上 下
29 / 40

26

しおりを挟む



「本当に貴女は生意気ね! 人の親切を断ろうだなんて! 奈美子の教育が悪かったのね。これからは私が鍛え直してあげるわ……!」


 ……私は伯母に頬を打たれたのだと気付いた。

 両親に手を上げられた事など一度もなかった私は一瞬何が起こったのか分からなかった。そして、伯母から浴びせられる罵声。


 そして私は思い出していた。

 幼い頃からこの伯母が家に訪ねてくると、祖父母も両親もとても警戒していた事。そして昔からこの伯母の話し方はとても棘があった。

 父がいたら何も出来なかったようだったけれど、伯母は昼間父が不在の時を狙ってよく来ていた。昔は宮野家も景気が良くいかに自分が幸せか恵まれているかの自慢が多かったので良かったのだけれど、祖父母が亡くなった頃から伯母は『高木家は自分のもの』などと不穏な事を言うことが増えた。

 おそらくその辺りから誠司おじさまが話していたように宮野法律事務所の経営が思わしくなくなったのかもしれない。


 そんな雰囲気を父も察していたのだろう。伯母が言い出した『和臣さんと私の婚約話』に父は激怒したとの事だったが、おそらくそれはきっかけの一つに過ぎなかったのだと思う。そしてその時に父が決めたという『宮野家の出入り禁止』。アレはあの伯母を我が家から排除する為に父が決めたのだろう。……和臣さんには申し訳なかったけれど。


「……いいえ。結構ですわ。おばさまの教育は必要ありません。そして、母の事を悪く言う事は許しません!」


「なんですって!? ……生意気な小娘がッ!」


 伯母はそう言って私の頬を更に激しく打った。そして私の腕を掴み、無理矢理テーブルの前に座らせる。


「アンタは私の言う事を大人しく聞いてりゃあいいのよッ! ……さあ! 早くあの男に電話なさいッ!」


 おそらく、拓人を呼び出したら彼もただでは済まない。男性でそれなりに力もあるだろう拓人を伯母がどうにか出来るとは思わないけれど、きっとロクなことにはならない。

 私が拒否し続けると伯母は舌打ちした後、どこからかガムテープを持って来て私の口を塞いだ。

 そして私の鞄からスマホを取り出す。


「……なに? この携帯新しいの? 番号がちょっとしか入ってないじゃない! あの男の番号もないのね。夫の番号も入れないなんて薄情な子ね!」


 そうぶちぶちと文句を言いながら、伯母は自分のスマホを取り出し番号を見ながら私の持っていたスマホで電話をかけた。おそらく私を探しに来た拓人に連絡先を聞いていたのだろう。


「……もしもし? 私沙良の伯母ですけれど。……ええ、そう。貴方、以前沙良を探しに我が家に来ていたでしょう? 実は沙良を見つけましたの。ええ。本当よ。だから貴方に知らせてあげようと思ってね。ふふ……、そんなに慌てないの。沙良の実家を知ってるでしょう? そこで保護しているからすぐに来てちょうだい」


 そう言ってすぐに電話を切った伯母は満足そうに私を見た。


「『旦那様』は、すぐに来てくださるそうよ。……良かったわねぇ、沙良。愛されているわねぇ」

 そう言って伯母は私の顎を掴み、勝ち誇ったように笑った。


「さあ、今のうちに離婚届を書きなさい。優しい私があの男と別れさせてあげるわ」


 そう言って伯母はどこからかペンを見つけてテーブルに置き、キッチンでお茶の準備を始めた。


 ◇


 ピンポーン……。

 チャイムの音がする。おそらく、拓人が来たのだろう。

 私は伯母に離婚届に署名をさせられた。抵抗したけれど、あの後更に頬を打たれ腕を取って無理矢理書かされたのだ。


 今、私は口元をガムテープで貼られ更に手にもガムテープで後ろ手に括られてリビングの隣の小部屋にいる。ここはリビングからは見えない。小さな頃はよくかくれんぼでここへ隠れたものだ。両親にはすぐに見つかったけれど。しかし、この家の事をよく知らない拓人は気付くことはないだろう。


