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「何度も足を運ばせて申し訳ありませんでした。……そういえば『離婚』が決まったと聞きましたよ。あちらは有能な弁護士を立てているでしょうし、元々貴方は不利な条件しかなかったから仕方がないですがね」


 警察署で、鈴木刑事が何気ない世間話のように話題を振ってきた。松浦拓人は苦々しくこのふてぶてしい男を見る。
 拓人にとっては人生の一大事だが、この男にとっては他人事なのだ。……当たり前だと分かってはいるが、やはりモヤモヤする。


「……ええ。こちらが何を言っても無駄でした。せめて最後に彼女に会いたいと言っても、全く取り合ってもらえませんでした」


 少し不貞腐れたように言うと、鈴木は呆れたように言った。


「そりゃそうでしょう。会わせたら最後そのまま連れ去られでもしたらたまったものではないでしょうからね」

「そんな事しませんよ!」

「……貴方がそれを言ってもねぇ。全く説得力はありませんがね」


 鈴木刑事は飄々と言った。

 鈴木は、自分の子供とそう歳の変わらないこの男との掛け合いにも慣れて来た。少し前までは得体の知れない気味の悪い男だったが、実のところは勉強は出来ても現実というものがよく分かっていないまだ未熟な青年なのだと思う。


「……もういいです。それでは失礼します」


 そう言って拓人が帰ろうとすると、さも今思い出したという風に鈴木は言った。


「あぁ、松浦さん。そういえば貴方に会いたいって人がいるんですよ。この警察署を東に5分ほど行った所に公園があるんです。良ければ行ってみてください」


 ◇


 鈴木刑事にこの公園に自分と話がしたい人がいると言われた拓人だったが、本当は少し期待していた。

 ……沙良が、自分に会いたいと待ってくれているのではないかと。


 公園の中央付近に着いた拓人は周りを見回すが、沙良は居ない。子供達の遊ぶ楽しげな声。
 ……沙良との子供がいれば、何かが変わっていたのだろうか。そう考えながら歩いていると……。


「……やあ。誰か探しているのかな」

「……! 三森さん……」


 現れたのは、沙良の伯父三森誠司。

 ……鈴木刑事から言われた人物は、彼だったのか。

 拓人は少し落胆しながらも頭を下げる。


「……この度は、数々のご迷惑をおかけいたしまして……」

 この三森氏には、沙良の実家を売ろうとした際や沙良の無事の確認を要求されたりしてあの当時は随分と揉めた。拓人は少し居心地の悪い思いで謝罪の言葉を口にした。


 今思えば沙良の父方の伯父であるこの三森氏は、沙良やその家族の事を考えて動いていた。……あの時の拓人には誰が敵か分からず、しかも沙良を奪われたくない一心で周り全てに牙を剥いていた。

 ……そしてこの伯父が来るという事は、もう沙良は俺には会いたくない……、会わないという事なのだろう。

 そう頭では理解はしつつも、納得しきれない思いを抱えて拓人は三森氏を見た。



 ◇


 一応の謝罪の言葉を口にした後に自分を見る拓人の目を見て、誠司は心の中でため息を吐いた。

 ……おそらく、この男はまだ沙良を諦めきれてはいない。



「まあ、本当は君には言いたい事は山程あるのだがね。
一つ言うならば、私は絶対に君を許す事は出来ない。それだけ君がしでかした事は大きなこと。君は一つの家族を壊したんだ。直接弟達を手に掛けたのは違う者だが、それでも君がした事は許される事ではない」


 誠司の言葉に拓人は項垂れる。……当然の言葉だった。


「…………しかし、君が今まで沙良の命を守ってくれていた事だけは認める。……やり方は最悪だったが」


 誠司は公園の向こう、ビルの隙間に見える遠い空を見ながら言った。


「……三森さん……」


 拓人は虚な目で沙良の伯父である誠司の横顔を見た。


「沙良と離婚した後、本来ならば君には多額の慰謝料や高額のマンションを買った分の負債が残るはずだった。だが、沙良を守ってくれたことに免じてそれらはとりあえずゼロとする。
……君は本当のゼロから人生を始めるといい。しかし今の君は周りからの信用はゼロ……いや、大きくマイナスとはなるだろうがね」


 拓人は大きく目を見開いた。自分にそんな都合の良い提案をされるとは夢にも思っていなかったからだ。


「……ただし、条件が一つ。これからの沙良の人生には決して関わらないこと」


 拓人の心は大きく揺れる。


「……そのことは、沙良はどう言って……」


「これは、あくまでも伯父である私の独断だ。だがしかし、これは沙良の今後の人生の為になると信じている。私は弟の……沙良の父親の代わりにあの子を必ず幸せにすると決めている。
そして人生の先輩として言わせてもらうなら、結果的にこれは君の為にもなると思っているよ」


「俺の、……為?」


「……そうだ。今の君は余りにも沙良に執着し過ぎている。それ程の執着は破滅しか呼ばない。正に今回の君や君の元彼女のようにね。
……執着から離れなさい。そして他の誰かを静かに愛せるようになりなさい」


 誠司が空から目を離し拓人を見ると、彼は涙を流していた。
 拓人は嗚咽を必死で抑えつつ言った。


「……分かり……ました……。……ッ……、沙良から……離れます……。いろいろ……ご迷惑をおかけして、……申し訳……ありませんでした……ッ……!」


 まるで叱られた少年のような拓人を見て、誠司はああそういえばこの男は小さな頃から父親と離れていたのだと思い出した。母親は母親なりに彼を大切に育てたのだろうが、どこか人を愛する事や父親の愛情というものに飢えていたのかもしれない……。

 誠司はそう思ったが、その寂しさや歪みに弟家族が巻き込まれ不幸になったのもまた事実。彼に同情はするが肩入れする事は出来ないとまた空を見た。


「これからの事は弁護士が対応をする。私が君と会うのもこれが最後だ。
……精一杯、生きたまえ」


 そしてそれ以上誠司は拓人を見る事はなく歩き出した。

 その後ろでは拓人はずっと頭を下げていた。


 ◇


「綾子……。私の事を甘いと思うかい?」


 公園の脇に止まっていた車に乗り込み、隣に座る妻綾子に誠司は問いかけた。


「最初はそう思っていましたけれど……。
彼の、あの姿を見たらこれで良かったのだと思いますわ。……誠司さんが去ってから、あのままなの。ずっと、震えながら頭を下げ続けているのよ」


「…………そうか」


 それ以上2人は何も言わず、静かに車は発進した。









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