23 / 40
20
しおりを挟む「……なに? 松浦拓人が沙良さんの捜索願を出しにここに?」
沙良の伯父誠司の元に和臣が訪ねていたのと同じ頃。
鈴木刑事が警察署の自分の席で書類を睨んでいると、一階の受付から連絡が入った。
そうか、警察に来る程切羽詰まったのかと、鈴木刑事は彼のいるという一階の受付へと向かう。拓人は受付担当者に食ってかかるように話をしていた。
そこに鈴木刑事は後ろから声を掛ける。
「やぁやぁ、松浦さん。またお会いしましたね」
にこやかに挨拶をしたというのに、鈴木刑事の顔を見た松浦拓人は途端に汚い物でも見たかのように嫌な顔をした。
「どうして貴方がここにいるんですか! ……俺はアンタなんか呼んでいない!」
「いやいや。ここは私の職場ですよ。知り合いが来たら挨拶しに来るのは当然でしょう。それに何かお困りでここに来られたのでは?」
「貴方、何か知ってるんじゃないですか? ……まさか、アンタ達が沙良をどこかにやったのか!」
そう言って少々暴れ出した青年を公務執行妨害でいったん別室に案内した。
◇
「こちらへどうぞ、お座りください。……それでは松浦さん。先程暴れた件に関わる話として、この一年沙良さんをほぼ監禁状態にしていたお話を聞かせてくださいや」
拓人がいったん落ち着いたところで鈴木は視線はしっかりと拓人を捉えながらも、余裕のある態度で質問した。部屋には清本もやって来て横で話を聞いている。
「……アンタに話す事は何もない」
しかし拓人も鈴木の思うように答えるはずもない。
「何度も会って話をしてるってぇのに、冷たいもんですな、松浦さん。
……私はね、愛する人を閉じ込めて親にも会わせないって非道な事をする理由を是非とも教えて欲しいんですがね。こんな仕事を長い間やってたら大まかに人の考えは分かるようになったつもりだが、アンタの行動は全く理解が出来ない」
鈴木は拓人に対しての不信感を隠そうともせずに言った。……鈴木にも愛する家族がいる。彼の行動は許すことの出来ない事だ。
「……アンタに何が分かるっていうんだ。俺は……俺は沙良を守ってただけだ!」
「……守ってた?」
「そうだよ! 俺が沙良と暮らし出してから、不審な事ばかり起きてた。沙良の両親が亡くなってからはもっと酷くなった。挙げ句の果てに『ボヤ』騒ぎまであったんだ。俺は沙良を守る為に安全な場所への引越しを決意した」
その言い訳に、鈴木は呆れ気味に返す。
「……ずっと、沙良さんが狙われていたと。そう言われるんですか。では、いったい誰に狙われていたというんです?」
「…………分からない。だけど、本当なんだ!
沙良を俺のマンションに連れて帰って暫くしてから、おかしな荷物が送られてきて毒のような物が入っていたり、マンションの中に入ろうとしたのか鍵穴に傷が付いていたり……。前のマンションではボヤ騒ぎまで……。他にも言い出したらキリがない……! 俺は、沙良が狙われていると思った。だから彼女を守ろうと……!」
鈴木と清本の動きが止まる。
「……松浦氏の前のマンションでボヤ騒ぎがあったのは本当ですね。マンションの前のゴミ置き場が燃やされた不審火で犯人は捕まっていません。……あれが、沙良さんを狙った事件だったと?」
清本が拓人を疑うように見ながらそう言ったが、拓人はその事実を知っている清本に縋るように答える。
「そうだ……! 沙良を連れて帰ってから余りにも色々あり過ぎて、最初は俺に対する彼女の家族からの嫌がらせだと思った。だけどだんだんそれはエスカレートしてきて……。その内これは沙良の命を狙っているのだと思った。俺は誰のことも……沙良以外誰も信じられなくなった。とにかく沙良を守りたくて、彼女を部屋に閉じ込め守るしかなかった」
鈴木と清本は顔を見合わす。
「沙良さんのご両親のことは……?」
鈴木がそう尋ねると、拓人は渋々といった風に答えた。
「……あの日、マンションを訪ねて来た沙良の両親に俺は沙良が狙われている事を打ち明けたんだ。初め2人は信じていなかったみたいだけど、俺はこの不審な出来事を手帳につけていたからそれを2人に見せたんだ。そうしたらお義父さんは顔色が変わって……。少し考えてみるからそれまで沙良を頼む、と言って急いで帰られた。けど2人がその帰りに車の事故を起こしたって連絡が……。
その時俺は『婚約者』という立場だけじゃ沙良を守れない。そう思ったからすぐに沙良と籍を入れ、法的にも俺が沙良を守れるようにしたんだ。……周りは、全て沙良を狙う敵だった」
拓人はそう言って俯いて頭を抱えた。
鈴木と清本は考える。
勿論、この松浦拓人が適当な嘘を言っている可能性もあるが、この様子を見るに少なくとも彼自身はそう思い込んで動いていたということか、と。
1
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件
よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます
「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」
旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。
彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。
しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。
フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。
だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。
私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。
さて……誰に相談したら良いだろうか。
7歳の侯爵夫人
凛江
恋愛
ある日7歳の公爵令嬢コンスタンスが目覚めると、世界は全く変わっていたー。
自分は現在19歳の侯爵夫人で、23歳の夫がいるというのだ。
どうやら彼女は事故に遭って12年分の記憶を失っているらしい。
目覚める前日、たしかに自分は王太子と婚約したはずだった。
王太子妃になるはずだった自分が何故侯爵夫人になっているのかー?
見知らぬ夫に戸惑う妻(中身は幼女)と、突然幼女になってしまった妻に戸惑う夫。
23歳の夫と7歳の妻の奇妙な関係が始まるー。
記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される
マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。
そこで木の影で眠る幼女を見つけた。
自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。
実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。
・初のファンタジー物です
・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います
・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯
どうか温かく見守ってください♪
☆感謝☆
HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯
そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。
本当にありがとうございます!
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる