失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話

本見りん

文字の大きさ
3 / 40

3

しおりを挟む


「……?」


 誰……? 拓人ではない。


 私は病室に入って来たその男性の姿に目を凝らす。仕立ての良いスーツを着た姿勢のいい眼鏡の男性。病室の中は薄暗いままなので顔までははっきりと見えない。今は日が沈んだ直後なのかもしれない。


「……こんばんは。沙良さん。僕を覚えてる? 君の、従兄の和臣だ」

「和臣さん……!?」


 和臣さんは母方の3歳年上の従兄。母の姉の旦那様の連れ子だけど私が小さな頃からよく遊んでもらった。和臣さんが大学受験に差し掛かった頃から伯母一家とはいつしか疎遠となっていた。
 久しぶりにあった彼は眼鏡の似合う知的なイケメンだった。


「……良かった、覚えていてくれて。叔母さん達が亡くなって……いや、沙良が事故にあってから君はほぼ誰とも会おうとしないと聞いていたから心配していた。記憶を失ったと聞いたけど、僕のことを覚えてくれていたんだね」


 そう言って和臣さんはいつもはキツく見える眼鏡の奥のその目を優しげに細めた。


「……両親が、亡くなったのは本当なんですね……」

 私が思わず呟くと、和臣さんは驚いた顔をする。

「……どういうこと? 沙良。君は……」

「和臣さん。私、記憶が飛んでるみたい。……だけど、交通事故に遭う前までの記憶はあるの」

 和臣さんは驚き、私を労りつつ話を促した。

 私も周りの事情を知っている人と話をしたかったから、彼の存在は有り難かった。だって、拓人からの話を鵜呑みに出来ないと思っていたから。

 私は今の自分の状況を分かる限り話していった。

 自分の今の記憶は、両親がいる時に遭った交通事故の前まで。今は階段から落ちて入院中と聞いたがそれも全く覚えていない。そしてさっき拓人から『両親は自分達の結婚の前に事故で亡くなった』と聞いて混乱していること。

 そして、私が事故の前に見た、拓人の裏切り……。


「……なんてことだ……」


 黙って私の話を聞いてくれていた和臣さんだけど、全てを聞いた後思わずといった風に呟いた。


「……沙良。まず、君が交通事故に遭ったのは今から一年も前の事だ。僕はその時沙良が記憶を失ったと聞いた。そして今の君はそこまでの記憶しか無い、という事だね?」


 私はついさっきの事と思っていた事が一年も前だという事に驚きながらも、和臣さんに向かってコクリと頷く。


「そうか……。その交通事故で、沙良は所謂『記憶喪失』になったそうだ。君のご両親もとても心配し、僕も相談された。けれどそれからの君はあまり他の人とは会わなくなってしまって……。僕も見舞いに行ったんだが沙良の婚約者から君が興奮するので会わせられない、と追い返されてしまったんだ。ご両親も困っていたよ。
……だから今日は強引に入って来たんだけどね。ちょうど誰も居なくて良かった」


「拓人が……」


 何故、拓人がそんな事を? 私を裏切り、友人だった未来と浮気をしていたではないか。もう愛してもいない婚約者が記憶を失ったのだ。何故これを理由に私と別れ彼女のところに行かなかったのだろう? そしてどうして私は誰とも会わず、両親を困らせる行動をしていたのだろう?

 私が苦い表情をしているのを気遣うように、和臣さんはゆっくりと話を続けた。


「ご両親は当時彼との婚約を白紙に、と考えていたようだった。けれどあの時の沙良は記憶喪失のショックからか拓人君から片時も離れようとしなくて……仕方なく結婚を許した。
しかし、結婚式の前に車の事故でご両親は亡くなった。それで式は挙げなかったけど、君たちは籍だけを入れた。……半年くらい前かな」

「車の事故……。そんな……」


 私は涙が止まらなくなった。車が大好きで自宅は少し郊外とはいえ3台も車を持っていた父。小さな頃から休みになればあちこちに車で遊びに連れて行ってくれた。その度に料理好きなお母さんがお弁当を作ってくれて……。大好きだった、両親。

 俯き涙を流し続ける私に和臣さんはまるで小さな頃のように頭を優しく撫でてくれた。


「和臣さん……。私、本当に拓人と結婚してるの? どうして両親と離れてまで彼と一緒にいたのかしら……。彼が浮気していたのは間違いないわ。私は記憶を失っていたとはいえ両親の話を聞かず、あんな人と結婚してしまっていたなんて……」


 和臣さんは私の頭を撫でながら言った。


「……沙良はあの時、妙に彼に囲われ彼一人を頼り切るようになっていたらしい。記憶を失い、不安だったんだろう。病院から退院する時彼の家に連れて行かれてそのまま……。そこからご両親は本格的に彼の事を調べ出したんだ」


 両親が、拓人の事を……。

 私は和臣さんを見た。彼は頷く。


「それで、僕の父の事務所に依頼が来たんだ。……弁護士である父のところにね」


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...