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 当時を思い出したのか、拓人の言葉には怒りが籠っていた。


 ……警察は、拓人を疑ったの? 両親の事故は、拓人のマンションに……私に会いに来てくれた帰りに起きたんだ……。確かに父は車が趣味だった。お気に入りの車を3台も持っていたくらいだから。

 拓人がお酒の話をしたということは、もしかして両親の事故の原因は飲酒運転なの? 確か運転すると分かっていてお酒を勧めた人も罰則を受けるんだったわよね。
 ……でもそれこそまさかだわ。父は決して飲酒運転をする人ではなかった。それに一緒に乗っていた母がそれを許す筈がない。もしも誰かに勧められたのだとしても、絶対に飲まないし飲んだのなら運転はしないはずだわ。


 そして娘の交通事故の半年後に、その両親が交通事故で死亡。事件性を疑われても仕方ないかもしれない。
 ……だとするのなら。今回の私の階段から落ちた件も事件性ありと見られるのかしら?


「……それで、昨日の沙良の階段の事故だ。昨日はまた警察に事情を聞かれたよ。……全く、冗談じゃない」


 そう言って拓人は今度こそ怒りを露わにした。


「俺は仕事に行っていて、沙良は買い物にでも行こうとしたのか1人出掛けた駅の構内の階段で足を踏み外したみたいだ。俺が君に何かなんて出来る筈がないしする筈もない。それなのに警察は……!」


 そこまで言って私の視線に気付いたのか、拓人はハッとして警察への不満を言うのをやめた。そして私に言い聞かせるように言った。


「……沙良は最近運動もしていなかったし、足元が弱くなっていて足を踏み外したんだろう。駅内も結構混んでいたみたいだからね」


 ……私はそもそも階段の事故を覚えてもいないから今回の件が誰かに、ましてや事件だなんて事は全く考えていなかった。けれど拓人は今の何も分かっていないこの段階でそれを『事故』だと断定して話をしてきた。

 ……私の心に疑念が湧いた瞬間だった。


「とにかく、俺たちは結婚して幸せに暮らしてた。色々不幸が続いて不安だろうけどこれからも俺がいるから大丈夫だ。記憶も、その内に戻るだろう。出会った頃の記憶だけでも戻って良かったと思わなきゃな」


 拓人はこう言ってこの話を締め括ろうとした。

 ……その記憶を取り戻した事で、私は拓人の事を信じられなくなっているのだけれどね?


 私は内心そう苦笑した。


「拓人。……私は、まだあの交通事故の前で止まってる。貴方が話すこの一年の事は私には全く現実の事とは思えない。
……少し、考えさせて。一度実家に帰ろうと思うの。両親の……遺品の整理もしたいし」


 お父さんお母さんと暮らした大切な家。生まれ育った家で2人の思い出に囲まれながらゆっくりと今後を考えよう。


「でもあの家は、もう売りに出す事にしてるんだ。誰も住んでいない家を維持していくのは大変だからね。沙良の親戚がしゃしゃり出て来て大変だったけど、沙良は実子だしやっと話がまとまりそうで……」

「お父さんの家を!?」


 私達家族の、大切な家。
 そして今の私にとってはつい昨日まで住んでいたはずの家。……それを、売りに出す!?


「……売らないわ! どうしてそんな勝手な事を!」

「いやでも……。もう誰も住んでないんだよ? 場所もいいから高く売れそうだし、俺は一戸建てよりマンションの方が楽で良いし。家っていうのは人が住んでいないとすぐに荒れてしまうから、早くに処分した方が高く売れるんだ。
それにこれは沙良も納得してた事なんだよ」 


 言い訳をするように、拓人は少し早口で言った。


「私には、その記憶がないからなんとも言えないわ。とにかく、家は売らない。実子の私の権限で、それは取りやめてもらうわ。それにこれは拓人に迷惑をかける話ではないでしょう?」


 実家は、どちらかというと資産持ちだった。日本有数の資産家の、分家の分家の分家くらいの家の次男の父が母の家に養子に入ってくれたのだ。その資産家とはほぼ関係はないのだけれど。そして父は有名企業の役員。
 だから、両親が居なくなっても暫くあの家を維持するくらいは難なく出来るはず。


「……せっかく手続きがかなり進んでたのに……。
…………分かったよ。とりあえず売るのはいったんやめる。けれど沙良が実家に帰るのはナシだ。夫婦は離れるとダメになってしまう」


 ……付き合っている時も随分と会わなくなっていたから、拓人は浮気をしてダメになっていたのだものね?


 私はそうは考えたものの、それを言葉にすることはなかった。


 
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