上 下
21 / 40

18

しおりを挟む


 誠司の言葉に、和臣は一瞬目を見開き動揺したように見えたが……。


「……やはり、三森さんはご存知でしたか。
そうです。義母が叔母に沙良と僕との結婚話を持ちかけたそうで、叔父は激怒しそれ以来僕は高木家にはいっていません」


「……和臣君は、沙良の事が好きだったのかね?」


 誠司は本気でそう尋ねたのだが、和臣は苦笑した。


「……当時僕は高3で沙良はまだ中学生でした。小さな頃から仲は良く、まあ好きかと聞かれれば好きだったのかもしれませんね」


 そして和臣は、不意に真剣な顔になった。


「……あの後、両親からその話を聞いた僕は直人叔父さんに自分という存在を否定されたように感じて随分落ち込みました。小さな頃から知っている叔父夫婦に拒絶された、その事実が僕の心に大きく突き刺さったんです。
今となれば一人娘の沙良を可愛がっていた叔父夫婦の気持ちも分かりますがね。……義母はあの通りの人ですし」


 和臣のその話を聞き、誠司は少なからずショックを受けていた。

 ……確かに、10代の若者が信頼する叔父叔母に突然拒絶されれば心は傷付く。あの年頃の子は特に承認欲求が強い。それを否定されればかなり落ち込んだ事だろう。しかもおそらく彼自身は何もしていないのだ。

 今まで誠司は弟直人の話だけを聞き、まだ高校生だった和臣の気持ちまで考えてはいなかった。いくら彼の義母の暴走があったとはいえ、彼自身には何の責任も無かったというのに。


「それは……。和臣君にはなんと申し訳ない事をしたのか。あの時は真里子さんの非常識さに怒るばかりでまだ少年だった君の気持ちにまで思い至らなかった。……申し訳なかった」


 誠司は、今は居ない弟直人の代わりに心からの謝罪をし頭を下げた。

 するとそれまで冷静沈着な様子だった和臣が初めて驚き慌てる様子を見せた。


「三森さん……? やめてください。もう僕の中ではその事は納得出来ているのです。
大切な人を守りたいという気持ちは、今はもう痛い程知っているつもりです」


「しかし直人は君を傷付け……、恥ずかしながら私も今君に言われるまでその事に思い至らずにいた。私にも息子がいるというのに、情けのない話だ」


 誠司の真剣な様子に、和臣は表情を和らげた。


「三森さん……。気持ちを分かっていただけて、……それだけであの時の僕は報われます。
……それにあの時の事がきっかけで、僕は家を出る決心がついたんです。悪い事ばかりでは無かったんですよ」


 そう言って誠司を見る和臣の目は澄んでいた。
 

「今、君はご両親から離れて暮らしているのかい?」

「……ええ。ちょうど大学進学の時期でもありましたから。家から通えない距離ではなかったのですが、敢えて家を出ました。
今は両親とは少し距離を置いているんです。父の職場には行きますし、たまには家に顔を出しはしますが」


「……私は人伝に、真里子さんが『君が何度も沙良の見舞いに行っても会わせてもらえなかった』といった話や今でも彼女が2人の結婚を望むような話を聞いたのだが……」

「僕が沙良の見舞いに行ったのは、交通事故の後に一度と今回だけですよ。実際に彼女に会えたのは今回と叔父達の葬式で少し見かけた位ですか。それを何度もというならばそうですが……。少なくとも僕自身に沙良との結婚を望む気持ちはありません」

 
 そうハッキリと言い切った和臣に嘘は感じられなかった。


「そうか……。
そういえば、直人達は君の父親の法律事務所に沙良の事で相談に行っていたのだろうか?」


 弟ではあるが誠司には直人夫婦の最後の動きはよく分からない。

 半年近く一人娘の沙良が記憶のないまま拓人に囚われ、相当精神的にも追い詰められていた2人。
 最初の方は誠司の契約している弁護士に相談をしていたが、なかなか思うような結果が出ずに焦っていた。

 藁にもすがる思いでこの和臣の父親にも相談していたのではないか?


