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「……?」


 誰……? 拓人ではない。


 私は病室に入って来たその男性の姿に目を凝らす。仕立ての良いスーツを着た姿勢のいい眼鏡の男性。病室の中は薄暗いままなので顔までははっきりと見えない。今は日が沈んだ直後なのかもしれない。


「……こんばんは。沙良さん。僕を覚えてる? 君の、従兄の和臣だ」

「和臣さん……!?」


 和臣さんは母方の3歳年上の従兄。母の姉の旦那様の連れ子だけど私が小さな頃からよく遊んでもらった。和臣さんが大学受験に差し掛かった頃から伯母一家とはいつしか疎遠となっていた。
 久しぶりにあった彼は眼鏡の似合う知的なイケメンだった。


「……良かった、覚えていてくれて。叔母さん達が亡くなって……いや、沙良が事故にあってから君はほぼ誰とも会おうとしないと聞いていたから心配していた。記憶を失ったと聞いたけど、僕のことを覚えてくれていたんだね」


 そう言って和臣さんはいつもはキツく見える眼鏡の奥のその目を優しげに細めた。


「……両親が、亡くなったのは本当なんですね……」

 私が思わず呟くと、和臣さんは驚いた顔をする。

「……どういうこと? 沙良。君は……」

「和臣さん。私、記憶が飛んでるみたい。……だけど、交通事故に遭う前までの記憶はあるの」

 和臣さんは驚き、私を労りつつ話を促した。

 私も周りの事情を知っている人と話をしたかったから、彼の存在は有り難かった。だって、拓人からの話を鵜呑みに出来ないと思っていたから。

 私は今の自分の状況を分かる限り話していった。

 自分の今の記憶は、両親がいる時に遭った交通事故の前まで。今は階段から落ちて入院中と聞いたがそれも全く覚えていない。そしてさっき拓人から『両親は自分達の結婚の前に事故で亡くなった』と聞いて混乱していること。

 そして、私が事故の前に見た、拓人の裏切り……。


「……なんてことだ……」


 黙って私の話を聞いてくれていた和臣さんだけど、全てを聞いた後思わずといった風に呟いた。


「……沙良。まず、君が交通事故に遭ったのは今から一年も前の事だ。僕はその時沙良が記憶を失ったと聞いた。そして今の君はそこまでの記憶しか無い、という事だね?」


 私はついさっきの事と思っていた事が一年も前だという事に驚きながらも、和臣さんに向かってコクリと頷く。


「そうか……。その交通事故で、沙良は所謂『記憶喪失』になったそうだ。君のご両親もとても心配し、僕も相談された。けれどそれからの君はあまり他の人とは会わなくなってしまって……。僕も見舞いに行ったんだが沙良の婚約者から君が興奮するので会わせられない、と追い返されてしまったんだ。ご両親も困っていたよ。
……だから今日は強引に入って来たんだけどね。ちょうど誰も居なくて良かった」


「拓人が……」


 何故、拓人がそんな事を? 私を裏切り、友人だった未来と浮気をしていたではないか。もう愛してもいない婚約者が記憶を失ったのだ。何故これを理由に私と別れ彼女のところに行かなかったのだろう? そしてどうして私は誰とも会わず、両親を困らせる行動をしていたのだろう?

 私が苦い表情をしているのを気遣うように、和臣さんはゆっくりと話を続けた。


「ご両親は当時彼との婚約を白紙に、と考えていたようだった。けれどあの時の沙良は記憶喪失のショックからか拓人君から片時も離れようとしなくて……仕方なく結婚を許した。
しかし、結婚式の前に車の事故でご両親は亡くなった。それで式は挙げなかったけど、君たちは籍だけを入れた。……半年くらい前かな」

「車の事故……。そんな……」


 私は涙が止まらなくなった。車が大好きで自宅は少し郊外とはいえ3台も車を持っていた父。小さな頃から休みになればあちこちに車で遊びに連れて行ってくれた。その度に料理好きなお母さんがお弁当を作ってくれて……。大好きだった、両親。

 俯き涙を流し続ける私に和臣さんはまるで小さな頃のように頭を優しく撫でてくれた。


「和臣さん……。私、本当に拓人と結婚してるの? どうして両親と離れてまで彼と一緒にいたのかしら……。彼が浮気していたのは間違いないわ。私は記憶を失っていたとはいえ両親の話を聞かず、あんな人と結婚してしまっていたなんて……」


 和臣さんは私の頭を撫でながら言った。


「……沙良はあの時、妙に彼に囲われ彼一人を頼り切るようになっていたらしい。記憶を失い、不安だったんだろう。病院から退院する時彼の家に連れて行かれてそのまま……。そこからご両親は本格的に彼の事を調べ出したんだ」


 両親が、拓人の事を……。

 私は和臣さんを見た。彼は頷く。


「それで、僕の父の事務所に依頼が来たんだ。……弁護士である父のところにね」


 
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