上 下
33 / 40

30

しおりを挟む


 私は病院で検査を受け、そのまま念の為に入院する事になった。


 誠司おじさまと綾子おばさまはすぐに病院に駆け付けてくれた。特に綾子おばさまは一緒にいた私が連れ去られた事に非常にショックを受けていて、私の顔を見るなり抱き付き泣いて謝られた。


「おばさま。謝らないでください。お店の方も止めてくれたのだけれど、……真里子おばさまはとても強引に私を連れて行ったの。だから、おばさまのせいでもお店の方のせいでもありません」


 私はそう言って抱きしめられたままおばさまの背中を宥めるように優しく叩いた。おばさまは泣き腫らした目で私を見つめた。


「……綾子はこの通り、その後ショックで倒れてしまってね。本当は家で休ませておきたかったのだが、沙良の無事な姿を見るまではと言うので連れて来たんだ。……ほら、沙良はこの通り無事に保護された。あとは病院できちんと検査してもらったらすぐに我が家に帰れるよ」


「……沙良ちゃん……。本当に不甲斐ない伯母で御免なさい。きちんと検査してもらって今度こそ我が家でゆっくりと休んでちょうだい。美味しいものを準備して待っているわ」


「沙良。無事で本当に良かった。大変だったろうがこれでお前の両親を死に追いやった犯人は捕まり事件は解決した。
……しかし、警察が事件を公表すれば暫く周囲は騒がしくなる事だろう。退院の時は私の秘書を迎えにやるから暫くは家でゆっくりと今後の事を考えていこう」


 誠司おじさまの言葉にドキリとする。

 ……そうだ、確かに妹夫婦を財産目当てで殺し更に姪夫婦の命を狙ったショッキングな事件として暫くは世間は騒がしくなる事だろう。
 ……それに、これから私は拓人との『離婚』という問題に取り掛からなければならない。


 私はこの重い気持ちを一つ息を吐く事で心を落ち着けようとした。

 そしてもう一つ、私はどうしても気になってしたかった事を誠司おじさまにお願いした。



 ◇



 私が検査入院した翌日、和臣さんが病院に訪ねて来てくれた。

 和臣さんは、病室に入ってすぐに私に頭を下げた。


「……! 和臣さん……!?」


 私は驚いてなんと言っていいのか分からない。


「沙良……。この度は本当に申し訳なかった。本来なら父もすぐに君に謝罪しに来なければならない所なのだが、警察の事情聴取が暫くかかりそうなんだ。とりあえずは僕1人が沙良に謝罪とこれまでの事情を説明しに来たんだ」


 和臣さんは苦しげながら覚悟を決めた様子で私に言った。


「けれどこれは、私の母の姉がした事だから、和臣さんが謝罪する事なんて……」

「……いいや。これは我が家の中で納めるべき事を君の家族を巻き込んでしまった事件なんだ。
……沙良。僕が義母に唯一感謝しているのは小さな頃から高木家に連れていってくれた事なんだ。高木家は僕の理想の家族であり憧れだったよ。僕はおじさんもおばさんも大好きだった。
そして、そんな高木家との関係を壊したのも義母だった。高木家の財産を狙い『出入り禁止』となり……、そしておじさん達をこんな事にするなんて」


 和臣さんはそう言って苦しそうに俯いた。


「……和臣さん達も、被害者だったのよ。ずっとおばさまに振り回されてきたのだから……」


「沙良……。昨日も少し話したけれど、僕は高校生の時に母方の祖父の養子になった。それは『出入り禁止』にされ落ち込む僕に父が提案してくれたからだ。実はその頃には宮野家には義母の散財でもうお金が無かったんた。だから義母は高木家からのお金を期待して『結婚話』を持ち出したんだろうけど、そもそもが義母の散財とその振る舞いが問題だったからなんだ……。それ以前から、祖父から僕に養子の申し出はあったらしいけどね」


