失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話

本見りん

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 その後暫くこのメンバーで話をしたけれど、結局拓人が父にどうやって薬を飲ませたかについては今の状況で結論は出なかった。
 そして刑事さん達との話がほとんど済んだかと思った時、鈴木さんが私を見てポツリと言った。


「……前回も少し思いましたが、以前拓人氏のマンションでお会いした時とは随分と印象が変わりましたね」


「……私は拓人のマンションで鈴木さんとお会いしていたのですか?」


 私は驚いてそう口にする。鈴木さんとは前回が初対面だと思っていたのだが……。


「まあ、会ったと言ってもその姿をチラリと確認しただけなんですがね。あの時の貴女は目もうつろでまるで怯えた小動物のようだった」


 鈴木さんがそう言うと、私の隣の伯父が頷いた。


「沙良の無事を確かめてくださった時ですね。……沙良。お前はあの男に囲われ直人達の葬式以来姿を見ることさえ叶わなかった。私はお前の身に何かあったのではないかと、鈴木さんに無理をお願いしてお前が無事か確認してもらったんだよ」

「どうしても会わせようとしない松浦氏に、本当の所彼は貴女をどうにかしたのではないかと私も不安になりましてね。かなり強行に彼を説得して、やっと会えたんですが……会話さえままならなかった。玄関の奥の扉の前で貴女に頭を下げられ、名前を聞いたら『松浦沙良です』とだけ名乗られました」

「……私ったら、きちんとご挨拶もしなかったんですね。申し訳ありません」


「いや、それがあの時の貴女が普通じゃなかった、という事なんでしょうな。まるで人が違うみたいに今の貴女とは大違いでしたよ。……前回は失礼を申しまして申し訳ありません」


 鈴木さんはそう言って私に頭を下げた。


「……いいえ。その時から気にかけていただいてありがとうございます。
……私は、本当にこの一年心を失った状態で生きていたんですね…………」


 ……自分でも覚えていない『私』は何かに怯え1人殻に閉じこもり息を潜めて生きていた。
 両親から離れその両親を事故で亡くしてもそのまま動かなかったという『私』。

 私はその意味を重く受け止めていた。
 ……おそらく、部屋全体が重い空気になっていたのだと思う。



「…………スーさん、それって一人で沙良さんの所へ行かれたんですか?」


 その少し重くなりかけたこの空気を破ったのはもう1人の刑事清本さんだった。


 私がキョトンとして彼を見ると、清本さんが隣に座る鈴木さんをジト目で見ていた。


「……あー……、本当に沙良さんが無事なのか、確認に行っただけだ。……キヨ、そんな目で見んな」


 鈴木さんは冷たい視線を送る清本さんに嫌そうな顔で言った。


「スーさん……、普段1人で突っ走るなってよく俺に言ってますよね?」


 恨みがましく清本さんに言われた鈴木さんは言い訳するように言った。


「いや、『拓人氏は若い男を沙良さんに会わせようとしない』って聞いてたから、年寄り1人で行ったんだよ。それでちゃんと会えたんだからいいじゃねぇか」


「なんですかそれ。そもそも誰がそんな事言ったんスか」


 本当は普段年齢通りに見られない清本は珍しく『若い男』扱いされ少し気分は上がっていたのだが、わざと呆れたような態度を取って鈴木に言った。


 ……私はそんなおかしなやり取りをする2人を最初は驚いて見ていたけれど、もしかして彼らは先程落ち込んで重くなった空気を取り払う為にしてくれているのかしら、と気付いた。……考え過ぎかしら。


 清本さんの呆れたような態度に鈴木さんは困り果てた様子で言い訳を始めた。


「ほら、アレだよ。沙良さんのおばさんに言われたんだよ。『あの男は自分以外の若い男には会わせようとしない。ウチの息子も何度も追い返された』ってね」


「え。私ですか?」


 伯母綾子は驚いてつい声を上げた。しかし綾子もこれが2人が沙良の気持ちを軽くする為のお芝居かしらと感じていたので合わせるべきだったかと悔やんだのだが。


「あ、いや三森さんではないです。ほらあの、沙良さんのお母さんの……」


 鈴木さんが訂正して出したその名に、三森の伯父夫婦と私の3人はハッとする。


「真里子おばさま、……ですか……?」


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