失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話

本見りん

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 私は病院で検査を受け、そのまま念の為に入院する事になった。


 誠司おじさまと綾子おばさまはすぐに病院に駆け付けてくれた。特に綾子おばさまは一緒にいた私が連れ去られた事に非常にショックを受けていて、私の顔を見るなり抱き付き泣いて謝られた。


「おばさま。謝らないでください。お店の方も止めてくれたのだけれど、……真里子おばさまはとても強引に私を連れて行ったの。だから、おばさまのせいでもお店の方のせいでもありません」


 私はそう言って抱きしめられたままおばさまの背中を宥めるように優しく叩いた。おばさまは泣き腫らした目で私を見つめた。


「……綾子はこの通り、その後ショックで倒れてしまってね。本当は家で休ませておきたかったのだが、沙良の無事な姿を見るまではと言うので連れて来たんだ。……ほら、沙良はこの通り無事に保護された。あとは病院できちんと検査してもらったらすぐに我が家に帰れるよ」


「……沙良ちゃん……。本当に不甲斐ない伯母で御免なさい。きちんと検査してもらって今度こそ我が家でゆっくりと休んでちょうだい。美味しいものを準備して待っているわ」


「沙良。無事で本当に良かった。大変だったろうがこれでお前の両親を死に追いやった犯人は捕まり事件は解決した。
……しかし、警察が事件を公表すれば暫く周囲は騒がしくなる事だろう。退院の時は私の秘書を迎えにやるから暫くは家でゆっくりと今後の事を考えていこう」


 誠司おじさまの言葉にドキリとする。

 ……そうだ、確かに妹夫婦を財産目当てで殺し更に姪夫婦の命を狙ったショッキングな事件として暫くは世間は騒がしくなる事だろう。
 ……それに、これから私は拓人との『離婚』という問題に取り掛からなければならない。


 私はこの重い気持ちを一つ息を吐く事で心を落ち着けようとした。

 そしてもう一つ、私はどうしても気になってしたかった事を誠司おじさまにお願いした。



 ◇



 私が検査入院した翌日、和臣さんが病院に訪ねて来てくれた。

 和臣さんは、病室に入ってすぐに私に頭を下げた。


「……! 和臣さん……!?」


 私は驚いてなんと言っていいのか分からない。


「沙良……。この度は本当に申し訳なかった。本来なら父もすぐに君に謝罪しに来なければならない所なのだが、警察の事情聴取が暫くかかりそうなんだ。とりあえずは僕1人が沙良に謝罪とこれまでの事情を説明しに来たんだ」


 和臣さんは苦しげながら覚悟を決めた様子で私に言った。


「けれどこれは、私の母の姉がした事だから、和臣さんが謝罪する事なんて……」

「……いいや。これは我が家の中で納めるべき事を君の家族を巻き込んでしまった事件なんだ。
……沙良。僕が義母に唯一感謝しているのは小さな頃から高木家に連れていってくれた事なんだ。高木家は僕の理想の家族であり憧れだったよ。僕はおじさんもおばさんも大好きだった。
そして、そんな高木家との関係を壊したのも義母だった。高木家の財産を狙い『出入り禁止』となり……、そしておじさん達をこんな事にするなんて」


 和臣さんはそう言って苦しそうに俯いた。


「……和臣さん達も、被害者だったのよ。ずっとおばさまに振り回されてきたのだから……」


「沙良……。昨日も少し話したけれど、僕は高校生の時に母方の祖父の養子になった。それは『出入り禁止』にされ落ち込む僕に父が提案してくれたからだ。実はその頃には宮野家には義母の散財でもうお金が無かったんた。だから義母は高木家からのお金を期待して『結婚話』を持ち出したんだろうけど、そもそもが義母の散財とその振る舞いが問題だったからなんだ……。それ以前から、祖父から僕に養子の申し出はあったらしいけどね」


「おばさまの振る舞い……?」


「……そう。義母は僕の本当の母を追い出して父と結婚した。……所謂、略奪婚、だよね。
当時今の僕の父である祖父が何も言わなかったのは、元々2人は見合い結婚でその仲は冷めていたから。その後暫くして実の母も再婚してるしね。
それなのに、義母は周りの人達に前妻を馬鹿にしたり自分は選ばれた人間だと言い回って周囲の人々の顰蹙を買った。そしてそれが回り回って祖父の耳に入り、宮野家の評判は悪くなり宮野法律事務所自体の経営危機になったんだ」


「…………おばさまが」


 そんな事はないとは、昨日の伯母の様子を見ればとても言えなかった。


「……そして父もね。
義母が色々やらかして実家である高木家にまで『出入り禁止』となった。しかもそれは僕の結婚を決めるという父も知らなかった理由で。その時父は怒り母に離婚も言い渡したそうだけれど母は決してうんとは言わなかった。そしてそれから母は益々高木家に執着するようになったんだ。もし離婚となった時に帰る場所や財産が欲しかったからかもしれない。
そんな義母に気付きながらも、父は義母が自分以外に執着してくれた事で安心しそれを放置した。
……それが今回の結果を招いたと、父はとても後悔している」

「宮野のおじさまが……」

「……だから一年前沙良が事故に遭った後、義母が不穏な動きをしているのを放置していた父は、高木家の叔父と叔母が事故で亡くなった時に義母に対しての疑惑と高木家の人々に対する後悔の念に襲われた。
そこから父は義母が高木家に関わった事への証拠集めに奔走していた。この度僕も司法修習を終えたのでそれに加わって2人で確実な証拠を集めていた。……今父はそれを全て警察に提出している。もう義母が罪を逃れる事は決してない」


 私はその話を聞きながら、我が家も宮野のおじさまや和臣さんもずっと真里子おばさまに苦しめられて来たのだと思った。


「……そういう訳で、父も僕も沙良に恨まれても仕方がないと分かっている。
沙良が僕たちに何を言っても甘んじて受けるし、当然補償もするつもりだ」


「……そんな! おじさまも和臣さんも被害者じゃないですか。……私は真里子おばさまを許せない。だけど、それにはおじさまも和臣さんも関係ないと思ってます。
それに……証拠を集めてくださって、本当にありがとうございました」


「沙良……」


 そして和臣さんと私はまた少し話をして、彼が帰る頃には少し2人は和やかな雰囲気になっていた。


「僕も本当は叔父さんと叔母さんのお墓参りに行きたいんだけど……。今日は用事があってもう帰らなければならないんだ。沙良、今度機会を作ってくれれば僕も一緒に行くんだけれど」

 私はこの後退院したらそのまま両親のお墓に行くと話すと和臣さんはそう言った。


「ありがとう。でもこの後事件の事が公表されれば暫くは外出がしにくくなるかもしれないって三森のおじさまが。それに私も出来れば早く両親のお墓に行きたいの」


 手を下したのは真里子おばさまだったけれど、両親に不義理をし苦しめ疲れ果てさせていたのは間違いなく私なのだ。
 ……せめて早くお墓の前できちんと2人に謝りたい。


「確かに暫くの間は結構な騒ぎになるだろう。でも君はまだ身体が本調子ではないのだしくれぐれも無理をしないで」

「ええ。もうすぐ病院に誠司おじさまの秘書の方が来てくださって連れてくれる事になっているから私は大丈夫よ」


 和臣さんは私を心配そうに見つめた。昔、兄妹のように仲の良かったあの頃のように。


「沙良。……何かあれば連絡して。出来る限り力になるから」


 そう言って和臣さんは帰って行った。


 そして私は退院の手続きを済ませ、その後すぐに来てくれた三森のおじさまの秘書の方と一緒に高木家代々のお墓へと向かった。


 




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