「おばさまの振る舞い……?」


「……そう。義母は僕の本当の母を追い出して父と結婚した。……所謂、略奪婚、だよね。
当時今の僕の父である祖父が何も言わなかったのは、元々2人は見合い結婚でその仲は冷めていたから。その後暫くして実の母も再婚してるしね。
それなのに、義母は周りの人達に前妻を馬鹿にしたり自分は選ばれた人間だと言い回って周囲の人々の顰蹙を買った。そしてそれが回り回って祖父の耳に入り、宮野家の評判は悪くなり宮野法律事務所自体の経営危機になったんだ」


「…………おばさまが」


 そんな事はないとは、昨日の伯母の様子を見ればとても言えなかった。


「……そして父もね。
義母が色々やらかして実家である高木家にまで『出入り禁止』となった。しかもそれは僕の結婚を決めるという父も知らなかった理由で。その時父は怒り母に離婚も言い渡したそうだけれど母は決してうんとは言わなかった。そしてそれから母は益々高木家に執着するようになったんだ。もし離婚となった時に帰る場所や財産が欲しかったからかもしれない。
そんな義母に気付きながらも、父は義母が自分以外に執着してくれた事で安心しそれを放置した。
……それが今回の結果を招いたと、父はとても後悔している」

「宮野のおじさまが……」

「……だから一年前沙良が事故に遭った後、義母が不穏な動きをしているのを放置していた父は、高木家の叔父と叔母が事故で亡くなった時に義母に対しての疑惑と高木家の人々に対する後悔の念に襲われた。
そこから父は義母が高木家に関わった事への証拠集めに奔走していた。この度僕も司法修習を終えたのでそれに加わって2人で確実な証拠を集めていた。……今父はそれを全て警察に提出している。もう義母が罪を逃れる事は決してない」


 私はその話を聞きながら、我が家も宮野のおじさまや和臣さんもずっと真里子おばさまに苦しめられて来たのだと思った。


「……そういう訳で、父も僕も沙良に恨まれても仕方がないと分かっている。
沙良が僕たちに何を言っても甘んじて受けるし、当然補償もするつもりだ」


「……そんな! おじさまも和臣さんも被害者じゃないですか。……私は真里子おばさまを許せない。だけど、それにはおじさまも和臣さんも関係ないと思ってます。
それに……証拠を集めてくださって、本当にありがとうございました」


「沙良……」


 そして和臣さんと私はまた少し話をして、彼が帰る頃には少し2人は和やかな雰囲気になっていた。


「僕も本当は叔父さんと叔母さんのお墓参りに行きたいんだけど……。今日は用事があってもう帰らなければならないんだ。沙良、今度機会を作ってくれれば僕も一緒に行くんだけれど」

 私はこの後退院したらそのまま両親のお墓に行くと話すと和臣さんはそう言った。


「ありがとう。でもこの後事件の事が公表されれば暫くは外出がしにくくなるかもしれないって三森のおじさまが。それに私も出来れば早く両親のお墓に行きたいの」


 手を下したのは真里子おばさまだったけれど、両親に不義理をし苦しめ疲れ果てさせていたのは間違いなく私なのだ。
 ……せめて早くお墓の前できちんと2人に謝りたい。


「確かに暫くの間は結構な騒ぎになるだろう。でも君はまだ身体が本調子ではないのだしくれぐれも無理をしないで」

「ええ。もうすぐ病院に誠司おじさまの秘書の方が来てくださって連れてくれる事になっているから私は大丈夫よ」


 和臣さんは私を心配そうに見つめた。昔、兄妹のように仲の良かったあの頃のように。


「沙良。……何かあれば連絡して。出来る限り力になるから」


 そう言って和臣さんは帰って行った。


 そして私は退院の手続きを済ませ、その後すぐに来てくれた三森のおじさまの秘書の方と一緒に高木家代々のお墓へと向かった。


 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

処理中です...