未来はそう言って鞄から光るものを取り出した。……ナイフだった。


「……未来ッ!? 貴女いったい……、きゃあっ!!」


 未来はそのままこちらに向かって来たが、私は咄嗟に鞄を振り回して避ける。

 鞄で避けられ、一旦行き過ぎた未来はすぐにこちらに向き直した。


「……ほんっとうに……ッ! しぶといわね。普段弱々しいフリしてるくせに、こんな時だけ素早いんたから……。階段から落としても死なないなんて本当に図太い女……!」


 私はナイフを向けられている恐怖に震えながら、今未来の言った言葉に驚愕していた。


「……なに? 未来、まさか……。階段の事故って……!」


 私がそう言う間にも未来はまたこちらに向かってナイフを持ったまま直進して来る。


 私は驚きで未来から目が離せないまま、持っていた鞄を迫って来たナイフに向かって押し出すと、それは鞄に突き刺さったようだった。私はすぐにナイフの刺さった鞄を向こうに放り投げたけど、今度は未来の手が私の顔を打った。


 私はその瞬間がまるでスローモーションのように見えた。……未来の整えられた美しいマニキュアの塗られた爪。

 そして私は叩かれた勢いでその場に倒れ込み頭を打った。



 
 ーー……もしもし拓人? え……? 貴女は誰……?

 ーー私は沙良の友人よ。どうしても貴女に伝えたい事があるの。少しだけでいいから近くの駅まで来て。拓人さんから頼まれたの。この番号を知っているのが証拠よ。


 ーー……さっきの電話の人。どこだろう? 駅まで来たみたけれど……。この駅も全く知らない。どうしよう……。

 ーー沙良。私よ。……ふーん、本当に知らないフリするんだ。

 ーーえ? 貴女は……? ……きゃあっ!


 私は突然かかってきた電話で駅に呼び出され、後ろから声をかけて来た女性に階段の上から背中を押された……。

 その時見えたのは、女性のその美しい手とマニキュア……。




 ……私は、目を覚ました。

 後ろを見ると、そこには清本刑事に腕を捻りあげられた未来と、こちらに駆け寄る鈴木刑事と誠司おじさま。


 …………そして。


「あ……、いや……、いやぁーーっ!」


 私は頭を抱えてその場に蹲る。涙が溢れて止まらない。



 ーー私は、この失われた一年の記憶が戻っていた……。






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