「……そうですね。お見えになっていたようですよ。叔母は義母に勧められて色んな弁護士に相談した方がいいだろう、と。奈美子おばさんはうちの母に強く言われると断れないようでしたから」


「……また、真里子さんか……」


 誠司は内心うんざりして呟いた。


 ◇


「……突然お邪魔して申し訳ございませんでした。それでは失礼いたします」


 礼儀正しく去っていく和臣を誠司は少しの罪悪感を持って見送った。
 するとすぐに誠司の会社の顧問弁護士が書類を持ってやって来た。

「……社長。先程お見えになっていたのは、坂上法律事務所の和臣さんではありませんか。地方での司法修習を終わらせ戻って来られたのですね」

  
「? 確かに彼の名は和臣だが、父親のいる宮野法律事務所にいるはずだ。それにまだ司法試験に受かっていないようだったが……」

「私は坂上法律事務所の所長と旧知の仲ですが、やっと跡取りが弁護士となって戻って来ると嬉しそうに紹介されましたので間違いはないかと。……確か離婚した娘が泣く泣く手放した息子だと聞きましたよ」


「……なんだって?」


 確かに和臣は真里子さんの結婚相手の連れ子だと聞いている。
 しかし先程の和臣は、父親の所で『勉強中』だと言った。……そうか、彼は『弁護士になれていない』とは言っていない。勉強中だと濁されたので、てっきりまだ弁護士になれていないのだとこちらが勝手に思い込んだだけだ。


「『跡取り』という事は、彼は今いる宮野家を出るという事なのか?」


「私には詳しくは分かりませんが、あちらは大きな事務所ですし彼の祖父である坂上さんは大層彼に期待されていましたからね。……それにこう言ってはなんですが、宮野法律事務所は……」


 誠司は目を見開いた。



 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

【完結】深海の歌声に誘われて

赤木さなぎ
ミステリー
突如流れ着いたおかしな風習の残る海辺の村を舞台とした、ホラー×ミステリー×和風世界観! ちょっと不思議で悲しくも神秘的な雰囲気をお楽しみください。 海からは美しい歌声が聞こえて来る。 男の意志に反して、足は海の方へと一歩、また一歩と進んで行く。 その歌声に誘われて、夜の冷たい海の底へと沈んで行く。 そして、彼女に出会った。 「あなたの願いを、叶えてあげます」 深海で出会った歌姫。 おかしな風習の残る海辺の村。 村に根付く“ヨコシマ様”という神への信仰。 点と点が線で繋がり、線と線が交差し、そして謎が紐解かれて行く。 ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― 短期集中掲載。毎日投稿します。 完結まで執筆済み。約十万文字程度。 人によっては苦手と感じる表現が出て来るかもしれません。ご注意ください。 暗い雰囲気、センシティブ、重い設定など。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

憑代の柩

菱沼あゆ
ミステリー
「お前の顔は整形しておいた。今から、僕の婚約者となって、真犯人を探すんだ」  教会での爆破事件に巻き込まれ。  目が覚めたら、記憶喪失な上に、勝手に整形されていた『私』。 「何もかもお前のせいだ」  そう言う男に逆らえず、彼の婚約者となって、真犯人を探すが。  周りは怪しい人間と霊ばかり――。  ホラー&ミステリー

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

隠れた君と殻の僕

カギノカッコ
ミステリー
適正テストの結果、勇と仁は超能力者であると診断された。中学卒業後、二人は国の命令により超能力者養成学校のある島へと移送される。だが入学したその日に、仁は忽然と姿を消してしまう。学校側は「彼は再検査の結果、適性がないことが判明したため島を出た」というが、精神感応能力のある勇は、仁が島内にいると感じていた。仁はなぜ消えたのか。学校はなぜ隠すのか。親友を探すミステリー。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと時分の正体が明らかに。 普通に恋愛して幸せな毎日を送りたい!

処理中です...