失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話

本見りん

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「……真里子はここにはおりません」


 宮野家に着いた鈴木刑事と清本刑事は、真里子の夫である雅彦と会っていた。

 宮野家の大きくて立派なその邸宅は今は手入れが行き届いていないのか、どこか古ぼけて寂しげに見えた。


「どこにいらっしゃるんですか? ……実を言いますと、たった今奥様が姪である松浦沙良さんを連れ去ったと連絡が入っています。嫌がる沙良さんを周りが止める中、無理矢理連れ去っていったそうです。……身内の話ではありますが親子という訳でもありませんし、状況的に沙良さんの気持ち次第では訴えられても仕方がないかと」


 清本は沙良を心配する余りについ早口で捲し立てた。

 それを見た鈴木は苦笑しつつ言った。


「まあ、私共は早急に沙良さんの身柄を安全に保護したいのです。……真里子さんがどちらにいらっしゃるのか、ご存知ですか?」

 
 鈴木としても真里子がどんな行動に出るか分からない為に、早く沙良を保護する必要があると考えていた。そして子供が見れば泣き出しそうなその鋭い目で雅彦を見据えて言った。


 しかし雅彦は、清本の激しい言葉や鈴木の鋭い目にも全く動じる事なく淡々と答えた。


「妻はおそらく高木家にいると思います。……あの家の合鍵を勝手に作って持っていましたから」


 それを聞いた清本はすぐに立ち上がる。


「高木家……! スーさん、俺車を回して来ます!」


 清本はそう言って慌てて停めてある車に向かった。しかし鈴木は静かに雅彦を見つめて言った。


「……合鍵を勝手に? 宮野さん、貴方法律に関わる人間ならば、その辺りはきちんと奥様に指摘するべきでは?」


 鈴木はそう言って宮野氏を責めた。


 沙良は伯母に高木家の管理など任せてはいないはず。当然拓人も彼女にそんな事を頼んではいないだろう。真里子の実家の事とはいえ、今の状況から考えると違和感がある。


「……そうですね。勿論私は真里子にそう告げましたが……。彼女は人の話など聞きません。高木家の四十九日法要が済んだ辺りから、すっかり入り浸っているようですよ」

「妹夫婦の死後、ほぼ実家を乗っ取ってるという訳ですか……。
私達はこれから高木家に向かいますが、また後日貴方にもお話を伺わなくてはならないようですね」


 その時外で車のクラクションが鳴った。


「……スーさん、早く乗ってください!」

「おうよ! ……それでは宮野さん、失礼いたします」


 2人の乗った車は急発進して去っていく。

 雅彦は窓からジッとそれを見た後、スマホを取り出した。



 ◇



「……ッてぇな……。キヨ、お前慌てすぎだろ! 事故を起こしたら何にもなんねーぞ」


 宮野家前で清本の車に乗った途端急発進したせいで、しこたま頭をぶつけた鈴木は涙目で恨めしげに清本を見た。


「そんな事言ってる間に、もしも沙良さんに万一の事があったらどうするんですか! ああ、沙良さん。危険な目に遭ってないだろうか、心配だ……」


 心底心配している清本を見て鈴木は頭をさすりつつ苦笑する。


 ……えらく惚れちまったもんだな、キヨ。


 そして2人の乗った車は高木家に向かった。



 ◇



 真里子おばさまが私を連れて来たのは、私の生まれ育った家。……その懐かしい、大切なはずの私の家で。


「沙良。今すぐあの男と離婚なさい。貴女があんな男と結婚したからみんなが不幸になったのよ。貴女は自分の両親を死に追いやったのだから」


 私は伯母に現実を突きつけられていた。

 ……だけどそれは残酷な……、真実。


「……おばさま、私は……」

「言い訳なんて要らないわ。貴女は私の大切な妹を殺したの。その償いは支払ってもらうわ。……まずは離婚なさい。今すぐ、あの男を呼び出して離婚届にサインさせるのよ!」


 おばさまは私の心を抉り、更に拓人との離婚を迫った。


「両親の事は、本当に申し訳ない事をしたと思っています。けれど、離婚はすぐに出来るものではありません。今の状況では拓人はうんとは言わないでしょうし……」

「まだぐちぐち言い訳してるの!? 貴女は私の言う通りにすれば良いの! そうすれば全てが上手くいくのよ。とにかく早くあの男を呼び出しなさい! そして来るまでにこの離婚届に記入するのよ!」
 

 伯母はリビングのテーブルに投げ付けるように離婚届を置いた。……両親と毎日過ごした温かなリビングは、居る人間が違うだけでこんなにも寒々と感じるものなのだろうか。


「ペンは自分で用意しなさいよ。……ったく、事が済んだらこの家を住みやすいようにリフォームしなくちゃね。何がどこにあるんだか分かりゃあしない」


 そう言って伯母は部屋を見渡した。
 ……だけど今おばさまはなんと言った?


「……何故、おばさまがこの家のリフォームを?」


 私に問われた伯母は一瞬驚いたようだったが、すぐにまた怒鳴るように言った。
 

「当たり前でしょう? 私はこの家の娘なのだから! 私がここで不出来なあなたの面倒を見てあげようって言ってるのよ? 感謝なさい!」


 伯母が、私の面倒を?    


「必要ありません、おばさま。私はもう成人しておりますし、おばさまにご迷惑をおかけする訳にもいきませんから」


 それにこの家は父が養子に来てから、古い屋敷のあった場所から少し離れた所に新たに家を建て直したと聞いている。勿論その時に祖父母も一緒に引っ越したので、伯母の実家ではあるのかもしれないけれど住んだこともないはず。そしてこの家の権利等は全て父が持っていたはずなのだ。

 私はそう思ったけれど今の伯母にはその話が通用しそうではなく、とりあえず波風を立てないような言い方で断ろうとしたのだけれど……。


 ぱんッ……!


 私の頬に痛みが走った。


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