 玄関で話し声がした後、伯母がリビングに拓人を案内して来たようだ。


「……沙良は今部屋にいるんだけど、まだ貴方には会いたくないって我儘を言っているの。……とりあえず座ってちょうだい。今お茶を淹れるわね」

「いえ僕は……。早く沙良と会って話がしたいんです」
 
「まあ落ち着いて。そんな勢いで会っても話は上手く進まないわ。慌てなくても会えるのだから、とりあえずお茶を飲んで心を落ち着かせて頂戴。……とても、いいお茶なのよ」


 コポコポ……。

 伯母がお茶を淹れる音が聞こえる。


 ……伯母は、いったいどうするつもりなんだろう。いくら力の強い伯母でも男性である拓人に対して私のように暴力で押さえつける事は出来ないはずだわ。


 私はなんとか動こうとするけれど、伯母にキツく縛られた手はどうしても動かないし声も出せない。くぐもった声がするだけで向こうの部屋には聞こえないだろう。


「さぁ、入ったわ。ひとまずこれを飲んで。心を落ち着かせる効果のあるハーブティーなのよ。きっとあなたの気持ちも落ち着くわ」


 伯母にお茶を強く勧められた拓人は、どうやらカップを取り口を付けたようだった。


「……美味しいです。あの、僕は落ち着いてます。大丈夫ですから、沙良を呼んでください」

「まあ、お待ちなさい。……これを見てちょうだい」

「ッ! ……コレは……! これは本当に沙良が書いたんですか?」


 多分、伯母は拓人にさっき書かされた離婚届を見せたんだわ。
 ……お願い、拓人。私の字が乱れていて、何かがおかしいという事に気付いて!

 私は隣の小部屋で必死に祈った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

失踪した悪役令嬢の奇妙な置き土産

柚木崎 史乃
ミステリー
『探偵侯爵』の二つ名を持つギルフォードは、その優れた推理力で数々の難事件を解決してきた。 そんなギルフォードのもとに、従姉の伯爵令嬢・エルシーが失踪したという知らせが舞い込んでくる。 エルシーは、一度は婚約者に婚約を破棄されたものの、諸事情で呼び戻され復縁・結婚したという特殊な経歴を持つ女性だ。 そして、後日。彼女の夫から失踪事件についての調査依頼を受けたギルフォードは、邸の庭で謎の人形を複数発見する。 怪訝に思いつつも調査を進めた結果、ギルフォードはある『真相』にたどり着くが──。 悪役令嬢の従弟である若き侯爵ギルフォードが謎解きに奮闘する、ゴシックファンタジーミステリー。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

冤罪! 全身拘束刑に処せられた女

ジャン・幸田
ミステリー
 刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!  そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。  機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!  サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか? *追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね! *他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。 *現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。

【続篇完結】第四皇子のつがい婚―年下皇子は白百合の香に惑う―

熾月あおい
BL
嶌国の第四皇子・朱燎琉(α)は、貴族の令嬢との婚約を前に、とんでもない事故を起こしてしまう。発情して我を失くし、国府に勤める官吏・郭瓔偲(Ω)を無理矢理つがいにしてしまったのだ。 その後、Ωの地位向上政策を掲げる父皇帝から命じられたのは、郭瓔偲との婚姻だった。 納得いかないながらも瓔偲に会いに行った燎琉は、そこで、凛とした空気を纏う、うつくしい官吏に引き合わされる。漂うのは、甘く高貴な白百合の香り――……それが燎琉のつがい、瓔偲だった。 戸惑いながらも瓔偲を殿舎に迎えた燎琉だったが、瓔偲の口から思ってもみなかったことを聞かされることになる。 「私たちがつがってしまったのは、もしかすると、皇太子位に絡んだ陰謀かもしれない。誰かの陰謀だとわかれば、婚約解消を皇帝に願い出ることもできるのではないか」 ふたりは調査を開始するが、ともに過ごすうちに燎琉は次第に瓔偲に惹かれていって――……? ※「*」のついた話はR指定です、ご注意ください。 ※第11回BL小説大賞エントリー中。応援いただけると嬉しいです!

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈 
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

処理中です...